東京第1
かつて経済と流行の中心地だった新宿。その街並みは、羂索が放った呪霊の跋扈と、結界に囚われた
その中心にそびえ立つ、東京都庁舎。展望室ではガラスがことごとく砕け散り、秋の冷たい風が吹き抜けていた。
そこに、一人の男が静かに佇んでいる。
三つ揃えのスーツを乱れなく着こなし、手には裁判官の木槌を模した呪具。死滅回游において、わずか数日で百点を超えるポイントを獲得した術師――
「――そこまでだ。それ以上、こちらへ踏み込むなら、相応の措置を取る」
日車の低く通る声が、エレベーターホールから歩み出てきた男へと向けられた。
「あー……ダル。階段でここまで登らせるとか、マジでありえねぇわ。エレベーターくらい動かしとけよ、羂索……」
ヨレヨレの緑のジャージに、ひどい寝癖。目の下には深刻なクマ。
死滅回游のルールをハックするため、虎杖や伏黒と別行動を取り、東京第1結界へと足を踏み入れた高専二年の雀士。
彼が日車を探していた理由は単純だった。
100点を超えるポイントを持つプレイヤーなら、新たなルールを追加できる可能性がある。そして、死滅回游のルールに干渉できれば、この理不尽なゲームそのものに穴を開けられるかもしれない。
問題は、その相手が素直に協力してくれるとは限らないことだった。
「えーっと……ああ、あんたが日車寛見さんね」
雀はコガネに写し出されている画面を確認した。そこには、プレイヤーの名前と所持ポイントが表示されている。
日車寛見――102点
雀は競馬のオッズでも確認するような気軽さで顔を上げた。
「悪いんだけどさ。そのポイント、ちょっと俺に回してくんない? いや、全部とは言わねぇから。俺、労働したくないんだわ」
「断る」
日車は即答した。
「……まだ条件も聞いてねぇじゃん」
「聞く必要がない。君が何を企んでいるにせよ、私に協力する理由はない」
「うわ、話が早い。交渉の余地ゼロかよ」
雀は大げさに肩を落とした。
「せっかく階段を上ってきたんだから、少しくらいサービスしてくれてもいいだろ。こっちはもう足が棒なんだぜ?」
「ここは君の愚痴を聞く場所ではない」
日車は手にした木槌を軽く持ち上げた。
「君が泳者である以上、ここで私にできることは一つだけだ」
木槌が床を打つ。乾いた音が、静まり返った展望室に響いた。
その背後に、巨大な天秤を持つ異形の式神が姿を現す。目は縫い合わされ、その表情からは感情を読み取れない。
式神--ジャッジマン
その無機質な気配が、展望室の空気を一変させた。
「――開廷する」
日車の声とともに、空間が大きく歪んだ。
「領域展開――『
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ……!
展望室が、厳粛な法廷へと姿を変えていく。
裁判席。被告人席。傍聴席。
現実の建物の輪郭が消え、そこには法の手続きが支配する空間が生まれていた。この領域では、日車と相手はジャッジマンの提示する罪状に向き合い、弁論によって争うことになる。
暴力による決着は許されない。
領域に定められた手続きそのものが、戦いの枠組みを決めるのだ。
「被告人、雀ヶ原雀」
日車が裁判席から冷徹に告げた。
「君には、昨年の京都姉妹校交流会において、領域展開を用いた悪質な進行妨害を働き、両校の競技を続行不能にした疑いがある」
ジャッジマンが提示した情報を確認し、日車は記録と法令に目を通した。
昨年の交流会。領域展開による長時間の進行妨害。競技の続行不能。
事実関係だけを見れば、弁護の余地は乏しい。少なくとも、普通の裁判ならば。だが、被告人席に立つ雀ヶ原は、ふっと口角を吊り上げた。
「あはは。法律、裁判、ジャッジマン……。いい
まるで、役満を狙える配牌でももらったかのような笑みだった。
「でもさぁ、弁護士さん」
「私は弁護士ではない。術師だ」
「細けぇな。そういうところ、嫌いじゃないぜ」
雀は日車の背後に浮かぶジャッジマンを見上げた。
「五条悟の『
雀の表情から、気だるげな笑みが薄れていく。
「お前の領域は、ルールを決めて、その中で相手を縛るタイプだろ?」
日車の目が、わずかに細くなった。
「……それがどうした」
「いや、簡単な話だよ」
雀は胸の前で両手を組み始めた。左手の上に右手を重ね、親指を合わせる。その手印を結んだ瞬間、雀の身体から緻密な呪力が立ち上った。呪力は一つ、また一つと形を変え、雀牌の姿となって周囲の空間へ整列していく。
牌の間隔はミリ単位で揃い、法廷の床にすら、見えない牌山の輪郭が浮かび上がった。渋谷での戦いによる消耗は、まだ完全には癒えていない。
それでも、雀には勝負を仕掛けるだけの呪力が残っていた。
「お前みたいなルール強制型の結界術なら――俺の術式は、相性がいいんだわ」
雀の目が、狂気を孕んだ雀士のそれへと変わる。
「法を司るのがお前の仕事なら、それをハッキングして身ぐるみ剥ぐのが俺の仕事だ」
雀は掌印を結んだ両手を、わずかに持ち上げた。そして、ジャッジマンの天秤へ視線を向ける。
「――おい、ジャッジマン。その天秤、ちょっと貸せよ」
厳粛な法廷の空気が、ピキリと凍りついた。雀が呪力を解き放つ。
「――領域展開」
黒い呪力が足元から爆発的に広がった。
「『
ズガガガガガガガガガッッッッ!!!!
法廷の内側から、さらに別の結界が膨れ上がった。床面には東西南北の文字が刻まれ、黒光りする全自動雀卓が法廷を侵食していく。
壁が歪み、裁判席が軋み、床の境界線が牌山の目へと置き換わっていった。
領域の重ね合い。
通常、領域同士が衝突した場合、呪力量や結界術の洗練度が勝敗を左右する。しかし、今回ぶつかった二つの領域は、単純な殺傷を目的としたものではなかった。一方は、裁判の手続きを強制する『誅伏賜死』。もう一方は、麻雀のルールと役を強制し、戦闘そのものを遊戯へと変える『四方宝城』。
どちらも、領域内の行動を独自の規則で縛る特殊な結界だった。
【領域の競合を確認】
【『法』と『遊戯』--異なる規則体系の干渉を検知】
ジャッジマンの天秤が、ガタガタと激しく揺れた。法廷の壁と雀卓の床面が、互いの領域を押し返しながら、少しずつ混ざり合っていく。
日車が初めて驚愕に目を見開いた。
「なっ……領域が、干渉している……!?」
彼の領域は、確かに成立している。だが、成立したはずの法廷に、別の規則が割り込んでいた。裁判の手続きが消えたわけではない。それでも、麻雀のルールが法廷の内部へと食い込み、領域の主導権を奪い合っている。
「あー、そういうこと」
雀は、まるで当然の結果だと言わんばかりに肩をすくめた。
「お前の領域が『裁判』なら、俺の領域は『麻雀』だ。どっちもルールを強制するなら、ぶつかったときに何が起こるか――試してみる価値はあるだろ?」
雀は足元の雀卓を軽く蹴った。
「今回は、近代麻雀のルールを法廷の中にねじ込ませてもらう。裁判を続けるか、麻雀のルールを受け入れるか。さあ、どっちが先に折れるかな?」
バシュウゥゥン……
音とともに、法廷の景色が再び変わった。
法廷の席が雀卓席になる。法壇が東家、証言台が西家、左右弁護人席が南家と北家だ。
日車の手元にあった木槌はそのまま残っているが、席は南家。目の前には麻雀牌が並んでいた。そして、ジャッジマンの巨体もまた、領域の変化に巻き込まれていた。その巨大な天秤は、法廷の象徴として掲げられていた姿を失い、卓の一席に収まるように縮小していく。縫い合わされた目も、無機質な気配も変わらない。ただ、その存在は今や、雀卓を囲む一人の打ち手として東家に配置されていた。
さらに、残る北家に半透明の式神が現れる。CPU式神『
雀は卓を見回した。
ジャッジマン--日車--雀--客打
四人分の席が、過不足なく揃っている。
「……へぇ。そう来たか」
日車は目の前の牌を見つめた。
「私だけでなく、ジャッジマンまで……麻雀のルールに組み込まれたというのか」
「そういうこと」
雀はあっさり答えた。
「ジャッジマンも一席。客打も一席。どっちも卓を埋める役だ。違いがあるとすれば、お前の式神は裁判の判決を下す存在だってことくらいだな」
ジャッジマンは何も答えない。ただ、目の前の牌を見下ろしている。
「……ジャッジマンが、打牌をする?」
日車の声に、わずかな動揺が混じった。
「いや、違う。これは、私の術式そのものを別の規則に従わせようとしている……!」
「あー、惜しい。正解に近いけど、ちょっと違う」
雀は十三枚の手牌を整えながら、軽く笑った。
「俺はお前の術式を消したわけじゃねぇよ。ジャッジマンもそのままだ。ただ、ここでは席に座ってもらう。それだけさ」
ジャッジマンの天秤が、再び大きく揺れた。法廷の規則が完全に消えたわけではない。日車の領域も、ジャッジマンも、まだそこに存在している。
だが、今この空間では、日車もジャッジマンも雀も客打も、同じ卓を囲む四人として麻雀のルールに組み込まれていた。
雀は手牌を一瞥し、にやりと笑う。
「さぁ、開局(ゲームスタート)だ、弁護士」
日車は木槌を握り直した。
「まずは一局、お互いの手の内を見せ合おうじゃねぇか」
法廷を取り戻す方法を探るように、ジャッジマンと雀卓を交互に見つめる。
「君は、自分の領域で私の領域を上書きしようとしているのか」
「上書き? いやいや、そんな大それたことは言ってねぇよ」
雀は牌を指先で弾いた。
「ただ、ルールが二つあるなら、どこに隙間があるか探す。それだけさ」
「……君の術式は、領域内の規則に干渉するものなのか」
「さあね。企業秘密ってやつ?」
雀は笑った。
「それに、俺の領域だって万能じゃない。俺自身もルールには従わなきゃならねぇし、領域を張っただけで勝ちが決まるわけでもない」
日車は黙って雀を見つめた。目の前の男は、怠惰で、軽薄で、緊張感に欠ける。
だが、その術式の使い方は異様なほど緻密だった。
法廷を破壊するのではない。裁判を力ずくで中断させるのでもない。法廷の規則そのものに、別の規則を噛み合わせようとしている。
「……雀ヶ原雀」
日車が、初めて相手の名を呼んだ。
「君の言う勝ち筋とやらを、聞かせてもらおうか」
雀は顔を上げた。
「おっ。やっと話が通じたか」
彼は、にやりと笑う。
「じゃあ、まずは一局。お互いの手の内を見せ合おうじゃねぇか」
都庁の最上階。
法廷と雀卓が歪に混ざり合う狂気の結界の中で、誰も見たことのない『ルールの奪い合い』が始まった。
そして、日車寛見はまだ知らない。
この勝負において、雀ヶ原雀が最も得意とするのは――勝つことそのものではなく、相手が勝つために必要な条件を、ルールごと崩してしまうことだということを。
原作基準で行きますか?
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はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
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いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で