方城開局   作:機織りカエル

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第6話:開廷、東京第1結界東一局

 東京第1結界(コロニー)

 

 かつて経済と流行の中心地だった新宿。その街並みは、羂索が放った呪霊の跋扈と、結界に囚われた泳者(プレイヤー)たちの血生臭い闘争によって、物言わぬ廃墟へと変わり果てていた。

 

 その中心にそびえ立つ、東京都庁舎。展望室ではガラスがことごとく砕け散り、秋の冷たい風が吹き抜けていた。

 

 そこに、一人の男が静かに佇んでいる。

 

 三つ揃えのスーツを乱れなく着こなし、手には裁判官の木槌を模した呪具。死滅回游において、わずか数日で百点を超えるポイントを獲得した術師――日車 寛見(ひぐるま ひろみ)である。

 

「――そこまでだ。それ以上、こちらへ踏み込むなら、相応の措置を取る」

 

 日車の低く通る声が、エレベーターホールから歩み出てきた男へと向けられた。

 

「あー……ダル。階段でここまで登らせるとか、マジでありえねぇわ。エレベーターくらい動かしとけよ、羂索……」

 

 ヨレヨレの緑のジャージに、ひどい寝癖。目の下には深刻なクマ。

 

雀ヶ原 雀(すずめがはら じゃん)はポケットに手を突っ込み、心底面倒くさそうに顔をしかめた。

 

 死滅回游のルールをハックするため、虎杖や伏黒と別行動を取り、東京第1結界へと足を踏み入れた高専二年の雀士。

 

 彼が日車を探していた理由は単純だった。

 

100点を超えるポイントを持つプレイヤーなら、新たなルールを追加できる可能性がある。そして、死滅回游のルールに干渉できれば、この理不尽なゲームそのものに穴を開けられるかもしれない。

 

 問題は、その相手が素直に協力してくれるとは限らないことだった。

 

「えーっと……ああ、あんたが日車寛見さんね」

 

 雀はコガネに写し出されている画面を確認した。そこには、プレイヤーの名前と所持ポイントが表示されている。

 

 日車寛見――102点

 

 雀は競馬のオッズでも確認するような気軽さで顔を上げた。

 

「悪いんだけどさ。そのポイント、ちょっと俺に回してくんない? いや、全部とは言わねぇから。俺、労働したくないんだわ」

 

「断る」

 

 日車は即答した。

 

「……まだ条件も聞いてねぇじゃん」

 

「聞く必要がない。君が何を企んでいるにせよ、私に協力する理由はない」

 

「うわ、話が早い。交渉の余地ゼロかよ」

 

 雀は大げさに肩を落とした。

 

「せっかく階段を上ってきたんだから、少しくらいサービスしてくれてもいいだろ。こっちはもう足が棒なんだぜ?」

 

「ここは君の愚痴を聞く場所ではない」

 

 日車は手にした木槌を軽く持ち上げた。

 

「君が泳者である以上、ここで私にできることは一つだけだ」

 

 木槌が床を打つ。乾いた音が、静まり返った展望室に響いた。

 

 その背後に、巨大な天秤を持つ異形の式神が姿を現す。目は縫い合わされ、その表情からは感情を読み取れない。

 

式神--ジャッジマン

 

 その無機質な気配が、展望室の空気を一変させた。

 

「――開廷する」

 

 日車の声とともに、空間が大きく歪んだ。

 

「領域展開――『誅伏賜死(ちゅうぶくしし)』」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ……!

 

 展望室が、厳粛な法廷へと姿を変えていく。

 

 裁判席。被告人席。傍聴席。

 

 現実の建物の輪郭が消え、そこには法の手続きが支配する空間が生まれていた。この領域では、日車と相手はジャッジマンの提示する罪状に向き合い、弁論によって争うことになる。

 

 暴力による決着は許されない。

 

 領域に定められた手続きそのものが、戦いの枠組みを決めるのだ。

 

「被告人、雀ヶ原雀」

 

 日車が裁判席から冷徹に告げた。

 

「君には、昨年の京都姉妹校交流会において、領域展開を用いた悪質な進行妨害を働き、両校の競技を続行不能にした疑いがある」

 

 ジャッジマンが提示した情報を確認し、日車は記録と法令に目を通した。

 

 昨年の交流会。領域展開による長時間の進行妨害。競技の続行不能。

 

 事実関係だけを見れば、弁護の余地は乏しい。少なくとも、普通の裁判ならば。だが、被告人席に立つ雀ヶ原は、ふっと口角を吊り上げた。

 

「あはは。法律、裁判、ジャッジマン……。いい面子(メンツ)だわ」

 

 まるで、役満を狙える配牌でももらったかのような笑みだった。

 

「でもさぁ、弁護士さん」

 

「私は弁護士ではない。術師だ」

 

「細けぇな。そういうところ、嫌いじゃないぜ」

 

 雀は日車の背後に浮かぶジャッジマンを見上げた。

 

「五条悟の『無量空処(むりょうくうしょ)』みたいに、圧倒的な情報量や呪力量で押し潰すタイプなら、まだ話はわかるんだけどさぁ……」

 

 雀の表情から、気だるげな笑みが薄れていく。

 

「お前の領域は、ルールを決めて、その中で相手を縛るタイプだろ?」

 

 日車の目が、わずかに細くなった。

 

「……それがどうした」

 

「いや、簡単な話だよ」

 

 雀は胸の前で両手を組み始めた。左手の上に右手を重ね、親指を合わせる。その手印を結んだ瞬間、雀の身体から緻密な呪力が立ち上った。呪力は一つ、また一つと形を変え、雀牌の姿となって周囲の空間へ整列していく。

 

 牌の間隔はミリ単位で揃い、法廷の床にすら、見えない牌山の輪郭が浮かび上がった。渋谷での戦いによる消耗は、まだ完全には癒えていない。

 

 それでも、雀には勝負を仕掛けるだけの呪力が残っていた。

 

「お前みたいなルール強制型の結界術なら――俺の術式は、相性がいいんだわ」

 

 雀の目が、狂気を孕んだ雀士のそれへと変わる。

 

「法を司るのがお前の仕事なら、それをハッキングして身ぐるみ剥ぐのが俺の仕事だ」

 

 雀は掌印を結んだ両手を、わずかに持ち上げた。そして、ジャッジマンの天秤へ視線を向ける。

 

「――おい、ジャッジマン。その天秤、ちょっと貸せよ」

 

 厳粛な法廷の空気が、ピキリと凍りついた。雀が呪力を解き放つ。

 

「――領域展開」

 

 黒い呪力が足元から爆発的に広がった。

 

「『四方宝城(しほうほうじょう)』」

 

ズガガガガガガガガガッッッッ!!!!

 

 法廷の内側から、さらに別の結界が膨れ上がった。床面には東西南北の文字が刻まれ、黒光りする全自動雀卓が法廷を侵食していく。

 

 壁が歪み、裁判席が軋み、床の境界線が牌山の目へと置き換わっていった。

 

 領域の重ね合い。

 

 通常、領域同士が衝突した場合、呪力量や結界術の洗練度が勝敗を左右する。しかし、今回ぶつかった二つの領域は、単純な殺傷を目的としたものではなかった。一方は、裁判の手続きを強制する『誅伏賜死』。もう一方は、麻雀のルールと役を強制し、戦闘そのものを遊戯へと変える『四方宝城』。

 

どちらも、領域内の行動を独自の規則で縛る特殊な結界だった。

 

【領域の競合を確認】

【『法』と『遊戯』--異なる規則体系の干渉を検知】

 

 ジャッジマンの天秤が、ガタガタと激しく揺れた。法廷の壁と雀卓の床面が、互いの領域を押し返しながら、少しずつ混ざり合っていく。

 

 日車が初めて驚愕に目を見開いた。

 

「なっ……領域が、干渉している……!?」

 

 彼の領域は、確かに成立している。だが、成立したはずの法廷に、別の規則が割り込んでいた。裁判の手続きが消えたわけではない。それでも、麻雀のルールが法廷の内部へと食い込み、領域の主導権を奪い合っている。

 

「あー、そういうこと」

 

 雀は、まるで当然の結果だと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「お前の領域が『裁判』なら、俺の領域は『麻雀』だ。どっちもルールを強制するなら、ぶつかったときに何が起こるか――試してみる価値はあるだろ?」

 

 雀は足元の雀卓を軽く蹴った。

 

「今回は、近代麻雀のルールを法廷の中にねじ込ませてもらう。裁判を続けるか、麻雀のルールを受け入れるか。さあ、どっちが先に折れるかな?」

 

バシュウゥゥン……

 

 音とともに、法廷の景色が再び変わった。

 

 法廷の席が雀卓席になる。法壇が東家、証言台が西家、左右弁護人席が南家と北家だ。

 

 日車の手元にあった木槌はそのまま残っているが、席は南家。目の前には麻雀牌が並んでいた。そして、ジャッジマンの巨体もまた、領域の変化に巻き込まれていた。その巨大な天秤は、法廷の象徴として掲げられていた姿を失い、卓の一席に収まるように縮小していく。縫い合わされた目も、無機質な気配も変わらない。ただ、その存在は今や、雀卓を囲む一人の打ち手として東家に配置されていた。

 

 さらに、残る北家に半透明の式神が現れる。CPU式神『客打(きゃくだ)』。客打は独立して攻撃を仕掛ける存在ではない。ただ安全な牌を切り、卓の一席を埋めるだけの式神だ。

 

 雀は卓を見回した。

 

 ジャッジマン--日車--雀--客打

 

 四人分の席が、過不足なく揃っている。

 

「……へぇ。そう来たか」

 

 日車は目の前の牌を見つめた。

 

「私だけでなく、ジャッジマンまで……麻雀のルールに組み込まれたというのか」

 

「そういうこと」

 

 雀はあっさり答えた。

 

「ジャッジマンも一席。客打も一席。どっちも卓を埋める役だ。違いがあるとすれば、お前の式神は裁判の判決を下す存在だってことくらいだな」

 

 ジャッジマンは何も答えない。ただ、目の前の牌を見下ろしている。

 

「……ジャッジマンが、打牌をする?」

 

 日車の声に、わずかな動揺が混じった。

 

「いや、違う。これは、私の術式そのものを別の規則に従わせようとしている……!」

 

「あー、惜しい。正解に近いけど、ちょっと違う」

 

 雀は十三枚の手牌を整えながら、軽く笑った。

 

「俺はお前の術式を消したわけじゃねぇよ。ジャッジマンもそのままだ。ただ、ここでは席に座ってもらう。それだけさ」

 

 ジャッジマンの天秤が、再び大きく揺れた。法廷の規則が完全に消えたわけではない。日車の領域も、ジャッジマンも、まだそこに存在している。

 

 だが、今この空間では、日車もジャッジマンも雀も客打も、同じ卓を囲む四人として麻雀のルールに組み込まれていた。

 

 雀は手牌を一瞥し、にやりと笑う。

 

「さぁ、開局(ゲームスタート)だ、弁護士」

 

 日車は木槌を握り直した。

 

「まずは一局、お互いの手の内を見せ合おうじゃねぇか」

 

 法廷を取り戻す方法を探るように、ジャッジマンと雀卓を交互に見つめる。

 

「君は、自分の領域で私の領域を上書きしようとしているのか」

 

「上書き? いやいや、そんな大それたことは言ってねぇよ」

 

 雀は牌を指先で弾いた。

 

「ただ、ルールが二つあるなら、どこに隙間があるか探す。それだけさ」

 

「……君の術式は、領域内の規則に干渉するものなのか」

 

「さあね。企業秘密ってやつ?」

 

 雀は笑った。

 

「それに、俺の領域だって万能じゃない。俺自身もルールには従わなきゃならねぇし、領域を張っただけで勝ちが決まるわけでもない」

 

 日車は黙って雀を見つめた。目の前の男は、怠惰で、軽薄で、緊張感に欠ける。

 

 だが、その術式の使い方は異様なほど緻密だった。

 

 法廷を破壊するのではない。裁判を力ずくで中断させるのでもない。法廷の規則そのものに、別の規則を噛み合わせようとしている。

 

「……雀ヶ原雀」

 

 日車が、初めて相手の名を呼んだ。

 

「君の言う勝ち筋とやらを、聞かせてもらおうか」

 

 雀は顔を上げた。

 

「おっ。やっと話が通じたか」

 

 彼は、にやりと笑う。

 

「じゃあ、まずは一局。お互いの手の内を見せ合おうじゃねぇか」

 

 都庁の最上階。

 

 法廷と雀卓が歪に混ざり合う狂気の結界の中で、誰も見たことのない『ルールの奪い合い』が始まった。

 

そして、日車寛見はまだ知らない。

 

 この勝負において、雀ヶ原雀が最も得意とするのは――勝つことそのものではなく、相手が勝つために必要な条件を、ルールごと崩してしまうことだということを。

原作基準で行きますか?

  • はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
  • いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で
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