方城開局   作:機織りカエル

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第7話:法の天秤、雀士の強弁

 

 東京第1コロニー。

 

 法廷と雀卓が、同じ空間に重なっていた。

 

 日車寛見の領域が作り出す裁判の場。その内側に、雀ヶ原雀の領域――『四方宝城』が食い込んでいる。床には法廷の境界線が走り、中央には麻雀卓が浮かんでいた。四方の席には、それぞれ打ち手が座っている。

 

 日車寛見。

 

 雀ヶ原雀。

 

 そして、空いた席を埋める自動打ちの式神『客打』。もう一席には、日車の式神であるジャッジマンがいた。

 

 本来、ジャッジマンは日車の領域において裁判を司る存在だ。しかし、二つの領域が干渉するこの場では、ジャッジマンも麻雀の規則に従って牌を引き、捨てる自動打ちとして振る舞っていた。独自の判断で攻撃を仕掛けることはない。規則に従って手を進める。その動作は、客打と大差なかった。

 

 だが、日車本人は違う。

 

 彼の言葉は、裁判のためだけにあるのではない。告発は攻撃となり、弁論は牌となる。そして、雀の言葉もまた、選び方次第で武器に変わる。

 

「雀ヶ原雀。お前は昨年の京都姉妹校交流会において、意図的に京都校の生徒を領域に閉じ込めた」

 

 日車の声が法廷に響く。

 

「その結果、交流会はまともに成立しなかった。お前は自分の都合で、他者の行動を封じたんだ」

 

 告発の言葉が形を変える。牌が一枚、雀の前へ飛来した。雀はそれを指先で受け止めるように拾い上げ、牌面を確かめた。

 

「……ああ。やったよ」

 

 あっさりとした返答だった。

 

「京都の連中を足止めした上で、当時のよくわからん乙骨の能力を使う。こっちが動きやすく戦う時間を稼いだ。東京が勝つ確率を上げるためにな」

 

「そのために、交流会そのものを潰したのか」

 

「結果的にはな」

 

 雀は牌を指先で転がした。

 

「勝負には勝った。交流会は潰れた。上層部からは一年間の謹慎を食らった。二年生のまま足止めだ。費用対効果で見れば、後処理の見積もりが甘かったってところだな」

 

「反省はないのか」

 

「反省と後悔は別物だろ。次に同じ状況が来たら、同じ手を選ぶ可能性はある。もちろん、もっと安く済む方法があればそっちを選ぶけど」

 

 雀は事実を否定しなかった。

 

 京都校への同情を誘うつもりもない。自分の判断を正義だと主張するつもりもなかった。ただ、結果と代償を並べて、判断の妥当性を語る。

 

 その言葉の一部が、牌へ変わった。

 

 一枚目が日車の肩を打つ。

 

 二枚目が脇腹に食い込んだ。

 

「……っ!」

 

 日車の身体がわずかに揺れた。大きな威力ではない。骨を砕くほどの一撃でもない。

 

 だが、牌は一度で終わらなかった。

 

 三枚目、四枚目。

 

 間を置かずに飛来する牌が、日車の腕や胴を打ち据える。体勢を立て直す間もなく、小さな打撃が積み重なっていった。

 

 雀の言葉すべてが攻撃になったわけではない。彼は反論のうち、攻撃に適した部分だけを選び、断么九系の攻撃牌へ変換していた。

 

 中張牌による低リスクの連続攻撃。

 

 一撃ごとの威力は控えめだが、通常の呪力防御では完全に防ぎきれない。相手の動きを少しずつ削り、反撃の機会を奪っていく。

 

 雀は口を動かしながら、日車の反応を観察していた。

 

 どの言葉を攻撃に変えるか。どの言葉を捨て、どの言葉を残すか。

 

 それもまた、雀の打ち筋だった。

 

「お前は、自分の罪を勝負の道具にするか」

 

「道具になるなら使う。使えないなら捨てる。麻雀も人生も、大体そんなもんだろ」

 

 日車は飛来する牌を受けながら、雀を見据えた。こいつは弁論しているだけではない。言葉を選び、牌に変え、こちらの体力を削っている。

 

 そして、こちらの告発もまた、こいつにとっては利用可能な牌でしかない。

 

 日車は次の告発を口にした。

 

「では、渋谷での虎杖悠仁についてはどうだ」

 

 雀の指が、手牌の上で一瞬止まった。日車はそのわずかな変化を見逃さなかった。

 

「渋谷では多くの人間が死んだ。虎杖悠仁も、その結果を背負っている。自分が何をしたのか、自分に何ができなかったのか。あの少年は、その責任を自分一人で抱え込もうとしている」

 

 雀は目を細めた。

 

「本人が責任を感じるのは自由だろ」

 

「それだけか」

 

「罪悪感で過去の結果が変わるわけじゃない。動けなくなれば、戦力が一つ減る。それだけだ」

 

「仲間を、戦力としか見ていないのか」

 

「使える戦力を使わずに負ける方が、俺には理解できないね」

 

 返答に迷いはなかった。虎杖が苦しんでいることを、雀は知っている。あの少年が自分の失敗を何度も数え、責任を背負い、立ち止まりかけていることも。

 

 それでも、雀は罪悪感そのものを否定しない。苦しむなと命じるつもりもなかった。本人がそう感じることと、戦場で動けなくなることは別の問題だ。

 

 少なくとも、雀にとっては。

 

 日車の前に、一枚の牌が生まれた。その牌面を見て、雀の目がわずかに動く。

 

 雀の手牌には、すでにドラが二つあった。

 

 日車の言葉がドラ牌を掴んだ。

 

 そして、今、日車の告発と言う捨て牌(攻撃)がドラだった。雀は手牌に目を落とす。

 

 自分の手にある二枚。

 

 目の前に飛来した一枚。

 

 牌を見比べる時間は、ほんの一瞬だった。

 

「ポン」

 

 雀は即座に声を上げ、告発から生まれた牌を手元へ引き寄せた。乾いた音が法廷に響く。日車の言葉を受け止めただけではない。攻撃として飛来した牌を鳴き、自分の手役へ組み込んだのだ。

 

 ドラは三つ。

 

 日車の告発は、雀を追及するために放たれたはずだった。それが今、雀の勝ち筋を一段押し上げている。

 

「お前の言葉は便利だな、日車。勝手に牌になって、勝手にこっちへ飛び込んでくる」

 

「自分の行為を正当化するために使うのか」

 

「正当化じゃない。説明だよ。正しいかどうかを決めるのは、俺の仕事じゃない」

 

 雀は手牌を整えた。日車は、その動きを見ていた。自分が投げた告発を、こいつは攻撃として受け止めたうえで、手役に組み込んだ。罪を問う言葉すら、勝つための材料にする。

 

「お前の話には、決定的に欠けているものがある」

 

 日車が顔を上げた。

 

「お前は、結果を理由にしている。東京が勝つ確率を上げた。実際に勝った。だから判断そのものは間違っていないと考えている」

 

 告発の言葉が、牌へと変わる。

 

「だが、その計算には、他人が何を失ったかが含まれていない」

 

 牌が一枚、雀の前へ飛来した。雀が牌を手に取ろうとした瞬間、日車は続けた。

 

「お前は、他人の選択肢を奪った。その結果、交流会が成立しなかっただけではない。相手が自分の力を試す機会も、勝敗を自分で決める機会も奪ったんだ」

 

 もう一枚、牌が生まれた。

 

 今度は雀の手元ではなく、正面から迫る。雀は首を傾けてかわした。牌が頬をかすめ、背後の柱にぶつかって砕ける。

 

「……へえ。論点を絞ってきたか」

 

「お前の言葉が攻撃になるなら、私の言葉もまた、お前の判断を問うために使える」

 

 日車は前へ出た。それに合わせて雀の断么九系ラッシュが、再び飛ぶ。

 

 一枚目を腕で受け、二枚目を肩でいなす。三枚目が脇腹に当たったが、日車は退かなかった。代わりに、雀の言葉から生じた牌を見極め、飛来する軌道へ身体を割り込ませる。小さな攻撃をすべて防げるわけではない。それでも、日車は一歩ずつ間合いを詰めていった。

 

「虎杖についても同じだ」

 

 日車の声が鋭くなる。

 

「お前は、あの少年が自分を責めることを自由だと言った。だが、その苦しみを戦力としての有用性で測っている。動けるか、動けないか。それだけで判断している」

 

「戦場で見るべきなのは、動けるかどうかだろ」

 

「ならば、動けなくなった人間は切り捨てるのか」

 

「状況次第だな。助けることで全員が死ぬなら、切り捨てる判断も必要になる」

 

 雀は言い切った。

 

「逆に、助けても勝ち筋が残るなら助ける。感情だけで決める気はない」

 

 日車の眉がわずかに動いた。

 

「お前にとって、人間は損得の数字でしかないのか」

 

「数字にできる部分は数字にする。できない部分まで、できたふりはしない」

 

 雀は視線を上げた。

 

「それで判断を間違えることもある。だからって、計算を捨てる理由にはならないだろ」

 

 その言葉が、攻撃牌へ変わった。

 

 二枚の数牌が日車の胸元へ飛ぶ。

 

 一枚目が腕に当たり、二枚目が肩を打った。

 

 日車の足が半歩下がる。雀は追撃を急がなかった。攻撃に変えられる言葉は、まだある。だが、すべてを牌にする必要はない。言葉を重ねることが得策とは限らない。雀は次の一打を考えながら、日車の手元を見た。

 

 日車は息を整え、再び前へ出る。

 

「お前は、自分が正しいかどうかを考えないのか」

 

「考えるさ。考えたうえで、正しさだけじゃ勝てないって言ってるんだ」

 

「勝つためなら、何をしてもいいと?」

 

「何をしてもいいとは言ってない。やったことの代償は払う。京都の件だって、謹慎を食らった。俺が選んだ手の結果だ」

 

「ならば、罪を認めるのか」

 

「事実は認めてる。罪かどうかは、お前が裁けばいい」

 

 雀は手牌を整えた。

 

「ただし、裁かれたからって、俺が勝つのをやめる理由にはならない」

 

 日車の足元で、法廷の床が鳴った。告発の言葉が連続して牌へ変わる。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 今度は、雀の反論を待つまでもなく、日車が自分から攻撃を組み立てていた。雀の手元へ飛来した牌が、卓の縁に突き刺さる。続く一枚が肩をかすめ、もう一枚が手首を狙った。雀は腕を引いてかわしたものの、手牌を整える動作が一瞬遅れた。

 

「お前……」

 

「お前は言葉を選んで攻撃に変えている。ならば、私もまた、何を問えばお前の判断が揺らぐのかを選ぶ」

 

 日車の反撃は、単なる打ち合いから変わり始めていた。雀が小さな攻撃を積み重ねるなら、日車はその攻撃を受けながら、雀の判断そのものを狙う。

 

 そして、雀の手牌には、まだ中が二枚残っていた。

 

「ならば、裁きを受け入れろ」

 

 日車の背後で、ジャッジマンが動いた。判決を告げる声が法廷を揺らす。

 

「有罪」

 

 続いて、日車が宣告した。

 

「判決――没収」

 

 雀の手牌にある中が、黒く染まった。牌そのものが消えたわけではない。二枚はそこに残っている。だが、役牌としての効力は失われた。

 

 雀は黒くなった中を眺め、軽く息を吐いた。

 

「なるほど。牌は残すが、役としては使わせない。裁判の結果を、手の内に直接押しつけてくるわけか」

 

「お前の計算がどれほど合理的でも、裁かれることから逃げられるわけではない」

 

「逃げるつもりはないさ」

 

 雀は次の牌を引いた。

 

「ただ、裁かれた後でも勝てる手を作るだけだ」

 

 引いた牌は、中だった。黒く染まった二枚と同じ牌が、手元に加わる。

 

 さらに一巡。

 

 もう一枚、中。

 

 四枚が揃った。雀の指が止まる。

 

「暗槓」

 

 宣言と同時に、四枚の中が卓の上で揃った。次の瞬間、雀の身体が内側から弾かれた。

 

「っ……!」

 

 鈍い衝撃が胸から肩へ走る。

 

 雀は片手で卓の縁を掴んだ。喉の奥に鉄の味が広がり、唇の端から血が一筋垂れる。領域の中だからといって、術式反転の代償まで消えるわけではない。暗槓は、四枚を揃えるだけの動作ではない。雀自身の身体を削りながら、呪力の効率と肉体の出力を引き上げるための手段だ。

 

 雀は血を手の甲で拭った。

 

「……相変わらず、割に合わねえな」

 

「自分を傷つけてまで、何を成立させるつもりだ」

 

 日車が問う。

 

「勝ち筋」

 

 雀は短く答えた。痛みが消えたわけではない。指先には痺れが残り、肩の奥で筋肉が震えている。それでも、牌を扱う手は止まらなかった。雀は、先ほどポンした牌へ目を向ける。そこに一枚を加えれば、刻子は槓子へ変わる。

 

 雀は牌を引き、必要な一枚を手元へ置いた。

 

「加槓」

 

 牌を重ねた瞬間、二度目の反動が襲った。今度は脇腹を抉るような痛みだった。身体がわずかに折れ、雀の膝が床に触れかける。制服の下で筋肉が強張り、脇腹に赤い染みが滲んだ。

 

 雀は歯を食いしばり、卓から手を離さなかった。加槓もまた、術式反転の代償を伴う。

 

 領域が自傷を肩代わりしてくれることはない。法廷の裁きと麻雀の規則がぶつかっていようと、雀の身体だけは、支払うべき代償を正確に受け取っていた。

 

 卓の上で、槓ドラ表示牌がめくられる。新たなドラが示された。

 

 しかし、その効力は雀の手に十分には届かない。二つの領域が干渉し、ドラの加算は阻害されている。それでも、雀の手牌にあるドラは四つになっていた。

 

 ポンした牌を加槓したことで、雀の手はまた一段、打点を高めている。

 

「ドラを増やしても、得点には反映されないのか」

 

 日車が言った。

 

「少なくとも、今はな」

 

 雀は息を整えながら答えた。

 

「でも、槓をした事実まで消えたわけじゃない」

 

 雀の手には、すでに一つの槓子がある。

 

 加槓によって、もう一つ。

 

 残るは、あと一つ。

 

 雀は次の牌を引いた。手牌を確かめ、捨て牌を選び、もう一度牌を引く。そして、四枚の同じ牌を揃えた。

 

「暗槓」

 

 三度目の宣言。今度は、衝撃が背中を貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

 雀の肩が跳ねる。背中に鈍い痛みが広がり、口元から落ちた血が卓の縁を汚した。指が一瞬だけ開きかける。それでも雀は、牌を崩さなかった。

 

 三度目の槓。その代償もまた、身体に刻まれた。

 

 日車は雀を見据えていた。勝つために、自らを傷つける。しかも、痛みを無視しているのではない。痛みを認識したうえで、それを必要経費として計算に入れている。

 

「お前は……そこまでして、何を得る」

 

「結果」

 

 雀は血の混じった唾を飲み込んだ。

 

「結果が出なきゃ、払った分が全部赤字になる。だから、ここで止まるわけにはいかない」

 

 雀は手牌を整えた。

 

 三つの槓子。

 

 対々和へ向かう手。

 

 ドラ四。

 

 三槓子、対々和、ドラ4。

 

 合計8翻。

 

 倍満。

 

 そこへ至るための道筋が、雀の手の中に形を取り始めていた。

 

 日車は、その手を見た。

 

「その手を完成させれば、勝てるとでも思っているのか」

 

「勝てる可能性がある。だから続けてる」

 

「可能性だけで、他人の人生を踏みにじるのか」

 

 雀は日車を見返した。返答はいくつも思いつく。だが、すべてを攻撃に変える必要はない。言葉を選ぶ。相手の何を崩し、何を利用するかを決める。

 

「他人の人生を踏みにじったかどうかは、後からついてくる話だ。俺は今、目の前の勝負をしている」

 

 雀は、その言葉を攻撃牌へ変換した。

 

 数牌が二枚、日車へ飛ぶ。

 

 一枚目が腕を打ち、二枚目が胸元に当たった。

 

 日車は一歩、後退した。小さなダメージだ。決定打にはならない。だが、雀は攻撃を続けるかどうかを、もう選び終えていた。日車の言葉が、再び攻撃牌へと変わる。雀はそれを受け、手の中へ組み込んだ。

 

 攻撃を受けているだけではない。告発を鳴き、裁きの言葉を牌に変え、三度の槓による代償を支払いながら、雀は自分の勝ち筋を組み立てていた。

 

 日車は一歩、雀へ近づく。

 

「お前は、自分の行為を正当化するのか」

 

 雀の目が、手牌から日車へ移った。その問いもまた、牌になる。

 

 雀は牌を引き、手元の形を確かめた。待ちは、残っている。日車の言葉を受け止めた牌を、最後の一枚として使うことができる。

 

 雀の指が、その牌をつまんだ。血が一滴、卓に落ちた。

 

 日車はまだ気づいていない。

 

 自分が投げ続けた言葉が、雀の手を完成させる最後の一枚になろうとしていることに。

 

 雀は牌を持ち上げた。

 

 あと一手。

 

 その宣言が、法廷をひっくり返す。

原作基準で行きますか?

  • はい。原作基準でオリ敵、オリ展開無し。
  • いいえ。原作基準ではなくオリ敵オリ展開で
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