冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
祝勝会の翌朝。
セリアの部屋には、パーティの四人が膝を突き合わせるようにして集まっていた。
議題はもちろん、吾輩についてである。
昨夜、吾輩は右の前足を上げて、言葉がわかると認めた。
そこから、ちょっとした大騒ぎになったのだ。
セリアは落としたジョッキもそのままに、吾輩を抱きしめて泣き出した。
カティアは「やっぱりね!」となぜか勝ち誇り、メアリーは「まあまあ」と微笑む。
ジェイクは自分で聞いておきながら、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
その後、夜更けまで質問攻めが続いた。
右の前足を上げれば『はい』、左の前足なら『いいえ』。
ジェイクの『右の前足を上げてみろ』をそのまま流用した、即席のルールだ。
これで吾輩は、彼らのありとあらゆる質問に答えさせられたのである。
「お前は魔物か?」――左。
「誰かに飼われてたことはあるか?」――左。
「本当はしゃべれるのか?」――左。
「好きな食べ物は魚?」――右。ついでに、高々と。
しかし、肝心の『吾輩が何者なのか』という問いには、まともに答えられなかった。
はい・いいえの二択で、異世界転生だの前世のサラリーマンだのを説明するのは不可能だ。
そもそも、猫の体になった理由など吾輩自身が一番知りたいのである。
「こうなったら……『鑑定紙』を使うしかないわね」
腕を組んで唸っていたカティアが、意を決したように口を開いた。
「鑑定紙?」
「ダンジョンで見つかる使い捨ての魔道具よ。押し当てた相手のステータスを読み取って、紙に書き出してくれるの」
――ステータス、だと?
吾輩はピンと耳を立てた。
この世界には、ステータスの概念が存在するのか。
レベルがあり、スキルがあり、能力値が数値や記号で表される。
あのゲームのようなシステムが。
吾輩は思わず、心の中で力強く念じてみた。
(ステータス、オープン!)
……何も起きない。
目の前に、半透明のウィンドウは浮かばない。
脳内に無機質なアナウンスが響くこともない。
どうやら、自分で自由に覗き見られる親切設計ではないらしい。
しかし、吾輩の胸は高鳴っていた。
思えば、あのホブゴブリンとの戦いはどう考えてもおかしかったのだ。
迫りくる棍棒がスローモーションに見え、こびりついた錆の一粒まで見通せた。
いくら猫の反射神経が優れているといっても、限度というものがある。
あれは明らかに、生物としての常識を超えていた。
そして、ここで思い出してほしい。
前世で吾輩が読み漁ったライトノベルにおける、鉄板中の鉄板の展開を。
最弱の魔物や小動物に転生してしまった主人公が、実は伝説級の種族だった。
道端で拾った子猫が、実は神獣の幼体だった。
最初はみすぼらしい姿でも、ある日を境に真の力に目覚め、周囲の度肝を抜く――。
異世界転生モノにおいて、これほど王道のテンプレートは他にない。
その目で、改めて自分の体を見下ろしてみる。
雪のように白い毛並みに、灰色のストライプ模様。
白い体に、縞模様。
白くて、縞模様のある、ネコ科の生き物。
(……白虎、ではないか?)
四神の一角、西方を守護する伝説の霊獣――白虎。
ファンタジー作品では、その幼体が真っ白な子猫そっくりの姿で描かれるのもお約束である。
今はまだ子供だから、猫のような姿をしているだけかもしれない。
いずれは見上げるほどの巨体に育ち、天を裂く咆哮で魔物の群れを蹴散らすのではないか。
あるいは神獣。
あるいは聖獣。
異世界の神とやらも、ただの猫に転生させたと見せかけて、実はとんでもない隠し玉を用意していたのかもしれない。
そうだ。
きっと吾輩は猫ではない。
これまで神には、散々ネチネチと文句を並べてきた。
だが、もしそうなら、正座させるのは勘弁してやってもいい。
「ニャア!(行くぞ、すぐに行くぞ!)」
吾輩が勢いよく右の前足を突き上げると、四人は顔を見合わせて吹き出した。
街の東通りの外れに、その魔道具店はあった。
軒先には、得体の知れない干物がぶら下がっている。
薄暗い店内には、用途の見当もつかないガラクタが天井まで積み上げられていた。
カウンターの奥では、分厚い眼鏡をかけた小柄な老婆が、水晶玉を布で磨いていた。
「鑑定紙かい? あるよ。ほれ、そこの箱の中だ」
老婆が顎でしゃくった先には、木箱いっぱいに無造作に詰め込まれた紙の束があった。
羊皮紙に似ているが、表面が真珠のように淡く輝いている。
「こいつは今の魔法技術じゃ、どうやっても作れない代物でね。ダンジョンからしか出てこないのさ」
「えっ、じゃあ、すごく貴重なんじゃ……」
セリアが心配そうに財布の紐を握りしめると、老婆はカッカッと笑った。
「とんでもない。ダンジョンの宝箱を開けたら、こいつが束で出てくるなんてザラだよ。冒険者連中は『ハズレ紙』なんて呼んでる。一枚、銀貨三枚だ」
作れないけれど、腐るほど手に入る。
なるほど、前世でいうところの、ガチャの最低レアのようなものか。
とはいえ、銀貨三枚というのは決して安い額ではない。
Eランクの冒険者が、地道な雑用や薬草採集でようやく稼げるかどうかの金額だ。
普段の彼らなら、猫一匹のために気軽に出せるものではないだろう。
だが、今の彼らには余裕があった。
先日のホブゴブリンと、三十匹を超えるゴブリンの討伐報酬。
ギルドの見直し分も加わり、駆け出しパーティの財布はずっしりと重くなっていたのだ。
「全然大丈夫! 昨日の報酬があるもの」
「そうよ。ここでケチったら、気になって夜も眠れないわ」
セリアとカティアが頷き合い、ジェイクとメアリーも迷わず財布から硬貨を取り出した。
四人で出し合った銀貨が、カウンターの上でチャリンと音を立てる。
……まったく。
懐に余裕があるとはいえ、猫一匹の正体を知るために、誰一人渋らず財布を開くとは。
本当に、お人好しな連中である。
目頭が、少しだけ熱くなる。
吾輩はセリアの足に、頭を擦りつけた。
「使い方は簡単だよ。調べたい相手の体の一部を、紙に押し当てるだけさ。……しかし、猫を鑑定するなんて客は初めてだねえ」
老婆が怪訝そうに眼鏡を押し上げる中、吾輩たちは店を後にした。
宿の部屋に戻ると、テーブルの上に鑑定紙が恭しく広げられた。
四人がぐるりと周りを取り囲み、固唾を呑んで吾輩を見つめる。
「じゃあ、いくよ、シロ」
セリアがそっと吾輩の右の前足を取り、ぷにっとした肉球を、紙の中央に押し当てた。
その瞬間、鑑定紙がふわりと淡い光を放った。
吾輩の肉球の跡を中心に、黒いインクの文字が次々と浮かび上がっていく。
まるで、見えないペンが走っているかのようだ。
異世界の文字が、吾輩の頭の中で、するすると日本語に変わっていった。
一番上に、くっきりと記されたのは。
――種族。
ごくり、と誰かが喉を鳴らした。
吾輩も、思わず尻尾をピンと立てる。
さあ、来い。
白虎か、神獣か。
吾輩の真の正体よ――今こそ、その姿を現すがいい!