冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
淡い光が収まると、鑑定紙の上には、整然とした文字の列が浮かび上がっていた。
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名前:シロ(城之内 士郎)
種族:ねこ?
レベル:3
体C 力D 器B 速A 知A 魔A
所持スキル
言語理解、探知、思考加速、風魔法、雷魔法
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吾輩は、一番上の行に釘付けになった。
城之内 士郎。
もう二度と目にすることはないと思っていた、懐かしい漢字の並び。
異世界の文字で書かれた『シロ』の横に、括弧書きで、確かに吾輩の前世の名前が記されていたのである。
「名前は……シロ。うん、ちゃんとシロって書いてある!」
セリアが嬉しそうに声を上げ、それから首を傾げた。
「でも、その横の、この模様みたいなのは何だろう?」
「文字……よね? でも、こんなの見たことないわ。古代文字かしら」
カティアが眉をひそめて紙に顔を近づける。
当然だ。
この世界に、漢字などという複雑怪奇な文字が存在するはずもない。
「シロ、これ、読めるのか?」
ジェイクの問いに、吾輩は少し迷ってから――右の前足を上げた。
仲間に隠し事はしないと、決めたばかりである。
「マジかよ……。じゃあ、なんて書いてあるんだ?」
「ジェイク、それ『はい』と『いいえ』じゃ答えられないでしょ」
「あ、そうか……」
メアリーにやんわりと指摘され、ジェイクがガシガシと頭を掻く。
助かった。
今はまだ、前世のことまで説明できる手段がない。
いつか言葉を伝える方法が見つかったら、その時にちゃんと話そう。
それよりも、だ。
吾輩の視線は、すぐ下の行へと移った。
『種族:ねこ?』
……ねこ。
しかも、ひらがな。
いや、異世界の文字だから、本当はひらがなではない。
吾輩の脳内ではなぜか、ひらがなに『?』がついた形で翻訳されているのだ。
(なぜ疑問形なのだ)
白虎ではなかった。
神獣でもなかった。
それどころか、鑑定紙の方が「たぶん、ねこ……かな?」と首を傾げているような有様である。
吾輩は猫ではない、と散々言い張ってきた。
だが、まさか世界の側からも「猫かどうか自信がない」と言われるとは思わなかった。
「ねえ、種族のところ、なんで疑問形なの……?」
「鑑定紙が疑問形で表示するなんて、聞いたことないわ」
「不良品だったんじゃねえか? ハズレ紙だし」
「でも、他のところはちゃんと書いてありますよ?」
四人がわいわいと議論を始める中、吾輩はがっくりと項垂れた。
期待が大きかった分、落差がひどい。
前世でいえば、宝くじの当選番号を確認したら、一桁違いの組違いだった時のような気分である。
しかし、気を取り直してステータスの数値に目を移すと、今度は四人の様子が変わった。
「ちょっと待って。速さと知恵と魔力が、全部A……?」
カティアの声が上ずる。
話を聞くに、ステータスの評価はギルドのランクと同じく、最高がSで最低がFらしい。
一般的な成人男性で、だいたいDからC。
Aといえば、その道の一流と呼ばれる人間でようやく届く領域なのだという。
「俺なんかレベル8で、力がB、速さはDだぞ……」
「私、魔力はBなのに……猫に負けた……」
ジェイクとカティアが、揃って遠い目をしている。
レベル3ということは、先日のゴブリン戦で少し上がったのだろうか。
レベルは彼らよりずっと低いのに、能力値だけは妙に高い。
特に『知』がAなのは、中身が三十代の元社会人だからだろう。
伊達に十年以上、理不尽な会議と資料作成に揉まれてきたわけではない。
そして、所持スキル。
『言語理解』――これは、神がくれた唯一のチートだ。セリアたちの言葉がわかるのも、これのおかげに違いない。
『探知』――薬草探しでやけに鼻が利いたのは、猫の嗅覚だけでなく、このスキルの効果もあったのかもしれない。もっとも、ゴブリンの大群を見逃したあたり、まだ使いこなせてはいないようだが。
『思考加速』――ホブゴブリンの棍棒がスローモーションに見えた、あれだ。やはり、ただの猫の反射神経などではなかったのである。
なるほど。
これまでの謎が、パズルのピースのように次々と埋まっていく。
だが、吾輩の目はその先――最後の二つに吸い寄せられて、離れなかった。
『風魔法』
『雷魔法』
「……二属性」
メアリーが、ぽつりと呟いた。
部屋の空気が、しんと静まり返る。
魔法の素質を持つ者は、百人に一人。
その大半は単一属性で、二属性を扱えれば、それだけで才能ある魔法使いとしてもてはやされる。
以前、そう聞いたことがある。
「二属性の魔法使いなんて、この街の魔術師ギルドにも何人いるか……」
カティアが、信じられないものを見る目で吾輩と鑑定紙を見比べている。
ジェイクは口を半開きにしたまま固まり、セリアは両手で口元を押さえていた。
吾輩は、自分の小さな前足を、じっと見下ろした。
ぷにぷにとした肉球。
泥を掘り、干し肉を押さえ、ホブゴブリンの鼻っ柱を引っ掻いた、ただの猫の前足だ。
この前足から、風が吹き、雷が奔る。
種族は、ねこ?
白虎でも、神獣でもなかった。
だが――どうやら吾輩は、魔法を使うことができるらしい。