冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第13話 かわいいは正義

翌朝。

ギルド併設の酒場の片隅で、吾輩は人生――いや、猫生最大の課題に直面していた。

 

どうやら吾輩は、魔法を使うことができるらしい。

 

昨日、鑑定紙がそう言った。

風魔法と雷魔法。

二属性。

この世界では「才能あり」ともてはやされる部類だそうだ。

 

問題は、使い方がまったくわからないことである。

 

(新しい業務システムを導入しました。マニュアルはありません。研修もありません。来週から本番です。……前世で何度も見た地獄だ)

 

ものは試しと、テーブルの上で前足を突き出してみる。

 

ニャア(風よ!)

 

何も起きない。

 

ニャッ(ウインドカッター!)

 

何も起きない。

隣の席の酔っぱらいが、不思議そうにこちらを見ただけだった。

 

(やめよう。これ以上は黒歴史が増えるだけだ)

 

独学が無理なら、詳しい人間に聞けばいい。

社内に専門部署があるなら、そこに問い合わせるのが一番の近道だ。

幸い、我がパーティには本職の魔術師がいる。

 

吾輩はテーブルの上をとことこ歩き、朝食のスープをすすっているカティアの前で止まった。

 

「……何よ」

 

釣り目がこちらを見下ろす。

吾輩はまず、右の前足でカティアを指した。

 

ニャア(あなたは魔術師)

 

次に、その前足を自分の胸に当てる。

 

ニャア(吾輩も魔法が使えるらしい)

 

そして、魔法を放つように前足をぐっと前に突き出した。

 

ニャアッ(使い方を教えてほしい)

 

完璧なプレゼンだ。

 

要点を三つに絞り、身振りで補足する。

前世の企画会議なら、部長が頷いていたところである。

 

カティアはスプーンを持ったまま固まっていた。

 

「か……」

 

(か?)

 

「かわっ……!」

 

カティアが口元を押さえて顔を背けた。

肩が小刻みに震えている。

 

「見た!? 今の見た!? 前足で、ちょんって! ちょんって!」

 

いつの間にか背後に回っていたセリアが、吾輩を抱き上げて頬ずりしてきた。

 

「シロったら、何か一生懸命お話ししてるの! かわいいーっ!」

 

(違う。お話ではない。業務上の問い合わせだ)

 

セリアの腕からどうにか抜け出し、吾輩は作戦を変えることにした。

言葉が足りないなら、実演あるのみ。

後ろ足で立ち上がり、魔術師が杖を構えるように、両前足を高く掲げる。

 

だが、猫の骨格は二足歩行向けにできていない。

ぷるぷると数秒耐えたあと、吾輩はバランスを崩して、ころんと仰向けにひっくり返った。

 

視界いっぱいに、酒場の煤けた天井が広がっている。

本来なら、杖を構えた勇ましい姿でカティアを見据えているはずだった。

 

(……やってしまった)

 

「~~~っ!」

 

カティアがテーブルに突っ伏した。

 

「何なのよ、この生き物……反則でしょ……」

「あらあら」

 

メアリーが頬に手を当てて、にこにこしている。

近くの席の冒険者たちまで、こちらを見て顔をゆるめていた。

ただ一人、ジェイクだけが腕を組んで渋い顔をしている。

 

「おい。腹でも減ってんじゃねえのか、そいつ」

 

(惜しい。いや、全然惜しくない)

 

だが、よく見ればジェイクの口の端もぴくぴくしている。

必死にこらえているらしい。

 

(どいつもこいつも……)

 

プレゼンは伝わらず、議題は脱線し、参加者は全員猫に夢中。

前世なら、議事録に一行も書けない会議として部長に雷を落とされる案件である。

 

吾輩が腹を出したまま途方に暮れていると、メアリーがおっとりと首をかしげた。

 

「シロちゃん。もしかして、魔法の使い方を知りたいのではないかしら」

 

吾輩は跳ね起きて、右の前足を高々と上げた。

 

(さすがメアリー。やはりこのパーティで一番の大物だ)

 

「……なんだ、そういうことかよ」

「そういうことなら、早く言いなさいよ」

 

カティアが顔を赤くしたまま咳払いをした。

 

(言った。全力で言った)

 

   *

 

カティアの講義は、ギルドの裏手にある空き地で行われることになった。

かつて吾輩が餓死しかけていた、あの場所である。

 

「いい? まず大前提として、魔法は素質がないと使えないの。私は火魔法の素質があるから、火の魔法しか使えない。シロの場合は風と雷ね」

 

カティアは人差し指を立てた。

 

「手順は三つ。体の中の魔力を感じて、操作する。それを一か所に集めて、膨らませる。最後に、起こしたいことをイメージして送り込む。私が火球を撃つときは、火の玉を思い浮かべるわけ」

 

(ほう。意外と論理的だ)

 

「ちなみに、ここで実演はしないわよ。街中で火なんか出したら、またエレナさんに笑顔で呼び出されるもの」

 

カティアが遠い目をした。

よほど堪えたらしい。

 

「詠唱とか祈りの言葉とかを唱える人も多いけど、あれは本当は必要ないの。声に出すとイメージがはっきり固まる。それだけのことよ」

 

(なるほど。指差し確認みたいなものか)

 

前世の職場でも、「ヨシ!」と声に出して確認することでミスを減らしていた。

 

口に出すと頭が整理される。

理屈はわかる。

 

問題は、吾輩が「ニャア」しか言えないことだ。

 

(となると、頭の中で言葉を繰り返すしかないな)

 

「まずは魔力を感じるところからね。お腹の奥に、温かいものがあるはずよ。最初は何日もかかる人が――」

 

カティアの説明が終わる前に、吾輩はそれを見つけていた。

 

腹の奥。

じんわりとした熱の塊。

 

意識を向けると、それは吾輩の思うままに動いた。

 

前足へ。

尻尾の先へ。

また腹へ。

 

(なんだこれ。ずいぶん素直に動くな)

 

試しに胸のあたりに集めてみる。

熱がぎゅっと固まって、少しずつ膨らんでいくのがわかった。

 

「……ねえ。シロの毛、なんか逆立ってない?」

 

セリアの言葉に、カティアが目を見開いた。

 

「嘘でしょ。もう魔力を集めてるの? 初めてで?」

「魔力Aは伊達じゃねえってことか」

 

ジェイクの言葉に、カティアががっくりと肩を落とした。

 

「また猫に負けた……」

 

(すまない、カティア。だが今は集中させてほしい)

 

あとはイメージだ。

 

風。

風といえば何だ。

 

嵐。

竜巻。

かまいたち。

どれも漠然としていて、うまく形にならない。

 

そのとき、ふと思い出したのは、前世のワンルームの片隅にあった扇風機だった。

 

量販店で一番安かったやつだ。

首振りのボタンが壊れていて、いつも同じ方向しか向かなかった。

残業から帰って、ネクタイを緩めて、あの風の前に座り込むのが、夏の唯一の楽しみだった。

 

(そうだ。あれなら、嫌というほど知っている)

 

羽根の形。

モーターの低い唸り。

顔に当たる風の感触。

 

吾輩は頭の中で、何度も繰り返した。

 

(扇風機。スイッチ、オン。風量、弱)

 

胸に集めた熱を、前足の先へと押し出す。

 

ふわり、と。

 

空き地の草が、さわさわと揺れた。

セリアの金髪がなびき、カティアのローブの裾がはためく。

そよそよと、優しい風が吹いていた。

 

「わ……涼しい」

 

セリアが目を細めた。

 

「これ、シロがやってるの?」

 

吾輩は答えられなかった。

前足の先から、確かに風が生まれている。

吾輩の魔力が、吾輩のイメージで、この世界に形を持って現れている。

 

扇風機の「弱」程度の、ささやかな風だ。

ゴブリン一匹倒せやしない。

 

それでも。

 

(……魔法だ)

 

前世で初めて、自分の企画が通った日を思い出した。

誰にも期待されていなかった新人が、初めて任された仕事をやり遂げた日。

あの日の帰り道の、少しだけ誇らしい気持ち。

 

猫に転生して、餓死しかけて、拾われて。

何もできない小さな体で、ずっと誰かの世話になってきた。

そんな吾輩が、初めて自分の力で何かを起こしたのだ。

 

「すごいすごい! シロ、すごいよ!」

 

セリアが吾輩を抱き上げて、くるくると回った。

風が途切れる。

 

「ちょ、ちょっと! 集中が切れちゃうでしょ!」

 

カティアが慌てて止めに入るが、その口元は笑っていた。

 

セリアの腕の中で、吾輩はそっと目を閉じた。

 

ニャア(神よ。正座の時間は、少しだけ短くしてやってもいい)

 

……いや、やっぱり小一時間は問い詰めよう。

 

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