冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第15話 シロとジェリー

「ネズミ駆除、ですか?」

 

セリアが聞き返すと、受付のエレナさんは完璧な営業スマイルでうなずいた。

 

「ええ。ハーゲン商会さんの倉庫で、最近ネズミの被害がひどいそうなんです。報酬は銀貨八枚。Eランクの依頼としては、悪くない条件だと思いますよ」

 

翌朝のギルドである。

依頼の谷間が明けて、吾輩たちは久しぶりに掲示板の前に立っていた。

 

「おい、俺たちは冒険者だぞ。ネズミ捕りは猫の仕事だろ」

「だから、その猫がいるじゃない」

「……」

 

ジェイクの抗議は、カティアの一言で沈黙した。

四人分の視線が、セリアの足元に座る吾輩に集まる。

 

(嫌な予感しかしない)

 

前世の会社でもあった。

「君、前の部署で経理やってたよね?」の一言で、なぜか社内の飲み会の会計を全部押しつけられる現象である。

 

人はそれを適材適所と呼ぶ。

吾輩は職務範囲外と呼ぶ。

 

案の定、後ろのテーブルから笑い声が上がった。

 

「聞いたか? 猫使いのパーティがネズミ退治だとよ」

「そりゃ天職だ。猫に任せときゃ報酬丸儲けじゃねえか」

 

セリアの頬がぷくっと膨らむ。

メアリーが「あらあら」と微笑み、ジェイクが舌打ちをした。

 

(言わせておけ。こちらは中身が三十代の元社会人だ。この程度の野次は、朝礼の訓示より聞き流しやすい)

 

問題は、そこではない。

 

(吾輩、ネズミを食べる気はまったくないのだが)

 

前世の記憶が戻ってから、吾輩の食生活は人間寄りだ。

 

干し肉、パン、祝勝会の肉料理。

生のネズミは、どう考えてもメニューに載っていない。

 

「シロ、やってくれる?」

 

セリアがしゃがみ込んで、吾輩の顔をのぞき込んだ。

碧い目が、期待できらきらしている。

 

「ニャア(……はい)」

 

吾輩は右の前足を上げた。

社畜とは、頼まれると断れない生き物なのである。

 

   *

 

「ハーゲン商会って、最近急に大きくなったところよね」

 

倉庫街へ向かう道すがら、カティアが地図を広げながら言った。

 

「前は小さな雑貨屋だったのに、ここ二、三年で倉庫をいくつも買い取ったって聞いたわ」

「景気がいいなら、報酬の払いもいいだろ」

「あらあら。急に大きくなるのは、いいことばかりではないのではないかしら」

 

メアリーがおっとりと首をかしげる。

カティアは地図を見つめたまま、自信満々に右の路地へ曲がろうとした。

 

「ニャア(そっちは魚市場だ)」

 

吾輩はカティアのローブの裾をくわえて、左へ引っぱった。

 

地図が読めるのに道を間違える。

前世でいえば、マニュアルを完璧に暗記しているのに、なぜか毎回違う会議室に行く同期と同じである。

 

ハーゲン商会の倉庫は、街の南側、荷馬車が行き交う倉庫街の一角にあった。

石造りの大きな建物で、中には小麦や豆の袋が天井近くまで積み上げられている。

 

「いやあ、助かります。最近はもう、ネズミどもがやりたい放題でして」

 

出迎えたのは、倉庫番のオットーという中年の男だった。

 

腰が低く、愛想もいい。

ただ、手に持った帳簿を、話している間じゅう胸に抱えたままだった。

 

(大事な書類を抱えて離さないタイプか。前世の経理部長もそうだったな)

 

倉庫の中は薄暗く、穀物と埃の匂いがした。

そして、その奥に――いる。

 

吾輩の耳が、壁の向こうのかすかな足音を拾った。

ひげが、空気の揺れを感じ取る。

探知のスキルも、ぼんやりと小さな気配の群れを示していた。

 

「それで、どうやって退治するの?」

「火は論外ね。こんな場所で使ったら、倉庫ごと燃えるわ」

「誰もお前に燃やせなんて頼んでねえよ」

「なによ、その言い方!」

 

ジェイクとカティアの口喧嘩を、メアリーが「まあまあ」と眺めている。

いつもの光景だ。

 

作戦は単純だった。

吾輩がネズミの巣穴を見つけて、追い立てる。

逃げ出したネズミを、セリアとカティアがスリングショットで仕留める。

ジェイクは、見つかった穴を板で塞いでいく係だ。

 

「大剣使いの仕事じゃねえ……」

 

ジェイクがぼやきながら、金槌を握った。

 

吾輩には、もう一つ秘策があった。

風魔法である。

 

壁際の小さな穴の前に陣取り、毛を逆立てる。

扇風機の「弱」を思い浮かべて、穴の奥へそよ風を送り込む。

 

しばらくすると、穴の反対側から、ネズミが慌てて飛び出してきた。

 

自分の巣に、得体の知れない風が吹き込んできたのだ。

誰だって逃げ出す。

 

(燻り出しならぬ、扇ぎ出しだ)

 

「シロ、今の風で追い出したの?」

 

「ニャア(はい)」

 

吾輩が右の前足を上げると、セリアが目を輝かせた。

「弱」の風にも、ちゃんと出番はあるのだ。

 

   *

 

結論から言おう。

吾輩の体は、吾輩の言うことを聞かなかった。

 

積み荷の隙間から、灰色の影がちょろりと走り出た瞬間である。

吾輩の脳が「落ち着け、まずは状況を確認しろ」と指示を出すより早く、後ろ足が床を蹴っていた。

 

(待て待て待て、吾輩は猫ではない!)

 

叫んだところで、体は止まらない。

速Aの脚力で袋の山を駆け上がり、梁に飛び移り、気づけば前足でネズミを押さえ込んでいた。

途中で床に落ちていた埃の塊にまで飛びかかったのは、見なかったことにしてほしい。

 

「すごい、シロ!」

 

セリアの歓声が響く。

 

吾輩の前足の下で、ネズミが「チュウ」と鳴いた。

目が合った。

 

(……いや、すまん。食べないから)

 

そっと前足を離す。

ネズミは一目散に逃げて、待ち構えていたカティアの鉛玉に吹っ飛ばされた。

 

「ちょっと、なんで離すのよ!」

 

「ニャア(吾輩の業務は発見と追い込みだ。処理は別部署の担当である)」

 

カティアには伝わらなかったが、結果的に分業は成立した。

 

思考加速のおかげで、ネズミの動きは手に取るようにわかる。

吾輩が追い、二人が撃ち、ジェイクが塞ぐ。

 

メアリーは、積み荷の陰でこっそり豆をつまんでいたネズミに「あらあら、だめよ」と錫杖を振り下ろしていた。

やはり、このパーティで一番の大物は彼女だ。

 

日が傾く頃には、見つかった巣穴は十二か所。

仕留めたネズミは三十匹を超えていた。

 

「これで、しばらくは大丈夫だろ」

 

ジェイクが最後の板を打ちつけて、肩を回した。

 

オットーは何度も頭を下げていた。

帳簿は、相変わらず胸に抱えたままだった。

 

   *

 

引き上げる前に、吾輩は倉庫の奥をもう一度だけ見回った。

 

残ったネズミがいないか、念のための確認である。

前世で叩き込まれた「納品前の最終チェック」の癖だ。

 

食い破られた袋の周りには、こぼれた小麦が散らばっている。

床には小さな足跡と、ネズミのフン。

被害の跡としては、わかりやすい。

 

だが、奥の一角だけ、様子が違った。

 

積み荷の列に、ぽっかりと隙間が空いている。

袋が何袋か、まるごと消えていた。

 

床にこぼれた粒は一つもない。

食い破った跡も、引きずった跡もない。

 

代わりに、埃の上に残っていたのは――人間の靴の跡と、荷車の車輪の筋だった。

 

(おかしいな)

 

吾輩は、ひげをぴんと張った。

 

ネズミは、袋に穴を開けて中身をかじる。

袋ごと担いで、荷車で運んだりはしない。

 

(これは、ネズミの仕事にしては、ずいぶんときれいすぎる)

 

「シロー! 帰るよー!」

 

入り口から、セリアの呼ぶ声がした。

吾輩はもう一度だけその隙間を振り返ってから、仲間たちのもとへ駆け出した。

 

どうやらこの倉庫には、ネズミより大きなネズミが住み着いているらしい。

 

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