冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

17 / 18
第17話 燃えよカティア

「シロ、ちょっと付き合いなさい」

 

ハーゲン商会の件から三日後の朝。

宿の前で吾輩を待ち構えていたのは、赤いローブのカティアだった。

 

「セリアには許可を取ってあるわ。今日は依頼もないし」

「シロ、カティアと仲良くね!」

 

宿の窓から、セリアが手を振っている。

完全に、子どもを習い事に送り出す母親の顔だ。

黒い鷹の木札を見た日から、セリアは時々ぼんやりしていることがある。

それでも、今朝はいつもどおりに笑っていた。

 

(吾輩の意思確認は、どこへ行った)

 

前世でもあった。

本人の知らないところで決まっている、休日の社内ゴルフコンペ。

 

吾輩は小さくため息をついて、カティアの後ろについていった。

 

連れていかれたのは、街の外れを流れる川の河原だった。

 

見渡すかぎり、灰色の石ころばかり。

草木はほとんど生えていない。

 

「ここなら燃えるものがないから、火魔法の練習ができるの。わたしの秘密の練習場所よ」

 

カティアは、少しだけ得意げに胸を張った。

それから、ちらりと吾輩を見る。

 

「あんたの風魔法、その後どうなの?」

 

(相変わらず「弱」だ)

 

吾輩は毛を逆立てて、そよ風を起こしてみせた。

カティアの赤茶色の髪の毛先が、ふわりと揺れる。

 

「……ふうん。まだその程度なのね」

 

口ではそう言いながら、カティアの口元は明らかに緩んでいた。

 

わかりやすい。

前世でいえば、同期の昇進が見送られたと聞いて「残念だったな」と言いつつ、目が笑っている営業部の男である。

 

   *

 

カティアの練習は、真剣そのものだった。

 

短杖を構え、河原の大きな石に向かって、火球を撃つ。

撃つ。

また撃つ。

 

火球が石に当たって弾けるたびに、熱気が吾輩のひげを焦がしそうになる。

 

(やはり、本職は違うな)

 

火球の大きさは、人の頭ほど。

狙いも正確だ。

 

魔力Bは、一般人から見れば十分に優秀な数字である。

 

十発ほど撃ったところで、カティアは石に腰を下ろした。

額の汗をぬぐいながら、ぽつりとこぼす。

 

「……森じゃ、使えないのよね。これ」

 

吾輩は、彼女の隣に座った。

 

「火しか使えないってことは、森の依頼じゃ、わたしはただのスリングショット係ってこと。ホブゴブリンのときだって、結局ギルドに叱られたし」

 

(ホブゴブリンに火魔法を使った件か。エレナさんの呼び出しは、まだ堪えているらしい)

 

「なのに、あんたは風と雷の二属性。しかも魔力A。……猫なのに」

 

カティアは膝を抱えて、川面を見つめた。

 

「わたしね、小さい頃は、なんでも使える大魔術師になりたかったの。おとぎ話に出てくるみたいな、四属性の」

 

吾輩は黙って聞いていた。

もっとも、吾輩はいつでも黙っているのだが。

 

「うち、田舎の鍛冶屋なのよ。父さんが鍛冶師で、兄さんが跡継ぎ。わたしは小さい頃から、ずっと炉の火を見て育ったの」

 

だから、火の素質があるとわかったときは嬉しかった。

火以外の素質がないとわかったときは、一晩泣いた。

カティアは、そう言って笑った。

 

「単一属性じゃ、王都の魔術学院の推薦はもらえなかった。だから冒険者になったの。実績を積んで、属性の数なんて関係ないって見返してやるつもりだったのに……」

 

その先は、言葉にならなかった。

最初の大きな実績は、火魔法を使ってギルドに叱られたことだ。

 

「でも父さんは言ったわ。『火は一つでも、鍛え方次第でなんだって作れる』って。……鍛冶屋らしい慰め方よね」

 

「ニャア(いい親父さんじゃないか)」

 

前世の会社にも、なんでもそつなくこなす器用な社員と、一つのことしかできない職人肌の社員がいた。

 

最後に頼られるのは、たいてい後者だった。

トラブルの火元に飛び込んでいくのは、いつだってその道一筋の人間なのだ。

 

吾輩は右の前足を、そっとカティアの膝に置いた。

カティアは一瞬きょとんとして、それから顔を赤くした。

 

「な、なによ。慰めてるつもり?」

 

「ニャア(はい)」

 

「……猫のくせに、生意気」

 

カティアはそっぽを向いた。

耳まで赤い。

 

   *

 

「鍛冶屋の炉ってね、火だけじゃ鉄は溶けないのよ」

 

気を取り直したカティアが、小枝で河原の石に図を描き始めた。

 

「ふいごで風を送り込むの。そうすると、火が一気に強くなる。小さい頃、ふいごを踏むのがわたしの仕事だったわ」

 

(ふいご)

 

吾輩の頭の中で、何かがかちりと噛み合った。

 

前世の、残業帰りのワンルーム。

安物の扇風機。

 

そういえば、会社の喫煙所で、ライターの火が扇風機の風で消えるどころか、ぶわっと大きくなって、課長が前髪を焦がしたことがあった。

あのとき吾輩は、心の中で拍手をしたものだ。

 

(風は、火を強くする)

 

吾輩は立ち上がって、カティアのローブの裾をくわえた。

そのまま河原の石の前まで引っぱっていき、前足で石を叩く。

 

「なによ。撃てってこと?」

 

「ニャア(はい)」

 

「……小さいのでいい?」

 

右。

 

カティアは首をかしげながらも、短杖を構えた。

指先ほどの、小さな火が石の上に灯る。

 

吾輩は毛を逆立てた。

 

腹の奥の温かい塊を集めて、扇風機の「弱」を思い浮かべる。

風向きは一方向。

首振りボタンの壊れた、いつもの風だ。

 

そよ風が、小さな火を撫でた。

 

次の瞬間。

指先ほどだった炎が、ぼうっと音を立てて、吾輩の背丈よりも高く燃え上がった。

 

「きゃあっ!?」

「ニャア(うおっ!?)」

 

カティアと吾輩は、そろって飛びのいた。

吾輩の尻尾の毛が、ちりっと焦げた匂いがした。

 

炎はすぐに小さくなり、石の上でくすぶって消えた。

しばらく、川のせせらぎだけが聞こえていた。

 

「……今の、なに」

 

カティアが、呆然とつぶやく。

 

(ふいごだ。吾輩の「弱」が、君の火のふいごになったんだ)

 

伝えたいことは山ほどあったが、吾輩にできるのは右の前足を上げることだけだ。

だが、カティアには十分だったらしい。

 

「あんたの風で、わたしの火が強くなった……?」

 

右。

 

カティアの琥珀色の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。

それから、彼女は短杖を握りしめて、勢いよく立ち上がった。

 

「シロ、もう一回! 今度はもう少しだけ大きい火でいくわよ!」

 

(待て、尻尾がまだ焦げ臭いんだが)

 

結局その日、吾輩たちは日が暮れるまで河原で実験を繰り返した。

 

火の大きさと、風を当てる角度と、距離。

カティアは石に数字を書きつけ、吾輩は尻尾を守りながら風を送り続けた。

 

近すぎると、炎が吾輩のほうへ吹き返してくる。

遠すぎると、風が届かない。

 

火が大きすぎると、吾輩の「弱」では焼け石に水――いや、焼け石にそよ風だ。

 

小さな火に、ちょうどいい距離から、まっすぐ風を送る。

それが一番よく燃えることがわかった。

 

帰り道、カティアは少し前を歩きながら、振り返らずに言った。

 

「……今日のことは、みんなにはまだ内緒よ。もっとちゃんと使えるようになってから、驚かせてやるんだから」

 

それから、蚊の鳴くような声で付け足した。

 

「ありがと、シロ」

 

(どういたしまして)

 

吾輩の「弱」の風は、一人ではそよ風にしかならない。

カティアの火は、一人では森で使えない。

けれど、二つ合わせれば、少なくとも課長の前髪くらいは焦がせるらしい。

 

どうやら吾輩たちは、思っていたよりも相性のいいコンビになれそうだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。