冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
先日、話数の投稿順が前後してしまい、23話の後に「22話」を追加で挿入投稿いたしました。
「おめでとうございます。皆さんに、Dランク昇格試験の受験資格が出ました」
ギルドの受付で、エレナが完璧な営業スマイルとともに告げた。
一瞬、誰も何も言わなかった。
それから、セリアが吾輩を抱き上げて、その場でくるりと一回転した。
「やったー! 聞いた、シロ? 昇格試験だって!」
(聞いている。聞いているから、回るのをやめてほしい)
エレナは、手元の書類をめくりながら説明を続けた。
「Dランクへの昇格には、実績と、ギルド職員による評価、それから昇格試験の合格が必要です。ハーゲン商会の倉庫の件、それから森での捜索と救出。どちらも、報告の内容がしっかりしていました。職員の評価も問題ありません。あとは試験だけ、ということですね」
「試験って、何をやるんですか?」
メアリーが首をかしげると、エレナは指を二本立てた。
「二つです。まず、試験官による実力の評価。一人ずつ、戦い方や判断を見ます。次に、郊外での実地試験。ほかの受験パーティと合同で、決められた課題をこなしてもらいます。試験は十日後です」
「試験官って、どんな人なの?」
「元Cランクの冒険者の方です。……とても、厳しい方ですよ」
エレナの笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。
その笑顔を見て、ジェイクが小さく咳ばらいをした。
「浮かれるのは、受かってからにしようぜ。十日もあるなら、準備はできる。……まあ、悪い知らせじゃねえけどな」
そう言いながら、ジェイクの口の端は、隠しきれずに上がっていた。
カティアは腕を組んで、顔をそむけた。
「当然よ。ホブゴブリンを倒したパーティなんだから、むしろ遅いくらいだわ。……実地試験の場所って、森じゃないわよね? 森じゃなければ、火魔法も使えるんだけど」
「場所は当日まで秘密です。それと、カティアさん。試験中も、規約は規約ですからね」
「わ、わかってるわよ」
カティアの耳が、みるみる赤くなった。
ホブゴブリンの一件で呼び出されたことは、まだ尾を引いているらしい。
メアリーは両手を胸の前で合わせて、にこにこと笑っていた。
「あらあら。受かったら、お祝いをしないといけないかしら。酒場の人に、いちばん大きなお肉を頼んでおかないと」
「ニャア(吾輩の分も頼む。塩抜きで)」
「気が早いって」
ジェイクが苦笑した。
それから、ふと吾輩のほうを見た。
「なあ、エレナさん。シロはどうなるんだ? こいつも、ちゃんとパーティの一員なんだが」
エレナは書類から顔を上げて、セリアの腕の中の吾輩を見た。
営業スマイルが、ほんの一瞬だけ固まった。
「……ギルドの規定に、猫の項目はありません。ですので、同行は認めます。評価の対象になるかどうかは、試験官の判断次第ですね」
(評価対象外の可能性あり、か)
前世でも、似たような制度があった。
主任昇格試験。
受験資格は「勤続五年以上、かつ上長の推薦」。
吾輩は推薦をもらった年に、ちょうど大型案件が炎上して、受験の申込書を出しそびれた。
翌年は申込書の様式が変わっていて、気づいたときには締め切りが過ぎていた。
結局、吾輩は一度も昇格試験というものを受けたことがない。
(転生してまで、受験資格すら怪しいとは)
だが、不思議と悪い気はしなかった。
仲間の誰かが、吾輩の分まで聞いてくれた。
それだけで、前世の受験資格より、ずっと価値がある気がした。
*
「よし、今日は準備の相談だ。酒場の奥、空いてるか見てくる」
ジェイクがそう言って、カティアとメアリーを連れて先に受付を離れた。
セリアも、吾輩を抱いたまま後に続こうとした。
「セリアさん。少しだけ、よろしいですか」
エレナが、小さな声で呼び止めた。
いつもの営業スマイルではなかった。
「ここ数日、ギルドに男の人が来ているんです。金髪の若い女剣士はいないか、と尋ねて回っていて」
セリアの腕に、わずかに力が入った。
抱かれている吾輩には、それがはっきりとわかった。
「名前は名乗りませんでした。身なりのいい方で、言葉づかいも丁寧でしたが、冒険者には見えませんでした。もちろん、ギルドは冒険者の個人的なことはお話ししません。ただ、金髪の女剣士で、最近この街に来た方というと、思い当たるのがセリアさんくらいなので。一応、お耳に入れておこうと思いまして」
セリアは、一拍おいてから、笑った。
「やだ、エレナさん。金髪の女剣士なんて、この街にいくらでもいるじゃない。きっと、別の誰かよ。わたし、人に捜されるような覚えなんてないもの」
(セリア。その笑顔は、遅刻の言い訳をする新人の笑顔だ)
「そうですね。わたしの考えすぎかもしれません」
エレナは、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、最後にもう一度だけ、セリアの顔を静かに見た。
「何かあったら、いつでも言ってくださいね。受付は、そのためにあるんですから」
「うん。ありがと、エレナさん」
セリアは軽く手を振って、受付を離れた。
その足取りは、いつもと変わらないように見えた。
だが、吾輩を抱く腕は、酒場の奥の席に着くまで、一度もゆるまなかった。
(貴族の馬車を見ると、怖くなるの。家の誰かが、わたしを捜しに来たんじゃないかって)
城壁の上で聞いた声が、耳の奥でよみがえった。
あのときセリアがおびえていたのは、通りすがりの馬車だった。
だが、今度は違う。
誰かが、はっきりと「金髪の若い女剣士」を捜している。
酒場の席では、ジェイクが試験の準備を指折り数えていた。
カティアは「火魔法の出番があるかもしれない」と張り切り、メアリーは薬草の在庫を確かめている。
セリアはその輪の中で、いつもどおりに笑い、いつもどおりにスープをすすっていた。
エレナの話を聞いたのは、セリアと吾輩だけだった。
*
その夜。
宿の部屋で、セリアは早々に寝息を立てていた。
吾輩は窓辺に座って、暗い通りを見下ろしていた。
金髪の女剣士を捜す男。
セリアは「人違いよ」と笑った。
だが、あの腕のこわばりは、人違いだと思っている人間のものではなかった。
(このこと、ジェイクたちに知らせるべきだろうか)
考えてみれば、吾輩はいつの間にか、仲間の内緒話をいくつも預かっている。
河原でカティアと見つけた、風と火の連携。
教会の礼拝堂で、メアリーと交わした「知らないふり」の約束。
どちらも、誰かを困らせるような秘密ではない。
いつか仲間を驚かせる楽しみや、相手を思いやる気づかいの類いだ。
ジェイク以外の全員と、二人だけの内緒話を持っている猫。
考えてみれば、なかなかの人望である。
だが、セリアの秘密だけは、ほかの二つとは重さが違う。
そして今日、その秘密に、誰かの影が近づいてきた。
(言うべきか、言わざるべきか)
もし本当に、セリアの家の誰かが捜しに来ているのなら、ジェイクたちも知っておいたほうがいい。
ジェイクなら、撤退の判断と同じように、きっと何か手を考えてくれる。
はい・いいえでは、こんな込み入った話は伝わらない。
文字表なら伝えられる。
だが、文字表はセリアの部屋に置いてある。
両腕で抱えるほどの大きな板で、こっそり持ち出せる代物ではない。
仲間を集めて一文字ずつ指していれば、セリアの目に入らないはずがない。
(それに――)
吾輩は、寝息を立てるセリアの横顔を見た。
セリアは城壁の上で、シロなら言わないよね、と言ってくれた。
その信頼の裏で、こそこそと仲間に知らせるような真似は、したくなかった。
たとえそれが、セリアのためだったとしても。
吾輩は、セリアに対しては誠実でいたい。
前世の会社なら、「報告・連絡・相談」の一言で片づく話だ。
だが、本人に黙って仲間を守る方法など、報連相の研修資料のどこにも載っていなかった。
(伝える手段がない。仮にあっても、使いたくない)
答えは、まだ出なかった。
ならば、できることからやる。
当面の業務は、セリアの護衛である。
吾輩は窓辺を離れて、セリアの枕元で丸くなった。
寝息は静かだった。
だが、吾輩は知っている。
眠る前に、セリアが一度だけ窓の外を確かめたことを。
十日後には、昇格試験が待っている。
浮かれていい知らせと、浮かれてはいけない知らせを、同じ日に受け取ってしまった。
吾輩はしっぽで鼻先を覆い、目を閉じた。
前世の月曜日の朝礼も、こうだった。
表彰と、トラブルの報告が、いつも同じ日にやってきた。