冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第25話 トライ&エラー

「なあ。試験の最中に、シロに何か聞きたくなったら、どうする?」

 

昇格試験の告知から二日後。

ギルド裏の空き地で準備の相談をしていたとき、ジェイクがそう切り出した。

 

「どうするって、いつもどおりでしょ。右の前足が『はい』、左の前足が『いいえ』」

「それなんだがな。試しに、やってみようぜ」

 

ジェイクは、そばに立てかけてあった木の棒を拾った。

それから、吾輩に向かって軽く構えた。

 

「今から、この棒でシロを狙う。ゆっくりな。シロはよけながら、俺の質問に答えてくれ」

 

(なるほど。実地試験の想定訓練か)

 

ジェイクが棒を振った。

吾輩は横に跳んでかわした。

 

二振り目。

今度は後ろに下がる。

 

「シロ、敵は右にいるか?」

 

吾輩は右の前足を上げようとした。

その瞬間、三振り目の棒が、吾輩の頭をぽこんと叩いた。

 

「ニャッ(今のは『はい』ではない。『痛い』だ)」

 

「……な? こうなる」

 

ジェイクは棒を下ろして、困ったように頭をかいた。

 

「前足を上げてる間は、よけられねえ。それに、答えを見るには、こっちもシロのほうを向いてなきゃならねえ。森で魔物とやり合ってる最中に、そんな余裕はないだろ。悪いな、シロ。痛くなかったか?」

 

吾輩は、叩かれた頭を前足でさすりながら、右の前足を上げた。

 

痛くはない。

だが、問題はよくわかった。

 

   *

 

セリアが宿から抱えてきた文字表を、空き地の真ん中に置いた。

吾輩は、一文字ずつ指していった。

 

『なきかた で へんじ する』

 

「鳴き方で?」

 

メアリーが首をかしげた。

吾輩は、実演してみせた。

 

「ニャー(はい)」

「ニャッ(いいえ)」

 

長く鳴けば「はい」。

短く鳴けば「いいえ」。

 

これなら、前足を使わずに済む。

仲間がこちらを見ていなくても、耳で聞き取れる。

我ながら、悪くない案だ。

 

だが、カティアは腕を組んで、眉をひそめた。

 

「……違いがわからないんだけど」

「ニャー(はい)」

「ニャッ(いいえ)」

「だから、どっちも同じ『ニャ』でしょ。長いとか短いとか言われても、あんた、焦ると全部短くなるじゃない。さっき棒で叩かれたときの鳴き声だって、ほとんど『ニャッ』だったわよ」

 

(それは、叩かれたからだ)

 

試しに、ジェイクの棒をよけながら、長く鳴いてみた。

跳んだ拍子に息が詰まって、「ニャッ」と短く切れた。

答えは「はい」のつもりだったが、どう聞いても「いいえ」だった。

 

(ダメ出しが的確すぎる)

 

前世の課長の口癖は、「トライ&エラーでいこう」だった。

 

もっとも、あの課長の場合、トライするのは部下で、エラーの始末をするのも部下だった。

課長本人は、結果だけを聞きに来た。

 

だが、今は違う。

エラーを見つけてくれる仲間が、目の前に四人もいる。

 

(ならば、次のトライだ)

 

二つ目の案は、声の高さで分けることだった。

 

高く鳴けば「はい」。

低く鳴けば「いいえ」。

 

「ニャア(はい)」

「ニャア(いいえ)」

 

メアリーが、にこにこと手を合わせた。

 

「あらあら。どちらも、同じくらい可愛いと思うのだけど」

「可愛いかどうかは聞いてないのよ、メアリー。……でも、確かに区別はつかないわね」

「それに、剣がぶつかる音がしてたら、高いも低いもねえだろうな」

 

ジェイクの言うとおりだった。

 

戦いの最中は、うるさいのだ。

吾輩自身、ホブゴブリンの攻撃をかわしていたとき、自分の鳴き声など聞こえていなかった。

 

長さはダメ。

高さもダメ。

 

うるさい中でも、焦っていても、聞き間違えようのないもの。

 

(――数だ)

 

吾輩は、もう一度、文字表を指した。

 

『いっかい は はい』

『にかい は いいえ』

 

「回数か。それなら、うるさくても数えられるな」

 

ジェイクが、もう一度、棒を構えた。

 

「シロ、敵は右にいるか?」

 

吾輩は、棒をかわしながら、短く一回鳴いた。

 

「ニャッ(はい)」

 

「敵は、三匹以上か?」

 

今度は、後ろに跳びながら、短く二回。

 

「ニャッ、ニャッ(いいえ)」

 

ジェイクが棒を下ろした。

カティアが、小さく「……わかる」とつぶやいた。

 

「やったね、シロ! これなら、試験でもばっちりよ!」

 

セリアが、手を叩いて喜んだ。

 

三回目のトライで、ようやく採用である。

前世の企画書なら、これでもかなり早いほうだ。

 

   *

 

「でも、鳴き声で伝えられるのは、はいといいえだけでしょう?」

 

メアリーが、文字表を見下ろしながら言った。

 

「森では、この文字表は持っていけないし。シロちゃんが自分から何か伝えたいときに、困るのではないかしら」

 

吾輩は、それについても考えていた。

 

外で伝えたい言葉は、そう多くない。

敵がいる。

危ない。

こっちだ。

待て。

けが人がいる。

 

前世でも、よく使う文面は定型文にして、いちいち一から打たずに済ませていた。

 

『よく つかう ことば だけ の ちいさい もじひょう』

 

「なるほどね。言葉ごと書いておけば、一回指すだけで済むってわけ」

 

カティアが、すぐに意味を汲み取った。

 

それから半日がかりで、小さな文字表ができあがった。

ジェイクが、手のひらほどの薄い板を二枚削り、ひもでつないだ。

本のように開ける作りだ。

 

カティアが、表に大きな字で言葉を書いた。

『はい』『いいえ』『わからない』『てき』『あぶない』『こっち』『まって』『けが』。

 

裏には、大きな文字表と同じ文字が、小さな字でぎっしりと書かれた。

肉球では二文字にまたがってしまうので、こちらは爪の先で指すことになる。

時間はかかるが、どんな言葉でも伝えられる。

 

そして、メアリーが、白い布の端切れで小さなポーチを縫ってくれた。

文字表がぴったり入る大きさで、吾輩の背中に背負えるように、肩ひもがついている。

 

「はい、シロ。つけてあげる」

 

セリアが、吾輩の背中にポーチを背負わせた。

肩ひもが体に回り、きゅっと締まった。

 

その瞬間、吾輩の体は、勝手に横へ倒れた。

 

(……あれ?)

 

足に力が入らない。

起き上がろうとしても、体が言うことを聞かない。

 

前世で聞いたことがある。

猫は、体に何かを巻かれると、なぜか固まって動けなくなるのだと。

 

まさか、自分の体で確かめることになるとは思わなかった。

 

(吾輩は猫ではない。と言い張るには、あまりに猫らしい倒れ方だった)

 

「シロ!? 大丈夫!?」

「おい、それ、きつすぎるんじゃねえか?」

「あらあら。しばらく慣らしてあげたほうがいいかしら」

 

結局、吾輩がポーチを背負ったまま普通に歩けるようになるまで、さらに一刻ほどかかった。

これもまた、トライ&エラーである。

 

   *

 

夕暮れの空き地で、吾輩は背中のポーチの重みを確かめた。

 

鳴き声の返事と、背負える文字表。

これで、試験の最中も、仲間と言葉を交わせる。

 

そして、ふと気づいた。

これがあれば、セリアの目の届かないところで、仲間に何かを伝えることもできる。

伝える手段は、もう吾輩の背中にあるのだ。

 

(だが、使い道を決めるのは、吾輩だ)

 

吾輩は、夕日の中で笑っているセリアを見上げた。

背中の板は、手のひらほどの大きさしかない。

それなのに、前世で持たされていた社用携帯より、ずっと重かった。

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