冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第26話 評価対象外

試験当日の朝、ギルドの裏の訓練場には、二組のパーティが並んでいた。

 

吾輩たちと、剣士の青年が率いる三人組だ。

向こうは、大柄な槍使いと、吾輩たちより少し年下らしい弓の少年を連れていた。

 

「全員、そろいましたね」

 

訓練場の真ん中に立っていたのは、四十代くらいの女だった。

灰色の髪を短く刈り込み、背筋はまっすぐ。

手には、使い込まれた革表紙の手帳を持っている。

 

「試験官のグレタです。元Cランク。今日一日、皆さんの戦い方と判断を見させてもらいます。評価はすべてこの手帳に書き、結果は三日後にギルドから伝えます」

 

声は大きくないのに、訓練場の空気がぴんと張りつめた。

 

(なるほど。エレナの言う「とても厳しい方」とは、こういうことか)

 

怒鳴る上司より、黙ってメモを取る上司のほうがずっと怖い。

前世で学んだ、数少ない真理の一つである。

 

グレタの目が、セリアの腕の中の吾輩で止まった。

 

「それは……猫ですか?」

「はい! うちのパーティの仲間で、シロっていいます」

 

セリアが胸を張ると、グレタは表情一つ変えずに手帳に何かを書きつけた。

 

「ギルドの規定に猫の項目はありません。同行は認めますが評価はしません。邪魔にならないところにいてください」

 

向こうの剣士が、ぷっと吹き出した。

 

「ペット枠かよ。噂の猫使いのパーティって、本当に猫を連れてるんだな」

 

「ニャア(ペットではない。れっきとしたパーティの一員だ)」

 

言い返してはみたものの、もちろん誰にも通じない。

それに、こういう扱いには覚えがあった。

 

前世で、よその部署の応援に駆り出されたことがある。

三か月、毎晩終電まで働いた。

ところが、その部署の人事評価のシートに吾輩の名前はどこにもなかった。

「応援要員は評価対象外なので」と、課長は申し訳なさそうに言ったものだ。

 

(まさか異世界に来てまで、同じ言葉を聞くとは)

 

「ロルフさん、それはちょっと……」

 

弓の少年が、小声でリーダーの袖を引いた。

それから、こちらに向かってぺこりと頭を下げる。

 

「すみません。ぼく、ニコっていいます。……その猫、すごくきれいな毛並みですね」

 

(よくわかっているじゃないか、少年)

 

吾輩は、セリアの腕の中で少しだけ胸を張った。

 

   *

 

午前中は、一人ずつの実力評価だった。

 

ジェイクは、大剣の重さを生かした一撃と、深追いしない立ち回り。

カティアは、訓練場の端の石の的に、人の頭ほどの火球をきっちり撃ち込んだ。

メアリーは回復魔法の手際を確かめられ、けが人を前にしたときの判断も、いくつもの質問で問われた。

セリアは長剣と、腰のスリングショット。

どちらもまっすぐな、セリアらしい戦い方だった。

 

最後に、グレタはリーダーのジェイクに一つだけ質問をした。

 

「森の奥で仲間の一人がけがをしました。日暮れまであと一刻。助けを呼びに戻れば、けが人は一人で夜を越すことになる。全員で運べば、日が暮れてから森を歩くことになる。あなたならどうしますか?」

 

ジェイクは少しだけ黙り、それから、まっすぐにグレタを見た。

 

「その場で野営します。けが人を一人にはしないし、夜の森も歩かない。水と見通しのいい場所を探して、朝を待ちます。……前に一度、似たような判断をしたことがあるんで」

「その判断が、正しかったと思いますか?」

「正直、今でもわかりません。ただ、全員で帰ってこられました」

 

グレタはしばらくジェイクの顔を見て、何も言わずに羽ペンを走らせた。

 

(あの滝つぼの夜のことだな)

 

メアリーが、そっと微笑んでジェイクの背中を見ている。

カティアは「ふん」と鼻を鳴らしたが、口の端が少し上がっていた。

 

(いい答えだったぞ、リーダー)

 

グレタは誰のことも、褒めもしなければ叱りもしない。

手帳に何かを書いて、次の者を呼ぶ。

それだけだ。

 

吾輩はというと、訓練場の隅の木箱の上でその様子を眺めていた。

評価対象外の猫には、呼ばれる順番もない。

 

会議でいえば、議事録係である。

発言はしないが、全部聞いている。

せめてもの特権として、いちばん日当たりのいい木箱を選んでおいた。

 

(とはいえ、退屈だ。だが、議事録係が居眠りするわけにもいかない)

 

   *

 

昼過ぎ、一行は街の東の丘陵地帯へ移った。

 

草原と雑木林が入り組んだ土地で、少し離れたところを街道が通っている。

森ではないと聞いて、カティアが小さく拳を握ったのを吾輩は見逃さなかった。

 

(森では火が使えないからな。わかりやすい)

 

「実地試験の課題を伝えます」

 

グレタが地図を広げた。

 

「この丘の向こうの雑木林に、ギルドの旗を三本立ててあります。二組で手分けして、日が傾く前にすべて回収してください。途中で魔物に会ったら、自分たちで判断して対処すること。わたしは少し離れたところからついていきます」

 

ロルフたちは地図を一目見るなり、さっさと雑木林の東側へ向かっていった。

ニコだけが振り返って、小さく手を振る。

 

「俺たちは西側からだな。……シロ、林の中に魔物はいるか?」

 

歩き出してすぐ、ジェイクが前を向いたまま聞いた。

 

吾輩は鼻とひげで、林の空気を確かめた。

小さな獣の匂いはするが、魔物の匂いはしない。

 

「ニャッ、ニャッ(いいえ)」

「よし。二回だな」

 

ジェイクは振り返りもせずにうなずいた。

練習どおりだ。

文字表を出すまでもない。

 

ふと見ると、少し後ろを歩いていたグレタが足を止め、手帳に何かを書きつけていた。

 

(評価はしないと言っていたはずだが)

 

何を書かれたのかはわからない。

わからないが、気になる。

書かれると気になるのが、査定される側の性である。

 

   *

 

一本目の旗は、林の入り口ですぐに見つかった。

二本目を探して丘を越えたとき、眼下の街道を一台の荷車がゆっくりと通っていった。

 

小麦の袋を山のように積んでいて、袋の口に下がった木札には見覚えがある。

 

「あれ、ハーゲン商会の荷車じゃないか? ほら、ネズミ退治の倉庫の」

 

ジェイクも気づいたらしい。

 

御者台の隣には、帳簿らしき冊子を手にした男が座っていた。

痩せていて、若く目つきが鋭い男だ。

腰が低く、帳簿を胸に抱えて離さなかった、あの愛想のいい中年の男ではなかった。

 

(オットーではないな)

 

ネズミ退治のときに会っただけの相手だ。

担当が替わったと言われれば、それまでの話である。

それでも、頭の隅に何かが引っかかった。

 

荷車は、街道の向こうへ小さくなっていく。

セリアは、その木札を黙って見つめていた。

 

「ほら、旗はあと二本だぞ。ぼーっとしてると日が傾いちまう」

 

ジェイクの声で、一同はまた歩き出した。

 

   *

 

雑木林の奥へ進むにつれて、吾輩のひげが妙にざわつきはじめた。

 

風が、東から吹いている。

ロルフたちが向かった方角だ。

その風の中に、嗅いだことのない匂いが混じっていた。

 

ゴブリンでも、ホーンラビットでもない。

もっと重くて、もっと濃い。

獣の匂いを何倍にも煮詰めたような匂いだ。

 

(……なんだか、嫌な予感がするぞ)

 

吾輩は足を止めて、東を向いた。

背中のポーチの中で、小さな文字表がかたりと鳴った。

 

旗を三本拾うだけの、簡単な試験のはずだった。

どうやら、そう簡単には終わらせてもらえないらしい。

 

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