冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

3 / 5
第3話 白猫化プロジェクト

彼女の名前はセリアといった。

干し肉とパンを平らげ、すっかり胃袋を掴まれた吾輩は、喉を鳴らしてすり寄った。

すると彼女は、あっさりと吾輩を拾ってくれたのである。

 

「こんなにガリガリで放っておけないし……うん、私が飼ってあげる!」

 

こうして、異世界サバイバルは開始わずか数日で幕を閉じた。

吾輩が勝ち取ったのは、心優しい美少女剣士の飼い猫という、なかなか悪くないポジションである。

 

しかし、現実はそう甘くはない。

意気揚々とセリアの定宿へと向かったものの、宿の女将の反応は冷たかった。

「そんな薄汚れた毛玉、ウチの綺麗なベッドに乗せられたらたまらないよ!」

と、にべもなく門前払いを食らってしまったのである。

 

というわけで、現在。

吾輩は宿の裏手にある、藁と獣の匂いが充満する薄暗い馬小屋に連行されていた。

 

「ごめんね、ちょっと冷たいかもしれないけど我慢してね」

 

セリアが腕まくりをしながら、井戸から汲み上げた水をなみなみと張った木桶を用意する。

その手には、ごつごつとした茶色い固形石鹸が握られていた。

 

ちょっと待ってほしい。

こういう時、異世界転生のセオリーではどうなるのが正解だろうか。

定番といえば、美少女と一緒にお風呂に入るものではないのか。

頬を染めた彼女に「もう、暴れちゃダメだよ?」なんて言われながら、優しく丁寧に洗ってもらう。

そういう、お約束のラッキースケベイベントのはずだ。

なぜ馬小屋なのか。

なぜ真水なのか。

なぜその石鹸はそんなに無骨で泡立ちが悪そうなのか。

 

前世の記憶と煩悩が「こんなの絶対におかしい!」と猛然と抗議する。

だが、猫の悲しい性か、首根っこを掴まれた吾輩は抵抗すらできない。

あっけなく、木桶の中へと放り込まれた。

 

「ミギャアッ!」

 

冷たい! そして、洗い方が思いのほかダイナミック!

 

「よしよし、いい子だねー。うわっ、すごい泥水……」

 

セリアは、猫の扱いなどまったく知らないらしい。

泥まみれの革鎧でも洗うかのように、ゴシゴシと力強く吾輩の体を擦っていく。

ロマンもへったくれもない、ただの作業である。

しかし、その効果は絶大だった。

茶色い石鹸で念入りに揉まれるうちに、吾輩の体にこびりついていた分厚い埃と泥が、みるみるうちに流れ落ちていく。

桶の水はあっという間にドブのように濁っていった。

 

「ふう、こんなもんかな。……えっ?」

 

一通り洗い終え、粗い布でゴシゴシと水気を拭き取られた後。

ブルブルと体を震わせて毛並みを整えた吾輩を見て、セリアは目を丸くした。

 

無理もない。

吾輩自身も、水溜まりに映る自分の姿をずっと「薄汚れた灰色の猫」だと思い込んでいたのだから。

だが、こびりついた汚れという名の鎧を脱ぎ捨てると、どうだ。

吾輩の本当の姿は、驚くほどに綺麗な『白色』の体毛に覆われていたのだ。

ベースは雪のように白く、そこにところどころ、灰色のスタイリッシュなストライプ模様が入っている。

我ながら、なかなかに気品のある美しい猫ではないか。

 

「すごい……あなた、本当はこんなに綺麗な色をしてたのね!」

 

パァッと顔を輝かせたセリアは、綺麗になった吾輩を躊躇いなくぎゅっと抱きしめた。

仄かに石鹸の匂いと、若い娘特有の甘い香りがする。

うん、これこれ。

こういう展開を待っていたのだ。

 

「そうだわ。あなた、名前はまだないのよね。今日から私のパートナーになるんだし……」

 

セリアは吾輩を両手で持ち上げ、満面の笑みでその名を口にした。

 

「あなたの名前は『シロ』よ! 白いからシロ! いい名前でしょ!」

 

(……安直すぎる)

 

そのまんまではないか。

もう少し捻りというものはないのか。

しかし、吾輩の前世の名前は城之内士郎。

つまり『士郎(シロウ)』である。

偶然にしては出来すぎている気もするが、当たらずといえども遠からず――いや、むしろほぼ正解であった。

 

「ニャア(まあ、悪くない)」

 

吾輩が一つ鳴いてみせると、セリアは「返事してくれた!」と嬉しそうに微笑んだ。

吾輩は猫ではない。

名前はシロである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。