冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第35話 決断

「……一つ、確かめておきたい」

 

沈黙を破ったのは、ジェイクだった。

腕を組んだまま、卓の上の書状をじっと見ている。

 

「相手は子爵様だ。平民が貴族にたてついたら、どうなるか」

 

ジェイクが、ひとつずつ言葉を並べていく。

 

「ドルナーは、この街の商会にも金を入れてる。俺たちが嗅ぎ回ってると知れたら、ギルドの仕事は回ってこなくなる」

「宿にも、マルタさんにも迷惑がかかる。下手をすりゃ、俺たちは牢屋行きだ」

「冒険者を続けたいなら、ここで手を引くのが一番利口だ」

 

崖の上で聞いたのと、同じ声だった。

自分に言い聞かせるような、重い声。

 

カティアが何か言いかけて、口を閉じた。

メアリーも、黙ってジェイクを見ている。

吾輩も、何も言わずに待つ。

この男がこういう声を出すとき、話はまだ終わっていない。

 

ジェイクは、そこで言葉を切った。

目を閉じて、深く息を吸う。

 

「……とまあ、そういうことは、いったん全部忘れる」

 

そして、両手で自分の頬をばしんと叩いた。

 

「セリアを取り戻すぞ」

 

「ニャア(頬が真っ赤だぞ、リーダー)」

 

「その顔、崖の上でも見たわ」

 

カティアが、ふんと鼻を鳴らす。

けれど、その口元は少しゆるんでいる。

 

「最初から、そう言いなさいよね」

「あらあら。それなら、急がないとね」

 

メアリーは、いつもの調子で手を合わせている。

二人とも、迷った様子は少しもない。

 

マルタが、前掛けの端で目元を押さえた。

 

   *

 

「で、シロ。お前、さっきから何か言いたそうな顔してるな」

 

さすがはリーダー。よく見ている。

吾輩は文字表に前足を伸ばし、一文字ずつ指していく。

 

『どるなー より えらい ひと』

 

「ドルナーより、偉い人……?」

 

カティアが首をかしげ、それから、はっと顔を上げた。

 

「そうよ。子爵より上の貴族に、ドルナーを叱ってもらえばいいのよ!」

「ニャッ(はい)」

 

(さすがはカティアだ。話が早い)

 

「このあたりで子爵より上っていったら、ヴァイセンベルク伯爵家ね。この地方を治めてる家よ。紋章は、白い牡鹿」

 

白い牡鹿。

その紋章には、見覚えがある。

 

セリアと二人で、街を歩いた日だ。

大通りを四頭立ての黒い馬車が通り、セリアは吾輩を抱えて露店の陰に隠れた。

あの馬車の扉に描かれていたのが、白い牡鹿だった。

 

(あの馬車の主が、この地方で一番偉い人だったのか)

 

「伯爵様のお館は、この街の北の丘の上でございます」

 

マルタが言うと、ジェイクは、がしがしと頭をかいた。

 

「場所がわかってもどうにもならねえよ。伯爵様が冒険者に会ってくれるわけがねえ。門の前で追い返されて終わりだ」

 

「手紙を書けばいいじゃない」

「誰が読むんだよ。伯爵様のところに届く前に、どっかで止まるのがオチだ」

 

カティアが、ぐっと詰まった。

 

たしかに、そうだ。

オットーの横流しの件も、ギルドから上へ報告したはずなのに、いつの間にか立ち消えになっていた。

平民の声は、偉い人の耳まで届かない。

 

「だったら、門から入らなければいいのよ」

 

メアリーが、にっこりと笑った。

 

   *

 

「教会にはね、伯爵様の奥方様が、ときどき寄付にいらっしゃるの。お茶をお出しするのは、わたしの役目なのよ」

 

メアリーは、頬に手を当てて続けた。

 

「とても信心深い方でね。この土地に昔から伝わるお話を、それは大事にしていらっしゃるの。『白い獣は、神様のお使い』っていうお話」

 

全員の目が、ゆっくりと吾輩に向く。

 

白い毛並み。

人の言葉がわかる。

不思議な魔法も使う。

 

「シロちゃんに、神様のお使いになってもらうの」

 

「ニャア(待て。吾輩は、神に説教したい側だぞ)」

 

「夜、伯爵様のお館のお庭に、白い獣が現れる。そして、ドルナー様の悪事の証拠を置いていく。平民の訴えは門で止まっても、神様のお使いのお告げなら、奥方様が放っておかないわ。奥方様が騒げば、伯爵様も動かずにはいられないもの」

 

部屋が、しんと静まり返った。

 

ジェイクは、口を半分開けたまま固まっている。

カティアは、メアリーと吾輩を何度も見比べている。

 

「メアリー、あんた……神様にお仕えする身でしょ? そんなこと言っていいの?」

「あら。嘘はつかないわ」

 

メアリーは、少しも悪びれずに微笑んだ。

 

「シロちゃんは本当に、困っている人を助けに来てくれる、白い子だもの」

 

にこにこと言い切られると、反論のしようがない。

それに、神様のお使いはともかく、セリアを助けたいのは本当だ。

 

作戦としても、筋は通っている。

相手が偉い人なら、その人がいちばん耳を傾ける相手に話してもらえばいい。

 

(やはり、このパーティで一番の大物は、彼女だ)

 

「……はは。とんでもねえことを考えるな」

 

ジェイクの口から、乾いた笑いがもれる。

 

「だが、シロはどう見ても白い猫だぞ。庭に猫が一匹いたって、神様のお使いには見えねえだろう」

「そうねえ。そこは、まだ考えていないの」

 

メアリーが、あっさりと首をかしげる。

 

「ニャア(そこがいちばん大事なところだろう)」

 

「……いいわ。見せ方は、わたしが考える」

 

カティアが、腕を組んで吾輩を見下ろした。

頭の中で、もう何かを組み立て始めている顔だ。

 

「頼んだ。なら、残るのは置いていく証拠のほうだな」

「横流しの件なら、オットーさんが何か知っているんじゃないかしら」

「ああ。罪をかぶせられて街を出たやつだ。ドルナーを恨んでても、おかしくねえ」

 

(それに、ドルナーの帳簿だ)

 

思い出すのは、ハーゲン商会の倉庫で読んだ帳簿だ。

ああいう帳簿には、たいていもう一冊、裏の帳簿がある。

 

ジェイクが、指を折って数える。

 

「オットーを捜して、話を聞く。ドルナーの証拠を集める。それを、神様のお使いに届けてもらう。で、そのあとリーヴェルト家に向かう」

 

婚礼まで、二十日ほど。

ぐずぐずしている暇はない。

 

   *

 

その日の午後。

吾輩たちは、ギルドの受付の前に並んでいる。

 

「休暇、ですか」

 

エレナが、書類から顔を上げた。

 

「ああ。三人と一匹で、二十日ばかり。急ですまねえ」

 

エレナは吾輩たちの顔を順に見て、ジェイクの横の、セリアがいつも立っていた場所で目を止めた。

何か聞きたそうに見えたが、口に出したのは別のことだった。

 

「冒険者の休暇に、理由は要りません。お気をつけて」

 

それから、少しだけ声を落とした。

 

「何かあれば、ギルドにも相談してくださいね。わたしにできることなら、しますから」

 

ジェイクは「助かる」と短く言って、頭を下げた。

 

(聞かずにいてくれるのが、エレナのいいところだ)

 

ギルドを出ると、空はよく晴れている。

 

神様に会ったら、説教してやるつもりだった。

それがまさか、神様のお使いの役を回されるとは。

 

どうやら吾輩は、説教したい相手の部下として、ひと働きすることになるらしい。

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