冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
翌朝。
目を覚ますと、吾輩はセリアのベッドの足元で丸くなっていた。
泥を落として綺麗になったおかげで、宿の女将からも部屋に入る許可がもらえたのである。
「おはよう、シロ。今日は私のパーティメンバーに紹介するから、一緒についてきてね」
「ニャア(承知した)」
吾輩は短く鳴いてスッと立ち上がり、腰を上げた彼女の足元にぴったりと寄り添った。
セリアがぱっと目を丸くし、嬉しそうに声を弾ませる。
「すごい……! なんだか私の言ってる言葉がわかってるみたい!」
大げさに両手を合わせて感動しているが、わかっている『みたい』なのではない。
実際に一言一句、完璧にわかっているのである。
しかし、ここでふと冷静になって気づいた。
セリアが喋っている言葉は、どう聞いても日本語ではない。
発音も文法も、吾輩が前世で聞き慣れたどの言語とも違う、完全な異世界の言葉である。
にもかかわらず、吾輩の脳内にはそれがごく自然な日本語として翻訳されて届いているのだ。
どうやら、この世界に吾輩を放り込んだ異世界の神とやらは、『異世界言語の完全理解』という、転生モノの定番とも言えるささやかなチート能力だけは付与してくれていたらしい。
なかなかいい仕事をするじゃないか。
これがあるのとないのとでは、サバイバル難易度が天と地ほど違う。
とはいえ、手違いか嫌がらせかは知らないが、よりにもよって吾輩を丸腰の猫の姿にしたことだけは、今もって断じて許していない。
「それじゃ、行こっか!」
ご機嫌なセリアの後に続き、吾輩は尻尾を揺らしながら歩き出す。
道すがら、吾輩は小さな疑問を抱いていた。
同じパーティを組んでいるなら、なぜ同じ宿に泊まらないのだろうか。
前世の社宅や社員寮のような感覚でいえば、拠点が一箇所にまとまっていた方が何かと効率が良いはずだ。
しかし、まあそこは駆け出し冒険者たちの懐事情や、年頃のプライバシーといった複雑な事情があるのだろう。
深入りはすまい。
やがて待ち合わせ場所らしき広場に到着すると、石張りの噴水前に三人の若い男女が立っていた。
どうやら彼らがセリアの仲間らしい。
装備を見るに、彼らもセリアと同じくまだ駆け出しといった風情である。
メンバーの内訳は、革鎧を着込んで大剣を背負った前衛らしき青年が一人。
そして後衛らしき女性が二人。
どちらも魔術師っぽいローブ姿である。
片方はゆったりとした白いローブを着た、いかにもおっとりとした雰囲気の娘。
もう片方は、赤いローブを着崩した、少し気が強そうな釣り目の娘だ。
吾輩の長年の(前世における)ゲームやラノベの知識から推測しよう。
十中八九、こっちのおっとりした娘が回復系のヒーラー。
気が強そうな娘が、攻撃系の魔法使いに違いない。
ベタすぎるほどの王道編成である。
しかし、吾輩としては別のところが気になった。
男一人に、女三人。
一見すると、ライトノベルの主人公のようなハーレム編成。羨ましい限りかもしれない。
だが、元サラリーマンとして言わせてもらおう。
こういう閉鎖的な環境でのいびつな男女比は、後々絶対に揉める。
恋愛感情の縺れか、嫉妬か、はたまた派閥争いか。
いつか必ず爆弾が破裂するに決まっているのだ。
吾輩の社畜の勘がそう告げている。
「あ、セリア! 遅いよー……って、何その可愛い生き物!」
「えっ、猫? 嘘、すっごく毛並み綺麗じゃない!」
セリアの足元にいる吾輩に気づくや否や、女性陣二人は目をハートにして駆け寄ってきた。
「シロっていうの! 昨日拾ったんだ!」と得意げに説明するセリアをよそに、二人は「可愛い〜!」とキャーキャー騒ぎながら、吾輩の頭やら喉の裏やらを遠慮なく撫で回し始めた。
悪い気はしない。
むしろ、人間の若い娘たちにここまで無条件でチヤホヤされるなど、前世の冴えない男時代には決して味わえなかった特権である。
吾輩は目を細め、可愛らしい声を上げて存分に愛想を振りまいておいた。
女性陣には大好評のようである。
一方で、唯一の男である青年の方はというと。
「……ふん。ペットなんか連れ歩いて、遊びじゃないんだぞ」
などと、いかにも興味なさそうに――いや、むしろ面白くなさそうな顔でそっぽを向いていた。
まあ、それでいい。
吾輩とて、むさ苦しい男にベタベタと触られて喜ぶような特殊な趣味は持ち合わせていない。
お互いに無関心であるのが一番だ。
それにしても、この危なっかしい若葉マークのパーティで、吾輩はいったいどんな冒険をさせられるのやら。
キャピキャピと騒ぐ女性陣三人に囲まれて撫でられながら、吾輩はあくびを一つ噛み殺した。