冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
冒険者ギルドで受注した本日の業務――もとい、クエストは『薬草採集』であった。
駆け出しのセリアたちのパーティにとっては、実に堅実で身の丈に合ったチョイスと言える。
異世界といえば、スライムやゴブリンといった定番モンスターを倒して一攫千金――などと夢を見がちだが、まずは安全第一。
地道に日銭を稼いで装備を整えるのが、新入社員……いや、新人冒険者の鉄則である。
元・社畜の吾輩としては、彼らのその堅実な姿勢を高く評価したい。
街を抜け、郊外の森へと向かう道中。
吾輩はセリアの後ろを、一定の距離を保ちながらトコトコとついて歩いていた。
「シロ、こっちだよ」と呼ばれればそちらへ向かい、「ちょっと待ってて」と言われればその場でお座りをして待機する。
中身は三十代の日本人なのだから、言葉の意味を理解してその通りに動くなど造作もないことである。
「ねえ……この子、もしかしてセリアの言葉がわかってるんじゃない?」
おっとりした白ローブの娘(やはり回復系の僧侶だった)が、吾輩を見て感嘆の声を上げた。
気の強そうな赤ローブの娘(こちらは炎使いの魔術師だ)も、目を丸くして吾輩をまじまじと見つめている。
「ただの野良猫にしては、ずいぶんと賢いわね。もっとこう、気まぐれにあっちこっち行っちゃうものかと思ってたけど」
「えへへ、でしょー! さすが私のシロだよ!」
なぜかセリアが、得意げにふんぞり返っている。
いや、お前が躾けたわけでもなんでもないのだが。
なぜお前が偉そうにしているのか。
まあいい。
ご主人様のメンツを立ててやるのも、優秀な部下(ペット)の務めである。
男剣士は相変わらず「ふん」と興味なさそうにしているが、吾輩も彼には興味がないのでお互い様だ。
やがて目的の森に到着すると、一行は『アオバソウ』という傷薬の材料になる薬草を探し始めた。
しかし、自然界には似たような形の雑草がごまんと生えている。
素人目には判別が難しいらしい。
セリアたちは図鑑を書き写したメモ帳と睨めっこしながら、「これは違う」「こっちも葉っぱの形が……」と悪戦苦闘していた。
見かねた吾輩は、少しばかり手伝ってやることにした。
草の生い茂る一角に顔を近づけ、鼻をヒクつかせる。
――その瞬間、世界が劇的に解像度を上げた。
(……なるほど、これが『猫の嗅覚』というやつか)
湿った土の匂い、朝露の匂い、そして植物ごとの微かな香りの違い。
人間だった頃には決して気づけなかったそれらが、恐ろしいほど鮮明に嗅ぎ分けられるのだ。
人間の嗅覚とは比較にならないほどの情報量が、脳内に直接流れ込んでくる。
この鋭敏な嗅覚をフル稼働させれば、アオバソウが放つ特有の匂いを探り当てることなど朝飯前である。
「ニャア(これだ)」
吾輩は前足で器用に、アオバソウの根元を掘り起こした。
それを口にくわえてトコトコと運び、セリアの足元にポトリと落とす。
「えっ? シロ、これ……アオバソウじゃない! すごい、探してくれたの!?」
セリアが驚きの声を上げると、他のメンバーもワッと集まってきた。
その後も吾輩が次々と正解の薬草を見つけ出すものだから、パーティの採集ペースは飛躍的に上がった。
目標としていたノルマは、午前中のうちにあっさりと達成されてしまったのである。
「こいつ、本当にただの猫か……?」
あの無愛想な男剣士ですら、信じられないものを見るような目でこちらを見ている始末である。
ふっ、当然だ。
三食昼寝付き、ふかふかベッド完備の快適な住環境を維持するためには、吾輩も自らの有用性をアピールせねばならんからな。
異世界サバイバルを生き抜く元・サラリーマンの処世術、とくと見るがいい。
吾輩はドヤ顔で「ニャア」と一つ鳴き、セリアからご褒美の干し肉をちゃっかりと頂戴した。
うむ。
労働のあとの干し肉は格別である。