冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
冒険者ギルドが定めるランク制度において、最も下位に位置する『Fランク』。
それは前世の会社組織で例えるならば、入社したてで右も左も分からない新入社員のようなものである。
当然ながら、Fランクの冒険者に華々しい魔物討伐や遺跡探索といった危険な仕事は回ってこない。彼らに任されるのは、地味で安全な雑用ばかりである。
街中でのゴミ掃除に、荷物の配達。落とし物や迷子の猫(断じて吾輩のことではない)の捜索。
街の外に出たとしても、せいぜい近くの森での薬草採集くらいだ。
しかし、元サラリーマンの吾輩から言わせれば、ギルドのこのシステムは非常によく考えられている。
雑用を通して街の住人たちと顔を繋ぎ、薬草採集で錬金術ギルドや中堅冒険者への貢献を示す。
そうやって、冒険者としての『横の繋がり』を作らせる。
同時に、退屈な下働きを投げ出すような忍耐力のない人間を、この段階でふるい落とすのだ。見事な人事・育成システムである。
吾輩がセリアに拾われてから、はや半月。
我らがセリアのパーティも、もちろんこのFランクの新人冒険者である。
その中でも、彼女たちはギルドからの評価がすこぶる高かった。
文句一つ言わずに順調に依頼をこなし、特に薬草採集においては(吾輩のサポートのおかげで)毎回規格外の優秀な結果を出している。
受付嬢が目を細めて、「この子たちなら、もうすぐEランクに上がれそうね」と呟いていた。
吾輩はカウンターの上で、それを聞き逃さなかった。
ついでに言うなら、彼女たちのパーティは冒険者たちの間でもすっかり有名になっていた。
どこに行くにも必ず、気品あふれる美しい白猫(吾輩のことだ)を連れ歩いているからだ。
一部の冒険者の間では、セリアが密かに『猫使い』と呼ばれ始めている。
なんともファンタジー感の薄い二つ名である。
さて、そんな順風満帆なFランクパーティが本日受注したのは、指定された宛先へ荷物を届ける『配達』の依頼である。
さしずめ、クロネコならぬシロネコ宅急便といったところか。
吾輩もいっそ、黄色と緑の帽子でも被ってやろうか。
「ええと、届け先は……裏通りの三番街、道具屋の裏手にある家、か」
街角で立ち止まり、羊皮紙に描かれた大雑把な地図を広げて唸っているのは、前衛の男剣士ジェイクだ。
彼の手元を横から覗き込み、赤いローブの女魔術師カティアがこれ見よがしにため息をついた。
「ちょっとジェイク。あなた、さっきから地図の上下が逆よ。剣の腕には自信があるみたいだけど、地図の一つもまともに読めないんじゃ、冒険者としてやっていけないわよ」
「うっさいな! だったらカティアが道案内しろよ! そもそもこの地図、雑すぎて道がよくわかんねえんだよ!」
また始まった。
この二人は顔を合わせるたび、こうして小競り合いを繰り広げるのである。
ちなみに、半月も一緒に行動していれば、聞き耳を立てるまでもなく仲間たちの名前くらいは頭に入る。
騒がしい前衛の男剣士がジェイク。
気の強い赤ローブの炎使いがカティア。
そして、この二人の諍いを「まあまあ、二人とも」とにこにこ眺めているだけの、白ローブのヒーラー娘。
それがメアリーである。
吾輩の見立てでは、このおっとり娘が実はパーティで一番の大物である。
誰が主導権を握り、誰が緩衝材になっているのか。
組織の力関係を早々に把握しておくのは、社会人の基本である。
「貸しなさいよ。私ならこの地図でもバッチリ読めるわ。ええと、ここから三番街に行くには……よし、あっちね! ついてきなさい!」
カティアはジェイクから地図をひったくると、自信満々にビシッと前方を指差して歩き出した。
セリアたちも「さすがカティア!」とそれに続く。
しかし、吾輩はピタリと足を止め、呆れ顔でその背中を見送っていた。
……おいカティア。
お前、地図は読めるのかもしれないが、どうやら絶望的なまでに『方向音痴』らしいな。
地図の現在地と実際の風景が、脳内で全くリンクしていないのだろう。
彼女が意気揚々と進んでいく方向は、目的の三番街とは綺麗に真逆なのである。
「ニャア(やれやれ、手のかかる連中だ)」
吾輩は一つため息をつくと、小走りでカティアを追い抜き、彼女が曲がろうとしていた角とは反対の道へと進み出た。
そして、わざとらしく立ち止まって振り返り、「こっちだぞ」とばかりに尻尾をパタパタと振ってみせる。
「あ、シロ! そっちは違うわよー!」
「ニャーン(いいから来い)」
「えっ? もしかして、こっちについてきてほしいの……?」
吾輩がさらに進んで曲がり角で待機していると、セリアが不思議そうに吾輩の後を追いかけてきた。
釣られるように、カティアたちもぞろぞろとついてくる。
「ちょっとシロちゃん、そっちに行ったら迷子になっちゃうわよぉ……あら? 道具屋の裏手に出たわ」
「本当だ! こっちの方が近道だったみたい! さすがシロ、街の道に詳しいんだね!」
セリアが目を輝かせて吾輩を撫で回してくる。
いや、近道も何も、お前たちが真逆に進もうとしていたのを修正してやっただけなのだが。
しかし結果オーライだ。
吾輩のさりげないフォローにより、本日のシロネコ宅急便は迷子になることなく、無事に配達先へと到着した。
「なんか、俺たち完全に猫に案内されてねえか……?」
ジェイクだけが訝しげに呟いていたが、誰も彼の言葉には耳を貸さなかった。
頼りないご主人様たちを立派な冒険者に育て上げるのも、有能な元・サラリーマンの腕の見せ所というわけである。