冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
ギルドの受付嬢が、にっこりと微笑んで羊皮紙に承認のスタンプを押した。
「おめでとうございます。今日から皆さんはEランク冒険者です」
「やったー!」
セリアたち女性陣が歓声を上げる。
あの無愛想な剣士ジェイクでさえ、口元に得意げな笑みを浮かべていた。
こうしてセリアたちのパーティは、無事にFランクからEランクへの昇進を果たした。
ギルドの規定では、最初の昇進に必要なのは「最低限の常識と協調性がある」というお墨付きだけ。
要するに、退屈な雑用を放り出さないかを見る適性検査だ。
ところが、EランクからDランクへはそう甘くない。
依頼の達成数に、成功率。ギルド職員による実力評価。
そのうえ、昇進試験まであるらしい。
……前世の昇格面談より厳しくないか?
日本の会社に置き換えるなら、Fランクは入社直後の『研修期間』や『試用期間』だ。
それが終わり、晴れて現場に配属されたのが今のEランク。
ここからが、本当の冒険者生活の始まりというわけだ。
「よし! 討伐依頼が受けられるようになったんだ。早速ゴブリン退治に行こうぜ!」
ジェイクが鼻息を荒くして、依頼掲示板から一枚の紙を引っつかんできた。
(おいおい、いきなり実戦か……)
吾輩は尻尾をパタパタと揺らしながら、呆れ半分にため息をついた。
いくら昇進したとはいえ、これまで雑用と薬草採集ばかりだった連中だ。
いきなり魔物と命のやり取りなんて、危なっかしくて見ていられない。
万が一、勇み足で無茶をしてセリアが死んだらどうなる。
吾輩の三食昼寝付きの快適な生活が、根こそぎ崩れてしまう。
ピンチになったら、吾輩がなんとかして止めるしかあるまい。
……それに。
この半月あまり、セリアと同じふかふかのベッドで眠り、毎日のように撫で回されてきた。
吾輩自身も、このポンコツパーティに多少は情が移ってしまったのかもしれない。
街を出て、ゴブリンの目撃情報があった郊外の森へ向かう。
その道すがら、吾輩はゴブリンについて考えていた。
前世のRPGでは「序盤の雑魚モンスター」の代名詞だったゴブリン。
この世界では、どんな立ち位置なのだろうか。
吾輩のオタク知識によれば、ゴブリンは人間の子供くらいの背丈だ。
醜悪な顔つきに、尖った耳。ボロボロの衣服。
言葉は通じず、「グギャギャ」と奇声を発して仲間と多少の連携を取る。
問題は、作品によって『脅威度』がまるで違うことだ。
ただの動く的のような雑魚のこともある。
かと思えば、集団でずる賢く立ち回り、熟練の冒険者すら返り討ちにする凶悪な存在のこともある。
捕らえた女性冒険者を、とても健全とは言えない目に遭わせる……そんなハードコアな作品も多かったはずだ。
吾輩はチラリと、前を歩くセリア、カティア、メアリーの三人娘を見上げた。
結局、この世界のゴブリンがどれほど危険なのかはわからない。
最悪の事態も想定しつつ、自分の目で見て判断するしかないだろう。
「ねえ、本当に私、魔法使っちゃダメなの?」
森の入り口に差し掛かったところで、カティアが不満げに唇を尖らせた。
「ダメですよ、カティアちゃん。森の中で火の魔法なんて使ったら、火事になっちゃいますから」
メアリーが困ったような笑顔でたしなめる。
そう、今回の舞台は木々が鬱蒼と茂る森の中。
炎使いのカティアの魔法は、完全に封印なのである。
以前、薬草採集の最中に『ホーンラビット』という角の生えたウサギの魔物が出たことがある。
そのときもカティアは意気揚々と火魔法をぶっ放そうとして、慌ててメアリーに止められていた。
(森の中で火魔法とか、普通に考えてアウトだろう……)
と、吾輩もあの時は激しく同意したものである。
そもそも、この世界で魔法は非常に希少な技能だ。
魔法の素質を持っている者は、おおよそ百人に一人。
そして大半の魔法使いは『単一属性』の素質しか持っていない。
二属性を扱えれば、才能があるともてはやされる。
三属性なら、歴史に名を残す天才。
四属性ともなれば、国に一人いるかどうかの伝説レベルらしい。
そしてカティアは、典型的な一属性のみ――『火魔法』しか使えない魔術師だった。
つまり、今日の彼女はただの口の悪い足手まといである。
「しっ……! 静かに!」
先頭を歩いていたジェイクが、不意に足を止めて剣の柄に手をかけた。
途端に、パーティに張り詰めた緊張感が走る。
吾輩の猫の耳も、それを捉えていた。
草むらの奥から近づく、複数の不規則な足音。そして、下品な鳴き声。
「グギャ……、グギャギャッ!」
茂みがガサリと揺れ、現れたのは三匹の醜悪な小鬼。
手には錆びた鉈や棍棒が握られている。
Eランク冒険者としての真価が問われる、初めての討伐戦。
それが今、始まろうとしていた。