私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
なんかなあ。この世界の服って露出が多いんだよう。
異世界転移して二週間。
私は割と、この世界に順応していた。
文明度合いは一見中世。でも、魔法技術のお陰で不便さはほとんど感じない。
お風呂だって毎日入れる。冒険者ギルドの宿屋は良心的な値段でセキュリティもわりと高いし、部屋にはユニットバスもあって、掃除もいない間にしてもらえる。
食事はそこそこ割高に感じる。でも、毎日依頼をこなしていたら、低級の冒険者でも食いっぱぐれはないと思う。
日当はだいたい、始めたての冒険者で日本円換算すると五千円ぐらいかな。
でも、働いてる時間が平均して短い。みんなだいたい五時間ぐらいしか実働しない。あとはだべったり、遊んだりしてるみたい。詳しくは、わからない。
私には三つ、お母さんのおなかの中に置き忘れてきた能力がある。
その一つが『コミュニケーション能力』で、日本にいたころの私は、インターネット上に存在するコミュニティにさえ所属できないほど、人との交流能力がなかった。
SNSアカウントは持ってたけど鍵をかけてたし、相互フォローも初期で間違えて許可した人しかいなかった。
学校のクラスSNSも一応入ってはいるけど、私から能動的に誰かに連絡したことはない。誰かから話しかけられることもなかったのは、『良いことだった』って、思ってしまう。そういうところが、ダメなんだと、自分でも思う。
そんな私が異世界に来ていきなりリアル交流ができるようになるわけもなくて、冒険者の常識みたいなものは、全部、観察して、『こういう感じなんだ』って、自分で分析した結果。
私は『普通』に偽装している。
本当は、チート能力を持っている。私の異世界での体は、さんざん遊んだオンラインゲームのアバターの能力をそのまま引き継いでいたから。
屈強な男アバターの戦士。……だったんだけど、異世界転移したら、見た目がリアルな私になってしまった。まあ、おじさんで人生を再スタートさせられても、困るんだけど。
自己回復、自己強化、剣、斧、槍、槌のスキル。
オンラインゲームでもソロだった私は、単独で戦えるようにキャラメイクをしていた。異世界に転移しても、相変わらず、ソロで通用する。
能力はかなり高い。冒険者の平均よりも五段とか、六段とか、強い……ような、気がする。
『ステータス、オープン』はできないから、観察の結果になるけど。普通の冒険者が普通に受けるような依頼はだいたい楽勝だし、『普通の依頼』はこの世界にそっくりな、あのオンラインゲームにおいて、『E級』とかの、初心者向けクエスト相当だった。
SSS級単独攻略までやったアバターだから、たいていの依頼は楽勝。
依頼を受けずにA級モンスターに挑んでみたけど、楽勝だった。S級以上は、そもそも発見できなくて、試してない。たぶん、試すことも、ないと思う。
だって私は、この世界で生きてるから。
死んだら嫌だし、傷つくのも、なるべく避けたい。
異世界にチート転移した。
でも、相変わらず私は一人ぼっちで、目立たないようにコソコソ生きてる。
倒すべき魔王がいたり、避けるべき災厄があったりはしない。
転移した意味も、意義もわからない。転移した時にいた場所、王宮とかじゃなくて、何もない原っぱだったし。たぶんなんかの間違いでしてしまった異世界転移なんじゃないかな。
生きる意味も存在する意義もわからない。
でも、この世界は、日本より、生きやすい。
だから私は、今日もだらだらと冒険をしている。
今日はB級ダンジョンに挑む。
老後の備えみたいな感じで、売ったらいい金額になりそうな素材をコツコツこっそり集めてる。
中に入れたものの経過時間が止まる容量無限のバッグも引き継いでるから、いつか怪しまれないように、上級の素材を売ってお金にして……
……まあ、なんとなく、生きていけたらな、って思う。
異世界にチート転移しても、私はなんにも変わらない。
むしろ生きやすいこの世界。でも……
やっぱり、装備の露出度が、高いんだよな……
これだけはまだ、慣れない。
◆
SSS級ソロ攻略をしたアバターと装備だと、B級はもう、手ごたえがないっていうレベルじゃない。
でも、私は手ごたえがない冒険が、好きだった。
ゲームなら難易度が高くてもいいんだけど、人生に難易度はいらないと、常々思ってる。
「ジュリさん、今日も堅実ですね」
「あ、はい」
冒険者ギルド。
受付の美人のお姉さんは、たぶん、私とコミュニケーションをとろうとしてくれてるんだろうな、って感じる。
金髪のキラキラしてシュッとした美人で、いつもニコニコしてて、ナンパとかもされるけど、あしらい方も上手で、本当に、『私も、こんなふうになれたら、人生で見える景色が違ったんだろうな』って、思うんだけど。
でも、この生き方を目指したら、潰れるのがはっきりわかる。
生まれつき向いてない生き方って、あると思うんだ。私は、下向いて、こそこそして、一人ぼっちで生きてくのが、お似合いだと思う。自己卑下とかじゃなくて、そう思う。
「そろそろ装備を新調して、上のランクの依頼に挑んでもいいかもしれませんね」
私は装備を偽装している。
人前に出るときは、本当の装備は無限バッグに入れておいて、そのあたりで買った粗末な装備をつけている。
だって、私の装備、見た感じ、誰も身に着けてないし。SSSに挑む、ばっちばちに強化したレジェンド装備なんか、つけてたら、悪目立ちすると思って。目立つの、本当に、無理だし……
「あ、考えておきます」
受け答えの時に、『あ』って言っちゃうの、どうにかしたいって、ずっと、思ってる。
どうして私は、人の目を見て話せないんだろうと自己嫌悪するときもある。でも、自己嫌悪しても、直せないんだから、まあ、私はこういう生き物です、って思って、付き合って生きていくしか、ないんだろうな。きっと。
あきらめると、楽になる。
私が長くもない人生で覚えた、唯一役立つ人生訓。『あきらめは自分を救う』。これがなかったら、私は、いろんなところで無理が出て、病んでたと思う。
「それからジュリさん、パーティを組みませんか」
「いえ、大丈夫です」
反射的に強めの拒絶が出た。……強め、だと思うんだけど。私的には、すっごく強め。
でも、受付のお姉さんにとっては、そうでもないのかも。
「ジュリさんは稼ぎも堅実ですし、毎日きちんと一定の働きをなさいますから、何組かのパーティから『うちに』という打診が来てるんですよ。あの『
ここで『あの土塁から!?』っていうリアクションが、たぶん望まれてたやつなんだろうなって思うんだけど……
知らん……
たぶんきっと、このへんじゃ有名なパーティなんだろうなーっていうのは、お姉さんの口ぶりでわかるんだけど。
私、冒険者ギルドは、寝るのと食事でしか利用してなくって。食事だって、一人で、隅っこで、こそこそとってるから……あの……わからないんです、冒険者有名パーティ情報とか。
でも、これ、『知らん』って言ったら、感じ悪いだろうなあ……
私は人付き合いをしたくない。でも、人に嫌われていいとは、全然、思ってない。
むしろ、嫌われたくない。なんの感情も、向けられたくないんです。
今も、『声がかかってますよ!』って、善意100パーセントで言ってくれたんだろうけど、『声!? いらんいらんいらん!』っていうのが、正直な感想なんですよね。でも、感じ悪いから、言えない。嫌われたく、ないんです。好かれたくも、ないけど。
「とりあえず『土塁』のメンバーに会ってみませんか?」
え、絶対やです。
どうして普通に生きられる人って、『人と人とを引き合わせる』を『善行』にカテゴライズしてる感じなんだろう。
一人で、いたいんです。紹介とか、されたくありません。『紹介を断った』っていう事実さえ、発生させたくないんですよ。
たぶん、受付のお姉さんは、私ぐらいの日陰者を、人生で『存在する』と思ったことさえ、ないんだろうな。
交流は、ストレスなんですよ。わかってもらえませんか。察しては、くれないでしょうか。断りたくないんです。もちろん、承諾もしたくないんです。『誘いを断ったやつ』って思われるのと同じぐらい、誰かと交流する、人生の中で『会話したことある人』を増やすのが、嫌なんです。
どうしようかな。えっと、えっと……
「……あの、私、その、もったいない、お誘いなので、えっと……」
「いえ、ジュリさんの実力と、真面目さであれば、『土塁』のみなさんも歓迎してくださいますよ」
そういうのいいんで……
どうしよう、本気で、『あの土塁のみなさんと!? そんな私なんかでは、とても見合いませんよ……』って言ってるって、思われちゃったのかな。
これは、婉曲的な、お断り文句なんですけど。建前って、ないですか。ない、感じがするな……
日本には……なかった、気がするな。昔はあったみたいだけど。最近は、想いの通りに言葉にしないと、解釈の余地を発見されて、無限に都合よく解釈される感じが、すごく、する。
はっきり、言わなきゃ、だめでしょうか。
だめ、なんだろうな……
よし。はっきり、言おう。
「あの、私は、誰ともパーティを組まないつもりです」
言った。言った。すごくはっきり言った。解釈の余地もない、見事な『はっきり』だった。
うわ、心臓、やばい。SSSクエストソロ攻略より心拍数上がってる。聞こえないかな、心音。この世界の装備、本当に露出度が高いから……アバターで見ると普通なのに、実際に着ると、何この超ミニスカートに、谷間丸出しのシャツ。ふざけてんの、本当。やめてください。
「ジュリさん……大丈夫ですよ」
「何がですか」
「ジュリさんは確かに駆け出しで、『土塁』ほどのパーティからのお誘いに恐縮してしまうのもわかります。でも、あなたの真面目さと実力は、こうして、日々依頼達成報告を受けている私が、よくわかっていますから。だから、自信を持ってください。あなたは、新人ながら、『土塁』に見合う冒険者です!」
えっと、あの、その……
いらねえって言ってんだけど……
え、これ以上ですか。これ以上、はっきり言わないと、伝わらないんでしょうか。これ以上はっきり言うの、どうしたらいいんですか。
私の言語化能力では、無理そうなんですけど。
「『土塁』との面談の時には、私もご一緒しますから。受けてみませんか?」
これ『受けさせたい』んだろうなって……
しかも善意だ……なんだろうこのお姉さん。あの、私、あなたの名前さえ、憶えてないぐらいなんですけど。あなたはなぜ、私にこれほど余計なお世話を焼いてくれるのでしょうか。
思い知った。善意って、怖い。心当たりのない善意、本当に怖い。手がつけられない。化け物だ。
シュッとした綺麗な金髪のお姉さんが私を見ている……
期待した目で見ている……
やだ……断りたい……
でも……
「あ、じゃあ、明後日で……」
「はい! 『土塁』の方にも、そう伝えておきますね!」
私には、人の善意を断る強さが、ない。
異世界転移して二週間。
チート転移の強みを特に活かさずにいたにもかかわらず、私はパーティに誘われてしまった。
真面目にコツコツ目立たないように頑張っていたのに、あんまりな仕打ちじゃないでしょうか。
神様。いるなら応えてください。
あなたはなぜ、私をこの世界に転移させたんでしょうか。
説明ぐらい、してください。本当に。