私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活   作:稲荷竜

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第10話

 野におります。

 私は、獣なので。

 

 冒険者ギルドもする料理なるものを、私もしてみようと思っております。

 以前、モンスターの肉を切り分けて焼いたところ、『え、この厚さの肉、こんなに焼けないの? 直火だから?』みたいな目に遭い、じゃあ焼き直すかとなったところ、『ええ? どうして、肉って、火に近い方が焦げたころに、中にようやく火が入り始めるの?』となりました。

 

 原因は、直火です。

 

 そこで私は、手ごろな兜を防具店で購入し、それを鍋にすることとしたのでした。

 ないんですよ、鍋。嘘をつきました。あります。でも、金物屋さんには、この街の多くの商店が共通して抱える、ある問題が、あるのです。

 

『相手の事情を聞きたがりすぎる』。

 

 なんでしょう、まさか、鍋一つじっと見ていた程度で、『結婚してるのか』『最近越してきたのか』『家族構成は』『どこで料理をしているのか』『このへんの人じゃなさそうだが故郷は』『何人家族の何番目の娘なのか』『家畜は飼ったことがあるのか』などなどのことを、矢継ぎ早に聞かれるとは、思っていませんでした。

 

 なんだろう、フライパンの使用用途でも知りたかったのかな? 武器として使われると困る、みたいな?

 それ、無免許で対生き物用の武器を購入できてしまう世界観では、無用なセキュリティ意識だと思うんですけど。

 

 そういうわけで、無口で武骨で、商品をカウンターに置いて、お金も置けば、『持ってけ』とばかりに首をちょいと振るだけの、いつもの武器屋さんで、なるべく鍋にできそうな形状の金属兜を買いました。

 

 念入りに洗って、油を落としてあるけど、テフロン加工とか、ないんだよね、この世界。

 金属製品って、油を塗らないと保存ができないんです(錆びるから)。それが、私のこの超軽装(金属製品は剣しか持ってない)の理由でも、あるわけなんですけれど。

 

 まあ、入れると内部のものの時間が止まる収納スペースとかも、あるので。実はメンテナンスの手間はいらないのが、私の強み。

 じゃあ金属製品の腐食加工しなくていいじゃん、という話かもしれないんですけど、メンテナンスすべきものをメンテナンスしないの、なんか、嫌で。でも、メンテナンスも、面倒なんで、嫌で。嫌と嫌がぶつかり合った結果、『メンテナンスは雑にしつつ、メンテナンスが必要なものは増やさない』という結論に、至っております。

 

 きっと、理解をしてはいただけないのかと思いますが、私は、雑で、それから、完璧主義者なんです。

 完璧にせよという強迫が頭の中で誰かから常にされている妄執に取りつかれている、完璧にすべきものを完璧にしない、いわゆる『サボる』ということをすると、自分の頭の中にしかいないはずの誰かに怒られるような気がしてしまって、脅迫的に、妄執的に、何かを完璧にしなければならないという強迫観念に常に取りつかれている主義者、という方が、正しいのかもしれません。

 

 それで、常に、本当に、身の回りを完璧にできていれば、よかったのでしょう。

 けれど私は同時に、ものぐさでもあります。だから、折衝案として、『メンテナンスが必要なものは増やさない』という方向に、行くわけ、なのでした。

 

「ほらジュリ、そっちの肉焼けたわよ」

「あ、はい」

「やっぱりフォークぐらいあった方がいいんじゃないかしら」

 

 ここで言われているフォークっていうのは、なんか、刺す部分が超長いやつのことですね。

 用途は串。

 

 直火でお肉を焼くときは、均一な大きさになるようにして、回しながら焼くのが、いいみたいです。

 そういえば、見たことあります。ゲームで、ですけどね。

 

 そして私の服装、あるいは所作には、どうにもやっぱり、『どうぞ、ご自由に対面にお座りください』というのがどこかに書いてあるのか、外でBBQをしていたのに、なぜか対面に人がいる。

 

 サマラさんっていう人なんだって。

 

 ああ、知ってる知ってる。『土塁(どるい)』の、片目隠れの美女ですよね。

 なんでしょう、何か、初対面以来気に入られてしまっていて、私、実はですね、あなたとの接触を、避けていたんですよ。

 

 私は、『気に入られている』という状況が、恐ろしいのです。

 

 だって、評価って、実際に過ごしていく間に、必ず下がっていくものじゃないですか。

 

 恐ろしいに、決まっていると、思うのですけれど。最初に、よくわからない理由で好意的にされてしまったら、そこからもう、下がるだけ。

 しかも、理由がよくわからないものだから、勝手に失望されたり、あるいは、裏切られたなんて、思われたり、するかもしれない。そういうふうに思われても、理由がよくわからないものだから、対応のしようも、ない。

 

 怖いに、決まっています。人に好意的に接されるというのは、私にとって、転落の前フリ、事件の予兆、巨大な建物の前で小学生が『すっげ~!』と言う。そういう、爆発の予感なのです。

 

 でも、この心情を、なんと吐露すればよいのでしょう?

 

『どうか、私に好意的に接しないでください』と言えば、いいのでしょうか。さすがにそれは、おかしいと、私でも、わかります。

 好意的に接されている。これはもう、私にとっては、確信で、そうとしか思われないことなのですけれど、私は常に、私の考えが人に受け入れられず、私の認識が世間の『一般』から乖離(かいり)している、そういう疑いを、抱いているのですから。

 

 サマラという美女の、最初に出会った時の、『自分は、他人に興味なんかなくって、他人というものを、同じく社会に棲息する対等の生物とはまったく思っていません』というような、塩塩の塩態度を見ていると、なるほど、この私に対する態度の軟化は、『好意的になっている』と、そう表現したくなります。

 

 けれど、事実は、私がもっと想像もつかないようなことである可能性が、存分にあるのです。

 

 別に、彼女のこの態度には、好意がないかもしれない。過去のトラウマ、または、まったく私の予想もしない精神的な何かが影響したものかもしれない。

 そこに、『あの、私に好意的に接しないでください』と言ってしまえば、どうなるか?

 私はとんだ勘違い女になります。

 

 私は人の間で生きていくのが不向きで、消え去りたいとさえ思っているけれど、それは、人にどれだけ排斥され、人前でどれだけ恥ずかしい姿をさらしても平気、というわけでは、ないのです。

 むしろ、人並み以上に、羞恥心と自意識が高いがゆえに、なるべく人の記憶や意識に残りたくない、空気のようにそこにあることこそ、最高の人生だと、そう思っているところが、あるように、自己分析をしています。

 

 そもそも根本的な問題として、仮に私にサマラさんが好意を抱いているとしても、そこで『好意的に接しないでください』は、理解と共感を得られず、余計な会話を発生させる可能性が、とても高いように思われてならないのです。

 

 好意を向けられるということを、人は、喜ぶものでしょう。

 迷惑な好意、独りよがりな身勝手な好意、醜悪な好意、相手の迷惑を顧みない好意。そういうものも、インターネットにおいては、ずいぶん、可視化されてきました。

 

 ではそこで、サマラさんのやっていることを事実のみ陳列すれば、『一人きりで冒険者をやっている、根暗そうな女を、社会に溶け込ませようとし、その女が何やら不慣れに料理をしていれば、手伝い、自分の道具などを持ちだし、惜しみなく技術を授けてくれる』という、善行としか言えないことなのでした。

 しかも、サマラさんは、艶やかな雰囲気のある、片目隠れ美女……

 

 ルッキズムというものが幅を利かせていると認め、それを社会の『当然』と認識して問題ないかのような、世界に流れる空気感について、私は多少の、危惧を覚える立場ではあります。

 けれど、理解や共感というのは第三者に求めるものであり、それが理解や共感を得られるかは、社会の多くの人がうなずくかどうか、という指標から、どうしても離れられないものでも、あるのです。

 

『美女が世話を焼いてくれることに対し、迷惑なのでやめてと言う』。

 

 多くの人は『なんで!?』という反応になるのでは、ないでしょうか。

 美しいということは、免罪になるのです。社会通念上立派な行いをしているということは、罪にならないのです。

 

 むしろ世間は、『美女から好意を向けられたくない』という私の方を、異物と見て、不可解さに顔をしかめ、あるいは、『お前は間違っている』と、教化さえしようとするものと、私は思っています。

 

 なので、私がこうして、ダンジョンから少し離れた場所で偶然、肉を焼いているときにサマラさんに遭遇し、その流れでこうして、料理を教えていただいていることに対して、私は、世間、社会、風潮、それらを鑑みて、『ありがとうございます』しか、言えることが、ないのでした。

 

 言ってないの、ですけれど。

 

 ありがとう。その一言が、人間関係を円滑にすると、私も、思っています。

 でも、私は、獣なのです。人間関係という輪の中に加えられると、どうしても、『余計なことを、してくれて……』という忌々しさが、最初の感想になってしまう、獣。

 

 お礼の言葉を、言うだけでもいい。そこに篭った心など、人には判別できない。……わかっているのです。わかっては、いるのです。

 それでも私は、今の私の心情で形ばかりのお礼を述べる、その不誠実さを、許せない。潔癖であり、完璧主義的であると、思います。

 

 そんなことをすれば、責められるのです。

 

 私の中で、『その、心のこもっていないお礼は、どういうことなんだ?』と、詰めてくる、イマジナリーな、謎の存在がいます。仮に、『上司』と、呼びましょうか。そいつに、責められます。

 

『上司』は、私の瑕疵について、ちくちく、ねちねち、永遠に詰めてくる、そういう存在なのです。

 

 この『上司』の存在が頭から消え去らない限り、私は発した言葉の事後に、永遠に『なぜなぜ分析』をされるのでした。

 

 だから、何も、発しない。そういう道を、選んでしまうのです。

 誠意のない、百パーセント完璧に感謝の気持ちで放たれていないものであっても、お礼は、言えた方がいい。なんなら、言葉を発する、それだけで、うまくいくことは、大量にある。

 

 わかっていながら、できない。なぜなら、『上司』に、詰められるから。

 その『上司』が私の頭の中にしか存在しない、幻想のものである。だから、お礼を言われるべき行為をした他者には関係がなく、他者の中に残るのは、ただただ、『ジュリは、お礼も言えない』という事実である。それはもう、本当に、わかっているのです。

 

 でも、できない。

 

 だから私は、獣なのです。人間様のようには、なれません。こうして、山で、肉を焼くべきなのです。

 獣であり、のけもの。それが、私。

 

 でも人間さんの方から寄ってこられるっていうのは、ちょっと、聞いてないんですけど。

 

 森のくまさんは、こんな気持ちなのでしょう。

『俺は危ないから逃げろ!』と言ってきた熊が、数秒後にダッシュで追いかけてくるの、最初から対話できない相手から逃げてるより、よほど怖いと思います。

 

 私もあるいは、そうなるのかもしれません。

 

「ところでジュリ、今日はなんで野営してるの? 肉ぐらい、ギルドに持って行ったら、調理してもらえるけど」

「……あ、いえ、その……はい」

「『はい』じゃなくて」

 

 まあ、『はい』ではないんですよね。確かに。

 でも、それ以外に、発することのできる言葉は、ないんです。

 

「……まあいいわ。今後もこうやって料理するなら、私が教えてあげるから、声かけてね。マギーのことについての埋め合わせもまだしてないし」

 

 美女で魔法使いで料理までできるんだこの人……

 っていうか、初対面の相手にかなり対応が塩なんだけど、社会性が、私よりも、はるかにある。

 

 なんでしょう。私と彼女、どこが違ったのでしょう。

 違う部分を努力で合わせたら、私も、人間になれるのでしょうか。

 

 なれるのかも、しれません。

 でも、無理です。

 

 だって、自分を変えてまで、人の間で生きたい気持ちがないから……

 

 料理教えてという声も、かけないと思います。だって、私は、一人で遠吠えしているのがお似合いの、獣ですので。

 

「最初に料理するってわかってたら、香草(スパイス)とかも持ってこれるし」

「…………」

 

 私は獣です。

 

 だから……

 

 獣は、餌付けされます。

 ああ、悲しい、獣の性(さが)。

 

 私は美味しい料理に、飢えているのです。

 食べることは、生きる理由かも、しれないので。

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