私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「うちのアッシュが本当にすみませんでした」
「お嬢様、ジュリ様に謝罪なさってください」
保護者が、来ました。
なんだろう、私、結構、いきなりクエストに連れて行かれること、常態化してたんですけど。もしかして、それが失礼なことっていう認識が、この世界の人にも、あるんですか。
まさか……この世界の人は……『いきなり人の返事も聞かずクエストに誘うことが失礼だと知らない……?』ってかなり、思っていたところ、なのですけれど。まあ、思っていても、それが常識なら、従うしかないかって、あきらめてただけ、なのですけれども。
でも何か、謝罪されているみたい。
まあ、相変わらず、朝食中に、対面に立たれているっていう、相席フリーみたいな状態では、あるんだけれど。
保護者に無理やり頭を下げさせられる(『頭を下げる』というのが、この世界でも、謝意を示すジェスチャーのようです。初めて、見たけれど)お子様組の二人の姿を見て、私は、私が抱いていた『あの、これって本当に、失礼じゃないんですか……?』っていう疑問は、解消されたわけなんですが。
人前でデカめに謝意を示されるの、もはや暴力なんですよね。やめてください。
周囲とか、ご覧になられない? けっこう、見られてますよ。朝の冒険者ギルドの、みなさんに。
冒険者ギルドって、この時間、そこそこ混んでて、そこそこまばらな、いい環境なんですよね。
私、人込みが苦手だから、朝一番の『良い依頼をとろう』ってぎらついてる人たちでいっぱいの時間は苦手だし。かといって、人が全然いない場所で、『おい、黒き森のジュリが依頼を見てるぜ』みたいな感じで見られるのも、苦手、っていうか。
そこそこ混んでて、そこそこ空いてる。
これが、私の、環境に求める、条件なんです。人の姿をしているけれど、人間ではない、人という名の獣であるこの私が、どうにか、人の文明の恩恵を受けて、ゆっくりした朝食を摂れる。そういうね、時間なんですよ。
注目、されたくないんです。
私は常々、他人の人生という脚本の中で、名もなき通行人Aでありたいと、そう願ってきました。
でもそれも、実は、妥協した願いなんです。本当は、通行人Aにさえ、なりたくないんです。登場、したくないんです。かかわりたくないんです。それでも文明圏で過ごしたい気持ちがあるので、『このぐらいは』と思って、妥協している。それが、『せめて、通行人Aでいたい』っていう、願いなんですね。
今の私、どう見ても、主役級の人々に謝罪させてる、悪役なんです。
わかっては、もらえないのでしょうね。うん、わかりますよ。私の許可も得ずに、私とクエストに行く感じで話を進めたこと、他に、どのタイミングで謝罪すればいいかって言われると、私だって、困ります。
何せ私、依頼を受けて朝食を摂る朝と、依頼を終えて報告して夕食を摂る夕方しか、人の前にいませんからね。
部屋はまあ、ギルドの中に取っているんですけれども。さすがに、そこまでの侵入は、この世界でも、なかなかないようで。遠慮、っていうもの、どうにも、あるらしいです。この世界にも。
だからまあ、『昨日誘って、今日行く』約束について、その取り付け方に無礼があったとして、謝罪に使えるタイミングは、私が朝食を摂ってる今しかない。わかります。わかりますよ。
わかりますけど、それとは別に、『こんな、衆目を浴びるような謝罪劇に、巻き込まないでほしいなあ』っていう気持ちが、別に、あるんですね。
説明する、力も、ないんですけどね。
私はずっと、不理解と、互いの思う『常識』の溝を埋めるという作業を、面倒がって、サボタージュしてきたのです。
今後もきっと、そうやって、手間を省いて、余計な仕事を増やしていく人生、なのでしょう。
「ジュリ様のお気持ちを考えず、一方的に約束を取り付けるようなことは、しないようにと言い含めておりましたが……この通りです。償いはいたしますので、どうぞ、ご容赦いただければ」
あのあの、あなた、たぶん、貴族であるマギーさんの、執事とか、そういう人、つまり、貴族の家に仕えてる人、ですよね。
なんにも具体的な話は聞いてないし、聞きたくもないので、知らないんですけど。もう、完全に、なんていうか、一般人じゃ、ないんですよ。服装の質とかね。
そんな人が、私を相手に、こんなに、へりくだる。
怖い。
なんでしょう、このおじいさんは、冒険者というのを、適切に見下している、というのか。冒険者ができるのは、所詮、場当たり的で、緊急的な、現場対応であって、そういう仕事よりも、もっと立場がある人のできる、大きな仕事があるっていうのを、マギーさんに、説いていたように、思われます。
そういった見地に立ってみれば、貴族(暫定)というのが、軽々に、いち冒険者に頭を下げてはいけないというのも、わかりそうなもの、なのですけれど。
だって、ねえ? 貴族は『動員』と『命令』による、数と資産の配分が力だっていう意味のことを、言ってたわけですよね。
その貴族が、冒険者にへりくだるの、まあ、10:0であちらが悪かったとしても、こんな目立つ場所でやらない方が、いいと思われるんですけれど。
「あ、気にしないで、ください」
「いえ。ジュリ様の不興をかうわけにはいかぬのです。どうぞ、この老体めの謝罪を受け取ってください」
私、何?
怖い。
「こちらも──」
と、謝罪に謝罪をチェインしようとする人、たぶん、新顔ですよね。
記憶にないな。えっと、髪の長い、細い、男性、だな、これ。細くて、長い。
バンダナとか、巻いてて。手足が、長くて、あと、なんですか、その恰好。なんで、裸にベストなんですか。シャツとか、持って、いらっしゃらない?
この世界の服、なんだか、布面積に固定資産税でもかかるのかな? っていうぐらい、男女ともに、露出が高いんですよね。私の服も、そうなんですけど。
これ、私のスタイルが、異世界に来た時にかなりいい感じになってた(たぶん、アバターの性能にある程度比例するのだと思われます)お陰で、まあ、着てても『スカート短いし、谷間が出ちゃうんだよな……』っていう程度で済んでるんですけど、日本にいた時のだらしないスタイルだったら、かなり、絶望だったと思いますよ。
今だって、スタイルが引き締まりすぎてて、どこか自分の体の感じがないから耐えきれているだけで、普通に恥ずかしい恰好ですからね、これ。
「──『
あの、なんか、『
漏れ聞こえてきた『汚泥戦線』の時の『土塁』の活躍とかも、文字通り、土嚢で、はちゃめちゃデカデカ毒プルリン(この世界におけるスライム)が街に入らないように止めたっていう、工事事業の話なんですよね。
でも、土木事業関係のギルドは冒険者とは別にある話もされたな……?
まあ、深くは考えなくても、いいのかもしれない。どうせ、私には関係のない、人間社会の話、なので。
「アッシュが迷惑をかけたようだ。どうか、許してやってほしい」
許してやってほしい、って言われると、『もうそれでいいんで、お帰りください』という気持ちに、なってしまう。
私は、誰かを許したくないんです。
それは『ずっと恨んでいたい』とか、『ざまあしないと、気が済まない』とか、そういう話では、ありません。私は、『許す』という行為を私に委ねられた時に、私自身に、その資格がないことを、まざまざと痛感させられるのです。
私が、誰かを許す。
なんていう、ありえない響き! むしろ、私の側が、こうして人間社会で生きるのを、みなさんに許されている立場なのです。
いえ、許されては、いないのでしょう。すり抜けてる、という感じです。二次創作と同じです。『公式にお伺いを立てたら、それはまあダメと言われるけれど、お伺いを立てずに、節度を守ってひっそりやってる分には、お目こぼしいただいている』。そういう、立場で、人間社会にいる。それが、私。
だというのに、その私に、『許す』という暴力を、そっとこの手に握らされると、私はすっかり参ってしまって、何もできず、固まってしまうのです。
そう、『許しを与える』というのは、暴力なのです。強者にのみ許された、特権なのです。
私はまあ、ステータスとか、そっち方面では、強者なのかもしれません。けれど、社会、教育、地域貢献などの、『人間としての力』で見た時に、ちょっと、自分以上の弱者を探すのが難しいほどの、弱者に違いありません。
その弱者が、『許す』。
大口径の拳銃を幼児なみの身体能力の人がもらっても、その重さ、そして実際に放てば襲い来るであろうとてつもない反動に怯えて、ただただ持って立ち尽くし、渡した人の顔を見る以外に、できないものと、思われます。
今の私が、まさに、そのような状態なのです。
私は、『拾』のリーダーの、なんだっけ、ウォーリーだ。ウォーリーさんを、じっと、見るしか、できなかった。
「……なるほど」
なに、なになに。なに。
あの、何かに勝手に、納得しないでください。パーティのリーダーみたいな人、相手の無言の中に、何かのメッセージを見出しすぎでは、ないでしょうか。
「確かに、筋が違った。頭を下げさせるだけでは、謝罪にならない。……当人の口から、何が悪くて、今後どうするかを、語らせるべきだ。……俺が無理やりにこうしてさせるべきでは、なかったな」
おお……
なんだか、立派な大人率、高いな、このへん。
息苦しくなってきた。
立派な人というのは、ただ存在するだけで、私のような者を追い詰め、呼吸を困難にし、心臓を重苦しくさせるZOC効果を持っているのです。
苦しいよ。立派な大人が、私を見てて。見ないでほしい。私は、立派な大人に見られると、誰もが目指すべき規範たる者に絶対になれない自分の魂を引っかかれているような気持ちになるのです。
「アッシュ、言えるな」
立派な大人の視線に、アッシュ少年がうなずいた。
立派な人間濃度が高まり、私は思わず、息苦しさに、喉を押さえた。
「あ、あの、勝手に決めて、すみませんっした! これからは、きちんと、『いいですか』って聞いて、返事を待ちます……!」
いえ、『いいです』って言うこと、ないので……
返事を待たれても、困るんです。私は、声を、かけられるのが、そもそも、ダメなので。
でも、わかっていますよ。ええ、きちんと、理解をしておりますとも。
少年がこうして反省し、対策まで打ち出しているのですから。そこに『いや、そもそも、声をかけてこないで』っていう、ほとんど絶縁にも近い宣言をする者は、世間から、残酷とみなされるでしょう。
私は残酷とみなされたくないんです。というか、どのようなイメージも、人から抱かれたくありません。
しかも、この『声をかけてほしくない』というのが、私にとって切実な願いであろうとも、冒険者という立場にある者として、論外な話であることも、わかっています。
私は社会になじんでいませんが、社会通念をまったく軽視していないのです。理解している、とは言えません。けれど、私は、それを恐れ、その神なる決まり事を破ったと人にみなされることを、より、恐れているのです。
なじめない、混じりたくない、気にされたくない。それでも、人の社会で生きていたい。
どこか一つ、違えば。人の社会に混じることを厭わない精神性があったなら。あるいは、人の社会をまったく捨て去って生きていく、思い切りの良さが、あるならば。
きっと私は、もっと生きやすかったでしょう。
因縁が、だんだん、複雑に、私の身を捕らえ始めたような、気がします。
人間関係リセットというのを、しようかと、頭によぎらないわけではありません。
もしもゲームであれば、アカウントを作りなおして、完璧にソロでしかやらないようにすることも、できるのでしょう。
何せ、ゲームでは、クエスト受付も、依頼人も、それから商店の人も、すべて、『NPC』なのですから。
しかし、この世界に降り立ってみれば、『ここでの人間関係をリセットして、新しい街に行く』というのは、『新しい人間関係を一から構築する』ということに、他ならないのです。
それは今より面倒のない関係を築ける可能性もあるでしょう。
しかし私は、現状を変えた未来に、現状より素晴らしいものがあるとは、どうしても、思えないのです。運勢というものがあるならば、今が最高潮で、この先に環境を変えても、上り調子になることはないんだろうと、そう思ってしまうのです。
だから私は、現状にしがみつく努力をするしか、ないのです。
「お嬢様」
「わかっていますわ! ……あの、ジュリ様……今回のことは、申し訳ございません。ですから……どうかまた、わたくしと一緒に、冒険をしてくださいまし」
うーん、少年少女からの、謝罪をされてしまったぞ。
たはは。困る。
というか、執事さんは、なんでそんなに、私の機嫌をとろうとするのだろう。
戦闘力かな……やっぱ、それしか、ないよな。戦闘力。隠してたんだけどな。隠し切れなかったな。私が……常識を知らなすぎて……
やはり、あらゆる現状は、私の行動から作り出されているようでした。
とくれば、人間関係をリセットして、新しい街で新しい人間関係をスタートさせたとして、好転することは、ありえないのでしょう。
私は、この街で生きていくしかなさそうです。
「あ、はい」
だから、彼女たちを許すしか、ないのです。
誘われたこと自体は、まあ別に、いいか、ちょっと人付き合いは面倒だけど、ぐらいの感じなんですけどね。話が大きくなったことと、これから先に誘われてもいいよっていう約束をなぜかセットでさせられる感じになったのが、こう……
……まあ、未来の私に、委ねましょう。
死ぬまで先送りできれば、私の勝ち、ってことで。