私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
朝ご飯を食べていたら、受付のお姉さんが対面に来て言ったとさ。
「あの、少し、お話を、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
ははーん、これはたぶん、私が『
いやすぎる……
二重の意味で、嫌なのでした。
まず私は、目立ちたくなかったので、『驟雨』を倒しに行ったことも、倒したことも、誰にも言っていないのです。
だって、目立ちたくないですからね。それでも、倒しに行ったのは、まあそのうちこの町にも来るんだろうし、その時に集団に混じって戦うぐらいなら、先に一人で倒しちゃった方が、一対一で相手の動きも読みやすいし、人目を気にして萎縮することもないな……ぐらいのやつで。
あとは、贖罪。贖罪って、他者に『お、
だって、第三者視点から見て、私はきっと、罪を犯していないのです。
私は、人という獣の分際で、人間様の社会の文明を享受している、そこに罪の意識を感じているわけ、なのですから。
これを正直に誰かに話したとして、『だから、私は、贖罪します』と言っても、『ハァ?』と、兎みたいな顔で言われるだけで、終わるのが、ありありと想像できるではありませんか。
私の中にしか存在しない罪を贖うならば、それは、贖っていることを示す先も、私だけでいいのです。
だから、私の贖罪にアピールはいりません。やっていることは、『なんだか、コンビニで、お釣りを多くもらっちゃった気がするな。気のせいかも、しれないし、そうだとしても、向こうのミスで、私は気付かなかっただけで、今さら検証もできないのだから、こんなこと考えても、仕方ないんだけれど。でもなあ』みたいな状況の時に、ちょっとした善行をしてバランスをとる。そういうこと、なのですから。
だから私は、この、私の、おそらくは理解も共感も得られない心情を吐露し、相手にとってはわけのわからない、私の贖罪行為について、一から説明をするという手間を、とりたくない。
だから私は、『驟雨』の討伐に向かったことを、隠しているのです。説明が、面倒だし、そもそも、できる気も、しないので。
そしてもう一つ。
私が『驟雨』討伐を隠す理由。それは……
恰好が、痴女だったから、なのでした。
私は男性アバターの装備とステータスを引き継ぐ形で、ゲームそっくりなこの世界に転移したわけです。
ところがこの世界に降り立っている肉体は、リアルの私準拠、というか……まあ、リアルの私より、いろいろ最適化されていて、スタイルが恐らくステータス基準で引き締まっているので、なんだか、異物感というか、ますます、『私の魂は、何かの間違いでここに乗っかっているけれど、この体も、この世界も、私が本来過ごすべき場所ではないような気がする』という気持ちに襲われるのですけれど。
オンラインゲームの装備って、男性用は重厚だったりするんだけど、女性用……その……
露出度が高いので……
平たく言うと、全力の装備を身に着けた私は、フルフェイスの兜を身に着けた踊り子系ファッションの痴女なのでした。
服装については、諸説あるものと思われます。露出に、一概に悪いイメージを抱くのも、どうかと思う。そういう価値観の多様性は、充分に、認めます。
それでも、私は、バレたくないのです。
あんなお尻と胸とヘソの出た格好で暴れ狂ったことを、知り合いには、知られたくないのでした。
私はこの町に定住するつもりでいます。それは、新しい街で、新しい人間関係を形成するのが嫌だからです。
もちろん、ゲームのサーバーを変えるかのように、新しい街でも完全なるソロプレイが可能な状況であれば、『根城を変える』という選択を、軽々にとれたものと思います。
しかし実際にこの世界で生きてみて、私は、この世界で生きるということが、人とまったくかかわらずに生きていけるようなものにはなりえないことを、強く実感しているのです。
なので、バレたくねぇな、尻丸出しで戦ってたこと……!
という願いを抱きながら別室に来た。
個室は窓のないブースのような場所で、壁に見慣れた器具がある。
マイルームに必ず設置されていたオブジェクトで、用途は、さっぱりわからない。
でも雰囲気からして、部屋から声が漏れたりしない、『プライベート』を保証するような、そういった装置なんだろうなー。
これから『プライベート』な話をされるのか。やっぱり。
もちろんそれは、『私的な』という、本来的な意味合いの『プライベート』ではなく……『シークレット』とか、そういった方向性の、よそに漏らしたくない話、なんだと思われる。
怖い。
「……ジュリさん、あの……『驟雨』を倒したのは、あなた……です、よね?」
あ、『ですよね』なんだ。もう確信じゃん。
なんでバレたんだろ……
「偵察によれば、格好はその、普段のあなたとはかけ離れていたようですが、戦い方が、あなたに酷似していたとのことで……具体的に、証拠があるわけではないんです。でも、あなたの戦い方は、世に類を見ないものですから……」
「え?」
世に類を見ないまでいく???
なんだろう、私の戦い方、人の反応とか見ててうすうすそんな気はしてたものの、やっぱなんか、おかしいんだな。
やってることは、相手のアクションの起こりを見てからパリィの上でカウンターヒット入れて、相手が死ぬまでひたすら殴り続けてるだけの、一般的なネトゲプレイヤーの戦い方、なんですけれど。
途中でジャスト回避挟みながらスタミナ回復して殴り続けて、相手が離脱したらまたパリィからのカウンターでコンボして、相手が複数なら、相手を切り替えながら同じことをするだけ、っていう。
ネトゲって、基本、『いかに相手にターンを渡さず、こちらのターンで十割削るか』みたいなところ、あるのでね。
でもそっか。
リアルで『相手がちょっと動いた瞬間に割り込んで攻撃して、そのまま一方的に相手をボコボコにする』っていうの……
変かな……
変かも。
でも他の戦い方をしろ、と言われても。私のビルド、防御力が低いので。一方的にしないと、一方的にされてしまうんですよね。
そっか。独特か。
変えようもないし、しょうがない、のかな。
「……ギルド職員として申し上げるのであれば、依頼に参加せず、単独で強大なモンスターに当たったことは、推奨できることではありません」
「はい」
「しかし私個人として申し上げるのであれば……」
「……」
「……被害を食い止めてくださり、ありがとうございます」
お礼。
恐ろしいんです。
私は、ただ、人間社会に寄生して、その恩恵をすすっていることへの罪の意識から逃れるために、自分にできる善行を積んだだけなんです。
しかもあの驟雨というモンスター、私にとっては、大した相手では、なかったんですよ。装備を変えたのは、正体を隠すためっていうのがメインで、今のこの普通の装備でも、それはまあ、時間はかかったと思いますけど、負けることは、絶対になかったと、そう断言してしまえる程度の、敵なんです。
私は……
私は、昔から、私の中に、『他人』が、いないんです。
申し訳なさも、遠慮も、恐怖も、贖罪も、活動も、全部、全部、私は、私の中で納得して、私の中で帳尻を合わせるためだけに、行っている、精神・肉体の活動なんです。
頭では、わかっています。人間は、NPCではない。人生がある。意思がある。思考がある。
でも、頭でわかってるだけ、なんです。うまく、感じ取れないんです。
私はあなたたちを、人間扱いしていないんですよ。
だから、お礼を言われると、苦しいんです。そんな立派なことをしたかのように扱われると、客観的にどれほどのことを成していたとしても、私の心が、私を許さないんです。
お母さん、調子に乗って、ごめんなさい。
私が、悪いんです。全部。
「ジュリさんは、あまり、人の輪に加わることを好まれない方、ですよね」
やっぱり、お見通しなんですね。
私程度の浅い人間が、何を好み、何を嫌がるかなんて、普通の人は、みんな、わかるのでしょう。
でも、私は、あなたたちが、本当に『わかっている』なんて、まったく、思えないんです。
入力に対するアクションを見抜かれる単純さは、自分自身、わかっています。『こいつは、こうすれば、こうするやつだ』と看破されるのは、納得しているし、やっぱりな、って感じなんですよ。
でも、入力とアクションの間にある、私の精神活動、葛藤や、こだわりについて、きっと、誰も、理解も共感もしてくれないということもまた、同じぐらい、私は確信しているんです。
私は、行動を見抜かれるのは、受け入れられます。
でも事件に対して行動を決意するまでの、精神活動について、わかったようなことを言われるのは、大変、苦手にしています。
わかっては、もらえないのでしょう。
わかってもらいたくも、ないのです。……いえ、本当は、わかってほしいと、思っています。私は、あきらめているだけ、なんです。自分の面倒くささ、自分の歪み、それらが他者に理解されることはなく、理解されたうえで『あなたの精神活動は、あなたの精神活動だ』と認められることが、絶対にないと。そう、思っているんです。だから、あきらめているんです。あきらめると、楽だから。
まともでなくて、ごめんなさい。
「私は、ジュリさんに、多くの人とかかわっていただきたいと、思っています」
ええ、そうでしょうね。そう思います。それはきっと、良いことなのでしょうね。
私が求めていない、という一点のみが問題なだけで、良いことに、決まっています。いえ、本当は、求めているのでしょう。ただ、私は、他者を信頼できないのです。『私』を尊重されることなど永遠にないと、そう思っているのです。あきらめています。あきらめきれないすべてのことが、あまりにも苦しいので。私は、苦しいのが、嫌なんです。
たびたび、思うことがありました。
神様はどうして私に、心なんか、与えたんだろうって。
この心というのが、私の人生のすべての邪魔をしているのです。お母さんの言う『当たり前』に対して、いちいち、『それはなんで、当たり前なんだろう』って思って、時には生意気なことを口走ってしまう。
口走らないようになってからは、違和感と、不整合感を飲み下して、その結果、大変なストレスを覚えながら、ただひたすら、『当たり前』になれない自分が、なんだかとてつもない罪を背負って生まれてきたような、そういう気持ちばかりがふくらんで、呼吸もできなくなる。
多くの人とかかわる。きっと、素晴らしいことです。必要なことでも、あるでしょう。地域社会で生きるには、多くの人から仲間として扱われていた方が、いろいろ便利なことは、わかりますから。
でも、したくないんです。怠惰なんです。怠惰、らしいです。私は、怠けている、ようです。そう、言われます。
この指一本さえ動かないほどのとてつもない気だるさ、呼吸さえできず、苦しみの果てにようやく、体が勝手に息を吸って、生きながらえてしまったと自分を嗤うような、動けない感じ。
普通の、当たり前の人は、こんなにもとてつもない重力を全身に感じながら、それでも普通に生きているというのでしょうか?
だとしたら、それは、偉業と言う他ありません。偉業を日常的に行う人々の中ででは、偉業を行えないことが、
だから私は、人間ではないのです。
人間と認められる人の誰しもが持っている、『見えないパーツ』が抜け落ちている、不良品なのです。
それでも、いえ、だからこそ、私は人間の社会の恩恵がいります。山にこもって生きては、いけないのです。そうする力が、ないのです。
生きたいのです。でも、『生きる』という偉業を実行する力がないから、潜んで生きて、どうにか呼吸をしている。それが、怠惰でおかしい、人という獣の、私なのです。
「ですが、ジュリさんを、そうして多くの人の前に出すのは、間違いだったかもしれません」
「……はい?」
「今回の件、普通の冒険者であれば、『英雄』になりたがるものと、思います。でも、ジュリさんは、そうは、しなかった。むしろ、今も、できるなら隠したいと、そう思っていらっしゃいますよね」
「…………」
「理解は、できません。けれど、ジュリさんの意思は、わかります。……ギルドとしては、あなたの戦力と功績は周知すべきですし、報酬もお支払いすべきなのですが……あなたの存在を明かすことが、あなたと、そして、世界のためにならないことは、理解しました」
「…………」
「隠すお手伝いをします。今のところ、我々だけが、あなたの戦い方を、知っていますから。我々が隠せば、バレないものと、思います」
「なんで」
「実利の話をした方が、呑み込んでいただきやすいかとも思いますので、申し上げると……あなたの戦力を失うことは、世界にとっての損失だからです」
「……」
「そして、冒険者ギルドは本来、世間からはみ出している、冒険者という人たちの受け皿であり、冒険者同士が互助をするのを助ける組織だからです」
世間から、はみ出している。
『
きっと、あの人たちはまともで、私とは全然違う、社会の中で人間をやれている人たちだと、そう思っていた。というか、今も、かなり、そう思ってる。
でも、あれで、はみ出してるらしい。
……どういう、ことなんだろう。
あれだけ社会性のある人たちでも、はみ出している? わからない。想像もつかない。
「無理に人と話してみるようにはお勧めしませんが……もう少し、みなさんのことを、知ってみても、いいかと思います。興味があれば、お手伝いしますので。まずは……実利の面だけでも、ご一考いただけないでしょうか。この町で過ごす限り、当ギルドがあなたの正体を守るという、実利を」
実利の面。
ようするに、私の戦力には利用価値がある。だから、私が逃げ出すようなことは、したくない。
……ああ、わかる。それなら、私も、わかる。確かに、そうだよね、って感じだ。
心に寄りそうとか、そういうのよりよっぽど、わかる。
でも、実利の面だけじゃないらしい。
そっちは、わからない。
どうしようかな。
私は山にこもれない。人の文明の中で暮らしたい。
この町を捨ててどこかに行くにしても、文明の中で暮らすなら、新しい人間関係を始めないといけない。
それに、私の戦い方が独特なら、きっといつか、どこかで、私のことが、バレる。
実利。実利。
実利という言葉を頭の中で転がしてみると、この町に居続けて、冒険者をやり続けることは、それほど悪い選択肢のようにも思えなかった。
少なくとも、新しい土地で、新しい人のフリをして生きていくより、よっぽどいいと、そう思う。
何せ、人生は下り坂なのだから。
今の環境を変えて出ていった先の新天地で、状況が今以上である保証なんか、どこにもない。
日本から異世界転移して、状況は変わった。
差し引きでプラスも大きいけど、文明レベル的に、日本にいた時よりプラスとは、全然、思わない。やっぱり、やることがなさすぎて、時間が、ありすぎて。時間があると、嫌なことばっかり、頭に、よぎってしまうから。
夢中になれることがあふれていて、寝転んで、いつの間にか時間が過ぎていくみたいなことは、現代日本ぐらいの文明がないと、無理だと、思う。
人生は下り坂。
変化はよりよい未来をもたらさない。
あきらめが、心を救う。
だから私は、今、沸き上がった、言葉にならない何かを、あきらめることにした。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
お礼を言われるのは、私ではないんです。
私がお礼を言われる状況は、発生しえないんです。
何かを考えて決めることさえできない私を、この町に留め置く。そのために、あなたの口から出た言葉が功を奏したというだけで、それは、あなたの技量の問題なんですよ。
私はだって、あなたの優しさがそこにあると思っているのに、その優しさを信じられていないんですから。
……『なぜ』は、口にしなくてもいい状況を、用意してもらっている。
なぜ、私にそこまで、よくするのか。それは、実利があるからだと、説明をつけられる。聞くまでもない状況を、用意してもらっている。
実利だけでは、ないらしい。
私はそこにある実利以外のものを、知ろうとしなくてもいいし、知ろうとしてもいい。
知るのは、面倒くさい。
物語に、興味がないんです。誰がどこで何したとか、誰がどうして何をしたとか、本当に、ちっとも興味がわかないんです。ただ私は、時間を潰すために、昨日と同じクエストを繰り返しているだけ、なんです。
でも、一つ気合を入れれば、なんとか、少しだけ、行動できるような、気もする。
……入れるかー、気合。
これもまた、贖罪の一つ。
私は『ここまでさせてしまった』ことに、自分の中でバランスをとりたい。だから、私のためにさんざん配慮してくれたこの人の働きかけに対して、この人の望むことを、一個ぐらいはしないと、申し訳ないな、とそう思う。
少しだけ人に興味を持ってみようと思います。
まあ、ダメそうなら、やっぱりやめるので、口に出して誓ったりは、しないんですけどね。
口に出すと、約束事になっちゃうから。
約束は、人間と人間で、すべきでしょう。
私はまだ、人という名の獣。
そしてきっと、少しぐらい行動をしようと決意したからといって、生涯、人間になることは、ないものと思われます。