私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「……珍しいな、そちらから声をかけてくれるとは」
本当に、珍しいことも、あったものです。
ただ、私は私自身の決めている『法則』を変えるのも面倒なだけ、というのが、こうして『珍しくも』声をかけた理由だと知られたら、きっと、怪訝な顔をされるものと、思われます。
私は、人生に、自動的に進んでほしいと、常々、願っているのです。
異世界に来た時、『まあいいか』と思い、ゲームでなじんだとおりに冒険者をしたのも、『そういう法則で毎日を送っていたから』なのです。
新天地です。
いかにゲームの世界っぽいなと思ったところで、ここは、現実なのです。
私にとって、ゲームはゲームでしかなく、こうして二本の足で降り立って、空気や、そこに混じるよく知らない匂いを感じ、体温を持つ人々のひしめく街の中を一人称視点で見て、そうしてギルドに入るという、そういうものではありませんでした。
ところが、現実。……で、あるならば、もっと検証すべきでしょう。あるいは、ゲームのような世界にあこがれでもあったならば、もっと多くを見て回ったり、もっと、自由に、というのか……『ゲームでクエストを受けるように、冒険者ギルドでクエストを受ける』などということをせずに、現実なりの自由を、試してみる。そういった行動に出る選択肢も、確かにあったように思われるのです。
しかし私は、『いつもの、繰り返し』を選んだ。
新しいことを、したくなかったのです。新しいことをする気力というのが、枯渇しているのです。
私がどれほど追い詰められても、『この町を離れて新天地へ向かう』という選択肢をなかなか実行しないのは、これが、すべてでした。
私は、新しいことを始めたくない。多少の不愉快があっても、私が我慢すればそれで済むならば、そうする。そうしたうえで、現状維持を選ぶ。そうやって、生きてきたのです。なぜなら、気力がないから。
だから、こうして声をかけるのも、私にとって、『新しいことではないから』なのです。
バランス。
私は獣ですが、人間の社会で文明を享受して生きたい。しかし、人間社会で生きるということは、何かの役割を負い、ストレスを負い、人間関係の中に身を置かねばならないことを、うっすらとではあるけれど、理解もしているつもりでいます。
そういった手間を省き、文明だけ享受することへの申し訳なさが、たとえば、私を『
私は受付のお姉さんの提案に従ってみることにしたのです。
それが、バランスをとる、ということだと思ったから。
どうにかこうにか、言い訳をひねり出している感は、否めません。
私は変わらなければならない。けれど、変わりたくない。面倒くさいから。面倒くさいというのは、全身を重力で縫い留められ、指一本さえ動かせなくなるような、そういう気持ちなのです。到底、あらがえるものではありません。
だから私は、戦いません。変わらなければならない。それは、わかる。わかるのだけれど、この『面倒くささ』をどうすることもできないのを、充分にわかっているから、これとの無謀な戦いをしない。そう、決めて生きてきました。
あきらめによって、私は、どうにか呼吸ができているのです。指一本動かす余力もないほどの、本当の本当に、『どうにか』、なのですけれど。
しかし、言い訳ができて、私は、新しい行動というものを、始められそう……
ああ、いえ、『新しい行動』と、意識してしまうと、だめになる。だめになるから、私は、『贖罪』という基本方針に従い、受付のお姉さんに言われるがまま、彼女に受けた恩、あるいは罪をどうにか
そうして一番最初に声をかける相手に選んだのは、『
この、眉毛の太い、マッチョの、何あれ、よく見たら、なんでこの人、シャベル背負ってるんだろう。そんなことにさえ、気付けないほど、直視できなかった人に、最初に声をかけたのは、やはりこれも、贖罪の一環なのでした。
私は、私が人間社会で文明を享受して生きることの罪を、かなり重く見ているのです。
そして、私のために、人が何かの手間を負うことの罪もまた、かなり、重く見ています。
そのせいで、あれだけ『塩味以外の料理』を切望しているこの私が、
私は、私のために何かをしてもらうことの罪深さに、吐き気を覚えます。
だからこそ、なのでした。受付のお姉さんが、私にとてつもない罪深さを感じさせる。ならば、その贖罪のために身を打つ『罰』は、重い方がいい。その方が、呼吸が、しやすくなる。
だからこそ、私は、どう解釈しても苦手すぎるこの、性格が火属性で、組織のリーダーで、何やら人付き合いも多そうな、このマッチョの人に、最初に声をかけることにしたのです。
これほどまでに苦手なことをすれば、私はきっと、私の罪を少しは許せるだろうと、そういう打算があってのこと、なのでした。
「あ、その……えと」
事前にカンペを用意したんだけど、なんかもう、視線を、動かせない。
そう、私は、受付のお姉さんが言っていた、『お前だけじゃなくて、他の人もどこかはみ出してる。冒険者ギルドには、そういう人も多いんだよ。だから、話してみない?』というのを達成するために、こうして、声をかけた、のだけれど。
『あなた、どう社会からはみ出してるの?』って聞くしかないんだよな。
……聞ける!?
聞けるか!?
無理だろ!!!
私、私、私ィィ! 私はいつもそうだ! 行動というのに慣れていない私は、行動をすると、いつでも全速力で、距離を見誤る。カーブを曲がれない。大事故を起こす。このように!
ほぼほぼ初対面の相手に『あなた、社会からはみ出しているんですよね。どのように?』なんて聞けるわけがないのに! なんか、直で聞こうとしてしまっている! どういうこと!?
ああでもしかし、しかしですよ。たぶん、人間関係を深めて、そのうえで、そういう打ち明け話をしてもらえるようになってほしい……みたいなのが、受付のお姉さんの希望だったんだと、今、この場で、ようやく、わかります。メールを送ったあとに間違いに気付く、あの感じで。
しかし、そういう正道にして王道みたいな人間関係の深め方は、私には、無理です。
そう、思い出した。カンペを書こうとしたんです。でも、白紙なんです。悩んで悩んで悩んで寝落ちして、もう、実際にやってみたら、わかるでしょ、なんて。そんなわけないのに、そう思ってしまう。
『やる』という決定だけが、先にあるんです。決定したことを、私は、曲げられないんです。自分が過去にした決定で、自分の中にしかない約束事なのに、それを破ることさえ、できません。
しかし相手は私の言葉待ち。
どうして私の言葉を待ってるんですか? 私が声をかけたからですね。
どうして私は声をかけたんですか?
それは、私にも、わかりません。
私はいつでも、何か行動を起こそうとすると、特大のハードルを自分に課して、『なぜ、その行動を起こそうとしたのか?』を忘却し、とにかく行動を起こさなければならないという強迫観念と焦燥に支配され、めちゃくちゃなことをしてしまう。
だからこそ、私は、私の行動を戒めているのでした。
けれどこの戒めは、一年も経てば、なぜ戒めているのかという理由の方が、私の中から失われてしまうのです。
そうしてこのように、しばらく、『戒めが必要なほどのやらかし』をせず、やらかした傷の痛みを忘れたころに、またやらかして、自分が自分を戒めた理由を思い出すのです。
思い知らされる、といった方が、正しいように、思われますけれど。
とにかく、とにかく、何かを言わなければならない。
何か。
「……い、行きます」
「うん? それは、依頼を一緒にしようというお誘いか?」
「え、あ、…………はい」
「……そうか」
もう死にますね。私。死にます。どうしたらいいですか。刃物を胸に突き立てるの、痛そうなので、なるべく優しく殺してほしいんですけど。
「わかった。あなたからそのように申し出があったこと、嬉しく思う。……ああ、今日はサマラが休みだったが、声をかけてみようか。サマラとは親しくしていると聞いている」
たぶんそれは誇張表現の一種だと思われます。
親しく? 親しいって何? わかんない。もう何も。
◆
このあと私は、土塁リーダーとサマラさんと三人でクエストをしたらしい。
でももういっぱいいっぱいで、クエスト中何が起きたか全然記憶にない。
……でも。
三人でクエストをした。
私から声をかけて。
その実感が、残っている。
とてつもない大犯罪を犯したような気持ちだけれど……
私は、人に声をかけて、パーティクエストを、したらしい。
その実感だけは、残っている。
残って、いる。
の た う ち ま わ り た い !!