私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「わたくしが冒険者を目指す理由について、聞いてくださるのですね!」
話したそうだったもので……
なんだろう、何か、ありますよね。私の知らないところでの、つながり、みたいなもの。
私の人生はずっと、このように、『私には全然知らないところで、なんか、私についての情報が出回っているなあ』というのが、ありました。
それはもちろん、私は人間社会というもので生きるのに向いておらず、また、その努力もサボタージュしていた身なので、人間さんたちは、私という獣にはわからない、人間同士でのみわかるやりとりをしているのだというのは、そうなのでしょうけれど。
どうにも、昨日、私が自分から『
……あー、あー、あー、そっか。昨日のメンバー。ゴーリーさんとサマラさんが、同じ『土塁』のメンバーだし、そもそも、一緒にクエストに行ったので、つながりがある。
そしてそもそも、サマラさんと、マギーさんに、つながりがある。そういえば、マギーさんとの謎のつながりは、サマラさんに『どうにかして』と言われたのが、始まりでしたね、はい。
うわあああ! どうしよう! 頭の中で人物相関図ができてる!
今さら!?!?!?!?!?
恐らくですが、いわゆる『社会で生き、社会の一部になっている人』というのは、このような人物相関図、つまり、『人間関係』というやつについて、もっと興味を持ち、注意を払い、ほとんど無意識に、そういうものを把握して生きているのだと思われます。
しかし私にとって、『人間関係』というのは、目の前で話している人の奥に、底知れない無限の広がりがあることを感じさせるもので、その恐ろしさたるや、唐突に深海に放り出されたような、そういう、重苦しく、上下左右さえ見失い、ただただ理不尽にして圧倒的な暗闇に呑み込まれ、しかしすぐには死ねず、口から泡を出しながら、確実に訪れる死までの時間を何倍にも引き延ばされた感覚の中で感じさせられ続ける。そういうもの、なのでした。
なのでなるべく、目を逸らして生きていきたいのです。
私は、苦しいのと、痛いのが嫌いで、なるべく先送りできる問題は、先送りしていきたいと思って生きているのですから。
そういうわけで、人間関係、怖いですね。
そうか、マギーさんと、サマラさんには、つながりがあったんだ……
最初にサマラさんからマギーさんを紹介された事実は、私もなんとなく覚えているんだけれど、そこに人間関係があるというのは、どうにも、私にとって、新発見の感があるのでした。
「サマラ様に言われて気付きましたの。そういえば、ジュリ様は、わたくしが冒険者になりたがっている事情をお聞きになっていらっしゃらなかったな、と……」
冒険終わったの夕方なんですけど、翌日の朝である今、その話が出てくるっていうことは、冒険後にサマラさんとマギーさんが会ってたってこと、なんですよね。
なんだろう、人間関係、本当に怖い。すごく、見ちゃいけないところを見てる気持ちがする。
あと、なんだろう、なんで、サマラさんから『そういえばジュリにマギーの事情話してなかったよね』みたいなフリが行ったのか、私はその詳しい理由について、さっぱりわかっていません。
たぶん、冒険中に私が『どうやってゴーリーさんからはみ出し者要素を聞こうか』っていうふうにチラチラしてたので、何かを察せられた、ってこと、なんですよね。
なんか、こう、説明ほしいな、みたいな空気、っていうのかな。
私は人間関係未熟者ですけど、そういうのがわかる瞬間、ありますよね。まあ、私がそういうのを察するときって、インターネットで、他人と他人のやりとりを見ているときが、ほとんどっていうか、すべて、っていうか、なんですけれど。
会話をしているんだけれど、なにか、主語か目的語をはぶいている感じ、っていうのか。やりとりをしている主題についての応答があるのだけれど、そもそも、会話の目的がその主題にはなくて、言葉にしていない何かからやりとりが発しているので、目の前の言葉に正確に答えていても、漂う不納得感、みたいなものがある感じ、というか。
そういうのが察せられるほどチラチラしてたんですね、私。
殺してください。なるべく優しく。息の根を、止めてほしいんです。世界から、消えたいんですよ。
「あれはわたくしがまだ幼かったころですわ」
なんか、昔話、始まったな。
どうしよう、おそらくこれ、私が求めて始まった話、なのでしょうけれど。興味は、やっぱり、ないな……
というか、余計なことが、気になってしまって……あの、『幼かったころ……』って語り出し、なんですけどね。私から見て、あなたはまだ、幼いです。
人間さんの年齢、よくわかんないけど、たぶん、十代の前半とか、ですよね。私もまあ、十代の中盤から後半って感じなので、大人ではないとは思うんですが、その私から見ても、今のあなたは、幼い部類に入ります。
これ以上幼いころと言われても、なんだろう、まあ、幼いんでしょうし、何も間違っていないんですけれど、至極どうでもいい引っかかりが、私をあなたの話に集中させてくれないんです。
いえ、これは恐らく、順序が逆、なのでしょうね。
どうでもいい引っかかりがあるから、話に集中できないのではない。話に集中できないから、どうでもいい引っかかりに、気付いてしまう。
夢中になる、ということが、できないんです。
恐らくマギーさんは、私に語りたいと思ってくれているから、語ろうとしてくれているのでしょう。きっと、サマラさんあたりから、私が、人の過去の事情に興味がある雰囲気を出していたという、リークがあったものと思われますから。そこから、話す気に、なってくださったのだと、思うのです。
ありがたいことだと、頭では、わかっています。
しかし、理解に、感情が追いついてこない。
私はやはり、人の事情に、興味がないのでしょう。それはとても薄情なことだと、自分でも思うのです。しかし、まあ、なんだろう。『聞いて、どうするんだろう』みたいな、自分の人間としての無力さ、と申しますか、そもそも人間を名乗れるような状態ではないのが理由、と言いますか、人の打ち明け話をされようとしている今この時に、『それを、私に言って、意味はあるのかい?』といった気持ちが、ふくらむばかりなのです。
意味。
これを追い求めることは、人間関係とまったく関係ないことを、私はうっすらと理解しているつもりでいます。
人間と人間との会話は、しばしば、意味だの意義だのを求めれば、まったくの虚無としか言えないようなものを重ねるものだという理解は、あるのです。
理解しかない、とも言います。
『知っているよ』であって『わかるよ』では、ないんです。
私が意味もなく自分の情報を開示したいタイプではないことも、この感想の一因なのかもしれません。
ほんの軽い質問でも、『え、なんで、そんなこと、聞くんですか。それを答えたところで、どうなるんですか。何が目的なんですか』という、まるで詐欺にでもかけられるかのような警戒を、私はしてしまうのです。
もちろん、日常会話の細かいところで詐欺に仕掛けられようとしているわけもなく、そういう意図ではなくて、親切心、人間なりの、親切心。すなわち、『この人は、輪の外にはみ出しているから、入れてあげよう』という気持ちからくるものというのは、頭では、わかるのです。
わかるのですが、聞かれた瞬間、反射的に出てくる警戒心は、もう、自分ではどうしようもない、不随意であり、反射的なもの、と言いますか。私という生き物の反射行動が、人間社会にとことん向いていないなということを、思い知らされるばかりなのですが。
「『汚泥戦線』の日……わたくしは、止められていたというのに、興味本位で、前線まで出てしまったのです」
台風の日に田んぼ見に行く人か……
なんだろう、リテラシーがない、というか。まあ、幼いので、わからなくもないんですが。周囲の人、もっと警戒しておけよ、と思ってしまう、というか。
まあ理想的には『台風の日に田んぼ見に行くな。周囲の人、特に老人や子供が行きそうなら、周囲の人が止めろ』という意見も、言えるのですが。それが理想であることも、もちろん、理解はしています。
実際、人が人目を忍ぶ目的で、しかも、レイドボス出現でてんやわんやの中を行動してしまったら、人の警戒では漏れるのも、想像は及ぶのです。
それでもなお、部外者なので、『いや、それは、まあ、わかるんだけど、警戒は、した方がいいよ』と思ってしまう、というのか。
私には恐らく、『寄り添い力』みたいなものが、足りていないのでしょう。
インターネットに百億人ぐらいいる、『無関係だから正論(事態の解決にはまったく役立たない)を言える人』『事後だから正解を言える人』みたいなものに、私もどうやら、なっているようでした。
「その時、サマラ様に救われて……わたくしは、土塁に入りたいと思ったのです」
ちょっと一足飛びな気もするのだけれど、まあ、わからなくもありません。
そしてきっと、貴族令嬢としては、はみ出しているのでしょう。
……重大なことに、気付いてしまったんだけども。
はみ出してる人がどうはみ出してるのか、『枠』を知らないとわかりようもなくないですか?
そして私は、『枠』について、よく知らないのです。そこからはみ出していると見いだされ、排斥されたり、あるいは、『お前は間違っているから』と教化されたりすることを何より恐れている私はしかし、その『枠』の詳しい輪郭を、まったく知らないのでした。
人間関係相関図と同じです。
恐れているからこそ、見たくないのです。面倒くさく、何か言いようのない嫌な予感がするものすぎて、私は『目を逸らす』という選択肢をとってしまうのです。
……常識を、知らなければならない。
「じいやの言っていることも、事実とは思いますのよ。けれど……幼き日のわたくしのように、人の心に残るのは、『現場の人員を差配できる貴族』よりも、『現場で活躍する冒険者』だと思いますの。わたくしも、じいやの言うことそのものは、理解しております。けれど、それは、現場での経験がない場合には空虚な空論にしかすぎないように思われてしまって……」
うーん、うーん、常識、常識か……
常識。私はこれを、ずっと知りたいと、思っていたのです。それの白書があって、それが明文化されている条文があったならば、きっと読み込んだことだと、そう思っています。
けれど、常識条文なるものはどこにも存在しないのです。
それは人間さんたちの、私には知りえないタイミング・方法でのコミュニケーションの内部で、不文律として存在するのみ、なのでした。
だから常識を知るというのは、あまりにも難題で、くじけそう。
しかし、うーん……
「ジュリ様!」
「え、あ、はい」
「『
「え? はい?」
「なのでわたくし、『土塁』に入るという夢も、あきらめてはおりませんけれど……それよりも、ジュリ様について、学びたいと、そう思っておりますの」
「あ、はい」
「ですからどうぞ、今後もよろしくお願いいたしますわ」
「はい」
え、なに、どういう流れ。
聞いてなかった、わけじゃないと、思うんだけど。今日は、聞き漏らし、なかったよ。がんばって、全部、聞いてたと、思うん、だけど。
何か、話がよくわからない。
やっぱり人間は、難しいのかもしれない。
何かないかな、軽い気持ちでちょっとできる、人間入門みたいなの。
ないか。普通、ないんだよね。ないまま、みんな、『普通の人間』を、できてるんだよね。
いや、うん。
すごいね、人間。