私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「アッシュが戻らない!」
「『
あ、即座に『ワンダリングか!?』って出てくるっていうことは、討伐クエストで低レベルダンジョンに行ったんだな。
ワンダリング。知ってます。ゲームでね。
というかこのゲーム、八割ぐらいワンダリング捜索のゲームなので。なぜってワンダリング、『強いけど、そいつしか落とさないレアドロップがある』から。
私の本気装備もワンダリングを探し回って獲得したものだし。ネトゲの最上級装備、売ってないから……最上級一歩手前ならゲーム内フリーマーケットで出品も可能なんだけど。
アッシュ、アッシュ。聞いたことある、気がする。
最近の私はといえば、昔に比べて、ずいぶん、人の名前を記憶しておけるようになった気が、する。がんばって、いるから。がんばれば、できることは、あるんです。こんな、私でも。
でも、『じゃあ、なぜ、普段からがんばらないんだ』と言われると、これはもう、弱ってしまって、ただ、笑いを浮かべて、目を逸らすしかない、というわけで。
がんばるのには、理由がいるんです。
当たり前、なのかな。どうかな。きっと、人という獣の私ならぬ、人間さんの中にも、がんばるのに理由がいる、と言われれば、『それはまあ、そうなんだけど』という同意を示してくださる方の、一人や二人は、いるのかなと、思います。
しかし、おそらく、その同意は間違っているのです。
人間さんの『理由がいる』は、『がんばるならば、目標があるはずだ。そして、目標には、挑む理由というものが、あるはずだ。だから、目標を追い求めてがんばるなら、それはまあ、理由ぐらい、あるだろうよ』というもののように思われます。
ところが私は、『がんばること』そのものに、理由が必要なのです。
目標がある。がんばるしかない。だから、がんばる。……ではなく。『がんばるなら、がんばるための、理由がいる』。これ、言葉で言っても、絶対に伝わらない自信が、あるのですけれど。
家が汚い。そろそろ掃除をしなきゃ。がんばろう、が人間さん。
家が汚い。そろそろ掃除をしなきゃ。がんばらなきゃいけないのは、わかる。わかるんだけど、がんばれない。心の底から、がんばろう! と思える理由、どこかに転がってたり、しないかな。ないか。じゃあ、汚いままで、いるしかないな。だって、がんばる理由が、ないんだから。これが、私。
発見した。
理由、と述べてしまうから、混乱が生まれるのかもしれない。
動機、という方が、おそらく、伝わりやすい言葉のチョイスなのかも。
人間さんは、理由がそのまま動機になります。
私は、理由と動機が別々に必要なのです。
だから、人間さんに説明するとき、『いや、理由があって、がんばるしかない状況なら、がんばって当たり前なんだから、がんばれよ』という返事を、私は想像し、口をつぐんでしまうのでした。
正しいんです。人間さんのお言葉は、いつだって、正しいんです。
私が間違っています。でも、間違っているからといって、改められないんです。改める理由があるのは、わかります。でも、動機が、ないんですから。
私にとって動機というのは、ある日、唐突に、どこかから降って来る、流れ星のようなものなのです。
腹の底に気合を入れて、むんと一声発すれば、生まれるようなものでは、ないんです。
これは私当人にとってはひどく深刻な話であり、怠惰ではなく、なにかしらの機能の欠損のように思われてならないことです。
しかし、人間さんからすれば、これは、『ただの怠惰』なのです。この怠惰を振り払えない者は、努力が足りない怠け者、なのでした。
「ジュリ様……」
「あ、はい」
「アッシュを、助けに行ってはいただけませんか……?」
マギーさん、なんだっけ、アッシュとかいうのと、仲良しだったのかな……
ああ、何か、だんだん、思い出してきた。アッシュ。聞き覚えがあるなと思ったけど、いまいち、顔が描けなかった。今も、顔が描けない。というか私は、人の顔を思い描くことが、本当にできないのでした。
けど、関係性なら、わかります。そう、アッシュ。完全に思い出した。何か、マギーさんと同年代ぐらいの、少年ですよね、たぶん。
あーあーあー、思い出した。これはいける。思い出しましたよ。そっか、彼か。何か……私に因縁つけて絡んできた人だったな……
え、どうしよう、助ける理由がなくなってしまった……
何か、いいエピソード、あったかな。アッシュ。アッシュ少年、だったはず。少女だったっけ? 名前がね、わかんないんです。男性のような、気がする。うーん、男性、だったな、たぶん。
別に助けに行くのは全然かまわないっていうか、たぶんそんな難易度でもないんですけど、本当に、どうしよう。私は、恐れています。恐らく第三者的に見て助ける動機がぜんぜんないアッシュ少年を、私が助けて、奇妙に思われないか、どうか。
でも、ここで、『理由は?』とか聞くのが、わりと外道寄りの評価になるのも、わかっているんです。
私が困っているのは、なんだろう、ここ、冒険者ギルドだし、アッシュ少年に縁が深いと思しき人たちが今も相談してるのに、私が出しゃばったら悪いんじゃないかな、ということ、なのでした。
いやだって普通に助かるでしょ。
一刻でも早い方がいいのも、なんとなく理解するところではありますが。私が恐れているのは、社会のルール、なのでした。ほぼ無関係と言える私が、今、真面目に相談している大人たちの間にしゃしゃり出て、『私に、任せてもらおうか』と述べる。
そのことで、この社会から奇妙なものとして目を向けられたりしないか。そういう、自分のこの先のことを、恐れているのです。
というかまず、真面目に話をしてる人たちの間にしゃしゃり出る難易度が馬鹿高い。
あとなんだろ、状況判断のための情報が、明らかに、足りない。
そして情報をもらいに行ける立場でもな……あれ、マギーさん、どこに、行っていたんですか。どこから、戻ってきたのでしょう。
「町の南にあるEランクダンジョンに、一人で依頼を受けに行ったらしいですわ」
情報収集能力、すごいね。
普通に、会話に混じったんだ。さすがだ。
「Eランクですけれど、本当にワンダリングだとすると、あの雑魚のアッシュでは荷が重いでしょうし……ジュリ様、わたくしから、依頼をいたします。どうか、アッシュを助けに行っては、いただけないでしょうか?」
「なんで?」
まずいな、あんまりにもわかんなすぎて、普通に外道発言が飛び出してしまった。
いやそうじゃない。助けに行くのは、本当に、たぶんなんの問題もない、散歩みたいな感じで終わる難易度なので、まあいいんですよ。
でも『依頼を出す』って身銭を切るってこと、ですよね。そこの動機が、本気でわからない。
というか、わからない背景には、『あれ、今まで、私をクエストに連れ出すの、基本、私に無許可で確定事項みたいに進めてたのに、なんで今日に限って、許可をとって、体裁を整えてまで、行く感じなんだろう。このまま、行きましょう! で、飛び出せば、私はたぶん、ついていきますけど……』みたいな文脈が、あります。
「確かにわたくしが、一人の冒険者の捜索依頼を個人的に出すのは、よろしくないかもしれません……」
まあ暫定貴族のご令嬢なので、そうでしょう。
権力の公平性? の問題もあるのかも、しれません。言われて初めて、思いつきましたけど。
「けれどアッシュは……同期の冒険者なのです。わたくしが、家と関係なく初めてできた、同年代の、知り合いなのです。それを見捨ててしまったら……きっと、後悔しますわ」
ここで恋愛脳の人はたぶん、幼い少女の淡い恋心……みたいな解釈をして、『よし、行こう!』となるのかもしれません。
私は彼女のこの申し出に、そういう恋心があるようには、ちっとも思えませんけれど。それとも、私がわかんないだけ、なのかな。世の中の人って、男女と見るや、そこに恋心が必ずあるって決めつけるところがあるけど、あれ、実は恋心があるのが普通、みたいな常識が、どこかにあったりする?
あとまあ、行くのはいいんですけど。なんだろ、同期って、そんなに大事なんだ……っていう、新鮮なおどろきと、不納得感が、あります。同期? クラスメイトってこと? 同じ時期に同じ教室にいるだけの人たちでは? というのか……
まあ行きますが……
「ジュリさん! 手伝ってくれるのか!」
裸ベストの人がこちらに気付いて、私と彼との間にいた冒険者たちが、海のように割れた。
裸ベストの人、アッシュ少年……少女……まあアッシュさんの、上司だった、気がするな……ぼんやりと、覚えてる。アッシュさんの頭を後ろからどついてる光景……あれ、どついては、いないんだっけ。
「捜索班を今、分けてる。ジュリさんが手伝ってくれるなら、俺と一緒に来てくれ! 依頼として出す!」
「あ、はい」
なんだろう、大ごとだな。
別におおまかな居場所さえ教えてくれたら一人で行ってもいいんだけど……まあ念のためっていうのは、大事なのかな。Eランクのダンジョンに、Eランク相当のワンダリングが出るのって、ゲームの仕様でしかない、ですしね。この現実では、もっとルール無用な状況も、まあ、あるのかな。
そう、現実なんだ。
……現実なんだけど、うーん、現実で、危険な野生動物がうろついてる古代遺跡の中に、少年? 少女? が一人、取り残されている。そう考えると救助は本当に一刻を争うんだけど……
この状況でもさほど危機感を覚えないのは、私の両足が、まだこの大地に根付いていないから、なのでしょうか。
それともアッシュさんへの思い入れの問題?
……たぶん違うなー。
同期という言葉の意味が、マギーさんと私とで、かなり違うっぽいところに、理由がある気がする。
自己分析。自己分析。
あと地味に私も実は、マギーさん、アッシュさんと同期なんですよね。
同期の絆、か。あるのかなー、そういうの。サマラさんに押し付けられて始まった関係のはずだけど、まあ、マギーさんのお願いを聞くのは、そこまでのストレスでもないしな、最近。これが、同期の絆?
よくわからない。
そこ、掘り下げたら、私がこの町の人間さんたちになじむきっかけになるのかなー。
そういう感触はあるんだけど……
がんばる動機が見つからなくて、頭の中に留め置いただけ、だった。
◆
アッシュさんはわりとすぐに見つかったけれど、そこそこの怪我をしてた。
まあ、この世界にはいわゆるヒールもあるので、すぐに冒険者に復帰できるでしょう、という話はしてたみたいだけど……
……少しだけ、わかった気がする。
冒険者っていうのは、危険な職業なんだ。
はみ出すとは言っても、わざわざ選ぶには、強い動機が必要なぐらいの職業では、あるんだ。
なーんか、ちょっと、わかった気がする。
ちょっとだけ、面白そうな、感じがしてきた、かも。
これはいいこと、なのかな。どうなのかな。
まあ、こんなふうに人間に興味を持つ私は、性格は悪そうでは、あるかな……
はい。