私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
私は、私がどうしたら社会とかかわり、人と交わり、打ち明け話をしてもらえるような人間になれるか、けっこう、がんばってると思う。
でも、なんか、遠征して、暴走して、Aランクダンジョン最奥まで行っちゃって、ボス倒して、戻ってきて、人間社会で力むために必要な力みたいなものが、ごっそりと消え去ったような感覚がある。
しばらく何もしたくねえ。
なので今日はお仕事サボッちゃお。
サボりって、したことなかったな。居場所、ないと思ってたのに、一生懸命、学校に行ってたし。
お母さんがね、言うんだ。『今、休んだら、二度と立ち上がれないわよ。だから、休まないこと』って。呪い、なのかも。でも、真理だとも、思う。お母さんは、厳しいけれど、私のことを確かに、よく見てる。
私はきっと、休んでしまったら、立ち上がれなくなる。
だっていつだって転びそうになりながら足を前に出して、ギリギリ『歩いてる』ように見える感じで、人生っていうのを、やってるから。
でも何か、久々に、黒歴史が頭の中で大展開するような失敗をしてみて、なんだか、力が出なくなっちゃったよ。
このまま、二度とクエストにもいかず、そのうちお金もなくなって、食べるものも、住む場所もなくなって、それから……
……そこから先は、考えるのが、怖いな。
でも、もう頑張れない。
よく考えたら、意味もわからず異世界転移して、特に役割があるような感じでもないし、勇者伝説みたいなものも別にないし(ゲームではプレイヤー全員英雄候補の一般冒険者だった)、なんだろう、異世界転移とかいうスぺシャルなミラクルを起こしたなら、なんらかのメッセージがあってもいいんじゃない? って思うわけなんですよね。
神様か。
教会か。
私をこの世界に転移させた神様が、この世界にいるとされる神様かどうかは、わからない。
でも、神様に声をかける方法は、なくはない。その神様を信じる人たちが教会を建ててるから。
ゲームではえっちな格好をしたシスターさんとクエスト進行フラグのために会話するだけの場所だったな……
回復とかはクエストから戻ったら勝手にされてるし、セーブとかもオンラインゲームなのでオートだし……
でも、私が神様に『転移に理由があるなら教えて』とか思っているのに、『とりあえず教会に行ってみる』っていう選択肢をとらなかった理由、実は、わかってるんだ。
何もなかったら、嫌だから。
私は、可能性を残したい。この異世界転移が、本当の本当に、神様に聞いてもなんにも答えられなくて、無意味な事故にしかすぎないって、確定させたくない。
もちろん、教会に行って声が聞こえなかったら、即『無意味な事故異世界転移』って決まるわけじゃあ、ないんだけれど。それでも、私はきっと、『ああ、やっぱり、意味なんかなかった』って、思ってしまうから。
だから、行きたくない。行けば、私の中で、何かが確定してしまって、可能性が減ってしまうから。
じゃあ、何をするの?
目的のために、どんな努力ができるの?
あんたは怠けるためにいろいろ理由をくっつけるのが、本当にうまいんだから──
「──あ、はい」
何に返事をしたんだろう。
あ、ノックか。ノック、されたんだ。部屋。
……え、ノックされた!? 部屋!?
宅配、じゃないよね。個人宅に届けてくれる宅配なんか、ないし……
それってつまり……
来客!?!?!?!?!?
「お邪魔するわよ」
邪魔するんなら帰って~。
邪魔しなくても帰ってほしいと、私は、思うぐらいなのですけれど。
え、なんで、勝手に入ってるんですか。勝手に、じゃなかった。私が許可したからだ。
「ジュリ、あなた、さすがに今日は休むでしょ。あれだけの大活躍をしたわけだし」
片目隠れの美女が部屋に入って来る。
私の気分は、なんだろう、『虚無』かも。真っ白だ。どうしていいか、わからない。想像もしていないシチュエーションすぎて、頭が働かない。
私はいろいろなことに、準備が必要なんです。
でも、準備してうまくいったことは、ないんです。
私にとって『準備』っていうのは、失敗のダメージを減らすために、身を固める時間でしか、ないのかもしれません。けれど、ないよりずっとマシな、そういう、フェイズなんです。
準備もないのにサマラさんに部屋に入られても、どうしていいのか、わかりません。
「なんだかすごく張り切ってたじゃない? 一応、パーティの七割以上が『
なんだかすごく、張り切ってしまいましたね。
もう思い出したくもない、というより、いっぱいいっぱい、&、いっぱいいっぱい、いっぱい、ぐらいの感じで、もはや記憶が定かではないのですが、私はAランクダンジョンを攻略しました。
ほぼソロでね。
気付けば後ろに誰もいないんだもんね。
完全に振り切ってしまったよね。
メンバーは、『土塁』のリーダーのゴーリーさんと、斥候のハンシさん、それから、サマラさんでした。
この三人の前で、私は……『まあ、個人の実力はBぐらいかな』と思われていた私は、『超余裕! Aランクダンジョンノーダメ
つまり実力評価に、はっきりわかる形で上方修正がかかってしまったのでしたとさ。
おしまい(本当に、おしまいです)。
「──ま、そっちも色々あるんだろうけど。こっちとしても、ウチのパーティに実績をくれた相手を、所属もさせずに報酬だけ分けて解散、ってわけにもいかないのよね。そんで、リーダーが準備してたわけなんだけど……」
「……」
「あいつ、暑苦しくて距離感近いじゃない?」
「あ、はい」
はいじゃないが。
いやまあ、はいなんですけども。
同意したらまずいんじゃないでしょうか、今の。もう、何も、わからなくなってきた。
「それでまあ、私が止めて、とりあえずいい感じにしてくるからってことで、ここに来たわけ」
……助かったと思っていいんだろうか。
本当に今日は、頭が回らない。いつも、うるさいぐらいに、回っているのに。外には出せない声が、頭蓋を満たして、うるさくて、うるさくて、うるさくて、うるさくて、うるさくて、うるさくて、仕方がない、ぐらいなのに。
止まらない声さえ出ないほど、疲れているのかな。
「で、今日、暇?」
「あ、はい」
「そ。じゃあ行くわよ」
「え」
「お昼ご飯作ってあげる」
私はここで一つ学んだのです。
人間はどのような時だって、食べずにいると、お腹が空くのだと。
とはいえ私の身体はその空腹を、もはや胃の蠕動ではなく、唾液の分泌量で知るのみ、らしいのですけれど。
「とりあえず市場で買い物してから行くから。付き合ってもらうけど、いいわね」
いいわね、と言った時にはもう、彼女の姿は扉の向こうに消えているのです。
ついていかないわけにもいかず、このお誘いは、私にとって、充分以上に、ついて行きたいもののようでした。
美人に連れられて町に繰り出す。
なんだろう、はしゃぐべきシチュエーションなのかもしれません。けれど私は、その状況を言語化してみて、『なんだか、詐欺に遭いに行くみたいだな』としか思えないのでした。