私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「マーガレットのことなんだけどさあ」
何やら、打ち明け話をされようとしているようでした。
私は食事が好きなのです。そして、会話が嫌いでした。
ことのほか、『人伝手に聞く、人の情報』というやつを、好まないのです。
だってそこにはたいてい、悪い感情や、趣味の悪い含み笑いが含まれているではありませんか。
どうやら人間さんの中には、そうした『悪い感情同士の共鳴』みたいなもので絆を確かめ合う文化があるらしい、と中学生のころに、ようやく言語化ができて、それ以来、そういった共鳴に出くわすたび、『うわ』と思ってしまうことがあります。言語化も、良しあしでは、あるのです。
私は他者の口から他者の話が出るのを、このように『悪い感情同士の共鳴』と思う癖がありますから(それは、私が自分を人間だと勘違いしていたころ、社会の中で、『このフリがきたらこういう話題』を学習していた経験から言って、自信を持っている察知能力なのです)、『当人がいない場所での、第三者についての話題』についてはもう、第三者の名前が出た時点で、動きが止まってしまうぐらい、最大限の警戒をするようなものなのでした。
だって、食事がまずくなるではありませんか。
現在、私は、サマラさんの家で、美味しいものを、食べているのです。
料理名については、特に何かを語られることもなく、スッと作られ、スッと提供され、『それでさあ』と当たり前のように会話が始まったので、知りえないのですが。
その感じから判断して、きっと、このあたりの土地に住まう人にとっては、いちいち名前を言うまでもない伝統的な料理なのだとは思われます。
物体としては、パン粉をまぶしてあげた薄い小麦粉の練り物に、カレーのようなソースをつけて食べるものです。
カレーのようなソースには元の姿が判別できないぐらいに刻まれた野菜、肉などがあり、味は辛い系ではなく塩味がある系の中に香辛料の香りが感じられる、というものです。
また、油がそれなりに強いようで、飲み込むとちょっとした、あの油特有の感じ、というのか、そういったものがあります。
これが、抜群に美味しいのでした。
炭酸飲料が、飲みたい。大人であれば、お酒を飲みたくなる代物なのかもしれません。
長らく薄い塩味ばかり、素材の味を活かしたものばかりを食べてきたものですから、『なんで、こんな郷土料理っぽい感じで出されるメニューが、ギルドの食堂(酒場)には、ないのだろうか。もしかして、あるけど、私が注文してないだけか。絶対にそうだわ』という気持ちにさせられます。
メニューの名前から、何が出てくるか想像がつかないので、いつもスープ、パン、〇〇肉のソテー、ばかりを頼んでいた弊害です。
私は新しいことを始めるのを苦手としています。それは、この身に骨の奥までなじんだ気だるさ、他者の言葉で語れば『怠惰』『怠け癖』のせいではあります。
私はその怠け癖について、実はほとんど後悔をしたことがありません。なぜなら、後悔というのは、『後で悔やむ理由のあること』に対して行うもの──つまり、『あの時、こうしておけば』『あの時、こうできたはずなのに、やらなかった。悔しい』というものだと思っているからです。
私は『あの時、こうできた』ことがないと思っています。ある意味で、常に、私の人生は、私に選びうる最大限に最善の道ばかりを選び続けてきたものなのです。
もちろんそれは、私の能力の低さ、対応力の低さ、この全身を地面に縫い留めんとする『気怠さ』のせいで、『そもそも、選びうる選択肢が、極端に少ないか、存在しない』という事実がある、というところに由来するのですが……
その場で、この場にいない第三者の名を出されて始まる話題というのは、私の経験上、絶対に、ご飯が美味しくなくなるものに、決まっているのです。
だからやめてください、というのが、私の訴えたいことなのです。
もちろんこれが、口から発せられて、相手に届けられることは、ありません。
私は、何かをしようとしている人に、『やめて』と伝えることを、相当に苦手にしているのですから。
「マーガレット、わかる? マギーだけど」
「あ、はい」
「マーガレットさあ。迷惑かけてるでしょ」
「……あ、は……………………いえ」
ここで『いえ』という言葉に切り替えができたのは、私を驚かせるほどの、コミュニケーション能力の進歩ではありました。
しかし、他者からすれば、切り替えはできていなかったようで。サマラさんは笑った。不思議と、いやな感じがする笑いでは、なかったように、思われる。
「ごめんね、本当に。でもまあ、マーガレットについては、私も放っておけなくて。……そんでもって、私が何かをしても、届きそうもなくて。だから、投げちゃった」
「……」
「冒険者にならない方がいいんだよね、あの子。向いてないから」
「……え」
「だいたい、冒険者になるために家庭教師に指導を受けて……みたいな時点で、向いてないでしょ。残酷な話だけどさ、冒険者になるためにかけたコストが、冒険者の生涯収入をもう超えてんのよ。計算ができてないわけ。だから、その時点でもう、『剣術の筋がいい』とか『根性がある』とか、そういうのとは別なところで、向いてないの」
お酒が、入っているのかも。
サマラさんが持っている薄い緑色の陶器のコップの中には、少しだけ、アルコール特有の熱量があるような気がした。
「だからまあ、やめろって言ってやりたいじゃん。っていうか、言ったのよ。何度も言ってんのよ。でも、通じないのよね。なんでかって考えたんだけど……」
「……」
「私が元貴族で、それから、それなりに成功してる冒険者だから、通じないんだわ」
元貴族。
きっとリアクションをすべき情報なのだとは、思うんだけど。そもそも貴族にピンときてないから、反応ができない。
「あの子は『貴族の出自で成功した冒険者』になりたい。でも、普通、そういうものにはなれない。だから私は『やめときな』って言う。ところが、『でも、サマラ様は成功なさっているではありませんか』とか言うわけ。『サマラ様』! ハハッ! 笑っちゃうよねえ、本当に」
「……」
「そこで、あなたに投げたわけよ」
「え」
「出自不明で、あのえげつない強さなんだからさ。見てたら思うでしょ? 訓練とか、熱意とか、そういうのは、冒険者としての強さに、なんにも影響しない、って。それに──強いだけで冒険者として成功できるわけじゃない、っていうのも、学べるかなと思って」
「……」
「ごめんね。でも、あなた、成功とか望んでないし、自分が成功してるとも思ってないでしょ。だって夢も希望もない顔してるもの」
私は、たびたび、不思議なことに悩まされているのです。
それは、私という存在を見た人が、私の言葉にしていないことを見抜いていたり、さも事実のように、私のことについて語ったりする、という現象でした。
その大部分は、間違っているのです。私の知らない、人の口から語られる私のことは、ほとんど間違いなのです。
しかし、ほとんどが正解しているのです。
細かいところ、実際のところ、『それはまあ、確かに、雑にまとめてしまえば、そういうことで合ってるんだろうけれど、その中身は、まったく違うことがあって、おそらく、それは、あなたたちには、理解も想像もしてはいただけないのでしょう』ということが、たくさんあります。
しかし、雑にまとめてしまえば、確かに、正解されてばかりなのです。
私の浅さは、誰しもに見抜かれているのです。
今もまた、私は、何も言い返せません。細部の修正はしたい気持ちがあるけれど、大意において、彼女の言葉は、私の性質を確かに言い当てているのですから。
「でも、まあ、離れすぎてたのかな。あの子に『こうはなれない』まで思わせたのはいいけど、『こうはなれないから、これについていくために努力する自分になろう』っていう新しい……何? 物語? が生まれちゃったみたいで。どうしようかなーって思ってるとこ、今は」
「……」
「……ああ、勘違いしないでほしいんだけど、あなたは何も悪くない。私がただ、間違えて、愚痴を言ってるだけで……埋め合わせのために連れ込んでるのに、愚痴言うのもよくなかったかな」
「いえ」
「……?」
「……いえ」
「……気をつかってくれたのかな? どうも」
そうでは、ないのです。
そうではないんですよ。
私は感動をしているんです。
今、私はようやく、サマラさんの顔がわかったのです。
片目隠れの髪型。いつも隠しているのは、左目。髪の色は青みがかった黒で、肩のあたりで切り揃えている。
ウィッチベレットは仕事用。服装は、今は、黒いローブ。でも、それは、冒険の時に着ているものとは、違うような気がする。今着ているものは、光沢が、少ない。
立体に見える。
影ができている。
彼女の『うまくいかなかった』という報告を聞いて、私は彼女の影をようやく見ることができた。
なぜだろう、今のこの、急に視界が明るくなって、これまでは視界の暗さに混じっていた『人の影』が、地面に落ちているのが、わかるようになった──という感じ。
そうか、視界が明るいんだ。
私の視界はどうにも、普段、暗かったらしい。いきなり光が入り込んで、見ている景色の明度が上がった。本当に不思議な現象で、視界が明るくなると、心まで、少しだけ元気になったような気がした。
香辛料のにおいがわかる。
この部屋には、スパイスの香りが満ちている。土壁。床はない。土がそのまま、しかれている。入ってきた場所のすぐのところが、この家で食事をするところで、奥に続く、扉のない、布がかけられた場所が二つある。一つは、キッチンか、『料理もできる』場所。もう一つが、彼女の寝室なのかもしれない。
ここは、サマラさんの家だ。
私たちは、市場で買い物をして、昼を少し過ぎたところで、この家に来た。
何もかもが急に鮮明になる。
ぼやけていた『少し前のこと』まで、はっきりと輪郭を持って、思い出に変わった。
「私は、気をつかいません」
「……?」
「ただ、私は」
「……」
「えと、私は、っていうか、その、あなたは……」
「…………」
「あなたも、悩んで、失敗して、どうしようもないことを前に、言葉を重ねたり、するんですね」
「……えーっと……」
「いえ……」
なんて言えば、いいんだろう。
私は私のためにも、今、私の中にある『これ』を、言葉にしておかなければいけない気がする。
『これ』は、視界が明るくなった理由。サマラさんに愚痴を言われて、不意に思った、何か。
第三者の愚痴を言われたことが理由? その行為は理由だと思う。でも、それそのものは理由ではない気がする。
打ち明け話をされたことが作用した? それとも、マギーさんのことに接続して何かを連想した?
わからない。このままだと、言葉が逃げてしまう。言語化を、しないと。この概念は、言葉にしてつかまえないと、私は何か大事なものを失ってしまう。つかみかけた、きっと大事なものを。
言葉は檻だ。
私の生きてきた世界には、私には納得も承服もできないことが本当に多かった。全員、異星人ばかりに思えた。彼女たちが何を考え、何を思うのかを、行動から分析してみたことがある。でも、わからなかった。『なぜ、そうなるのか』が、全然わからなかった。
だから私はある日、『自分にとって理屈に沿うことは、世間においては起こらない』という前提で、いろいろなことを頭の中で言語化して、言葉の中に閉じ込めてきた。
言葉にすれば、『これ』を閉じ込められる。
なのに、『これ』を収めるうまい檻が、見つからない。
感触、感覚。はっきりとしない『これ』が……
……捕まえる前に、消えていった。
「……いえ。なんでも、ありません」
「…………まあそれにしても。ジュリ、今日は戦闘中以外だと一番しゃべったね」
「え」
「戦闘中はめちゃくちゃしゃべるけどさ、会話はできない感じっていうか。そういうのじゃん」
え、無意識、なのですが。
……もしかして攻撃の時に『攻撃の時のボイス』が勝手に出ている!?
ゲームだとよくある『やっ!』『せいっ!』『せやっ!』『はああああ!』みたいな……現実では絶対にないアレが!?
「まあだからさ」
あのあの、話題を進められてしまう前に、くわしく、その話を、うかがえないでしょうか。
「ジュリは何考えてるかわかんないから、もしかしたら、マギーのことで悩んで、変な様子になってたのかなと思ってね。あなた、このあいだのダンジョンで、なんだかやけに先行してたし……」
「……」
「だから言いたかったわけよ。あなたが悩むことは何もないって。これについて悩むべきは私……まあ私も、なんだろ、成り行きっていうか、昔の自分にマーガレットを勝手に重ねてるだけっていうか……そういうのだけどさ。どうにかあの子には、納得して貴族を続けてもらいたいわけよ。だから、私は、悩むべきなんだと思う。私は、あの子になってほしい未来があるからね。つまり、願いがある」
「……」
「でも、あなたには、あの子にかける願いがないでしょ。だから、変に悩まないで、まあ、あの子のことについての責任は、私とか……あの子の家がとるから。そんなに気負わないでいいし、付きまとわれてて迷惑なら、言ってくれれば、どうにかはするからさ」
…………これってもしかしなくても。
Aランクダンジョンでの私の行動が『心配に値する奇行』だと思われてるってこと……ですね……
…………
苦しくない 確実に 死ねる方法
お使いの脳みそはインターネットに接続されておりません。
シャットダウン。