私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「どうしたら強くなれるんだ?」
最近、私が強いという前提で話が進みすぎていると思うんですよね。
それについてはまあ、否定する言葉を持たないのは、ありますけれど。
私は強いわけではないんです。実際、私がこの世界と、ゲームとしてかかわっていた時など、私はまったくトッププレイヤーではありませんでした。
私がゲームの情報を見るとき、それは公式アカウントとか、エゴサ(パブサ)とか、あとは掲示板とかを、無言のままただ眺めるだけ、という手段しかとりえなかったわけなのですけれど。
その程度の情報収集手段でも私以上のプレイヤーは、たくさんいるのが、明らかでした。
トッププレイヤーというのは、『アイデア』があり、それを実行できる人、なんですよね。
私は、ビルドも、装備も、誰かのものを参考にしています。立ち回りだって、そうです。
装備についてはまあ、情熱がなければここまでのものはそろわない、と言われて否定できないランクではあるのですけれど。それだって、私の主観としては、『時間にあかせて、途中で飽きることさえ面倒がったまま、無心でグルグルしながらレア掘りをしていたら、いつの間にかそろっていた』というものでしかないのです。
まして装備抜きの私の立ち回りやビルドなどは、言うに及ばず、とうてい、『トップ』とは言えないものではあります。
少数派であることもまた、否定はできないのですけれど。攻撃力が高いのは、人とコミュニケーションをとりながらプレイをするストレスを避けた場合、攻撃力を高めないと、レイドボスを倒せないからという、きわめて実利的な理由があってのこと、なのです。
防御力が低いのも、攻撃力を上げるには何かを犠牲にするしかない、というスキルは、このゲームに限らず、あらゆるオンラインゲームにも、オフラインゲームにもあるわけで。
その結果として、『食らったら死ぬ』ので、食らわない立ち回りが必要に、なるわけで。回避とか、ジャストガードとかは、もう、音ゲーなので。死にながら、覚えました。
それも、覚えようという熱意があってのことではなくて、一人で延々やってたら、なんか、できるようになった、っていうだけで。
レイドボスソロ討伐も、私だけじゃない、というか。動画を投稿している人が、いるんです。まあ、わざわざやろうと思うものではないのは、これも否定はできないのですが。先駆者でもなく、立ち回りやビルドの開発者でも、ないのです。私は。
なので、『まあ、命が一つしかない世界において、命を大事に戦い、日々の糧、すなわち職業としての冒険者をする人たちよりは、もちろん強いけれど、私の世界において、私は少数派ではあってもトップ層ではないんだよ』というのが、正確なところになります。
私は『正確なところがどうなのか』というのを、ことのほか気にする潔癖さがあるらしく、『強い』と言われると、『まあそれは、この世界ではそうだけど、私の故郷ではそうでもないよ』というのが邪魔して、スッと『そうだね』と次に話題を促せないのです。
まあそのような私でも、『どうしたら強くなれるか?』は明確に答えることができます。
死んで立ち回りを覚えればいいのです。
だからこそ、ここでは言えません。ここは、一回の死がそのまま死になる世界なのですから──いやそういえば確認してないな。
この人たちって、モンスターにやられて死んだら死ぬのかな。雰囲気的に、命は一個だけっぽい感じはするけど、確定情報は、持ってないや。
「特別な才能とか、必要なんだろうな、やっぱり」
私の沈黙をどう解釈したのか、アッシュさんはほとんど独り語散るようにぽつりと続けた。
特別な才能は、いりませんよ。時間さえあって、ただ、だらだらと続けていたら、いつの間にか身につくんだよ、と言ってあげられたら、よかったのかもしれません。
ただそれも命がかからないケースの話なので……やっぱり、いちいち命がけになる人が、数百時間の『修練』をしようと思ったら、強いモチベーションや、それも含めた『才能』が、やはり、必要なのかもしれません。
「俺、才能あるかな」
アッシュさんは、まだ若いというか、幼いぐらいの、冒険者始めたての人、なのですけれど。
私にボコボコにへこまされてからも冒険者をなんだかんだ辞めないというのは、『お前、辞めるって言ったよな?』という視点から言えば、まあ、褒められたことではないのですけれど。
正直、私もそこまでは求めていないので、けっこうボコボコにされたあとでも、普通に冒険者を続けるガッツだけ見れば、『才能がある』と、言えるかもしれません。
ただ、彼が求めているのがそういう言葉ではないことも、私はわかっているつもりでいます。
現状に不満を持っていて、未来に絶望しかないように感じられるとき、外から何を言われてもまったく響かないのです。
自分が何かを求めているのは、わかる。わかるのだけれど、それは自分でもわからないし、他者に『こうでしょ』と言われたものは、全部違う気がする。
自分を認められれば、『そんなことないだろ』とすねるような気持ちになってしまうし、認められなければ『お前に何がわかる』という反発がわく。慰められれば『うるさいな』とうざったくしか感じられないし、突き放されても『誰も、わかってくれない』と怒りにも似た気持ちがわく。
私ごときの人生経験でわかったようなことを思うのは、あるいは許されないことなのかもしれません。けれど、私には、今のアッシュさんの気持ちがわかるような気がするのです。
だからこそかける言葉を持ちません。
これは私が極端に口下手で、コミュニケーションを苦手とし、何かを言ってその責任を問われることを恐れているという人格以上に、彼の今の状態では、何を言っても響かないという確信が、私の口を閉ざしているのでした。
「おい、アッシュ! またジュリさんを困らせてんのか」
ひょろっとした裸ベストの人が来て、アッシュさんの肩に腕を回した。
どうなんでしょう、まだ小学生、あるいは中学生ぐらいの少年に、上半身裸ベストの男性が、後ろから近づいてきて肩に腕を回す。これは、なんらかの犯罪的な光景に、私の目からは映ってしまうのですが……
しかしまあ、この世界では、特に問題にならない行動のようでした。
もしくは彼が、アッシュさんの保護者? みたいな立ち位置の、パーティ『
「リーダー……いや、これはその……」
「なあ、相談事があるなら、まず俺に来いって。俺、わりとけっこうな冒険者ではあるんだぜ」
「でもリーダーは……なんていうか……」
「『英雄』っぽくないのは認めるけどさ」
「……」
「そりゃ、強い方が恰好いい。んで、俺は弱い。……わかってる。でも、うーん……あのな、アッシュ。俺は、生き方を教えてやれる。まずは、生き方を覚えてからでも、遅くない。悩みがあるなら、悩む時間を確保できる能力を身に着けるのを先にしても、いいんじゃないか?」
まっとうな大人のアドバイス。
だからきっと、子供には響かない。
「……ああ、わかったよ」
全然わかってなさそうな、ふてくされた様子で、アッシュさんが、どこかへとぼとぼ歩いていく。
ウォーリーさんは、私を見て肩をすくめた。
「……すまないなジュリさん。あいつも……なんだろうな。冒険者始めたてのころはさ、あるのよ。ああいう時期が。でも、あいつ、どっちかって言うと、『こっち側』だしなあ」
「……」
「よく言えば『堅実』になら、生きていける。英雄にゃなれない。頑張って積み上げたらできることを、頑張って積み上げてやる。そういう側。才能がない、俺側。……いやあ、参るよな、本当に、冒険者ってさ、だいたい、はみだし者がなるもんじゃん。だっていうのに長く続けるために求められるのが、けっきょく、社会性なんだからさ。たまんねえよ、本当に」
頑張って積み上げたらできることを、頑張って積み上げる。
それは私が、『こんな才能があったらいいのにな』と思っている才能、そのものなのでは、ないでしょうか。
私はおそらく、普通に生きていけるのならば、普通に生きていきたいのです。
なぜなら、社会というのは普通の人のために形成されているからです。
社会の想定した通りの人格・性能・継続運用ができる人間になれれば、それはきっと、一番いいのでしょう。
けれど世間が憧れるのは、はみ出している者の方なのです。
英雄。あるいはアイドルとか。もしくは声優? それから、漫画家。映画監督。
それらはそれらで社会を形成しているようにも思われます。けれど、普通の社会で堅実に生きていく才能のある人たちが憧れるのは、そういった『自由な』ものなのです。『自由で、栄えていると、みなされているもの』という方が、正確かもしれません。
そういった人たちは、『社会で堅実に生きる才能がありつつも、そういった『自由で、栄えているとみなされるもの』になる才能もあり、やっている──という人も、いることでしょう。
けれど……これは私の妄想、あるいは願望かもしれませんが、『そう』としかなれない人も、一定数、いるとは思うのです。
この世界で、私は強い方に入るようです。
けれど私は強さを差し出して『なんの摩擦も痛みもなく社会になじんで一員として生きる才能』が手に入るならば、この強さを差し出すことでしょう。
もしくは、私の持っているすべてのアイテムを売り払えば、『一生何もせずに暮らせるお金』は、手に入る可能性がありますけれど……
それはおそらく、『社会』の中で、人間のフリをして、文明をすすって生きることができなくなる道であるようにも思われて、やろうとさえ、思ったことがないのです。
そもそも、私の装備を『ゲームで他プレイヤーが出すほどの金額』で買ってくれる伝手がない……
社会の一員でないので、伝手やコネといったものが、私にはないのでした。
「ジュリさんの強さに秘密とかあるんなら、俺だって聞きたいがね。当ててやろうか。『ない』だろ?」
「……」
「たぶん、アンタは、アンタにできることをしてきただけだ。俺も、俺にできることをしてきた。そんでもって、これだけ違う。人には『生まれつき』が、どうしたってあるモンだ」
「…………」
「生まれた形なりに積み上げて、生きていくしかないんだよな。生まれた形と違うモンを目指しても、苦しいだけなんだが……まあ、若いうちは、そういう苦しみを覚える資格もある」
「……もし」
「うん?」
「…………もし、『生まれた形なりに積み上げた』先で、社会に居場所がないものに完成してしまったら、どうします」
「……何人か知ってるよ、そういうヤツを」
「……」
「答えは『どうしようもない』だ」
「…………」
「そういう場合は、擬態して生きていくしかないが──ま、アッシュの件は、そういうのじゃない。あいつは、英雄に憧れる、英雄にはなれないヤツだ。……いや、決めつけるのは悪いな。俺は、そう思ってるが……もしかしたら開花する才能がある、かもしれない。そのぐらいに留めておこうか」
私が聞きたかったのは、アッシュさんのことではないのです。
私のことなのです。
私のようなものが、生まれた形なりに積み上げて、果たして社会の中で何かの役割を、あるいは誰かからの役割を得られるのか。排斥されないのか。それがふと気になって、らしくもなく、疑問が口をついて出たのでした。
けれど当然、私の意図は伝わりません。
……早く、依頼が欲しい。
まだレイドボスの情報はギルド内に広められてはいません。
工場地区、という場所も、別にこの町の近辺ではないようで、生活に危機を感じるというようなことも、ないのです。
時期を待てるだけの猶予があると、情報を一番持っているはずのギルドが判断している。
……それは、わかっているのです。
だからこれは、もう、言い訳のしようもなく、私の焦り、私の気持ちでしかない。
早く、私に依頼をしてください。
早く、私に、役割をください。
不安になるんです。あの日聞こえた、私に依頼をしてくれるという言葉は、聞き間違いだったんじゃないだろうか。とんでもない妄想だったんじゃ、ないだろうか。そういう思いが、信じられない速度で、大きく大きくふくらんでいくのです。
……早く、依頼が欲しい。
やはり戦いの中でだけ、私は世界になじんでいない事実を忘れられる。
ただ生きていくだけで青あざまみれになる、世界の外郭にぶつかり続ける人生。
この果てに、何があるのか。
早く、知りたい。私は……
たぶん、安心したいだけ、なんです。