私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「──と、言うわけで、このたびの脅威は『
火炎プルリンは『
埋まったらまずい場所にいるので、ちょっと縁起が悪いネーミングなんじゃないかな……
「ジュリさん、こちらへ」
「あ、はい」
私はといえば、『
心当たりがないな? なんで呼び出されたんだろう……
部屋に着くと、すでに受付のお姉さん、サマラさん、それから、なんだっけ、最近は人の名前を覚えるようになったんだけどな……ずっと前に、顔合わせの時にいた斥候の人で……そのあと新人指導の時になぜか相談に来た……
「改めて。ジュリさんが『
そうそう、ハンシさん。
え、驟雨の件、知らされたんですか。
「理由について俺から説明しよう。まず、あなたは最近、実力が広く認められている。驟雨以前と比べると、もはや『一部の噂』とは言えない段階だ。なぜかと言えば、『Aランクダンジョンに遠征して、全員無傷かつ驚異的なペースで帰還したから』だ」
…………そっか。
Aランクダンジョン攻略がうかつっていうか、暴走してすごい速度で先行しちゃったのが、うかつだったのか……
「知っているかもしれないが、Aランクパーティと呼ばれるのは、『Aランクダンジョンをクリアしたことがあるパーティで、適正ランクは一つ下のBになる。『土塁』はAランクパーティではあるが、一度クリアしたダンジョンに挑んだとはいえ、全員が無傷で、前回の半分以下の時間で帰還したというのは、明らかに『何か』があったと思われる。そして、あったかもしれない『何か』に該当するのは、あなた以外にいないという状況だった」
「……」
「事情は聞いた。なぜか実力を隠したがっているのだと。まさか実力を隠したがる冒険者がいるとは思わなく、配慮が足りなかった。申し訳ない」
それはもう、なんか、もう、はい。
私が間違っていますので、はい。
「……なので、一部で『何かヤバいタスクを毎日こなしているヤツがいるらしい』程度の噂だったものは、あの遠征から、『緊急時に役割が振られないのが不自然な実力者』という評価に変化した。しかしさすがに、災害級のモンスターを単身で討伐するというところまでは、想像さえされていない。なので、ギルドがそこだけは隠すべく、あなたが『土塁』としてクエストに参加している、という体裁をとるため、俺たちに協力を申請したというのが、ここにあなたを連れ込んだ経緯だ」
なにかやばいたすくをまいにちこなしてるやつがいるらしい?
初期の私の評価そんななの???
本当に実力隠してるごっこがうまいな……
「あなたは『土塁』の一員として、ギルドが依頼を出すときまで、『何か』をしているフリをしてくれ。周囲もそれで納得する」
「事後承諾になってしまって申し訳ありません」
受付のお姉さんに言われる。
まあ、なんか、うん。正直、言ってほしかったな、っていう気持ちは、あります。ありますけれど、同時に、言ってもらっても、変わらなかっただろうな、っていうのと……
あと、私があんまり目立ちたくないっていうのをどうにか叶えるための、必死にひねり出した、苦し紛れみたいなアイデアが、これですよね。
私が面倒くさいこと言いださなければいらなかった手間をかけさせてしまっていることへの申し訳なさはあれど、それで怒るとか、不愉快になるとかが、間違っているのは、わかっているつもりです。
「……ところで、『
どうやら報告のフェイズが終わって、雑談のフェイズに移行したらしい。
雑談、なのかな。どうかな。めちゃくちゃ本題のような、気もするのですけれど。
ここまで来てごまかしても仕方ない、かな。
「はい」
仕方ない、仕方ない。あきらめは私を救う。私の口があまりにもなめらかに『はい』を紡いだのには、私自身が、一番、びっくりしているかもしれない。
ゴーリーさんは悩んでしまった。
「……直接、驟雨の姿を見たわけではないが……城のように巨大なトビトカゲだったという話だ。人が倒せるサイズではないと、思う。……思っていた、が。ううむ……」
「逆に、どうやって倒すつもりだったんですか」
「狙撃武器と魔法で追い込んでから、城塞都市の城壁にある対空兵器で狙い撃つ計画だった。うちのパーティは土木事業の現場監督をしつつ、トビトカゲの習性を利用して方向を誘導する役割だった」
危険な役割だ。
「空を飛ぶようなやつを相手にはどうしても被害を覚悟せねばならん。人命もそうだが、建造物、家畜、施設……巨大なモンスターは、人の命だけではなく、人の生活にも、被害を与える。……単身で倒せるのか、アレを」
アレ、と言ったとき、何かを思い浮かべるように、視線が上へ向いた。
そういえば、私がまだこの世界にいなかったころ、レイドボスを倒すのに活躍して名を挙げたパーティが『土塁』だった、みたいな話をされたかな、えっと……
「汚泥戦線」
「そうだ。巨大な毒プルリン……我々は土木事業者を守りつつ土塁を形成し、町や土地に被害が出ないよう、土嚢などを用いて進路の誘導をする役割だった。とどめを刺したのは、王都の魔法師団になる」
「……」
「しかし、アレもあなたならば、単身で倒せたのかもしれない。……いや、剣でどうするのかは、想像もつかないのだが」
ジャスト回避かジャストガードからカウンターヒット決めてあとは死ぬまで殴るだけなんですよね。
説明できることがほとんどない。
「やっぱさ、リーダー。こういう人なんだって、若い連中が憧れるのは」
「……なるほど、ハンシが新人指導の方法を聞きに行ったのは、そういうわけか」
そういえば『土塁』もパーティならこんなソロ女に新人の指導方法なんか聞きに来るなよ……と思った記憶がある。
ノウハウとか、お持ちでなかった?
「リーダーの提示した指導方針は、圧倒的に正しかったよ。正しかったけどさ、つまんねーんだわ」
「……我らの役割に『面白い』ことなどない。それに、『面白い』ことでは身につかない力が必要だ。その力がないと、冒険者として生きていくのは難しい。モンスターにやられるという意味でも、社会の一員としての意味でも」
「なんで日焼けマッチョの分際でそんな安定思考なんだよ!」
日焼けマッチョが安定思考ではいけないということはないかと思われます。
でも、まあ、気持ちはわかってしまう。私は、ルックスによって他者の内面を妄想することを、愚かだと考える立場ではあります。しかし、そうしてしまう力が『ルックス』というものにはあると、ほとんど絶望的に信仰している身でもあるのです。
「面白くないと、若い連中はついてこねーんだって。しかもさ、『汚泥戦線』で『
「……」
「つまんねーんだよ、本当に。……そういうのが必要なのもわかってるし、俺はリーダーのことすげえって思うよ。でも、そのすごさがわかるのは、歳食ってからだっていうのもわかるだろ。リーダーだってそうだったろ」
「いや」
「『いや』!? 若いころからそんな老けた考え方だったのかよアンタ!?」
サマラさんが聞えよがしな溜息をついたことで、注目がそちらに集まった。
美人の吐息には視線を集める力があるんだな。
「ハンシ、そいつは
「へぇっ!? そうなの!?」
「サマラ、その話は……困るな」
「せいぜい困りなさいバカ。……私の実家、貴族家なの知ってるでしょ? その実家にね、こいつの父親が理不尽に、まあ、罰を与えられたわけよ。人望のある人だったからさあ、労働者たちが立ち上がりかけてね。倒せる見込みもあったわけ。……でもこいつは、しなかった。耐えることを選んだのよ。意味わかんないでしょ」
「意味はわかるだろう」
「わかんないわよバカ」
「貴族家に対して労働者が反旗を翻したら、その土地に根付くほかの人たちにも迷惑がかかる。治安が乱れれば、今回のような災害級モンスターの襲来の時に対応が遅れて、もっと多くの地域が被害に出る可能性も……」
「あんたの人生の話でしょ。あんたの視点で語りなさいってば」
「……」
「なんで視点がいちいち広いのよ。っていうか、ただの一般労働者の、しかも当時子供だったあんたが、なんでそんな広い視点で物考えないといけないのよ。そうすべきは貴族で、それができない貴族が下ろされるのは当然でしょ? あんたは報復してよかったって言ってんの」
「……一応、罪は償わせて、当主は交代になった」
「それは偶然、家にまともなやつがいたからよ」
「当時の状況の話をしてるんだろ。だったら、当時そういう『偶然』があったなら、その『偶然』を加味して話してもいいはずだ」
「普段のあんたはもっと暑苦しいのに、気まずい話題の時だけ岩みたいになるのやめたら?」
「ジュリさん、すまない。この二人、だいたいこうなんだ」
ハンシさんがこそっと話しかけてくるのだけれど、私は返事ができなかった。
多面性。
多面性に、打ちのめされている。
そして、この多面性に打ちのめされている心のしびれの中に、あの日、サマラさんの家でつかみかけた『何か』があるような、気がする。
「なら、俺の視点の話をしよう」
「ええ、してみなさい」
「俺がお前の実家を暴力で追い落としたとしよう。そうすると、お前の実家に世話になっていた、メイドでも、使用人でもいい。そいつらにとって、俺は報復の対象になる」
「そうかもしれないけど、そんなの返り討ちにできるでしょ、あんた」
「俺が嫌ってるのは、そういう、報復の心……報復する状況を、俺の一存で作ってしまうことにあるんだ」
「意味わかんない」
「俺が耐えて丸く収まるなら、俺は耐える方を選ぶ。それが恰好いい生き方だからだ」
「……………………」
「耐えるというのに、弱弱しいイメージを持っている者は多いようだ。でもな、耐えるって、強くなきゃできないぞ」
「……それはそうかもしれないけどさあ」
「報復は連鎖する。自分の視点でいかに正しいことをなしたとしても、すべてを拾いきることはできない。誰かがどこかで耐えないと、報復が報復を呼んで、世界が滅ぶ。なら、俺は、耐える『誰か』になる。その生き方を、父から学んだ。尊敬してるんだよ、父を」
「……バカじゃないの」
「美人にバカと言われる男というのは、なかなかいいものだと思ってるがな」
「ジュリさん、あれ、のろけです」
わかります。
わかり……エッ!? つまりこの二人、そういう!?
すごい、まったく気配がない……いやでも、私が鈍いだけで、気配はあったり、するんだろうか。少なくとも、恋愛というコンテンツで大騒ぎしていた私の同級生たちとはくらべものにならないほど、そういう方面をにおわせない。
大人、なのかもしれない。
「……話があちこち行ってしまったが」
ゴーリーさんがこちらを見た。
私は……どうしていいか、わからない。どういう視線を向けていいか、わからないんです。
でも、今、このやりとりで、彼らにも『影』がついて、『重み』が見えた、気がする。
「誰かが耐えねばならないとき、その役割をするのは俺でありたい。今回、『土塁』は、工場地区に『
「あ、はい」
「驟雨退治に関して言わせてもらえば、あなたの実力どうこうではなく、巨大なモンスターを単身で倒せるという現象そのものに、信じられない気持ちは、正直、ある……」
「まあ、はい」
「だが、やるからには信じる。……俺たちはパーティのフリをしているだけで、こんなことを言うのもおこがましいのかもしれないが……」
「……」
「あなたも、俺たちを信じてくれ」
「…………」
「必ず、あなたが実力を発揮できる環境を作る」
私はプロジェクトに組み入れられているようでした。
流されていると言われれば、そうかもしれない。でも、もともと行動を自ら起こす気力と熱意に欠けた私としては、もはやありがたくさえ感じる。
ここで感動的な言葉を言おうかとも、思った。
サービス精神では、ないのです。かけられた期待、信頼、そういうもったいないものをもらってしまった罪を
でも、そういう言葉を言わないことを、選んだ。
選べた。
バランスをとらないといけない。罪を贖わないといけない。そうしないと私の中で罪悪感がふくらんで、私は狂ってしまう。そう思っていた。
でも、私は、私の頭の中であふれる言葉ほどには、自罰的ではなかったらしい。
私はただ、責められたくなかったんだ。
『期待したのに』『このぐらい、できると思ったのに』『どうしてまともになれないの』『空気読めないよね。わかんない?』──
最初からできるはずがないことを勝手に期待したくせに。最初からできるなんて思わなかったけど世間体のために私を悪者にしてるだけのくせに。まともって何。私は、まともっていうものを、誰からも教えてもらえてない。教えられないでできないといけないなら、私はまともになんか、一生なれないよ。空気って何空気なんかわからない吸うものしかわからない同調圧力の言い換えでしかないものをどうしてそんな法律みたいに振りかざせるの私はわかんない教えられないとわかんない私は私だって頑張ってるのに全部空回りするだけで
「ジュリ」
「……………………はい」
「やめる?」
サマラさん、それは、残酷な問いかけなんです。
私は流されていたいんです。自分で何かを決めたくないんです。指一本、動かないんですよ。重力が重すぎて。声が、出ないんですよ。喉が、『何か』で締め付けられて。
でも、うなずくぐらいはできるかな。
「そう」
できたみたい。
これで、私が選んだことになってしまった。
責められるかな。
そんなこと、ないかな。
わかんないけど、信じろと言われたので、とりあえず、信じてみることにします。
私は何かを考えて自分で選ぶのが苦手で、頼まれたら押し切られて、逃げることもできずに従う。今までそう生きてきたんだから、急に変えるのも、それはそれで、面倒なものなのです。