私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
体験入隊の日が来てしまった……
憂鬱……
「俺が『
「魔術師のサマラ」
「どうもどうも。斥候をやってますハンシと申します。以降お見知りおきを」
暑苦しいリーダーと、こっちに興味なさそうな魔術師と、それからやけになれなれしい斥候が来ちゃったな。
なんだろう、私が悪いのは、わかっているんです。わかっているんですよ。それでも、体験入隊をする、ほぼ初対面の人に、こっちに興味なさそうな人連れてくるの、どういう意図なのか、説明が、欲しいと思うんです。
いや、まあ、ね。いいんですよ。むしろね、私個人としましては、私なんかに興味がない方が、正常で、願ったり、って感じなんです。
むしろ苦手なのは、にっこにこで、ハキハキしゃべる、斥候の人、っていうか。
なんだろう、人生で、誰かに嫌われたこととか、ないんだろうな。あっても、気にしないんだろうな。そういう、陽の気配がね、もう、動作の端々に、感じられるんです。
私は人間ではなく人という名の獣ですから、もう、こうして、明るい人に目の前に立たされると、これまでの人生全部が罪で、その罰を受けるために、処刑台に引きずり出されるような、そういう心地になってしまうんですけれど。
わかっては、もらえないんでしょうね。ええ、私が、悪いですから。本当に、こんな、ひねくれた私で、ごめんなさい。殺さないでください。できたら、どうせ殺すなら、あっさり殺してください。
私は、苦しいのも、痛いのも、あんまり、大丈夫じゃないんで。
こういう、命は無事だが、お前の罪の意識を永遠に刺激し、社会の広さと、そこで存在することが不向きであることを思い知らせるみたいな、『命さえ無事なら何をしてもいいだろう』っていう系統の処刑は、本当に、ご勘弁いただきたいと、思っているんですよ。
あ、これ、私がしゃべる番ですよね。ごめんなさい、そういうの、慣れてなくて。
会話って、ターン制なんですね。でも、いいんですよ、私のターンなんか、飛ばしてもらっても。私、しゃべらないで済むんなら、それが、一番いいと思っていますから。
ああ、苦しい。三人。ゴーリーさんを含めて、三人。人生の中で言葉を交わしたことのある人が、増えてしまう。
それはなんだか、負債のように感じられてしまうんです。勘弁、してくれませんか、今からでも。無理ですよね。だってまだ、自己紹介も、してないんですから。わかってます。悪いのは、私なんです。
「…………ジュリです。あの、前衛…………です」
「使う武器は剣のようだな。よろしく頼む」
あああああ……フォローを、フォローを、させてしまった。
弱者で、ごめんなさい。人にフォローをさせるたび、見えない借金がかさむような、そういう、プレッシャーがあります。そんなふうに、ゴーリーさんは、思わないんでしょうけれど。
「では、こちらは事前に打ち合わせたが、今日はCランクのダンジョンに挑もうと思っている。ジュリさんも、それで大丈夫かな?」
この聞き方で、『大丈夫じゃないです』って答えられる、心の強い人は、いるんでしょうか。
いるんだろうな。私以外の人類、全部、言えるのかも、しれない。
「……あ、大丈夫、です」
「そうか! 君の働きだと、おそらく、Bぐらいは余裕なのかもしれないが──」
「──え」
「うん? 適正依頼ランクと冒険者ランクの話は知らないか?」
「え、あ、えと、知って、ます、けど……私、その、Dの依頼しか、受けてない、です」
「ああ、だから、ソロでDの依頼を毎日確実にこなしているわけだろう? パーティ向けのDランク依頼を」
「……………………え」
「だから個人の実力はBぐらいだと判断したわけだが」
え、あの。
依頼のランクって、パーティ向けなんですか。
じゃあ、何、私、実力を隠して地味に生きてるつもりで、『集団で挑むような依頼』を、『個人でこなしまくってた』人、って、見られてた、ってこと?
ゲームでは、そんなこと、なかった気が、するんだけど。Bは、ソロでも、パーティでも、Bで。Dも、ソロでも、パーティでも、Dで……
ああ、でも、パーティでクエストを始めると、敵が多めに出たりして、難易度調整が、入ったっけ……
現実だもんね。
クエストに挑んだ人数に合わせて難易度に補正がかかるとか、それは、まあ、ない、よね。
ないんだよね……
……失敗した!
うわあああ失敗した! 実力を隠し通せなかったとかよりも、『うっかりミスで無双しちゃってた』ことの方が百万倍恥ずかしい!
どうして!? どうしてパーティ向けだって言ってくれなかったの!? 言ってたっけ!? 人と会話するシチュエーションの時いつもいっぱいいっぱいすぎて、もう会話の記憶があいまいだよお!
「そういうわけで、まあ、このメンバーでCランクダンジョンはさほど危なくないものと判断している。Bランクダンジョンになると、一番近くでも泊まりがけの距離だしな」
「…………泊まりがけ?」
「馬車で半日の距離だが……」
徒歩で二時間なんですけど。
え、なんで。徒歩だよ。さすがに馬より早いわけ……あ! もしかして、私……
ずっと休みなく移動してるから……?
……ゲームだ。うん、ゲームのキャラってさ、『歩いても疲れない』んだよね。今の私、それです。
ダッシュすればスタミナゲージを消費するけど、私の性能だと、その回復も早いし。
あと、高低差、思い返せば、結構、あったね。
最短ルートは、山を三つぐらい挟むんだけど……上っても下っても、一定のペースで、休みなく歩き続けられる私と、平地を選んで迂回したり、休憩を挟んだりする馬車だと、私の方が、早いんだ。
…………人とかかわると、これまでわからなかったことが、わかるようになっていくなあ。
したくなかったな、発見。発見とか、後悔とか、そういうのは、貴重な人生資産って言われることも、あるみたいだけど。そういうのないままで回っていく人生なら、それが一番いいと、私は、思う。
どうしよう、もう、致命傷です。
これまで『私、普通の強さに偽装してるなー』って満足しながらアホをさらしてたことが不意にわかってしまって、恥ずかしさで、動悸がヤバい。
どうしよう、汗、出てきた。背中、まずい。ぐっしょり濡れてる。顔、大丈夫かな。真っ赤になってないかな。汗は、抑えられてるみたい、だけど。
今の私に必要なのは、一刻も早く、お布団にダイブして、枕に顔をうずめて、声を殺して悲鳴を挙げる。そういう、時間。
でも、残念ながら、これからお仕事みたい。
どうしよう。まだ働いてないのに、もう帰りたい。
「最初はそちらに合わせるが、後半は、こちらのやり方に合わせてもらう形式で進めていこうと思っている。あくまでも最終的に所属するか決めるのはそちらだが、きっと、ソロの時よりやりやすいはずだ」
「…………」
「というわけで本日はよろしく頼むぞ、ジュリさん」
もうくじけそうです。
心は折れています。
それでも、これからお仕事なんですか。
これが、社会人ってやつ、なんですね。
なりたくないな、社会人。
◆
もう詳しいことは覚えてないけど、その日の仕事は、意識レベル低下中に終わってくれたらしい。
「ね、ね、ジュリ、あなた、土塁に入りなさいよ」
どうしたんですか、私、何かしてしまいましたか。
朝はあんなに塩対応だったサマラさんが、ものすごく、なんか、距離が近いんですけど。
助けてください。私は、美人のお姉さんに、そういう対応されると、申し訳なくて、消えたくなるんです。
あなたほどのお方の時間を、私程度の者に割かせてしまう罪の意識で、息の根が止まりそうになるんですよ。
「今日は『土塁』の奢りだ。たっぷり食べてくれ」
奢りとか、やめてください。そうやって、恩を着せて、入隊を断りにくくするつもりなんでしょう。
いや、たぶん、違う。違う、はずなんだ。私が、ただ、ネガティブで、人の善意を信じられないだけで、この人たちには、計算も、悪意も、ないのかもしれない。
でも、あるよね、たぶん。計算。……ああ、本当に、人の善意を信じられず、その裏にあるものを勝手に妄想して、無限に恐れる、ダメな私。
なんか、サマラさんが、めちゃくちゃ近距離で、私の横をキープしてるし。
なんだ、この片目隠れのミステリアス美人。なんなんだ。私に、気があるのか。
困ります。私は、女性が好きではないんです。男性も別に、好きでは、ありませんけど。
人間は、人間同士で、好意を向けあってくださったらいいと、そう思っています。人という名の獣にしかすぎない私は、山で遠吠えでも、していますから。
だから、山に帰してくれませんか。
仕事のあとの飲み会は、最初の説明に入ってなかったと、そう思うんです。
「新たな仲間に乾杯!」
なんで、もう入ったことに、なってるんでしょうか。
カンパーイという声が、ぐわんぐわん、頭の中に、響いて、響いて……
……もしかして私、いっぱいいっぱいになって、何か、いらないことを、言ったんだろうか。
まあ、きっとそうなんだろう。そういう、気がしてる。
だって何かあったら、悪いのはきっとたぶん、他人じゃなくて、私の方だと、思うので。