私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活   作:稲荷竜

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第4話

「ジュリ、ちょっとこの子なんだけど」

 

 あの、すみません、出会った翌日に『毎日一緒にご飯食べてるよね』みたいなテンションで来るの、やめてもらっていいでしょうか。

 

 実は、私、ちょっと、化け物なんですよ。

 歩いても疲れないし、走っても息切れからの回復が異常に早いし、あとなんか、うっすらなんですけど、寝なくても、食べなくても、平気みたいな、そういう気配も、ちょっとあります。

 

 そんな私がですね、どうしてこうやって、毎日二回、朝と晩に食事を摂っているかっていうと、それはたぶん、食べるのが好きだから、なのかもって、最近、思ったんですね。

 何せ惰性で生きている身ですから、最初、食事も睡眠も、惰性で、かつての習慣を繰り返しているだけだと、そう思っていた時期も、あったんです。ほとんど、ゾンビみたいなものですから、私。

 でも、ちょっとお金が苦しい時にね、今日ぐらいは食べなくてもいいか、って食事をやめようとしたんですよ。

 その時に、気付きましたよね。食べないことは、苦しいんだって。この世界に転移した私が、もしも何かで生きる意味みたいなものを意識しなきゃいけないとしたら、それは、『食べるため』だって、そう思えるかもって、そのぐらい、食事が大事なんだって、気付きましたよね。

 

 だから、こうしてね、朝も、なんかのお肉のスープと、硬いけど、もっちり気味のパンとね、酢漬けの野菜なんか、食べているわけです。

 

 そこに普通に来てね、横に並んで、『この子なんだけど』とか言いながら、知らない女の子を紹介しようとするの、やめてほしいって、思うんですよね。

 

 まあ、言えないんですけど。世間一般の人は、『人と人との交流』っていうのを、ことのほか喜ぶことを、わかってますから。人との交流を避けようとすると、社会性がないってバレて、排除されるのは、わかっている、つもりでいますので。

 

 ただ私が、人類の外れ値っていうだけ、なんです。人生で一人でも言葉を交わしたことのある相手を減らして生きていきたいって思っている、おかしな人である自覚は、まあ、ありますから。

 

 相変わらず隣に座るし、しかもなんか、やたらと席を寄せてくるんだよな、この人。

 私はこの片目隠れの美女に、やたらと好意を持たれている。なんだろう。たった一日、体験入隊で冒険しただけ、なんだよな。しかも、肝心の冒険の内容については、いっぱいいっぱいすぎて、あんまり、覚えてないっていうか……

 

 私には、その場の空気を悪くしないために、過剰に気を遣う悪癖がある。

 

 なんかもう、人に不機嫌になられたり、がっかりされたりするのが、すごく、苦手で。人のがっかりの気配を察すると、『すいません、今すぐ、呼吸止めて、死にます』みたいな、そういう気持ちに、なってしまう。

 

 でも私は、痛いのとか、苦しいのとか、苦手なわけで。呼吸止めて死にたくは、ないんだよね。

 だから、精一杯、人にがっかりされないように、その場しのぎの、自分でも、何を言ってるかわからないような、お追従なのか、イキりなのか、よくわかんない大言壮語を吐いちゃう癖が、あるらしい。

 

 らしい、っていうのは、もう、その時はいっぱいいっぱいで、必死で、大汗かいて、自分が何をしているかもわからない錯乱状態なものだから、あとからいろんな話を分析して、『私、あの時、なんか、すごく、やらかしたな』ってわかることばっかりだから。

 

 体験入隊の日も、きっと何か、やらかした気配があるんだけど、私は、覚えていない。

 朝の段階ですでに、もう、何もかもが、精一杯で、すぐに布団にダイブして、枕に顔をうずめて悲鳴を挙げたい気持ちだったから、その日のその後のことになんか、割ける気力は全然なかった。

 

 まあ、人とかかわると、そうやって、言いたくもないことを言って、やりたくもないことをやって、自分のことなのに、自分じゃないみたいな振る舞いをして、そのツケを、未来の自分が払うことになるって、わかってるんですよね。

 だから、なるべく、人の間で生きることを避けようって、この世界では、やってきたんだけどなあ……

 

「ああ、この子ね、マギーっていうのよ」

 

 胸に手を当てて軽く頭を前に振る動作をする人、マギーさんっていうらしいです。

 どうしよう、名前を教えられちゃったら、こっちも名前を名乗らないと、たぶん、『失礼なやつ』って思われるよね。

 

 私は人からの評価を気にしすぎてしまうところがあるようで、人付き合いとか、人間関係とかいうものを避けて生きようとしても、それを、『社会性を捨てる』という手段によって成せないんです。

 

 私は『消えたい』だけなんです。『排除されたい』わけでは、ないんです。

 

 だって、文明圏にいたいから。文明の恩恵だけあずかって、そこで当然発生する人間関係というものへコストを払いたくない。これが、私の正直な願望なので。

 

 だから、言葉を交わしたことのある相手とか、名前を名乗りあったことのある相手とかは、増やしたくない。私の名前を知ってる人も、本音を言えば、一人だって、いないで欲しいと、思っているんですよ。

 私を名前付きで認知している人が増えるほど、『消える』のが、難しくなりますから。『消える』ためには、あらゆる人の人生において、『通行人A』でいる必要があると、私は、思っています。名前がついたエキストラとか、間違ってもセリフのある脇役とかには、なりたくないんです。

 

 でも、ここで名乗らないのは、あまりにも社会性がない。

 

 私に社会性がないのを、私はよく知っているけれど、人から『社会性がない』と看破されることは、なるべく、避けたいという気持ちが、強くある。

 いっそ、文明や人の生活圏から離れて、山奥とかで生きていけたらいいのに。

 

 能力的には、可能なんでしょう。でも、精神的には、不可能、かな。

 私は、人とかかわりたくはないけれど、人の中では、生きていたいから。

 

「…………あ、ジュリ、です」

 

「ジュリ様ですわね。お噂はかねがね、うかがっております。改めまして、マー…………ギーと申します」

 

 なんですか。私の、どんな噂を、聞いているというのですか。

 知りたいけど、聞きたくは、ない……絶対に、聞きたくない。でも、知りたい。

 

 あと『マー……ギー』って、何かこう、『マー』から始まる本来の名前があるけど、それをここで名乗るのは何か問題があるので、慌てて軌道修正した、みたいなやつですよね。

 

 秘密を抱えてる人についての相談を今、持ち掛けられようとしているのですか、私。

 やだな。私は、あらゆる人が主演の、人生という名前の脚本において、名前の載らないモブでありたいと、切実に願っているのです。

 

 秘密を抱えてるような重要人物に、名前を認識されたくない。存在を認知されたくない。

 どうしたらいいのだろう。

 

「ジュリ、それで相談っていうのはね、あなた、マギーとちょっと組んで、依頼を受けてくれないかしら」

 

 えー、どうしよっかなー。

 やだ。

 

 もう、悩むまでもなく、やですね。

 厄介そうな気配が、とても、濃厚に香ります。

 

「マギーはまあ、三年前に『土塁(どるい)』に助けられて、それから『土塁』に入ろうとしてる子なんだけど……ウチも別に、誰でも受け入れるパーティじゃないから、あきらめてもらうしか、ないのよね。だけど、言っても聞かなくて。だから、ジュリの実力を見れば、あきらめるんじゃないかって、思うのよ」

 

 そうか、私は『Dクラス依頼だから……私の実力はDだな!』とか思いながら集団でこなすべき依頼をソロでこなしてた実力隠してるごっこがうまい人だからね。

 しかも『土塁』に入ろうっていう流れの中になぜかいる。

 

『土塁』に入るには私ぐらいの実力が必要って思ってもらったら、あきらめてもらえるっていう算段なんですね。なるほど、わかりました。

 話はわかったけどやりたくはないな……

 

 どうしてそんな、ヘイトが向きそうな役割を負わないといけないのでしょうか……

『土塁』のことは、『土塁』のメンバーで処理してください……

 

 もしかして私、暫定『土塁』のメンバーなのかも。

 

 受付のお姉さん、なんか複数のお誘いがあるとか言ってたわりに、『土塁』以外と私を引き合わせてないし、そのことについて何か声をかけられる気配もないし……

 これってもしかして、私が『土塁』に入る流れだから、他のパーティと引き合わせるのはしなくていいやって判断されてる、ってことじゃないですか? 名推理かも。

 

 入るって言った覚え、本当にないんです。

 

 どうしよう。契約書とか、交わさない感じ、なのでしょうか。交わさない感じ、なのかも。見たことないもんね、この世界に来てから、契約書。

 

 クエストだって、クエストボードに貼ってある依頼(なんと、この世界には普通紙がある)をビッて剥がして、依頼をこなしたら依頼書と一緒に依頼の成果を提出・報告する感じだもんね。

 

 人の善性を前提に成り立っている世界のようです。

 遠からず壊れるでしょう。

 

「お願いします、ジュリ様。わたくし、あきらめきれませんの。あなたと共に依頼をこなして、それで心が折れなければ、『土塁』に入れていただけるということですので、どうか、わたくしとともに、一度だけでも、冒険をしてはいただけないでしょうか」

 

 え、私、人の心を折るんですか!?

 

 初耳すぎる……恐ろしい。なんですか、一緒に冒険するだけで、心を折るって思われてる存在。妖怪?

 

 自分の客観的評価って、本当に、気になってたまらない。気になってたまらないのに、絶対に、聞きたくはない……不思議な二律背反が、心の中で暴れ狂って、心拍数が跳ねあがり、動悸、息切れ、冷や汗などが併発している。

 

 私、人と話すと、毎回、心拍数がやばい。

 

 向いてないよ、人間。

 

「……まぁ、ジュリの力を見たら、甘い世界じゃないって、わかってもらえると思うから」

 

 私、何?

 

「お願いいたします、ジュリ様」

 

 こ、断りたい……!

 

 でも、わかる。空気で、わかりますよ。ええ、これ、私が承諾するまで、無限に『どうしますか?』っていう選択肢が出るやつ、ですよね。

 今日断っても、明日、同じイベントが発生しますよね、絶対。

 

 しょうがない……折るか……

 

「あ、えと、じゃあ…………はい」

 

「悪いね、ジュリ。埋め合わせはするからさ」

 

 サマラさんは魅惑的にウィンクをした。

 私は歯を食いしばりながら笑った。

 

 埋め合わせ、しなくて、いいです。埋めるべき溝なんか、私とあなたとの間には、ないので。溝のまま、空けておいて、くれないでしょうか。

 願わくば、私のことは忘れて、元気で生きていってください。私なんか、あなたの記憶容量を食う価値もない、通行人A、ガヤの役しかもらえない給料の発生しないエキストラなんですから。

 

「では……Dランクダンジョンで、お願いいたしますわ!」

 

 マギーさんは『むん』という感じで、気合を入れていた。

 なんだろう、嫌に品があるし、嫌にかわいらしくて、嫌ですね。

 何かたぶん、良いところのお嬢さんなんだろうな感が。あと、物理的に小さくて、こう、心を折るの、これの、私が? 悪役すぎない?

 

 まあでも、吐いた言葉が飲めたなら、どんなに人生は生きやすいでしょう。

 人生は、生きにくいものだから、逆説的に、吐いた言葉は、飲めない、っていうことなんですよね。

 

 諸行無常を噛みしめている。

 

 じゃあ、行きましょうか、ダンジョン。

 心を折るって言っても、特別なことは、何もしませんが……

 

◆

 

「……あきらめますわ……」

 

 心、折れました。

 上手に折れたなー。ダンジョンに行く前にはやる気と希望に満ち溢れてキラキラしてた顔が、もうなんか、見る影もない。

 

 心が痛いよお……

 

「あの、わたくし、先生をお招きして、半年、半年も、己を鍛えて、知識をつけて……え、二週間、二週間で、これですの? あの、以前は、何を……?」

 

「あ、その、私、以前、というか、えっと…………………………この街以外の記憶がなくて」

 

「あ、そうでしたのね……これは、失礼を」

 

「いえ……」

 

 びっくりした。急に過去のこと聞かれるから、とっさにわけのわからないことを言っちゃったよ。

 あの、私の想定にない質問をいきなりぶっこんでくるの、やめていただいても、よろしいでしょうか。私の想定、狭いですけども。

 

 ともあれ私は、この日、一人の冒険者候補の心を折ることに成功した。

 

 そして、別な問題を別な箇所に発生させてしまったと知るのは、後日のことになる……

 

 口は、災いのもと。

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