私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「記憶喪失で故郷もわからず、苦しんでいるんだって?」
なんか、はい、そういうことに、なったみたいです。
え? 私の話? 私の話っぽいな。だって、私に話しかけてるし……
私に話しかけておいて、開口一番、主語抜きで、私以外の話は、しないよね……
いや、どうなんだろう。私は、会話、人と人とのかかわり、言葉やその他による交流というものについて、さっぱりわかっていない人生を歩んできたから。そしてこれからも、そういう人生を歩んでいくのでしょう。人間ではなく、人という名の獣として。
「記憶のない冒険者というのは、まあまあ、存在するが……しかし、ジュリ、君ほどの実力者であれば、どこかの街のギルドで、覚えている者がいるだろう。俺の伝手で、少し探ってみよう」
「………………ありがとうございます?」
どういう応答が適切かまったくわからない。
私の話なのに、私がついてけてないんだよね。何、何が、どうして、そうなっているんでしょうか。
記憶喪失……? なんだろ、どの発言がそうとられた?
……あ、マギーさんとの会話の最後でそんなようなことを口走った気がするな……いやでも気のせいかもしれない。私は、いっぱいいっぱいな時に、自分がどういう言動をとったか、覚えておけない。もう、本当に、いっぱいいっぱいってね、いっぱい、いっぱい、なので。
かすかに覚えておけてるっていうことは、いっぱいいっぱいじゃなくて、いっぱい、い、ぐらいまでで留まってた可能性がある。
どうにか言葉と認識をこねくりまわして発言をなかったことにできないかなって思ったんだけど、虚しい現実逃避以上の感じになりそうもないので、もうやめます。
まず、誰だっけ。なんで、最近の朝食の時間は、当たり前みたいに、対面に人が座るんでしょうか。
ああ、この、土木工事してそうな感じは、『
ゴーさんかな。
なんだろう、日本人の感覚だと、覚えにくい名前、やめてもらっても、いいでしょうか。
私の名前、けっこう、こっちの人に寄り添ってると思うんですよね。
いえ、私が悪いんですよ。人様の、それも、私を評価してくださっている人の名前を憶えておけないとか、私が悪いに決まっています。
百人に聞いたら、百人と、アンケートをそばで聞いていた千人ぐらいが、私を悪いと言うでしょう。
百人に質問を向けたら、いっちょ噛みして半可通みたいなこと言いたがる招いてない観客が、その十倍ぐらいは、いますからね。まあ、インターネットの話、ですけど。
昨日会った人の名前は、憶えてるんだけどな。
一昨日会った人は、もうダメかも。
「……ともあれ、昨日はサマラが迷惑をかけたようだな。『
……そうか、組織に属する人が何か他者に迷惑をかけたなら、組織のトップが謝りに来るんだ。
うん? ということは私、まだ『土塁』のメンバーにカウントされてない? 私はどういう状態なんだろう。知りたいけど、聞いてしまうと、よくない方向に確定させてしまいそうで、聞くに聞けない……
現状、『土塁』のメンバーとも言えず、かと言ってメンバーでないとも言えないので他のパーティとの面接もないっていう状況、よくよく考えてみたら、かなり美味しいので、この立ち位置を手放したくないの、かなりある。
知らない人と会話しなきゃならない機会が一つ増えるごとに、私の寿命は一年縮む、そんな気さえ、しているんだよね。
寿命、寿命か。長生きしたいのかな、私。日本にいたころは、うっかり何かですっきりはっきり死なないかな、自分……みたいに思ってた気がする。
自殺するほどの熱意はないし、家族に迷惑もかけたくないんだけど、完璧に他責で苦しみも痛みもなく死ねるなら、喜んで死にたい、ぐらいの。こういうの、
「ところで、サマラとはうまくやっているようで何よりだ」
「あ、えと、はい」
うまくやってる、のだろうか。
ちょっと、わからないです。私は、何も、してません。
ただ、何かをされてるから、それへ反応してるだけで、電気ショックを与えられれば止まった心臓さえ動き出す、みたいなやつでしかないから、それを『うまくやってる』と言われると、かなり、違和感があります。
「まだはっきりした返事はもらえていないが、どうだろう、『土塁』のメンバーになる気持ちは、固まったかな」
あ、まだはっきりした返事してなかったんだ。よかった……
今の状況が、『土塁』のメンバーとも言えず、かと言ってこのへんじゃ名の知れたパーティ(性質はクランと呼んだ方が正確かもしれない)に誘われて、暫定メンバーみたいになってるから、他のパーティからも声をかけられない、みたいな感じなので、すごく、助かっています。
できたら手放したくないな、現状。
そもそも、私、何かを『決める』ことが、極度に苦手なんですよね。
決めたく、ないんです。断ることも、承諾することも、したく、ありません。
人に悪い印象を持って欲しくないのと同じぐらい、人に良い印象も、持たれたくないので。加えて言うなら、人の集団に、属したくない気持ち、めちゃくちゃ、あります。
人間には、なれないんです。人という名の獣なんです。
一匹狼みたいな、格好いいものじゃなくて、自分は何かの間違いで人間にカテゴライズされる生き物として生まれてしまったけれど、本来は、別な生命体として生まれるはずだった、みたいな、自分の物じゃない椅子に座っているような感覚が、ずっとあります。
うーん、返事をするように促されてしまったけど、本当に返事したくないな……
なんか急に、ギルドに怪獣とか来て、全部うやむやにならないかな。無理かも。
何か使える先延ばしのための言い訳、ないかな。
あ、そうだ。
「あ、えと、記憶が、ないので、その……も、戻るまで、先延ばしで……?」
記憶がないからなんなんだろう。『記憶がないこと』と、『先延ばしすること』の間を結ぶ、因果関係が、わかりませんね。
私は私の発言、特に対面に他者がいるときの言葉をほとんど制御できない。だいたい、いっぱいいっぱいで、わけのわからないことを口走るから。
でも、なんだろう、普段は、意味ぐらいは、わかるのに、今度の発言、自分でも、意味わからない。詰められたら、やだな。なんにも言い訳の余地が、思いつかないので……
「……なるほど」
え、どのへんが『なるほど』ですか。
教えてほしい。何を、読み取ったんだろう。私の中には、何もないのですけれど。
「確かに、君ぐらいの実力であれば、昔の仲間もいたことだろう。義理立てする気持ちは、わかる」
なるほど……
私には昔の仲間がいたので、その仲間に義理立てして、新しいパーティに属せないんですね。
それ、採用。
「そうなんです。ぼんやりとだけど、何か、ある気がする、っていうか……」
「わかった。伝手をたどって、探してみよう」
「え、いいです」
存在しない仲間を探すのに、伝手を使わせてしまう。
それは、私にとって、到底返しえない負債なのです。嘘の理由で、人に実働させてしまう罪深さは、死後に千年は業火で炙られ、怪鳥に肉をついばまれ続けるであろうほどの、罪悪なのです。
だから、やめてね。
「いや。君は前衛だろう? ということは、死んだと思われている可能性も高い……その仲間が生きていたんだ。こんなに嬉しいことはない。君の昔の仲間の立場に立って考えれば、そう思う」
死んだら『死んだな』が感想のすべてではないんですか。
やめて、ほしいと思っています。私は、よくしてくれたおじいちゃんが死んだときでさえ、なんにも悲しくなかったんです。なんにも、思わなかったんです。
ただ、葬式という場の、独特な堅苦しさに息が詰まって、無限にあいさつに来る親族に、親の真似をして頭を下げるだけで精一杯で、その場で話しかけられることが苦痛で仕方なくて、『ああ、こんな、謎の宗教のよくわからない土着の儀式なんか、さっさと終わればいいのにな』ぐらいにしか、思わなかった。そういう、獣なんです。
そんな、立派なことを言われたら、私の過去の行いが、なんだか非常に、暗い影を落としてしまうじゃありませんか。
長く伸びた足元の影が、私の足首を冷たい手でつかんで、引き倒して、耳元で、『お前は、おかしい。間違っている』って、ささやいてくるような、そういう、心地がします。
しかも、私に昔の仲間がいたっていうの、一億パーセント、嘘ですからね。
日本で過ごしてたころさえ、仲間なんか、いませんから。
私の人生のどこにシークバーを止めても、仲間がいたシーンなんか、一個もないんです。
その存在しない仲間に、何やら大層な捜索パワーを向けさせてしまうと罪深さに、呼吸が苦しくなるっていうか……
やめてね、って感じです。
でも、ここで、今さら、『いえ、全部嘘です。記憶もあるし、仲間はいまだかつていたことがありません』なんて、正直に、告白は……
……できません。
ああ、思い出しちゃった。思い出しちゃったな。私、そうだ、嘘をつく癖があるんだ。虚言癖、っていうほどじゃないと、自分では思ってるんだけど。話を盛る癖がある、っていうか。
『お、この方向で話を進めたら、私の要求が叶いそうだぞ。相手は勘違いしてるみたいだし、ちょうどいいから、その方向でいこう』って思うと、調子に乗って、余計なことを、口走るんです。
本物なんです。
本物の、コミュニケーションができない、私のような者は、話せないとかじゃなくて、余計なことを、話すんです。余計なタイミングで、嘘とさえ言えない何かを積み上げて、そのグラグラゲームに、自覚もないまま、人生の大事なものを賭けてしまう。
「なに、こう見えて俺たちは顔が広い。まずは、全国の土木事業ギルドから、あたってみよう。冒険者と、土木事業者は、つながりも深いからな」
「あ」
「どうした?」
「…………あー、あー……あー…………ありがとうございます?」
「気にするな。これは、冒険者として、当たり前の、仲間のためにすべき行動だ」
ウワアアアアアアアアアア!
立派な人なの、やめてもらって、いいですか。光が濃いほど、影もまた、濃くなるんですよ。
ゴーさんは去って行った。
私は嘘を撤回することができなかった。
人生はこうやって、うっかりついた嘘を守るために、また新しい嘘をつくことの、繰り返しなのかもしれない。
少なくとも、私にとっては、そうみたい。