私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「ジュリ様!」
マで始まる人が来ちゃったな。
なんだろう、小さくて、ほっそりしてて、目鼻立ちがはっきりしてて、ちょっと気が強そうで、かわいらしくて、どことなく気品がある、『
でも、あるんだよな……私、この子の、心を折ったんだ。心を折ることのアウトソーシングを、サ…………ミ…………マ…………サミ……サミーさん? とかいう、片目隠れの美女に、依頼されて。
まぁ、いたんだろうな。たぶん。
だから私は、歴史という単位で物事を見れば、なんの変哲もない、注目すべきところもない、その他大勢、通行人A、モブでしかないんですよ。
それが、何か、秘密を抱えてそうな、ラノベの表紙でも飾ってそうなマーさんに、声をかけられる、理由なんか、ありようはずも、ありませんね。
食事を続行した。
対面に座られた。
なんだろう、無許可相席、やめてもらっても、いいでしょうか。みなさん、なぜか、無許可相席なさるんですけど、私、そういうの、ちょっと苦手っていうか……
いえまあ、冒険者ギルド、ですからね。普通に、みんな当たり前に、無許可相席を、受け入れています。
私です。私が、このギルドの常識になじめていない、だけなんです。なんか、でも、これまで無許可相席されたことなかったんで、普通にうっすら、全員から嫌われているとか、あるかもしれませんけど。
「ジュリ様、わたくし、考えましたの」
そうですか。私にその考えを聞く義務は、きっと、ないものと思われるのですけれど。
でも、口がふさがっていますから、何も、言えません。今日のパンは、やけに硬くて、噛みちぎるのが、難しい気がします。スープも、魚介系なんでしょうけれど、生臭さみたいなものが強く感じられて、全体的に、あまり楽しくない食事に仕上がっています。
自分で、作ってしまおうか。
そうしたら、食事という楽しみを、アウトソーシングすることも、ないだろうに。
それは、私の人生で、おそらく今後二度とないほど、革新的なひらめきに感じられた。
というか、食事が楽しみだから、基本的に長居したくないギルドの食事スペースにそこそこ長居しなきゃいけないっていう状況があるんだから、もっと早く思いつけよ私、って感じだ。
料理、料理か。
したことないな。
カップラーメンぐらいは、作ったこと、あるんですけれど。それを料理って言い張ってしまうのは、製作手順を簡単にしてくれた企業に対して、失礼なように思われてならない。
「わたくし、冒険者を始めますわ!」
パンが、硬いな。
「そこでジュリ様、わたくしと、パーティを組んでいただけませんこと?」
硬いな。呑み込めない。唾液を吸う感じの硬さでも、ないように思われる。唾液は吸わないのに、やたらとコシが強くて、噛んでも噛んでも、衝撃を皮に持って行かれて、永遠に噛み終わらない小麦味のガムでも噛んでいるような、そんなひどい徒労感が、ある。
「やはり、最も優れたお方を手本にすべきだと、わたくし、考えましたのよ。ですから、ジュリ様について冒険し、その動きを見て学べば、わたくしもきっと、『
あ、これ、魚、ぶつ切りにして、生のままお湯に放り込んだだけなんだ……
臭み抜きとか、したらいいのに。そうなんだよな、魚、何か、肉に比べて、習熟度が低いっていうか……全体的に料理そのものはテキトーなんだけど、肉はテキトーでもまあまあ食べられて、魚は、下処理が甘いとまずい、みたいなの、ある気がする。
料理、やっぱり、自分でしてみようかな。
調理器具はいいとして、調理場、どうしよう。火も、たぶん、熾すの、技量がいるよね。
魔法使い系ビルドにしたら、よかったかもしれない。前衛系の方が、ソロ活動に向いてるから、そうしたけど。
「早速ですけれど、こちらの依頼を受けてみようと思いますの!」
香辛料、ショウガとか、あるかな。ニンニクは、ありそうなんだけど。
ゲーム準拠だと、こういうファンタジー系オンラインには『料理』があった。あったけど、肉とか、魚とか、そういう、料理のメインを飾る材料を料理担当のウサギモチーフの獣人に渡して、能力値アップの料理を作ってもらう、みたいな感じだったから……
スパイスとか、あと、勝手に生えてくるメイン以外の素材とかって、よくわかんないんだよね。
そういえば、獣人、見ないな。
この街、人間ばっかりだ。けっこう、多様な種族がいたはずなんだけど。
やっぱり、同じ種族同士でまとまってた方が、生活しやすいのかな。ゲームだと、雑多に混じりあってた気がするんだけど、あれは、ゲームの
今いる街の名前、私、聞き覚えないもんね。
ここは、人間族だけが暮らす街、なのかも。
「ジュリ様?」
「あ、はい」
「よろしいんですのね! ありがとうございます!」
「はい?」
なんだろう、話しかけられるいわれがなさすぎて、何を話してるのか、聞こうっていう意識がわかなかった……
私、かなり、そういうところがある。話しかけられてるのは、わかるんだけど、話の内容を頭に入れるのに、『よし!』って、一回気合を入れないといけない、みたいな……
正面で、こちらを見て、こちらに向けて口を開いてるんだから、それはもちろん、私に話しかけているに決まっている。普通に考えれば、それはそうで、反論の余地もない。
でも、私は、それを、『聞こう』っていう気合を入れるのに、もう一個、理由が必要で。
たぶん、『話を聞く』ことのコストが、やっぱり、高いんだろうな……
人に向けて、話す。人と、会話をする。これは、みなさん、コスト0でやれること、なのかもしれない。でも、私は、違うんだ。他人の話を聞いて、頭に入れて、理解するの、疲れます。今日は、ご飯、おいしくなかったし、気力がわかない。コスト、足りてない。
ご飯の出来に気力が左右されるとかいうガチャを毎朝引くのも、やだな。
やっぱ、料理、しよう。香辛料とか、細かい材料とかは、全然、わかんないけど……おいしそうなお肉とかは、自力で、とれるし。まずは、塩振って、直火焼きとか、してみよう。
ああ、『目標』が、見つかっている。
素晴らしい。私は、目標っていうものを、全然見つけることがない人生を、送ってきました。幼いころ、みんなが当たり前に、『夢を、この紙に書いてね』って言われて、好き放題書く中で、私は、鉛筆を握りしめたまま、紙を呆然と見つめるだけしかできない、そういう、子供だったのです。
大臣とか、配信者とか、あとは、『船』とか、『おいおい、なれるわけないだろ』ってぐらいの夢でさえ肯定される、そんな幼き日の私がですよ。何も思い浮かばずに、愕然と、ただ、白紙を前に、固まるしかなかった、あの、絶望感。
先生の、優しい声を、思い出す。何も書けない私に、慌てなくていいよ、何かあるかな。好きなもの、あるかな。魔法少女のアニメ、どう? じゃあ、他の、恐竜さんとかは。え、だめ? わからない? うーん、そっか、わからないか。じゃあ、みんなの書いたのを見て、『いいな』って思ったら、それを、書いてみようか?
ああ、なんていう、思い出すだけで、もだえのたうちまわりたくなるような、黒歴史……!
その後、私がなんにも書けなかったことと、私を迎えに来たお母さんが、急に別室に呼び出されたこととは、きっと、無関係じゃ、ないんだろうな。
そんな私が、異世界で目標を見つけた。
もしかしたら私は、今この瞬間までまどろんでいて、今、ようやく、目が覚めたのかもしれない。
天上天下、唯我独尊。
すべてが尊い。
「ジュリ様! 依頼を受けてきましたわ! あ、受けてきたというか、紙を剥がして持って行って、成果物だけ出せばよいと、そう言われてしまっただけ、なのですけれど」
「…………あ、はい」
「では、まいりましょう!」
え、何、何が起きていますか?
わかんない。でも、私、雰囲気だけは、察することができますよ。得意です。空気を読むの。読みすぎて、自縄自縛になるけど。
つまりこれは、私が話を聞いてない最中に、何か、私と一緒に冒険する流れになっていたやつですね。
え、なんで、どうして、っていうの、聞けたら、よかったんだけどな。
私には、無理です。すでに動き出している物事に、今さらな疑問をぶつけたり、ましてや、断ったりすることなんか、絶対に、無理。無理無理。
……じゃ、行きますか。
なんでこうなったんだろう。人の話、聞くべきだよね。
わかってる。うん、わかってるんだけど……
わかってること、全部できたら、生きるの、もっと、楽なんだろうな。