私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「今日は少し、難易度の高い依頼をこなしてみませんこと?」
なんかもう、ありますよね。一回何かを許したら、以降の同じこと、全部に許可をもらったみたいな振る舞いをする、みたいな。
私が今されているのは、どうにも、それのようで。
マギーさんは、どうやら、私とバディみたいな立ち位置に、なっているような、そういう、気がする。
私は、何もかもが初耳で、昨日、一緒に依頼をこなしたことも、なんなら、一度だって、承諾はしていないのですけれど。
なんか、流れ、っていうか……
いやまあ、いいんですけどね。マギーさん、それなりに優秀だし、私も、そんな、飛ばしていかないわけで。受けるクエストの難易度も、マギーさんが受けたがるぐらいで、ちょうどいいのは、ありますけど。
でも、それって、『拒否する理由がない』っていうだけで、『承諾した』とは、また別なことのように、思われるのですけれど。
ここ、大事じゃないですか? 人間同士の関係でも、大事なことのように、思われるんですけれど。
人という獣である私に、まっとうな人間関係を語れるなんて、思いあがっては、いないつもりなのですけれど。それでも、きちんと承諾を得て、『なあなあ』で済ませないように、きっちり手順を踏むことは、大事なんじゃないかなって、ほとんど、確信を、しているつもりでいます。
これを、このまま声に出して伝えられたら、どんなによかったでしょう。
私は、だめなんです。無垢で、純粋そうな人が、きらきらした笑顔で、当たり前みたいに、クエストを持ってくる。するともう、だめです。
この笑顔を曇らせることは、きっと、あらゆる苦痛を与えられるに足る罪として、世間の人は思うんだろうなと、こう、思ってしまうわけなんですね。
道義的、論理的に正しいことは、世間の賛同を得られるとは限らないと、私は、思っています。信じています。信仰とさえ、言えるでしょう。
神は、たぶんいると思って、生きてきました。それは、神様の存在が近いこの世界に来る以前から、そうです。
ただし、私の信じている神は、祟り神なのです。恩恵も、幸運ももたらさないけれど、きっちりと、祟りだけは与えてくる。そういう神様がいると、固く、信じているのです。
そしてその神様は、私のような、弱い者だけを狙うのだとも、思っています。
だから、私は、断ることが、できないのです。
今日もきっと、マギーさんとクエストに挑むのでしょう。明日も、そうかもしれませんね。明後日も、そうなるでしょう。
すると、私たちは、世間の認めるところの、バディになるのではないかなと、思います。きっと、マギーさんも、そのように、思い始めるのでは、ないでしょうか。
人の認識から消えたいと願ってやまない私にとって、誰かと相棒になるというのは、とてもとても、恐ろしいことです。
そうなると、わかっているのに。今、ここで、はっきりと『私は、別に、あなたと毎日のようにクエストに挑むことを、一回も承諾はしてないんですよ』と言えば、ダメージが少なくて済むと、そう、わかっているのに、できないんですね。
これが、私の弱さなんです。
弱いことは、罪であると、自己責任論に染まった自認強者の方なんかが、インターネットで、騒いでいることがありますけれど。そういった意味ではなく、私は、私の弱さを、罪だと思います。
『ほんのちょっとしたこと』と、世間できっと思われているであろうことを、弱さ、怠惰さから、避けて、より引き返せない道に、どんどん、進んでいく。これを、罪深い弱さと言わず、なんと言えばいいのか。
わかっているんです。でも、理解していることと、改善できるかというのは、また、別な話なのです。
ああ、願わくば、何か、いい感じに事件が起こって、この『まるでバディかのような』日々が、唐突に終わらないかな。
「お嬢様!」
お、何か来たな。
ちょっと、興奮してしまう。私が何かを願って、それが、良い方向で叶うことって、人生でも、覚えがないぐらい、レアケースなので。
お嬢様! と叫んだ、身なりのいい老紳士は、まっすぐに私たちのテーブルに、近付いてくる。
しまったな。お嬢様! の声を聞いた瞬間、全速で離脱していたら、なんやかんやで、巻き込まれずに済んだ気がするのに、反応が、遅れてしまった。
でも、よかった。老紳士は、マギーさんの対面にいる私なんか、眼中にないみたい。
いい、すごく、いい。そう、私は、誰かの眼中に入っていいような存在では、ないんです。そのまま、どうぞ、椅子の一脚ぐらいの扱いで、二人で話を進めていただければと、思います。
「マーガレットお嬢様! ようやく見つけましたぞ! さあ、家へお戻りください」
「じいや! ここでその名前で呼ぶのはやめてちょうだい!」
ああ、まあ、そうだよね。貴族っぽい雰囲気だもんね。貴族だよね。
貴族。ゲームでは、『依頼者』という形でかかわってくるだけで、ほとんど、テキスト上にしか出てこない存在だったな。
シナリオモードだと、NPCとして、貴族っていう設定を背負った人は、出たかな。でも、ドレス着てる女の子、ぐらいの感じで、そんなに存在感はなかったっていうか……
少なくとも、マーガレットっていう名前の貴族NPCは、知らない。
貴族って、なんだろう、ふんわりと、偉い? みたいな。あと、お金持ち? みたいな。そういう解像度でしか、出てこなかったっていうか。
ゲームは基本的に冒険者になって、拠点の街の周囲の問題をクエストっていう形で片付ける、そういうやつだったし。
デイリーで遠征はあったけど、プレイヤー的には、そんな遠い場所に移動してる感覚は、なかったな。馬車のアイコンが、地図の遠い場所に、ロード画面で移動する。そのぐらい。
たまに緊急クエストってことで、強めのモンスターが出てレイド戦になったりもするし、その依頼者が貴族だったり、王族だったりってことも、あったけど……
うーん、やっぱり、テキストで出てくる、ふんわり偉い人たち、ぐらいしか、わかんない。
メインシナリオ最新のやつだと、何か、あったのかな。王族の継承問題とかが、縦軸になってたみたいでは、あったんだけども。
私、シナリオの方は、あんまり読み込んでないんだよなー……
「冒険者などにならずとも、お嬢様には、お嬢様の役割がございます! 貴族のご令嬢としての自覚をお持ちください! あなた様は、冒険者になる以上に、多くの者を救うこともできる生まれなのですぞ!」
実家に令嬢を連れ戻すじいや側が正しすぎて『そうだよな……』って声が漏れそう。
なんだろう、何か、ないかな。飲み物。ちょっと、楽しくなってきちゃった。これこれ、これですよ。私は、観客であり、傍観者なので。あなたたちの人生の、登場人物みたいに、扱わないでいただけると、ありがたいし、楽しいです。
「けれど! あの『汚泥戦線』でもっとも多くを救ったのは、『
「違います! 確かにあの『汚泥』を押しとどめたのは現場で働いた冒険者ですが、復興の際には、我が家が資金を出し、具体的な計画を推し進め、関係各所に根回しと指示を行ったのです! それは、冒険者の一時の活躍以上に、多くの者を救う働きなのですぞ!」
「うう、でも、うう、ううううう…………!!!」
なんも言えねえ。
まあ、うん。そうだね。ド正論だよね。普通に。
ド正論過ぎて泣きそうになってるね、マギーさん。
かわいそうだけど、まあ、そうやって、大人になっていくんだと思う。私も、実はまだ、十代半ばで、大人になるとか、全然、わかってないんだけど。
「……ジュリ様!」
え、なんですか。そこで、私に振られる理由、本当に、ないと、思うんですけど。
「ジュリ様ほどの実力であれば、きっと、貴族より多くを救えますわ! そうですわよね!?」
いや無理ですね。やっぱソロの現場の人より、行政とかの方が受け皿として大きいと思いますよ。本当に。
あと私の社会貢献度、おそらくすさまじく低いので。あなたの中で、私がどういう存在になっているかなんて、わからないんですけど。貴族のおうち以上の社会貢献度が、私単体で出せるという勘違いは、通常、発生しえないと思われます。
「ジュリ様は、『
なんか、サマラさん? ってすごい人なんですね。
ああ、あの片目隠れの美女……やっぱり、魔法系の職業って、スキルの範囲が広いんだよね。ゲームじゃない、この現実の世界だと、かなり魔法スキルの使い道も、あるかも。
ゲームだと、定まったスキルを使って、炎を放つとか、土の槍を放つとか、そういうのばっかりだったけど、『土の槍を放つ』を、『土を槍状に成型して、ある程度の指向性をもって操作する』っていう解釈をしたら、それこそ、『土塁』も作れたり、するんだろうな。
そう考えると、前衛職のアバターの能力で異世界転移したの、ちょっと損した気持ちになるな……私、アカウントを、三つ、持ってまして。魔法職のアバターも、あったんですけどね。
まあ、ソロ向けじゃないから、前衛の、今のアバターよりは、レベルも低くて、装備もしょぼいんですけれども。
「ジュリ様! どうか、じいやに実力を見せてあげてくださいまし!」
「お嬢様がそこまでおっしゃるのでしたら……ひとまず、実力を見せていただきましょうか」
「あ、はい」
はいじゃないが。
何、何。話、聞いてなかった。どういう、流れ?
っていうか、すごい、流れ弾を、もらってない?
「私も、かつて、冒険者として過ごしていた日がございます。見せていただきましょう、お嬢様が心酔する、あなたの実力を……」
なんか、そういう流れらしいです。
どうしよう、因果関係、わかんないな。実力、見せて、どうなるんだろう。
行政的にできることを、せっかく貴族に生まれたんだから、やりましょうっていう、そういう話を、してたはず、なんですけれども。
前衛職の、ちょっとしたクエストの実力を見た程度で、行政的な能力は、測れないように、思われてなりません。
何を、見るつもりなんでしょうか。
全然、わかんない。
あと、正直、義理が、ないよね。私、完全に、巻き込まれてるだけ、なので。審査されるいわれが、なさすぎる、っていうか。
まあ、別にいいか、もう。
断ることのストレスって、本当に、すごいから。
たぶん、今日、断らなかったことで、明日、後悔するんでしょう。
明日、断らなかったことで、明後日、後悔するとも、思います。
それでも、今日、私は、断れない。
ぶっちゃけ、『断れる自分にならないと、いけない』とさえ、思ってないところが、ある。
まあ、ただ依頼こなすだけなら、それでいいや。
人生は、あきらめると、楽になる。これだけは、実感をもって、断言できる、私の人生訓なので。
◆
「く……お嬢様の活動を、しばらく認めねばならないようです……」
「ありがとうございますジュリ様! これで、まだ冒険者を続けられますわ!」
実力を、示しましたとさ。
よかったですね(よくない)。