私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「おい、アンタがこのへんで一番の実力者の、『黒き森のジュリ』ってやつか?」
なんでしょう、それ、もしかして、私のこと、なのでしょうか。
急に、二つ名が生えてきたな。二つ名って、まあ、自分から名乗ったりするものでは、ないんだろうけれど。それにしても、こんな急に生えるんだ。
というか、『黒き森』って、なに。もしかして、私のこの、くせっ毛のことについて、おっしゃっていますか?
私の髪、ちょっと、カール気味、っていうのかな。湿度が高いと、もう、なんか、まとめることさえあきらめるぐらい、ものすごい、カールするんだけども。
あと、長いのは、そう。切るの、面倒で。面倒っていうか、切る場所に行って、他人に髪を触られながら、興味のかけらもない雑談を振られて、椅子に座って逃げることもできないまま過ごす、あの時間・空間が、無理無理の無理、すぎて。
自分で切ると、怒られるし……まあ、多いのでね、髪の毛、量が。ばさっと切り落とすと、けっこうな量の、髪ゴミが、出るので。お母さんに、あんたが髪を切ると、ゴミ袋が二つも増えるのよ、なんて、言われる。私の髪、私から離れても、カールしているので……
一番似てる有名人はメデューサと評判の私だけど、黒き森扱いされたのは、これが、初めてかもしれない。
評判って言っても、『きっと、私の存在が誰かに認知されていたら、その誰かは、私の一番の特徴であるこの髪を見て、メデューサっぽいなと思うだろう』っていう、妄想の中の出来事、なのですが。
「俺と勝負しろ!」
なに、なになにの、なに。
話が、見えません。少年、小学生か、中学生ぐらい、かな。少年、なんか、いきなり来て、人をもじゃ毛呼ばわりして、勝負をしかけてくる。これはもうね、はっきり言って、奇行だと、思うんですけど。
でも、なんか、周囲の人たち、『おっ、始まったな』みたいな、そういう、目つきなんですよね。止めるとか、なさらなくて、よろしいの?
風物詩、なんでしょうか。『この時期には、少年の奇行が毎年、執り行われております。ご覧ください! 本日も、奇行が始まりましたよ。いい景色ですね~』みたいな、そういうの、なのですか。やめた方がいい、奇祭だと思いますよ。
ちょっと、まともな人、この世のどこかにいませんか。
あ、受付のお姉さん。ありがとう。この奇祭を行政の力で止めてください。冒険者ギルド職員の所属が行政かどうかさえ、私は、知らないのですけれども。
「新人の方ですね。あまり、ギルド併設の酒場で、そういったことは、お控えください」
「ハン! うるせえ! 冒険者は実力がすべてだろ!」
「全然そういうことはありませんが……とにかく、騒ぐのでしたら、訓練場がありますので、そちらでお願いします」
え。
争い、止めたりなさらない?
あの、暴力って、よくないと、思うんですけど。あるいは、これは、私しか、思っていないことだったり、するのでしょうか。
暴力、よくないですよね。そのあたりで食事をしてる人に、いきなり、因縁つけて、殴りかかる人がいたら、『うわあ、危ない人だなあ……』って思う、そういうの、みなさんの中にも、きっと、あると思うんですよ。
それとも、ないのかな。この街、実は、人を殴り放題だったり、するのかな。
この街で過ごした時間は、もうだいたい、一か月ぐらいになるんだけど、これまで、殴り放題パラダイスな場面に出くわしたこと、なかったんだけど……
やっぱり、私は、料理を覚えるべきなのかもしれない。
でも、挫折、しちゃったんだよな……モンスターのお肉をね、塩だけ振って、直火で焼いてみたの。硬くて、生焼けで、食べられたもんじゃ、なくて。
あと、パン。さすがにね、パンは、焼けないなと思って、パン屋さんで買おうとしたんだけど……
なんていうのかな。この世界、店と客の心理的距離が近い、っていうのかな。
パン一つ買うにも、無限に世間話が入って、しかも、世間話を切り上げたりして相手の機嫌を損ねると、パンの値段が表示価格より高くなったり、そういう横暴がまかり通っていて、怖くて、買うの、やめちゃったっていう、悲しい過去が、あります。
冒険者ギルドの食事、下処理もしてない雑なものだと思ったんだけど、実際にやってみると、私が思うよりはるかに下処理がちゃんとしてたようで、『あ、これ、私、料理、無理』って、心がね、折れました。
あきらめが、人生を救うので。
私は、あきらめた。
でも、こんな、毎朝のように、トラブルが起こるんだったら、もう少し、料理をがんばってみようかなって、やる気が出てきたな。
明日、また、がんばってみようかな。料理。
「おい! 聞いてんのか!? 勝負だ! まさか、逃げねえよな!?」
あ、何か、話してたんですか。
すみません、興味がなくて。
どうしよ。私、手加減とか、苦手なんですけど。
モンスターの相手しかしてないので。
この少年が、あるいは、自信に見合った強さの可能性も、まあ、なくは、ないのかな。
でも、この手の絡み方してくる人、強いとは思えないんだよね。だって、これ、私も知らない私の二つ名をどこかで調べて、実物を見たうえで、思ったより弱そうだったから、声をかけてきた、みたいな感じだし……
あと、大騒ぎしてるわりに、『今、ここで、剣を抜く』みたいなことはしないの、もう、なんていうか、この大騒ぎ、『宣伝』でしかないよね……
虚栄心と承認欲求に実力と評価が追いついてないこの感じ。インターネットでよく見ますよ。
やっぱり、リアルにも、ミュート・ブロック機能って、いると思うんですよ。
ゲームなら、できたんだけどな。しつこくクランに勧誘してくる人、全員、ブロックしてました。そしたらなんか、掲示板で話題になっちゃって、最終的に、話しかけてくる人見境なく全員ブロックすることに、なったんですけどね。
もう、『たはは』って感じ。
「ジュリさん、申し訳ないんですけど、付き合ってあげてくれますか?」
「あ、はい」
もう何か、そういう流れですよね。
いいのかな、これ。どのぐらいまでやっていいんだろ。……なんか私、人に暴力をふるうことへのためらいとか、一切、ないな。もう少し遠慮とか、『人の相手は、やだな』みたいなの、あるかなって、思ってたんだけど。びっくりするほど、ないな。うん。
相手から仕掛けてきた、っていうのも、あるのかも。
自分から誰かを加害しようとは、全然、思わないのですけれど。加害されたら、反撃をするのに、ためらいはないっていうか。
ためらいはないけど、『ああ、面倒なタスクが、挟まっちゃったな』みたいな、ひたすらだるい感じが、あって。
もう、頭の中で、『ささっと処理しよう』って、なっちゃってて、すごく、まずい、気がする。
相手が、人間だって、意識しないと……これは、本当に、まずい傾向。
「ボコボコにしてやるぜ」
うん、人間、人間だ。人間だから、やりすぎないように。
気を付けて、いきましょう。
◆
「すみませんでした……二度と、しません。殺さないでください……冒険者も、やめますから……」
はい。
うん、骨折、なし。会話も、できる。立って歩ける状態。
手加減、できたみたい。
よし。久々に、うまくいった、気がする。
今日は、ぐっすり、眠れるかも。