私は目立たず生きたいだけ 日陰者転移者の異世界生活 作:稲荷竜
「ジュリさん、相談いいでしょうか」
え、よくないです。
なんなのでしょう、私の知らないところで、私の服か何かに、『相席歓迎!』みたいな、そういうメッセージでも、ついていますか?
私、このあたりの決まりというか、そういうのに、疎いので。私の格好か、所作か、そういうもので、『相席歓迎!』というサインを出しているとしても、それは、完全なる事故、なのですけれど……
しかし私は、相変わらず、人の行動を止めたり、人の申し出を断ったりすることが、大変、苦手で。
やっぱり、対面に座られてしまうのでしたとさ。ちゃんちゃん(おしまいです)。
「ジュリさんは記憶がないようだけれど、きっと冒険者はそれなりに長くやっているだろうから、覚えているかもしれないな……ええと、最近、新人がよく来る時期でしょう?」
ああ……はい、まあ。
覚えてるっていうか、昨日、絡まれたばかりなので。そういう時期なんだなっていうのは、わかります。
わかりますけど、まず、名乗ってくださらないでしょうか。
誰?
知り合いは少ないので、思い出すべき候補も少ないんですけど、ちょっと、あなたに覚えがなくて……
でも、『お前、誰?』なんて、ぶしつけな質問、私には、できない。
相手は完全に、『ジュリは、自分のことを知っている』みたいな態度で来てるわけで。これを『誰?』なんて聞いた日には、もう、相手の機嫌をたいへんに損ねて、なんらかの報復でもされるんじゃないかと、そう思ってしまう。
なんだろう、知り合い、多くないから、本当に、知り合いなら、なんとなく、見覚えがあるはず、なんだけど。
うーん、金髪で、青い目で……このへんに、多いんだよな、そういう人。
男性? まあ、男性かな。種族は人間。っていうか、この街で、獣人だの、妖精だの、そういう種族は、見たことがないんだけれど。
背は、高い。細い。服装は……軽装っていうか、冒険に行くつもり、全然なさそうな、シャツとパンツ。普段着で、これも、特徴がなくて……困るな。
「……ああ、失礼。僕はほら、『
ああ、あの。
やけにハキハキしゃべる、陽気な、斥候の人、だったかな。
もう三日以上会ってない人だから、ちょっと、自信がないけれど……
今、自己紹介するときに、髪を手で上げて、おでこを見せたから、たぶん、冒険の時と、髪型が違うんだろうと思う。
それで、なんで、私に相談を持ち掛けようとしてる感じなのかは、相変わらず、謎なんですよね。
別に私、『土塁』に所属もしてないし。一回、一緒にダンジョンに行っただけだし。
あの面接からこれまで、特に絡みもないので、いきなり相席で相談を持ち掛けられる理由が、さっぱり、わかりませんけれど。
「ジュリさんが新人教育をうまくやったと聞いてね。コツなどあれば、教えてほしいんだ。……ああ、ほら、この時期だろう? 『土塁』は広く門戸を開いているパーティではないけれど、それでも、僕も新人ではないからさ。新人を指導するようなことも、しなきゃならないんだけれど。……うまくいかなくてね」
え、新人じゃない冒険者、新人を指導しなきゃいけない決まりがあるの?
やだ……
「斥候職が舐められがちなのはまあ……なんだ、僕も新人のころに、ちょっと舐めてたところがあるし、わからないでもないんだよ。それでも、話が通じてる気がしないっていうか。腕っぷしを見せても、何かあまりいい結果にならないっていうか。……ジュリさんが昨日、かなりの『はねっ返り』を大人しくさせたって聞いて。コツなんかを教えてもらえないかと思ったんだけれど」
どうやら、一つの厄介ごとは、そこに続く新しい厄介ごとを、運んでくるんですね。
昨日、変な少年に絡まれたばっかりに、今日、変な相談を持ち掛けられている。
新人指導とかの、コミュニケーション能力が問われそうなことって、そもそも、私にまったく向いてなくって。
こんなこと相談されても、困るっていうか……
「あ、わかりません」
「……うん、わかってるよ。指導の方法には、価値がある。冒険者は、各々の積み上げたノウハウに、きちんと敬意を払うよ。それなりの返礼は、もちろん、する」
そうじゃなくってぇ……
なんでしょうか。私、何かと相談されたりすることが、増えたんですけど。こんな、一人で朝食を摂ってるようなやつに、相談するの、ちょっと、人選ミスっていうか。
おかしいとか、思わないんでしょうか。コミュニケーション能力のある人はね、端っこの席で、一人で食事を摂ったりしないんですよ。
だいたい、そっちはわりと大きなパーティじゃないですか。
先輩冒険者だって、それこそ、いるでしょうに。私に聞くより、そっちに聞く方が、筋なんじゃ、ないでしょうか。
そうだよ。そっちが筋だよ。同じパーティの先輩冒険者を差し置いて、私が質問に答えたりしたら、角が立つやつだと、思われるんだけれど。
「あの、わかりません」
はっきり、言えた。
物事をはっきり言うたび、私の心臓は激しく鼓動を刻む。
生物って、一生の間に刻める鼓動の数が決まっているらしいから、私に何かをはっきり言わせようとする人は、婉曲的に、私を殺そうとしているとみなしても、いいのかもと、最近、思う。
「そこをなんとか」
通じてないのかな、言葉。
『わからない』って、『Don't know』なんですよ。知らないんです。
『教えられるけど、あなたには言わない』では、ないんですよ。
何か、解釈の余地、あったでしょうか。
『わかりません』、って、これ以上はっきりと『Don't know』を示す言葉がないぐらいの、はっきりした表現だと、思うのですけれど。
これ以上、はっきりと、『私は、知らないので、わかりません。だから、教えられません』を伝える言葉、あるんでしょうか。私は、知らないので、わからないから、教えられません、っていうふうに、言葉を長くしたら、伝わるのでしょうか。
でも、その物言い、私には、あまりにも、長すぎて……
私、人様との会話の時には、かなり、いっぱいいっぱいで、言葉を、搾り出しているんですよね。
短文しか、しゃべれないんです。それ以上は、声が裏返ったり、喉が詰まったり、大変なことに、なりますから。
恐らく、そういった事情は、多くの人には、想像もつかないのかもしれませんが。『会話をする』ということが、いちいち、受験でもさせられているようなストレスかつプレッシャーになる人だって、世の中には、いるんですよ。
しかもその受験、答え合わせができないんです。
一言、他人と言葉を交わすたびに、ほとんど無限に、『あの時の言葉選び、間違ってたんじゃないかな』とか、『あの言葉は、余計だったかな』とか、そういう記憶が、脳の深いところに刻まれて、夜ごとに思い出し、死にたくなるんですよ。
あと、私、付け加える言葉を増やして、『うまくいった』って思う経験、人生の中で、一回も、ありませんから。
いつだって、『ああ、余計なことを、付け加えてしまった。どうしよう』っていう想いがいっぱいで、生きているのです。
「わかりません、本当に」
ああ、もう、限界。もう、今日は、これ以上、しゃべれない。
もう、七日分ぐらい、しゃべった気がする。いや、もっとかな。もっとかも。
どうしてほぼ初対面の人に、三回も口を開かなきゃいけないんだろう……
あのですね、これ、言葉に出したらおかしな人と思われそうなので、言わないんですけど。
私に発言を強いる人のこと、私は『図々しいな』って、思ってしまうんです。
私の『しゃべる』っていうことにかかるコストが、高いせい、なのはわかっています。それが、多くの人に、共感してもらえないことも、わかって、いるんです。だから、言わないんですけどね。
軽い気持ちでさせていること、当人にとって軽くない事例なんか、いくらでも、あるんです。私にとって、『声を発して、会話の体裁を整えて、言葉を誰かに送ること』って、ものすごく、疲れるんですよ。
これはもう、完全に、無償奉仕なんです。
よく知らない人のために、何度も何度も、言葉を使わされて、私からしたら、『なんだろう、この人、初対面なのに、私に奢らせるの?』みたいな、そういう、怒りにも近い、『なんやこいつ』っていう感覚が、あるんですよね。
まあ、理解は、得られないのでしょうけれども。
「……わかったよ、ジュリさん」
なんでしょう、たぶん、わかってないのだと思います。
私と言葉を交わして『わかったよ』って言う人、だいたい十割、わかってないので。
「君の指導を、見て覚える。僕が担当している新人を連れてくるから、待っててくれ!」
えぇ……
いや、あの……
行動、早いな……
これは予想なんですけど、たぶん、今日、非番的な日、だったんじゃないでしょうか。
だから、時間もあるし、ちょうどいいので、帰って、支度を整えて、今日は私と、新人とで、ダンジョンにでも挑もうと、してるんですよね。
あの、私……承諾しておりませんが……
なんだろう。私、なぜか、暇だと思われてるのかな。
私にも、私のスケジュールっていうものが、あるのですけれど。
いえ、まあ、朝食後に、場当たり的に依頼を受けて、適当なダンジョンにでも潜ろうかな、ぐらいの予定では、あるんですけどね。
『人と過ごす』ってね、私にとっては、事前の準備と覚悟がいるんですよ。
まあ、もう、帰って支度をしているころっぽいので、たとえ、私が今思っていることを、声に出していたとしても、相手には、届きませんけれど。
……まあ、いいか。
ここから、『やです』って伝えるのも、疲れるし。
指導を、見て覚えるって言われても、特別なことは、何もしてないんですよね。
昨日のことだって、相手がなんか勝手に絡んできて、受付のお姉さんが勝手に場を整えて、私は断り切れずに流されただけ、なので。
……まあ、それも、いいか。
人生は、あきらめると楽になる。
特別なことは何もしませんが、普通に、冒険でも、しましょうか。
◆
「相変わらず恐ろしいね。そうか、指導には恐怖も必要なんだ……」
私の戦いぶりのどのへんに恐怖を覚えるのか、私の視点では、さっぱりわからないのですが。
なんだろう、攻撃極振り狂戦士ビルドのせいかな……
まあとにかく、何か答えをつかめたなら、それでよかったです。
二度と私に絡まないでくだされば、私はそれで、大丈夫なので。