CODE: CYCLE ―暁美姉妹の超常現象調査ファイル―   作:ヒロセカズヒ

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CASE 03:墓守たち 3

トマスのピックアップトラックは、町の東へ向かっていた。

舗装が途切れ、砂利道になった。両側に、灰色の苔を垂らした樫の木が並んでいた。ときどき、木々の切れ間から、茶色く濁った川の水面が見えた。

ワスは、助手席に座っていた。

膝の上で、両手を軽く重ねていた。左手の指輪が、窓から差し込む光を受けて、ときどき淡く光った。

トマスは、拳銃をダッシュボードの上に置いていた。運転しながら、一度もそれに手を伸ばさなかった。

「娘さんのお名前を、伺ってもよろしいかしら」

トマスは、しばらく答えなかった。

「クレアだ」

「クレアさん」ワスは、その名前をゆっくりと繰り返した。「光、という意味のお名前ですわね」

トマスの手が、ハンドルの上で少し強張った。

「……そうだ。妻が付けた」

「どんなお嬢さんでしたの?」

「おとなしい子だった。本ばかり読んでいた。日曜のミサには、文句を言わずについてきた」トマスは、前を見たまま言った。「いなくなる前の数か月、夜に一人で出かけることが増えていた。友達と勉強していると言っていた。私は、信じた」

「ええ」

「信じたかったんだ」

砂利道が、川沿いに曲がった。

木々の向こうに、小さな建物が見えてきた。

白く塗られた木造の礼拝堂だった。屋根の上に、小さな十字架が立っている。その周りに、低い鉄の柵で囲まれた墓地が広がっていた。

墓石は、新しいものばかりだった。

トマスはトラックを停めて、エンジンを切った。

「ここは、互助会の墓地だ。身寄りのない人を葬るために、教区から土地を借りている」

ワスは、トラックを降りた。

柵の中に、十数基の墓石が並んでいた。小さな、白い石だった。

ワスは、一番近くの墓石の前に立った。

名前が、刻まれていなかった。

〈神の子 ここに眠る〉

その一行と、日付だけだった。

隣の墓石も。その隣も。

ワスは、墓地を一つずつ見て回った。十三基のうち、名前が刻まれているのは、四基だけだった。

「この方々は」

ワスの声が、静かになった。

「お名前が、分からなかったのですか」

トマスは、トラックの横に立ったまま、答えた。

「身元が分かる前に、葬らなければならなかった。あの子たちは、消えてしまう前に、送り届けなければならなかったんだ」

ワスは、名前のない墓石の前に、膝をついた。

白い石の表面に、指で触れた。

なぜか、胸の奥が痛んだ。名前を持たない誰か。誰にも呼ばれない誰か。その痛みを、ずっと昔から知っている気がした。

「……お名前を、呼んで差し上げたかった」

小さな声だった。トマスには、聞こえなかったかもしれない。

礼拝堂の中は、ひんやりとしていた。

窓が小さく、光があまり入らなかった。祭壇の上に、蝋燭が並べてあった。トマスが、一本ずつ火を灯していった。

祭壇の横に、白い木の棺が置かれていた。

蓋は、開いていた。中に、白い布が敷かれていた。

祭壇の上に、小さな銀の槌が置いてあった。

ワスは、それを見た。それから、棺を見た。

「私の寸法ですわね」

トマスは、蝋燭に火を灯す手を止めた。

「……すまない」

「謝らないでくださいな」

ワスは、最前列の長椅子に腰を下ろした。両手を膝の上で重ねた。

「少し、お話しませんこと? 準備が整うまで」

トマスは、最後の蝋燭に火を灯した。それから、ワスから少し離れて、同じ長椅子の端に座った。

「エディスから聞いた話だ」トマスは言った。「魔法少女になった少女たちは、魂を、あの宝石に移される。体は、器になる。最期の時が来ると、宝石が濁りきる前に、何かがやってきて、少女たちを連れていく。遺体も残さずに」

「ええ」

「その何かが、本当に神なのか、誰にも分からない」トマスの声が、低くなった。「あの子たちは、神の御許へ行けたのか。それとも、どこか知らない場所へ連れていかれただけなのか。誰も知らない」

「だから、その前に、宝石を壊すのですね」

「体が、人間として死ねるように。きちんと葬って、神にお返しできるように」

トマスは、自分の手を見た。

「私たちは、何人もの子を送ってきた。それが、正しいことだと信じてきた」

ワスは、しばらく黙っていた。

蝋燭の炎が、かすかに揺れていた。

「トマスさん」

「何だ」

「神の御許へ導くのは、あなたの手ではありませんわ」

トマスが、ワスを見た。

「では、誰が導くというんだ」

ワスは、祭壇の上の十字架を見上げた。

なぜ、そう言えるのか分からなかった。それでも、言葉は、迷いなく出てきた。

「……救いは、もう用意されております。あなたが、急がずとも」

トマスの唇が、震えた。

「クレアにも、か」

「ええ。きっと」

トマスは、両手で顔を覆った。

長い、長い沈黙があった。

蝋燭の炎だけが、揺れていた。

外で、車のエンジン音がした。

一台ではなかった。二台。砂利を踏む音。ドアの開く音。何人かの足音。

トマスが、顔を上げた。

礼拝堂の扉が、開いた。

四十代の男が、入ってきた。日に焼けた顔。短く刈った髪。作業着の上に、薄手のジャケット。その後ろから、男が二人。どちらも、手に拳銃を持っていた。

「ディーン?」トマスが立ち上がった。「来てくれたのか」

「段取りは任せろって言っただろ」

ディーンは、礼拝堂の中を見渡した。祭壇。蝋燭。棺。銀の槌。そして、長椅子に座ったままのワス。

ディーンの目が、ワスの左手の指輪に止まった。

「あれか」

「ディーン、待ってくれ」トマスが言った。「話をしていたんだ。この子は――」

「話はいい」

ディーンは、ジャケットの内側から拳銃を抜いた。

銃口が、ワスに向いた。

「お嬢ちゃん。その指輪を外して、こっちに投げてくれ。ゆっくりな」

トマスが、ディーンを見た。

「何を言ってる。宝石は、ここで壊すんだ。祭壇の上で。それが、私たちの――」

「壊す?」ディーンは、鼻で笑った。「冗談だろ、トマス」

後ろの男の一人が、低く笑った。

「壊れた石に、値段はつかないんだよ」

トマスの顔から、血の気が引いた。

「……値段?」

「知らなかったのか? あの石は、闇で信じられない値がつく。収集家も、研究所も、どこかの国の軍も欲しがってる。綺麗なまま持ち出せば、一個で家が三軒建つ」

「お前は……」トマスの声が、震えた。「これまでの子たちの、宝石も」

ディーンは、肩をすくめた。

「全部じゃない。お前らが壊す前に、すり替えられたやつだけだ。偽物のガラス玉でも、お前らは喜んで槌を振り下ろしてたよ」

トマスが、一歩、後ずさった。

長椅子の背に、手をついた。

「クレアは」

かすれた声だった。

「クレアの宝石は」

ディーンは、答えなかった。

答える必要がない、という顔だった。

ワスは、長椅子に座ったまま、動かなかった。

三つの銃口が、自分に向いていた。

この程度の相手なら、どうとでもなる。それは分かっていた。銃弾は、魔法で防げる。三人を無力化するのに、数秒もかからない。

けれど、トマスが、銃口と自分のあいだにいた。

ワスは、トマスの背中を見た。肩が、小刻みに震えていた。

「トマスさん」

ワスは、静かに言った。

「そこから、動かないでくださいな」

 

 

ほむらは、整備工場のピックアップトラックの助手席にいた。

教会から整備工場まで、四キロを走った。主人は、汗だくで飛び込んできたほむらを見て、何も聞かずに車の鍵を掴んだ。

「乗りな、お嬢ちゃん。どこへ行く」

ダンが、トマス・ヘネシー名義の車両と、互助会が借りている土地の住所を送ってきていた。川沿いの、古い墓地。

主人は、砂利道を、トラックが跳ねるほどの速さで飛ばした。

「あんたの姉さんを、か?」

「……そう」

「なら、急がなきゃな」

ほむらは、拳銃を膝の上に置いていた。

指が、引き金の脇に添えられていた。

木々の向こうに、白い礼拝堂が見えた。その前に、見慣れない車が二台、停まっていた。

ほむらは、ドアの取っ手に手をかけた。

後部座席の窓の外で、キュゥべえが言った。

「中に、魔法少女の反応が一つ。ワスだ。それと、人間が四人」

「分かってる」

トラックが止まりきる前に、ほむらはドアを開けていた。

 

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