CODE: CYCLE ―暁美姉妹の超常現象調査ファイル―   作:ヒロセカズヒ

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CASE03:墓守たち 4

礼拝堂の扉が、外から蹴り開けられる。

光が、薄暗い聖堂の中に差し込んだ。その光の中に、小さな影が立っていた。

両手で、拳銃を構えていた。

「姉さんから、離れて」

ディーンの部下の二人が、同時に振り返った。銃口が、扉のほうへ流れた。

ディーンだけが、ワスから銃口を外さなかった。

「ああ、もう一人いるって書いてあったな」ディーンは、扉のほうを見もせずに言った。「妹だろ。お前も、同じ石を持ってるのか」

ほむらは、答えない。

照準は、ディーンの額にある。

距離、十二メートル。蝋燭の光が揺れて、男たちの影が壁の上で大きく伸び縮みしていた。

「銃を下ろせ、お嬢ちゃん。三対一だ」

「三対二ですわ」と、ワスが言った。

長椅子に座ったまま、膝の上で手を重ねたままだった。

ディーンが、初めて、ほんの少しだけ眉をひそめた。

動いたのは、トマスだった。

「クレアを」

トマスは、長椅子の背から手を離した。ディーンのほうへ、一歩、踏み出した。

「クレアの宝石を、どこへやった」

「トマス、下がってろ」

「どこへやったんだ!」

トマスが、ディーンに掴みかかった。

ディーンの部下の一人が、反射的に引き金を引いた。

銃声が、狭い聖堂の中で、耳を打つほどに響いた。

ワスは、もう立ち上がっていた。

左手を、前に伸ばしていた。指輪が光った。空気が、薄い膜のように揺らいだ。二発目と三発目の銃弾が、その膜に当たって、火花を散らしながら逸れていった。

一発目は、間に合わなかった。

トマスの体が、ディーンから離れて、ゆっくりと後ろに傾いた。

長椅子の角に背中を打ちつけて、そのまま床に崩れた。

灰色のシャツの脇腹に、黒い染みが広がっていった。

 

その後のことは、ほむらには、一瞬の事に感じた。

 

撃った男の手を撃つ。

拳銃が床に落ちた。

もう一人の男が振り返る。

その男の銃を撃ち飛ばす。

二発。

二人の男が、床に膝をついた。

どちらも急所には当てていない。

 

ディーンは、もうそこにいなかった。

祭壇の横の、裏口の扉が、半分開いたまま揺れていた。

ほむらは、走る。

裏口の外は、墓地だった。

名前のない、白い墓石が並んでいた。午後の日差しが、石の表面を白く焼いていた。

ディーンは、墓石のあいだを、川沿いの道へ向かって走っていた。その先に、もう一台、車が停めてあった。

ほむらは、墓地の真ん中で足を止め。

両手で、拳銃を構える。

距離、三十メートル。走る男の背中。

照準が、ぴたりと合う。

指が、引き金にかかる。

体の奥で、何かが鳴っていた。

魂を、値札の付いた物として扱う大人。

知らないふりをして、少女たちの宝石を売り払ってきた男。

クレアの宝石も。

名前のない墓の下の子たちの宝石も。

あの夜と、同じ顔をした男。

どの夜だったのか、ほむらには分からなかった。

分からないまま、指に力が入っていく。

 

 

礼拝堂の中で、ワスはトマスの傍らに膝をついていた。

両手を、トマスの脇腹の傷に当てていた。手のひらが、淡く光り始めていた。

「やめてくれ」

トマスが、ワスの手首を掴んだ。弱い力だった。

「魔法で、生き延びたくない」

「トマスさん」

「頼む。私は……人間のまま、死にたいんだ」

ワスの手の光が、揺らいだ。

トマスの目が、開いたままの裏口に向いた。その向こうの、墓地の真ん中に立つ、小さな影に。

拳銃を構えて、動かない少女の背中に。

「あの子は」トマスが言った。「君の妹か」

「ええ」

「行ってやりなさい」

ワスは、トマスを見た。

「私は、あの夜、娘の部屋に行かなかった」トマスの声は、かすれていた。「ドアの前まで行って、明日でいいと思った。明日は、来なかった」

トマスの手が、ワスの手首から離れた。

「行ってやりなさい。今すぐに」

 

 

ほむらの指が、引き金を引こうとしている。

 

その手首を、誰かが掴んだ。

 

「ほむら」

姉の声だった。

 

ほむらは、振り返らない。

照準は、今も走り去る男の背中にある。

 

「あの夜と、同じことを、なさるおつもり?」

ほむらの指が、止まる。

どの夜のことを言っているのか、ほむらには分かった。

日本の、あの夜。

誰かの手首を掴まれて、気がついたら、そこにいた夜。

「……あいつは、クレアの宝石を売った」

「ええ」

「名前のない子たちの宝石も」

「ええ」

「許せない」

「私もですわ」

ワスの手は、離れなかった。

「でも、今日、あなたが裁かなくていいの。明日、また追えばいいのですわ。ダンさんたちも、すぐに来てくださいます」

ほむらの腕が、震えていた。

「あなた一人で、背負わなくていいの」

遠くで、車のエンジンがかかる音がした。

タイヤが砂利を跳ね上げる音。車は、川沿いの道を、木々の向こうへ消えていった。

ほむらは、ゆっくりと、拳銃を下ろした。

「……逃がした」

「ええ」

ワスは、妹の手首を、まだ離さなかった。

「行きましょう。トマスさんが、待っていらっしゃいますわ」

トマスは、長椅子にもたれて、床に座り込んでいた。

脇腹を押さえた手の下から、血が流れ続けていた。顔は、蝋燭の光の中で、ひどく白かった。

ワスは、その傍らに膝をついた。トマスの手を取った。冷たい手だった。

ほむらは、裏口の扉のところで立ち止まった。

それ以上は、近づけなかった。

「戻ってきてくれたか」と、トマスは言った。

「ええ」

「妹さんは」

「無事ですわ」

「そうか」トマスは、少しだけ笑った。「良かった」

蝋燭の炎が、揺れていた。

「娘は」

トマスは、天井を見上げた。

「クレアは……救われたのだろうか」

ワスは、トマスの手を、両手で包んだ。

なぜ分かるのか、分からなかった。それでも、言葉は、迷わずに出てきた。

「ええ。きっと、迎えが来ましたわ」

ワスは、静かに言った。

「とても、優しい方が」

トマスの目から、涙が一筋、流れた。

「そうか」

長い沈黙があった。

「なら、私は」トマスは、目を閉じた。「あの子と同じ場所へは、行けないかもしれないな」

ワスは、答えなかった。

トマスの手を握ったまま、祈りの言葉を唱え始めた。

ラテン語だった。なぜ知っているのか、ワス自身にも分からなかった。古い言葉が、唇から静かに流れ出していった。

日曜日の午後、トマスが柱の陰で動けなくなった、あの祈りだった。

今度は、トマスのために捧げられていた。

トマスの呼吸が、少しずつ浅くなっていった。

握った手から、力が抜けていった。

ワスは、祈りを止めなかった。最後の一節まで、唱え続けた。

それから、トマスの瞼に、そっと指を当てた。

遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。

一台。二台。砂利道を、何台もの車が近づいてくる。

礼拝堂の床では、手を撃たれた男と、銃を失った男が、もう逃げる気力もなく座り込んでいた。

ほむらは、裏口の扉のところに立ったまま、動かなかった。

右手に、まだ拳銃を握っていた。その手が、細かく震えていた。

蝋燭の光の中で、姉が、動かなくなった男の手を握っていた。

祭壇の横には、白い木の棺が、蓋を開けたまま置かれていた。

ワスの寸法に作られた棺だった。

誰も、そこに横たわってはいなかった。

ほむらは、それを見つめていた。

なぜか、目が離せなかった。

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