CODE: CYCLE ―暁美姉妹の超常現象調査ファイル―   作:ヒロセカズヒ

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CASE03:墓守たち 6

ワスは、その夜、ほとんど眠らなかった。

モーテルの二つ並んだベッドの片方で、ほむらは子供のように丸くなって眠っていた。冷房のない部屋で、扇風機だけが首を振っていた。ワスは、隣のベッドの端に腰かけて、ときどき妹の額の汗を拭いた。

明け方、ほむらが一度だけ目を開けた。

「……姉さん」

「ここにいますわ」

ほむらは、何かを言いかけて、やめた。それから、また目を閉じた。

右手が、シーツの上で、ゆっくりと開いていた。

 

 

ダンがモンローの空港に着いたのは、朝の十時だった。

レンタカーのセダンで、モーテルの駐車場に入ってきた。降りてきたダンは、いつもより疲れた顔をしていた。膝をかばうように、少しだけ足を引きずっていた。

二人は、モーテルの向かいのダイナーで、ダンと向かい合った。

ほむらは、一番奥の、入口の見える席に座った。ワスが、その隣。ダンには、入口に背を向ける席しか残っていなかった。

ダンは、何も言わずにそこに座った。

 

「ディーン・コールマンの自宅のガレージを調べた」

ダンは、コーヒーに口をつけずに言った。

「帳簿が出てきた。品名は、宝石。この二年で、七件の取引記録がある。買い手は、国外の仲介業者だ。どこの誰の手に渡ったのかは、まだ分からない」

「七件」とワスが言った。

「互助会が葬った少女の数と、ほぼ合う。二年分のな」

ほむらが、テーブルの下で、拳を握った。

「捕まえた二人は」

「銃器の不法使用と、暴行。それから、トマス・ヘネシーに対する過失致死」ダンは、カップを指で回した。「少女たちの件では、立件できない。死因が説明できないからな。法廷で、魂を宝石に変えられた、とは言えない」

「知ってる」

「ディーンは、まだ逃げてる」ダンは、ほむらを見た。「必ず捕まえる。それは、俺の仕事だ」

ほむらは、ダンの顔を見た。

それから、小さく頷いた。

「一つ、確かめたいことがあるのですけれど」

ワスが言った。

「ディーンさんが互助会に入ったのは、いつ頃ですの?」

「二年前だ。帳簿の最初の記録も、二年前から始まってる」

ワスは、少しのあいだ黙っていた。

「では、十五年前に姿を消した少女の宝石には」

「手は出せない」ダンは言った。「時期が合わない。ヘネシーの娘の件は、ディーンとは関係ない」

ほむらが、顔を上げた。

「じゃあ、あいつは」

「嘘をついたんだろう。答えなかった、と言ったほうが正確か」ダンは、カップを置いた。「相手を崩すには、黙っているのが一番効く。ああいう連中は、それをよく知ってる」

ワスは、窓の外を見た。

昨日の夕暮れ、礼拝堂の床で、トマスの手を握りながら言った言葉を、思い出していた。

――ええ。きっと、迎えが来ましたわ。とても優しい方が。

あの時、なぜそう言い切れたのか、ワスにも分からなかった。

けれど、それは、本当のことだった。

クレアの宝石は、誰にも売られていなかった。十五年前、クレアは、ただ迎えに来てもらったのだ。

「……トマスさんに、お伝えできましたわね」

小さな声だった。

ダンには、その意味が分からなかった。ほむらだけが、姉の横顔を見ていた。

 

 

トマスの葬儀は、三日後に行われた。

互助会の墓地の、柵の内側だった。エディスが段取りをして、町の葬儀社が棺を運んだ。トマスが三十年勤めた葬儀社だった。若い社員たちが、黙って帽子を取った。

参列者は、多くなかった。

エディス。

互助会の会員が数人。

葬儀社の社員たち。教会の司祭。

それから、ほむらとワス。

 

新しい墓石には、名前が刻まれていた。

〈トマス・ヘネシー〉

その下に、もう一行。

〈クレアの父〉

エディスが、刻ませたものだった。

司祭が祈りを捧げ、棺がゆっくりと土の中へ降ろされていった。参列者が一人ずつ、ひと握りの土を落としていった。

ワスの番が来た。

ワスは、土を落としてから、少しのあいだ墓の前に立っていた。

声に出さずに、祈っていた。

ほむらは、その後ろに立っていた。手には、白い日傘を持っていた。

 

葬儀のあと、エディスはベンチに座って、墓地を見ていた。

名前のない、白い墓石の列を。

ワスが、その隣に座った。

「エディスさん」

「何かしら」

「あの方々のお名前を、ご存じですか」

エディスは、しばらく黙っていた。

「いくつかは」と、エディスは言った。「遺族から連絡をもらって、送った子たちの名前は、分かるわ。でも、身元が分からないまま、トマスたちが送った子もいる」

「ええ」

「私が始めたことなの」エディスは、ロザリオを握った。「ローズは、自分で選んだ。神の御許で眠りたいと、自分の口で言った。私は、その願いを叶えたかっただけ」

エディスの声が、震えた。

「でも、トマスたちは、誰にも頼まれていなかった。頼まれていないのに、救っているつもりだった。私が止めなかったから」

ワスは、何も言わなかった。

「互助会は、解散するわ」エディスは言った。「残りの時間で、あの子たちの名前を探す。一人ずつ。見つかったら、石に刻む」

「お手伝いできることがあれば」

「ありがとう」エディスは、少しだけ笑った。「でも、これは私の仕事よ。私が始めたことだから」

ワスは、名前のない墓石を見た。

「お名前が分かったら」

「ええ」エディスは頷いた。「必ず、刻むわ。そして、呼んであげる」

 

墓地の出口で、エディスが、ほむらを呼び止めた。

「あなた」

ほむらは、立ち止まった。

エディスは、杖をついて、ほむらの前まで歩いてきた。ほむらの右手を、見た。

「あなたが何を撃ったのか、私は聞かないわ」

「……覚えてない」

「そう…でも」

エディスは、ほむらの右手を、しわだらけの両手で包んだ。

「…いえ、何でもないわ」

ほむらは、何も言えなかった。

 

エディスは、杖をついて、古いセダンのほうへ歩いていった。

 

 

マスタングの修理が終わったのは、その日の夕方だった。

整備工場の主人は、ピンクの車体を布で拭きながら言った。

「冷房は直った。ついでにオイルも替えといた。お代は、部品代だけでいい」

「それでは困りますわ」

「いいんだよ」主人は、ほむらのほうを見た。「お嬢ちゃん、ちゃんと間に合ったのかい」

ほむらは、少しだけ迷った。

それから、隣の姉を見た。

「……間に合った」

「そうか」主人は、布を肩にかけた。「なら、いい」

ワスは、修理代の封筒と一緒に、町のパン屋で買ってきたピーカンパイの箱を、カウンターの上に置いた。

主人は、何も言わずに、帽子を少しだけ持ち上げた。

マスタングは、国道を西へ向かっていた。

 

テキサスまで、あと二時間ほどだった。冷房の風が、車の中を静かに冷やしていた。窓の外を、刈り取りの終わった綿畑が流れていった。

ワスは、助手席で、日傘を膝の上に置いていた。

「ほむら」

「何?」

「教会に日傘を置いていった日、私、メッセージを送りましたでしょう」

「……見た」

「お昼は、ちゃんと食べましたの?」

ほむらは、前を見たまま、少し黙った。

「食べてない」

「まったく」

ワスは、ため息をついた。

「次の町で、何か召し上がっていただきますわよ」

「エルビスサンド」

「野菜を倍で」

「半分」

「倍ですわ」

「……一・五倍」

ワスは、少しだけ笑った。

「交渉が上手になりましたわね」

ほむらは答えなかった。

 

 

シアトル支局の机の、一番下の引き出しに、切り抜きが二枚増えた。

一枚は、地方紙の小さな記事だった。

〈墓地の礼拝堂で発砲事件 一人死亡 二人逮捕〉

もう一枚は、同じ新聞の、訃報欄の切り抜きだった。

〈トマス・ヘネシー(五十八) 元葬儀社勤務。娘クレアに先立たれる〉

ダンは、二枚の切り抜きを、引き出しの中にそっと重ねた。

それから、しばらく、引き出しの中を見ていた。

〈娘クレアに先立たれる〉

ダンは、引き出しを閉めた。

 

 

----

「あの子が、汗だくで工場に飛び込んできた時はたまげたよ。四キロ走ってきたって言うんだ。この暑さの中を、拳銃を握ったまま。

姉さんがいなくなった、って。それだけ言って、あとは何も言わなかった。

だから、俺も何も聞かなかった。鍵を掴んで、トラックを出した。

三日後、二人で車を取りに来てな。姉さんのほうが、修理代と一緒に、パイを置いていった。ピーカンパイだ。

妹のほうは、帰り際に、一度だけ振り返って、頭を下げていったよ。

愛想のない子だと思ってたんだがな。あれは、ちゃんと礼を言える子だった」

――モンローの整備工場主、六十一歳

 

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