CODE: CYCLE ―暁美姉妹の超常現象調査ファイル―   作:ヒロセカズヒ

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CASE 01:ストリートビューの亡命者 2

ガソリンスタンドの駐車場に、黒いセダンが三台入ってきた。

ドアが開き、背広の男たちが降りてくる。誰も銃は抜いていない。抜く必要がないと思っているのか、抜いても意味がないと思っているのか、ダンには判断がつかなかった。給水塔から降りてくる間、膝はずっと文句を言い続けていた。

少女たちは、ピンクのマスタングにもたれて待っていた。

近くで見ると、なおさら子供だった。黒髪の小柄なほうは、ダンの胸のあたりまでしかない。腰のガンベルトには、使い込まれた拳銃が収まっている。日傘の少女は、紙コップの紅茶を飲み終えて、ゴミ箱を探していた。

やはり、警報の音は遠い。

ダンは身分証を見せた。

「FBIシアトル支局、特別捜査官のウィテカーだ」

「ご丁寧に」日傘の少女が、紙コップを捨ててから会釈した。「暁美ワスと申します。こちらは妹のほむら」

黒髪の少女は、会釈をしなかった。ダンの顔ではなく、ダンの右手と、後ろに並んだ男たちの立ち位置を見ていた。

「給水塔の上、寒かったでしょう」と、ほむらが言った。

「……膝にきたよ」

「狙撃手の方は、腕がいいわね。撃たなかったもの」

褒められたのか、笑われたのか分からなかった。

身分証は本物だった。

日本国発行の旅券。ワシントン州の運転免許証。どちらも、本人たちが二十四歳であることを示している。さらに、ダンが見たこともない様式の書類が一枚。国務省の印章と、知らない部署の署名があった。

ダンは書類を返した。

「君たちの国の、何とかいう部署の所属だそうだな」

「特定少女保護支援室ですわ」ワスがよどみなく言った。「長いでしょう? 皆さん、別の名前でお呼びになります」

「エッグカートン」

ダンが言うと、ほむらがはっきりと嫌な顔をした。

「その呼び方は好きじゃない」

「俺が付けたわけじゃない」

ワスが、小首をかしげた。

「ところで、この件はCIAも知っておりますの?」

「どっちかというと、CIAからの依頼だ」

「うわ」ほむらが言った。「嫌な予感しかしない」

「これ、ほむら」

「その娘の予感は確かだ」ダンは煙草を探しかけて、やめた。三年前にやめたのを、まだ手が覚えている。「厄介なネタでね。日本政府も了解している」

「あらあら」

ほむらの上着のポケットで、電話が震えた。

画面を見たほむらの眉間に、皺が寄った。

「……メールが来てる。なんでこのタイミングで」

ワスが覗き込んだ。差出人は、本国の上司だった。件名は「米国当局との協力案件について(至急)」。送信時刻は三分前。

ほむらの視線が、自分の足元に落ちた。正確には、マスタングのタイヤの横、何もないアスファルトの上に。

ダンには、その視線の意味が分からなかった。少女の右手がほんの一瞬、ガンベルトのほうへ動いて、止まったことだけが見えた。

それから、姉妹はそろって、深いため息をついた。

ダイナーの奥のボックス席で、ダンはタブレットを二人の前に置いた。

ほむらは、一番奥の、入口の見える席に座っていた。ワスはその隣。ダンに残されたのは、入口に背を向ける席だけだった。落ち着かなかったが、口には出さなかった。

画面には、一枚の画像が表示されていた。

森の中を抜ける、二車線の舗装道路。路肩に、針葉樹の影が落ちている。曇り空。地図サービスの撮影車が、去年の秋にこの道を通ったときの記録だった。

その路肩に、少女が一人、立っていた。

古い型のダッフルコート。毛糸の帽子。顔は半分、ぼかし処理がかかっていたが、元の画像を復元したものが隣に並べてある。

十四、五歳。色の薄い髪。こちらを見ていない。道の先の、どこか遠くを見ている。

「この画像は、公開から十一日後に削除された」ダンは言った。「削除を要請したのはうちじゃない。ラングレーだ」

「CIAが慌てて消した写真」と、ほむら。

「そうだ。少女の名前は、ナジェージダ・ソコロワ」

ダンは次の画像を出した。古い身分証の写真だった。同じ顔だった。髪の色も、目の形も、少し尖った顎も。

「一九八九年、当時のソ連から亡命。アメリカ政府の保護下に入った。そして一九九一年の冬、この国で死亡が確認されている」

ワスが、静かに画面を見つめていた。

「三十年以上前に亡くなった方が、去年の秋、同じ姿で道端に立っていた、と」

「そういうことだ」

「遺体は、確認したの?」ほむらが聞いた。

ダンは少し間を置いた。

「遺体はなかった。当時の記録も曖昧でね。保護施設の一室で、確かに死亡が確認された。立ち会った職員の証言もある。なのに、検視の記録がない。埋葬の記録もない」

「どういうこと?」

「報告書には、こう書いてある」ダンは、記憶している一文をそのまま口にした。「『遺体は、確認の直後に消失した』」

ボックス席が、静かになった。

厨房で皿が鳴った。窓の外を、伐採した丸太を積んだトラックが通り過ぎていった。

「……まるで」ダンは言った。「死んだ瞬間に、魔法で消えたみたいにな」

ほむらとワスが、ちらりと視線を交わした。ダンは、その意味もまた読み取れなかった。

「一番頭の痛い案件じゃない」と、ほむらが言った。

ダンは、残りの事情を手短に説明した。

この画像には、たぶんロシアも気づいている。消えたはずの亡命者が生きているとなれば、向こうは黙っていない。だが、アメリカの機関が表立って動けば、証拠を隠しに行ったと受け取られる。

「だから、表向きはこうなる」ダンは言った。「日本のエージェントが、勝手に動いた。FBIもCIAも、何も知らない」

「勝手に動いたことにされる側の身にもなってほしいわ」と、ほむら。

「建前のために使われるのは、慣れておりますでしょう?」ワスがほむらのカップにミルクを足した。

「俺に言われてもな」ダンは肩をすくめた。「上の連中は、こう考えている。死人が生き返ったのか、それとも、死人の幻が歩いているのか。どっちにしても、普通の捜査官の手には負えない。君たちのような……専門家の領分だろう、とね」

「専門家」ほむらが、その言葉を舌の上で転がした。

「違うのか?」

「違わない」

ほむらは、復元されたナジェージダの顔を、もう一度見た。

ダンはそのとき、少女の横顔が、ほんの一瞬だけ強張るのを見た気がした。だがそれは、ダン自身が同じ写真から目を離せなかったせいかもしれない。

十四、五歳の少女。

道の先を見ている。

ダンは、タブレットの画面を消した。

ダンの車が駐車場を出ていくのを、二人はマスタングの中から見送った。

テールランプが霧の中に消えると、後部座席で、白い生き物がのそりと身を起こした。

「見事なプロファイリングだね」

ほむらは、振り返らなかった。

「事前に知らせたら、君たちが逃げると思われたんじゃないかな。実際、逃げたと思うよ」

「……逃げない」

「三年前のメキシコの案件は」

「黙って」

ワスが、助手席で地図を広げた。紙の地図だった。ナジェージダが写っていた道路を、指でたどっていく。

「見滝原ハザードの影響、でしょうか」

その言葉を口にしたとき、ワスの指が、ほんの少しだけ止まった。ほむらも、ハンドルに置いた手に力が入った。

十年前。人類が経験したことのない暴風が、一瞬で消えた日。

二人とも、その瞬間を覚えている。何が起きたのかは分からない。ただ、何かが生まれたことだけを、覚えている。

「興味深いですわね」と、ワスが言った。

「それは僕の台詞だよ」

「あら。使用料でもお払いしましょうか?」

キュゥべえは尻尾を一度振って、それから珍しく、しばらく黙っていた。

「魔法少女の復活が可能だなんて」やがて、キュゥべえは言った。「なんてことだ。こんな可能性を見落としていたとは」

「ずっと見落としていなさいよ」ほむらは言った。「どうせ、その目は飾りでしょ」

「ひどいな。たしかに僕らは、眼球で光学情報を捉えているわけではないけど」

「あらあら。それは節穴でしたのね」

キュゥべえは首をかしげた。

「もしかして、僕は今、侮辱されたのかな?」

ワスが小さく笑った。ほむらは笑わなかった。エンジンをかけた。

マスタングが国道に出る。霧の中を、北へ。

後部座席から、キュゥべえがもう一度だけ口を開いた。今度は、誰に聞かせるともない声だった。

「もし再現できるなら、宇宙の寿命の計算が、根本から変わるね」

ほむらは答えなかった。

ハンドルを握る手に、力を込めた。

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