透き通る世界の魔法使い マリヌス・ダンブルドア 作:ハルマサ
「失礼します、先生。」
「いらっしゃい、リン。」
扉がノックされ、姿を現したリンに微笑みかけるマリヌス。
「………本当に…随分変わりましたね……この部屋は……」
マリヌスがシャーレの先生として赴任してから数日、シャーレの部室は様変わりしていた。
部屋の中央のデスクとパソコンはそのままに、壁際にリンの背丈ほどの本棚が三つ並んで置かれており、分厚い本がこれでもかと詰め込まれていた。棚に置かれた細長い瓶には、
「これが全部、その中に収まっていたなんて……本当に先生の持ち物は不思議な物ばかりですね。」
リンの視線がデスクの上の、古びた巾着に向けられる。灰色の生地に黒い刺繍が施されたそれを、マリヌスはヒラヒラと振ってみせる。
「検知不可能拡大呪文といって、見た目や重さはそのままに内側の空間だけを広くする魔法なんだよ。君くらいなら入れると思うが……入ってみるかい?」
突如キヴォトスに転生し、先生として赴任したマリヌスにとって最もありがたかったのは、死亡した時の自身の杖や道具が、そのままになっていたことだった。この巾着は、魔法薬の調合に必要な道具一式、呪文集、そしてマリヌスが、長い年月をかけて集めた魔法動物の素材が詰め込まれており、マリヌスが命と杖の次に大切にしていた品だ。
「いえ…遠慮しておきます…それより、随分パソコンの扱いに慣れたみたいですね。」
「ああ、リンたちのおかげだよ。ありがとう.」
生前、魔法界で生きていたマリヌスには、パソコンもタブレットも未知の存在だったがリン、そしてアロナの丁寧な指導と持ち前のセンスにより、何とか業務を進められるまでに漕ぎ着けた。
「ふふ…それなら私も教えた甲斐があったというものです。」
リンは嬉しそうに頷くと、本題を切り出した。
「ところで先生、なぜ私を呼んだのですか?」
事の発端は、シャーレ奪還から数日経ったある日のこと、リンの携帯にあるメッセージが届いたことだった。
『リンへ、このモモトークというものには驚いた。フクロウよりずっと早く届く。明日の13時頃に、シャーレに来てくれないか?君に渡したいものがある。マリヌスより』
『分かりました。では13時にそちらに伺います。』
「渡したい物がある…と書かれていましたが…」
「うむ、君に贈り物をしようと思ってね…おいで。」
マリヌスは椅子から立ち上がると、手招きしてリンと地下へと降りて行った。
地下へ降りると、まず部屋の中央に設置された装置が目に入る。その装置は淡い光に照らされ、神秘的な雰囲気を放っていた。その周りのデスクには、パソコンや書類、羽根ペンとノートが置かれている。
「これが、連邦生徒会長が残した[クラフトチャンバー]ですか……」
リンは目の前の装置、クラフトチャンバーを見つめながら呟く。様々な物資を元に新たな物質を作り出す、この装置は、何故か使用方法を記した書類と共に残され、シャーレ同様、主人が現れるのを待っていたのだ。
「まだ不明な点も多いが……これには驚いたよ…!こんな力を持った機械は、私のいた世界にも、そうあるものではない。似たような…錬金術と呼ばれるものならあったが、ここまでの力は無かった!」
子供が新しい玩具を紹介するような顔で、マリヌスは語り出す。
「だが、これは早いうえに凄まじく性能が高い!試しに私の箒の残骸を使ったんだが……見事に修復してくれた!」
そう言うと、マリヌスは壁に立て掛けていた、一本の箒をリンに見せた。箒といってもただ床を掃くための物ではない。洗練された流線型の柄に、金属のパーツが取り付けられたその箒の名は、
「……もう、治せないくらいに粉々だったからねぇ……ずっと巾着の中に置いていたんだが、まさかこうして再び乗れる日が来るとは……」
マリヌスは愛しむように箒を撫でる。もう何十年も前のこと……クィディッチの試合中、ブラッジャーにへし折られ、地面に墜落して粉々になってしまった相棒をマリヌスはどうしても捨てられず、魔法を掛けた巾着の中に隠した。修復することもできず、ただ持ち続けることしかできなかった相棒を蘇らせた、あの感動を忘れることはないだろう。
「……すまない。君を呼んだわけをまだ話していなかったね。そこに掛けてくれ。」
リンが椅子に座るのを確認すると、マリヌスが語り始める。
「私がシッテムの箱を手にした時のことを、覚えているかな?」
「ええ…『魔法を信じなさい。信じれば必ず応えてくれる。』と仰っていましたね。それで私は目を閉じて……」
その言葉に頷くと、マリヌスは話を続ける。
「ああ、君は気づいていなかっただろうが……君が目を瞑っている間、君の頭の上で火花が散っていた。」
驚き、目を見開くリンを楽しげな表情で見つめると、マリヌスはクラフトチャンバーに近づく。
「私にも詳しくは分からないが…君たちの持つ[神秘]という力は私の魔法に近い性質があるらしい……つまり……」
マリヌスは息を吸い、ゆっくりとその言葉を口にした。
「リン、君は魔女だよ。」
「……は?」
その言葉にリンは、唖然とした表情で目の前の魔法使いを見つめる。
「…冗談…ですよね?」
「いや?君は間違いなく、私と同じ魔法使いだ。しかも訓練すれば、かなりの腕前になる。」
マリヌスは懐に手を入れ、杖を取り出す。
「だが、君が魔法を使いこなすには時間が必要だろう。そこで、私が直接教えようと思ってね。どうだろう、受けてみるかい?魔法使いの授業を。」
リンはしばらく沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
「…はい…!是非、よろしくお願いします…!」
嬉しさと好奇心を抑えきれない表情で、リンが頷いた。
「…ふふっ、よし!ならまず杖を作らないとね。」
マリヌスは微笑み、クラフトチャンバーの前に置かれた棚に近づき、いくつか細長い箱を取り出すと、リンの前に置いた。
「私の世界の杖はね、良質な木材と魔法界の生物の素材を芯に使う。例えば…私の杖は黒檀、芯には不死鳥の尾羽が使われている。ほら、さっき上で見たろう?」
リンの脳裏に、瓶に入った緋色の羽根が蘇る。…燃え盛る炎のような羽根、あれが不死鳥の尾羽根だったのだ。
「他にも、ユニコーンの尾やタテガミの毛、ドラゴンの心臓の琴線が芯に使われていてね……集めるのには苦労したよ……」
懐かしむような表情を浮かべ、マリヌスは杖作りの一族、オリバンダー家を思い出す。かつてあの一族の素材集めを手伝ったことがあるが、散々だった……ユニコーンの毛を採ろうとして蹴り飛ばされたり、ドラゴンの死骸から心臓の琴線を取り出そうとして、
「まぁ、その話は置いておいて……リンと相性が良さそうなのは、この辺りだろう。」
リンは目の前に置かれた、いくつかの箱を見つめる。箱にはそれぞれ[ヒイラギ 琴線]、[ブナ ユニコーン タテガミ]、[クルミ ユニコーン 尾]と記され、杖が収まっている。
「相性…?そんなものがあるんですか?」
「ああ、私の世界では、魔法使いが杖を選ぶのではなく、杖が魔法使いを選ぶ。と言われているんだ。だから他人の杖を使っても、自分の杖のように使いこなすことはできない……さあ、どれから試す?」
マリヌスが問いかけると、リンはまず、一番右側の杖を手に取る。
「ブナとユニコーンのタテガミの毛……24センチ。どうかな?」
持ち手の捻れた、黄白色の杖をリンに握らせる。
「……ほら、振ってごらん?」
杖を握ったまま動かないリンを見かねて、マリヌスは声を掛ける。リンが杖を振ると、棚に置かれた資料が、弾き飛ばされるように床に落ちた。
「…⁉︎…す、すみません、先生…」
申し訳なさそうに頭を下げるリンから杖を受け取ると、マリヌスは、赤褐色のゴツゴツした持ち手の杖を差し出す。
「次のはヒイラギとドラゴンの心臓の琴線、26センチ……」
再びリンが杖を振ると、机に置かれていたガラスのコップが砕け散った。
「いかんいかん…これも駄目か……」
驚くリンから杖を受け取ると、マリヌスは最後の杖を差し出した。
「クルミとユニコーンの尾の毛、24センチ。よくしなる杖だ。」
杖を受け取り、握り込む。最後の杖は黒く、滑らかで先端から持ち手にかけて、銀のリングが嵌め込まれている。
「振ってごらん。」
リンがその杖を握り、一振りすると……
……青い火花が飛び出し、小さく爆ぜた!
「おお!お見事!よくやったリン!…リン?」
「………ハッ!はい先生!ありがとうございます!」
どうやら、あまりの衝撃で放心したらしく、マリヌスが呼びかけると、慌てて頭を下げた。
「いやいや、初めて杖を手にした魔法使いは、大抵そうなる。その杖、大事にしなさい。」
「……はい、大切にします。」
頷くと、リンは自身の杖を優しく撫でる。その顔は興奮に染まっており、恐らく無自覚であろう笑みを浮かべている。
こうして、キヴォトスに新たな魔法使いが誕生したのだった……
ちなみにこの後、地下から出たリンが試しにと杖を振ってしまい、窓ガラスを破壊。シャーレに来ていた連邦生徒会の生徒たち数人に目撃され、彼女が初めて教わる魔法が[
いかがでしたか?今回はリンちゃんが杖を手に入れるお話でした。このシリーズを考え始めた時から、この話は組み込もうと思っていまして…これからも何人か杖を使わせたいな。と考えてます。次回からはアビドス編に入ります。今、必死に中身を考えてます……年末前に書きたいなぁ………