〇覇と醤油だけで簡単に作れるんですゴエヨ!
ネギもあったら立派な一品なんですゴエヨ!
味〇は炒飯にもつかえるから最高なんですゴエヨ!
時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、人は束の間、自分勝手になり「自由」になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代都市の人々に平等に与えられた最高の『救い』と言えるのだ。
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カチ、と静かな音が夜の空気に落ちた。
薄暗い部屋の中で、私は天井をじっと見つめていた。
シーシュポス百貨店の残影も、都市の騒乱も、この部屋の中までは入ってこない。ウンボンのチキン酒場の二階にある私の小さな部屋は、昼間の油の香りを微かに残したまま、しんと静まり返っている。
…カチ …カチ …カチ
(……眠れない)
目を閉じても、意識が冴え渡っている。時計の針は午前二時を回っていた。
理由もなく脳が活動を続け、体温だけが不自然に低く感じられる。こういう夜は、都市で暮らすようになってから時折訪れる。無理に眠ろうとしても、思考のループにはまるだけだ。
何か腹に入れれば、胃袋に血が集まり、自然と眠気が訪れるかもしれない。
私は静かにベッドから起き上がり、足音を立てないように階段を下りて、一階の店舗兼厨房へと向かった。
夜の厨房は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。ステンレスの調理台が、窓から差し込む街灯のわずかな光を反射して青白く光っている。
こういう時、棚の上のボンちゃん人形にさえ不思議な感覚を覚える。
冷蔵庫のドアを開けると、冷気が足元に流れ出してきた。
棚の奧を覗き込むと、小さなバットにラップがかけられているのが目に入った。
(……これは)
今日の営業後、夕食に社長が作ってくれた餃子だ。
仕込みの段階で包み終え、まだ焼き上げていなかった生の餃子が、ちょうど六個、きれいに並べられて残されていた。焼いてもらえる前に、置いておかれてしまったのだろう。
(……ちょうどいい。これを使おう)
生餃子をそのまま焼くのは、この時間帯には少し重すぎる。今の私が求めているのは、体を芯から温める熱い水分だ。スープにして、水餃子としていただくのがちょうどいいだろう。
コンロに火を点け、小さな手鍋に水を張って沸騰を待つ。
青い炎が鍋の底を舐め、静かだった厨房にポコポコと水滴が跳ねる音が響き始める。
湯が完全に沸騰したのを見届け、バットから生の餃子を丁寧に救い上げ、鍋の中へ滑り込ませた。
ジュッと小さな音がして、白い皮が沸き立つ湯の中で揺れ始める。
火が通るにつれて、餃子の皮が少しずつ透き通り、中の餡の肉と野菜の色が浮き出てきた。箸の先で突くと、弾力のある感触が返ってくる。しっかり火が通った証拠だ。
(……よし、次はスープの準備だ)
深めの器を取り出し、棚から調味料を取り出す。
中華料理の万能調味料である〇覇を小さじ一杯分すくい、器の底に落とす。そこへ醤油をたらりと数滴。複雑な手順はいらない。真夜中の胃袋には、このくらいシンプルな構成が好ましい。
鍋から湧き立つ熱々の茹で湯を、器に適量注ぎ入れる。
蒸気と共に、鶏ガラと豚骨ベースの上品かつ濃厚な香りが立ち上った。箸で静かにかき混ぜると、底に沈んでいたペーストが溶け込み、澄んだ褐色の上質なスープが完成する。
最後に、茹で上がったツルツルの水餃子を網ですくい、スープの中へ静かに鎮座させた。
(……できた。深夜の即席水餃子スープだ)
調理台の隅に丸椅子を寄せ、器に向き合う。
湯気が顔を撫で、それだけで強ばっていた肩の力が少し抜けるのを感じた。
まずはスープをひとくち、蓮華ですくって口に運ぶ。
ずず……っ。
(……っ……ふぅ)
(……沁みる。体に、染み渡る……)
塩気と旨味が、冷えていた喉を通り、胃袋へと一直線に落ちていく。シンプルだからこそ、誤魔化しの効かない味がダイレクトに体の中を満たしていく。
続いて、スープを纏った水餃子をひとつ、蓮華に乗せて口に放り込む。
つるり……もちっ……!!
(……素晴らしい。皮が、活きている)
焼き餃子とは全く異なる魅力だ。
薄い皮が喉を滑り落ちるような滑らかさを見せたかと思えば、噛んだ瞬間にもちっと弾け、中からジューシーな豚肉の脂とキャベツの甘みが溢れ出てくる。
焼きの香ばしさがない分、肉餡の持つ素直な旨味がスープと一体化している。味〇ベースのスープが皮の表面を滑らかにコーティングし、噛むたびに溢れる肉汁と混ざり合う。
(……熱い。けれど、止まらない……)
ふうふうと息を吹きかけながら、二個目、三個目と食べ進める。
静まり返った夜の厨房で、自分が食べものを咀嚼し、飲み込む音だけが心地よく響いていた。
あっという間に六個の水餃子を食べ終えてしまった。
器の中には、餃子の旨味が溶け出した暖かいスープがまだ半分ほど残っている。
(……ここで、終わりにするのはもったいないな)
胃袋は確実に温まり始めていたが、まだもう少しだけ、この幸福な時間を引き延ばしたいという欲求が湧いてきた。
私は再び立ち上がり、冷凍庫を開けた。
奥に眠っていた、一食分の冷凍うどんを取り出す。
鍋の残ったお湯を再度沸騰させ、凍ったままのうどんを投げ入れた。
数分後、麺がほぐれて透明感を増したタイミングでザルにあけ、流水で一気に締める。氷のように冷たい水で洗われたうどんは、キュッと引き締まり、強いコシを宿す。
しっかりの水気を切ったうどんを、先ほどの残った中華スープの中へ投入した。
(……締めの、中華スープうどん)
冷えた麺が、暖かいスープと絡み合う。
蓮華と箸を使い、一気に麺をすする。
ズズッ……ズズズッ……!!
(……っ! ……つよい)
冷水で締めたうどんの歯ごたえが心地よい。
シコシコとした強い弾力がありながら、表面には水餃子の出汁が染み出た濃厚な中華スープがしっかりと絡みついている。温かいスープと冷たい麺の温度差が、絶妙な快感となって口内を刺激する。
噛むたびに小麦の香りが弾け、スープの塩気と混ざり合っていく。
何という罪深い締めだろう。真夜中の二時に食べる炭水化物の破壊力は、どんな高級料理にも勝る。
夢中で麺をすくい上げ、最後の一筋まで胃に収めた。
残ったスープを器を両手で持ち上げ、傾けて飲み干す。
ゴク……ゴク……ふぅ。
すべてを平らげた。
お腹の底からじんわりと温かい熱が広がり、手足の先まで血液が巡っていくのがわかる。
先ほどまでの冴え渡っていた脳の興奮が嘘のように静まり、心地よい重みが瞼にのしかかってきた。
(……満足。ごちそうさま)
使った鍋と器、調理器具を洗剤で丁寧に洗い、水切りかごへ伏せる。
シンクの水分を布巾で拭き取り、コンロの元栓を確認した。厨房を元通りの清潔な状態に戻すまでが、食事という行為の終わりだ。
一階の電気を消し、静かに二階の部屋へと戻る。
ベッドに潜り込むと、先ほどまでの冷たさは消え去り、自分の体温と満たされたお腹の温もりが心地よく体を包み込んだ。
(……明日の仕込みも、頑張ろう)
天井を見つめる間もなく、瞼が重くなり、私は深い眠りの底へと落ちていった。
(第4話・おわり)
実は夜遅くまで起きれないタイプなので夜食はしたことがないです。
…エアプってコト!?