孤独のプイグルメ   作:徒然の連れ

8 / 10
恥ずかしながらずっとマラサダを、マ「サラダ」、だと思っていて、ハワイのオシャレなサラダなんだろうなーって思っていました。
それで食べたのですが、一発で飢餓状態が治りそうなくらいのエネルギー源を感じました。美味しかったです。


プイのヘルシーなホリアティキ

時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、人は束の間、自分勝手になり「自由」になる。

誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為。

この行為こそが、現代都市の人々に平等に与えられた最高の『救い』と言えるのだ。

 

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お風呂上がりの湯気が、小さな洗面所に白く立ち込めていた。

 

ウンボンのチキン酒場の二階にある脱衣所で、私はタオルで髪を拭き、清潔な服に袖を通した。

シーシュポス百貨店を離れてからの日々は、規則正しく、そして穏やかだった。朝起きて仕込みをし、昼休みに美味いものを食べ、夜は店の手伝いをして、こうしてお風呂に入る。過酷な運命に翻弄されていた頃には考えられないほど、満ち足りた日常がここにあった。

 

ふと、脱衣所の隅に置かれている金属製の古い体重計が目に留まった。

 

(……体重計、だっけ?)

 

今まであまり意識したことがなかったが、ふとした好奇心が芽生えた。

この街に流れ着き、社長に拾われてから、私の身体にはどのような変化があったのか。来たばかりの頃は、疲弊しきって痩せこけていたはずだっけ。

 

私はそっと、体重計の冷たい金属の台の上に両足を乗せた。

 

カチャン、と小さな音が鳴り、目盛りの針が滑らかに右へと振れていく。

 

「……えっ?」

 

目盛りが指し示した数字を見て、私は思わず声を漏らした。

 

指針は、私の想像していた位置をはるかに越えた数字でぴたりと止まっていた。

ここに来たばかりの頃の記憶にある数値と比べても、明らかに重くなっている、ほんの少し増えている程度だと思っていたが、これは「結構な増加」と言わざるを得ない領域だった。

 

(……なんで。なんで…こんなに重くなっているの……?)

 

頭の中で、最近の出来事が走馬灯のように駆け巡る。

 

ウンボンの激辛チキン。

下町のホットドッグ。

コートンに振る舞ってもらった灼熱の炒飯。

深夜に一人でコソコソと仕込んで食べた水餃子スープと締めのうどん。

記念日に奮発して食べたサムギョプサルと、仕上げのパッピンス、そして社長のケーキ。

マリアッチのリカードたちと味わったチレスエンノガダ。

カチューシャの店で食べた具だくさんのボルシチとプリャーニク。

 

(……身に覚えが、多すぎる…)

 

どれも最高の選択であり、後悔は一つもなかったが…。しかし、数字というものは残酷なまでに客観的な事実を突きつけてくる。

 

(……これは、あぶない状況…。このままだと、身体が重くなって配達の仕事にも支障が出てしまうかもしれない。……ダイエットを、やらなければ)

 

私は前に訪れたカチューシャに教えてもらった、人間は体重が重くなったら「ダイエット」をするということを。

なんでそんなことをするのかは分からないけど、皆やっていると言っていたからにはやるべきなのだろう。

 

私は強い決意と共に体重計から降り、固く拳を握り締めた。

与えられた本質から解き放たれた私が、次に直面した課題は「自己管理」だったのだ。

 

さっそく、食事内容の見直しから始めることにした。

厨房へ下りていくと、深夜の店内は静まり返っていた。社長はすでに奥の部屋で休んでいるようだ。

 

(深夜に食べるなら、徹底的にヘルシーで…なおかつ満足感のあるものを作ろう……)

 

そもそも深夜に食べないという選択肢はプイには存在していなかった。

 

調理台に向かい、冷蔵庫を開ける。

 

知っている知識を総動員すると…油分や炭水化物は避けるべきだ。野菜を中心とした料理……そうだ、以前マリアッチの人に教えてもらった野菜料理を作ろう。

 

「ホリアティキ」――いわゆる、村人風サラダ。

 

私は野菜室から、赤々とした完熟トマト、瑞々しいきゅうり、紫玉ねぎ、そしてブラックオリーブの缶詰を取り出す。さらに、羊の乳から作られる白いフェタチーズのブロックと、上質なオリーブオイル、乾燥オレガノを用意した。

 

ホリアティキの素晴らしいところは、葉物野菜で嵩増しをするのではなく、素材そのものを大ぶりに切って豪快に味わう点にある。

 

まずは、トマトをゴロゴロとした大きめの乱切りにする。

包丁を入れるたびに、甘酸っぱい果汁がまな板の上に溢れ出す。きゅうりも皮を少し残した状態で厚めの輪切りにし、紫玉ねぎは食感を残すために薄切りに整える。

 

それらを大きめのボウルに入れ、種抜きのブラックオリーブを投入する。

 

味付けは至ってシンプルだ。

塩をパラリと振り、たっぷりのオリーブオイルを回しかけ、全体を優しく和える。

 

お皿に山盛りに盛り付けたら、最後に主役であるフェタチーズの大きなブロックを、切らずにそのままどんと一番上に乗せる。仕上げに乾燥オレガノを散らせば完成だ。

 

(……できた…ホリアティキ)

 

見た目は非常に色鮮やかで、緑、赤、白、黒のコントラストが美しい。オリーブオイルとオレガノの爽やかな香りが立ち上り、食欲を刺激する。真ん中においてあるチーズもインパクトがある。

 

丸椅子に腰掛け、フォークを手に取る。

 

まずは、フェタチーズをフォークで崩し、トマトときゅうりと一緒に一口分をすくって口へ運ぶ。

 

シャクッ……ジュワッ……!!

 

(……っ! ………うん……っ!)

 

衝撃が、口内を駆け巡る。

 

きゅうりの瑞々しいシャキシャキ感と、トマトの濃密な甘みと酸味が弾ける。そこへ、フェタチーズの強い塩気と独特のコク、そしてオリーブオイルのまろやかさが絡み合ってくる。

 

葉っぱで誤魔化された生ぬるいサラダではない。

野菜一つひとつの味が非常に濃く、ダイレクトに主張している。オレガノの清涼感のある香りが鼻から抜け、油分を使っていないにもかかわらず、驚くほど満足感の高い味わい。

 

(……おいしい。シンプルだけど、野菜のポテンシャルが最大限に引き出されてる……)

 

フェタチーズの塩気が強いおかげで、ドレッシングを使わなくてもしっかりとした味の芯がある。ブラックオリーブの独特の苦みと香ばしさが、良いアクセントになってフォークを進めさせている。

 

シャクシャク、モグモグと夢中で食べ進める。

 

野菜だけでお腹が満たされていく感覚。これは身体にとって、非常に良いことをしているという実感があった。

 

あっという間に一皿分を平らげ、満足のいく溜息をついた。

 

(……ふぅ。美味しかった、でも……)

 

ごちそうさま、と心の中で呟いた直後、お腹の底からじわりと静かな「不完全燃焼感」が湧き上がってきた。

 

(……何かが、足りない……)

 

確かにお腹は膨らんだ。味も素晴らしかった…が。

 

それでも、肉の脂がもたらす重厚な満足感や、白飯や麺をかき込んだ時のあの胸が満たされる感覚が、どこにもない。身体は「ヘルシーだ」と喜んでいるものの、心がどこか悶々と焦らし合っているような感覚だった。

 

(……これが、ダイエットというものの苦しみなの……?。美味しかったのに、どこか寂しい……)

 

お皿を抱えて思案に暮れていると、厨房の奥からペタペタと足音が聞こえてきた。

 

「ん……なんだプイ、こんな時間に起きて何してんだ?」

 

寝巻き姿の社長が、あくびを噛み殺しながら顔を出しました。

 

「……社長。起こしちゃった。ごめん」

 

「いや、水飲みに起きただけだ。……なんだその皿は? 野菜しか乗ってなかったのか?」

 

社長はテーブルの上の空になったお皿と、私の暗い表情を見比べた。

 

「……実は、社長。お風呂上がりに体重計に乗ってみたんだけど……ここに来た頃よりも、かなり体重が増えてて…」

 

「ほう?」

 

「このままじゃいけないと思って、食事をヘルシーなサラダにしてみた…。……でも、食べたあとにどうにも物足りなくて…」

 

私の真面目な告白を聞いた社長は、一瞬きょとんとした後、豪快に笑い出した。

 

「ガハハハ! なんだお前、そんなことを気にしてたのか!」

 

「……私は悩んでるの、社長。身体が重くなったら、仕事に支障が出るかも…」

 

すると、社長は笑いを収め、私の方へ歩み寄ると、私の頭をポンポンと大きな手で叩きました。

 

「まったく。お前がここに来たばかりの時を思い出してみろ。ガリガリで、いつ倒れてもおかしくねぇような顔してたろ」

 

「……そう、なの…?」

 

「そうだよ。肉がついて骨組みがしっかりして、体力がついたんだ。そいつは『太った』んじゃなくて、お前がちゃんと飯を食って『成長した』んだよ。筋肉も骨も、健康な人間の身体になったって証拠だ」

 

社長の言葉が、私の胸に深く染み込んでいった。

 

「……成長」

 

「そうだ。うちはチキン屋だぞ? 働いてる奴がヒョロヒョロでサラダばっかり食ってたら格好がつかねぇだろ。しっかり飯食って、力仕事して、ぐっすり寝る。それでいいんだよ」

 

そう言うと、社長はニッと笑って自分の部屋へと戻っていきました。

 

静かになった厨房で、私は自分の手を見つめた。

確かに、以前よりも皮膚にハリがあり、骨ばっていた手首にもしっかりとした肉がついていた。それは不健康な肥満ではなく、ここで生きて、食べて、働いてきた証としての成長だった。

 

(……そうか。私は、健康になっただけなのか……)

 

胸の中の悶々とした霧が、一気に晴れていくのを感じた。

 

サラダの物足りなさに悩む必要など、最初からなかった。明日からもまた、自分の胃袋が求めるままに、美味いものを美味しく食べればいい。

 

私は晴れやかな気持ちでお皿を洗い、洗面所で口をゆすいだ。

 

夜の冷たい空気が、窓から少しだけ入ってきた。

ふと、外の空気を吸いたくなった。

 

(……少し、夜風に当たって散歩でもしょう…)

 

上着を羽織り、私は静かに店の扉を開けた。

夜のK社の裏路地へ足を踏み出す私の足取りは、力強く、そしてどこまでも軽やかだった。

 

ちなみに、このサラダが400㎉もすることを知ってちょっとがっかりするのは後の話であった…

 

(第8話・おわり)




ウーティスはバスの中でヨーグルト作って食べたりしているのかもしれない…(混乱+)
良秀は味噌とか醤油とか作っているかもしれない(混乱++)
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