ベル・クラネル(偽)の危機   作:一般通過社会人

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ちょっぴりのシリアス回です。




幕間 とある娘の結末

〜フレイヤ視点〜

 

『ロール・プレイング』って知ってる? 

 

役を演じる。あるいは役に成りきる。 

 

想像し、夢想しては、自分ではない誰かとなって疑似体験をする。 

 

ただし、神々の場合は、それは『疑似』と呼べるほど浅いものではないけれど。 

 

最初は、ただの『遊び』だった。 

 

他の神々がそうであるように、退屈に殺されかけていた私は、天界から下界に降りた。 

 

【ファミリア】を作って。 

 

世界を旅して。 

 

オラリオに縛られることになって。 

 

ダンジョンを攻略して。 

 

そうして、下界の娯楽を一通り楽しんだ後、やっぱり飽きた。 

 

私達を興奮させる『未知』は絶えず訪れるものじゃない。むしろ『既知』に変えれば変えるほど刺激は減り、無味と無臭の日々が増えていく。眷族の成長は嬉しいし、あの子達を愛おしむのは胸が満たされる。これは嘘じゃない。けれど、私はいつの頃からか天界と同じように暇を持てあますようになっていた。 

 

だから、私は男神達が行っていた「遊び」に、ふと興味を覚えた。  

 

それが『役割演技(ロールプレイング)』。  

 

一部の神々は『神威』をゼロにできる。神たる証明を隠した彼等は下界の住人に成りすまし、市井に溶け込んで、子供の一人として生活を営む。まさに役割を自分に課して、神であることを忘れて下界を楽しもうというのだ。 

 

子供達の生活を見下ろし、性格も声色も変えて、他者になりきる。 

 

物好きね、と笑うのは簡単だったけれど、結局私は極まる退屈に耐えかねて、その「遊び」に興じることにした。 

 

暇を潰すため、興味本位で私が選んだ役割は『街娘』。 

 

ヘルンと言う娘からもらった「真名」と「経歴」があるから、ちょうどいいと思った。 

 

あの娘が発現させた魔法【唯一の秘法(ヴァナ・セイズ)】。 

 

あれには面白い「副作用」があった。 

 

神血を媒介にして女神と繋がり、神威と結びつくことで、私が天界で使っていた『姫』の鍵をも生み出したのだ。 

 

天界では男神(ゼウス)も変身の名神。雄牛や白鳥、雨にさえ化ける。あのいけ好かない大神(オーディン)だってそう。神々の多くが百の総を持っている。 

 

私の『娘』もそれと同じだった。天界では群がってくる他の神々の目を欺くため、美の神(フレイヤ)ではなくなり神殿をよく抜け出していたものだ。  

 

『神の力(アルカナム)』の規則に抵触することなく『娘』になることができるようになった私は、笑った。結ばれた誓約は娘に「女神」を与え、こちらにも見返りを寄越したのだ。  

 

げに恐ろしきは下界の「未知」。 

 

娘の「女神になりたい」という渇望は、それ一点のみで言えば眷族達の意志をも上回る。 

 

その力は神の召喚――いや『神を降ろす』を成し遂げたということ。あるいは、『女神』への渇望以外にも『幸福な娘』でいたかったという望みが多分に含まれていたのか。 

 

何より、『真名』の交換は重要な意味を持つ。 

 

名は体を表す。 

 

ならば私が『娘』をもらった時点で娘の貌を取り戻すのは必然だったのかもしれない。 

 

何にせよ、私は『役割演技(ロールプレイング)』を行う上であらかじめ有利な「姿」、あるいは「仮面」を持っていた。 

 

そして私の「娘」が始まった。 

 

私は以前から迫られていた眷属(ミア)の【ファミリア】 半脱退を認める代わりに、あの子の酒場で働くことにした。眷属(ミア)はとても嫌そうな顔をしていたけれど。 

 

様々な輝き。 

 

当事者の立場で経験する騒動の数々。 

 

退屈なんて感じる暇もなかった。 

 

そして私は、自分が街娘をそつなく演じられるほど器用じゃないことも知った。 

 

掃除とか、料理とか。 

 

失敗の数々に啞然とする私へ向けられた、眷属(ミア)の呆れ顔といったら。 

 

悔しくて情けなくて、寝台の上で何度も転げ回ったわ。  

 

けれど、ええ、楽しかった。  

 

子供の視点で触れ合うのも、力を合わせるのも、友情と信頼を得られるのも。 

 

子供達は理解できないほど不完全で、不安定で、取るに足らないことで悩み、迷い、悲しみ、それでも強い意志をもって立ち上がる。それは不変の神々にはない確かな輝き。私はそれを尊んだ。 

 

私は美しいものが好き。 

 

自分以外のもののために、美しく在れるものが、好き。 

 

迷子の子猫(アーニャ)と、寂しがり屋の黒猫(クロエ)、居場所を求める少女(ルノア)と、間違いながらも誠実であろうとする妖精(リュー)。どれも私のお気に入り。 

 

沢山の子供がいると、沢山の発見があって、日を輝かせた。 知らない子供と触れ合うのが趣味に変わって、心が疼くようになった。 

 

私は街娘に――娘になることが楽しくなっていた。 

 

そして、私は見つけた。  

 

いや、出会ってしまった。  

 

白くて、透明で、それでいて少しの儚さを纏った、あの「少年」と。  

 

私を狂わせることになる「恋」と。 

 

だから、私は。 

 

作法も、敬意も。 

 

矜持も、体裁も。  

 

虚しささえも、全て捨てることにした。 

 

そう、だから私は娘(シル)を殺したの。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜オルザの都市遺跡 塔〜

 

走り抜ける。

 

相棒(ヴェルフ)が作りあげた炎の道を駆け抜け、崩れ落ちる強靭な勇士達(エインヘリヤル)の横を抜いて、その長大な階段の前に辿り着く。

 

そして。……駆け上がる。

 

「!!」

 

フレイヤは玉座の前で立ち尽くした。彼が来る。来てしまう。女神(じぶん)が求めた『愛』が、女神(じぶん)の『愛』を止めにやって来る。

 

「――――シル(フレイヤ)」

 

だんっ、と。足音が塔の玉座の間に響く。酷く、酷く落ち着いた声だった。らしくない、普段の敬称すら捨てた声。

女王を守る者は、もはや誰も居ない。勇士も、小人も、妖精も、戦車も、猛者も。総てが沈黙した。仲間の助けを借り、目の前の少年は汎ゆる困難を乗り越えたのだ。誰よりもボロボロに傷つき果て、彼は彼女の元に辿り着いた。

 

「………何か、言い残す事はあるか?」

 

「………」

 

少年は告げる。女神は黙ったまま。崩れかけ、風化した遺跡の天井には一日の終わりを告げる茜色が差し込んでいた。

少し肌寒い風がそよ風となって二人を撫でる中、中々話を切り出せない彼女の心中を察した少年は、ゆっくりと歩み寄る。

 

「ベル――――止まって」

 

フレイヤは微笑んだ。

『女神の軛』がこの状況を否定しようと彼女を突き動かしたのだ。意図せず漏れ出したであろう『美』の権能が、彼女の銀色の瞳を優しく覆い、『魅了』しようとする。

 

しかし、止まらない。

 

『彼』の足は止まらない。

 

決してその『美』に靡かない少年は、消えれば二人の『愛』が終わってしまうと言うのに、無情にもその距離を消し去ろうとする。

 

フレイヤの微笑は、ひび割れた。

肩がもう一度震え、俯き、一房の髪が零れ落ちる。

 

「……どうして?」

 

石の床に淋しく転がる一言。

もう十歩と掛からずに消え去る距離を残し、『彼』は漸く歩みを止めた。

 

「――――どうして!?」

 

フレイヤは顔を振り上げる。

 

「どうしてベルは、私のものにならないの!?」

 

癇癪を起こした子供のように、長い銀髪を振り乱す。

 

白い衣に包まれた、誰もが求める垂涎の体をかき抱き、雪花石膏のごとく瑞々しい右手を、自身の胸に押し当てる。 

 

「私は、フレイヤよ!?!美も、富も、栄光も、力も!全て貴方に、貴方だけに与えられるというのに、なんで貴方は、私の『愛』を拒むの!?!?!!」 

 

傲岸な女王のように。思い通りにならない騎士を呪う魔女のように。  

 

そんなことを言いたいわけじゃないのに、何も手に入れられなくて、自身の名と権能に頼るしかなくなった女神は浅ましいまでの醜さと、弱さを曝け出してしまう。 

 

その心を、裸にしてしまう。 

 

「娘(シル)では駄目だったから!だから私は、女神を選んだのに!」 

 

娘(シル)では無理だった。 

 

フレイヤだから女神に戻るしかなかった。 

 

『愛』しか自分にはないのだと、そう答えを出すしかなかったのに―――。 

 

「それでもダメなら、私は、どうすればいいの!?!?!?」 

 

フレイヤは気付かない。 

 

表情を変えようとしない少年の拳が、握りしめられ、血を吐いていることに。 

 

今も彼女に声を上げさせる衝動こそが「恋」であると、愛の女神は気付けない。 

 

「どうしてっ、貴方はっ……!」 

 

声が震える。瞳が震える。 

 

銀の色を帯びる神の眼が、薄鈍色の光の間で揺れ動く。 

 

「……もう、自分でもわからない」 

 

そして。 

 

「私は、自分のことが一番わからない……!」 

 

いつか、どこかで聞いた、告白の続きを口にした。 

 

「私の本当を告白してもっ……この苦しみから解放されないの! 貴方に「愛」を囁いても、ぜんぜん楽にならないの!」 

 

ベルの顔が歪む。 

 

ずっと無表情を保っていた少年の顔も、遂に罅割れる。 

 

「貴方だけは愛したくないって、胸の奥が、ずっとそう言ってる!!!」 

 

ずっと隠していた矛盾を、曝け出す。 

 

友を切り捨ててまで得ようとしていた「愛」が要らないものだったと認められなくて。 

 

魂の奥の「花畑」で、今も自分が泣き続けているなんて受け入れられなくて。 

 

迷子の少女のように、彼女は、その想いに辿り着くしかなかった。 

 

「好きなの、ベル………!」 

 

「っ〜〜〜……!!!」

 

フレイヤは漸く気付く。目の前の少年の悲しそうな顔を。眉を顰め、表情を歪ませる『彼』。私と同じ、何かに苦しんでいる顔。見たことも無い『彼』。でも、こんな顔をさせたかった訳じゃなかった。

 

「……………………!」

 

「……………なんでっ、何も言ってくれないの!?私はこんなにも貴方を愛しているのに!!どうせっ、どうせ私の事なんかどうでも良いんでしょう!?!?今までの全部、貴方にとっての『演技(ウソ)』だったんでし………

 

 

「んなわけねぇだろっ!?!」

 

 

…………っ!?!?!」

 

突如声を荒げる『彼』。目の前の少年から発せられた声が信じられず、フレイヤの目は驚愕に染まる。

 

「演技(ウソ)だった!?二度と言うなよその言葉!!ウソな訳ねぇだろ!!ウソだったらこんなアホらしい痴話喧嘩しねぇよ!!!」

 

「じゃあ何でよ!?何で何も言ってくれないの!?何で私の事を拒むの!?何でっ…………!!」

 

「っ〜!!?」

 

「こんなに苦しいのっ……!?!?」

 

目を濡らし、少年に縋る様に問うフレイヤ。しかし、少年の決意は変わらない。変えられない。

 

それでも胸を両手で握り締め、身を乗り出す。 

 

「貴方のことが好き。ずっと一緒にいたい。私を、選んでほしい!」 

 

銀と、薄鈍色の双眸が潤む。 

 

「苦しいの!抱きしめてほしいの!もう明日を不安に思うのは嫌!」 

 

どうして滴が溜まるのか、その瞳自身もわかっていない。 

 

「こんなこと知りたくなかったのに、それでもこの想いの先を知りたいって、そう思ってしまうの!」 

 

身を引き裂く傷を伴って、少年の全てを揺さぶる。 

 

「貴方が、好きっ……ベルっ…!」 

 

『彼』は。『少年』は、うつむいた。 

 

千切れた傷口から溢れ出しそうになる同情と叫びを堪え、代わりに血を吐き続ける。 

 

叫び、血を吐く胸を黙らせる。 

 

すっかり機能を失っていた耳を引き戻す。 

 

そのルビー色の瞳が、彼女しか映さなくなる前に、決別(わかれ)を言い渡す。 

 

あの時、灰の雲に塞がれていた空は今、こんなにも鮮やかで、美しい。 

 

二人の、もしかしたら結ばれるかもしれなかった、しかしそうはならなかった行く末をそっと見守るように、こんなにも綺麗で儚い。 

 

二人だけの世界で、ベルは一歩、踏み出した。 

 

「俺は……貴方のものにならない」

 

彼女の傷(エゴ)に、自分の傷(エゴ)をぶつける。

 

「俺は!お前の『伴侶(オーズ)』になれない!」

 

彼女の瞳から涙が滴り落ちる。 

 

「俺はっ!!!」 

 

何度も足を床から引き剥がし、血とともに進んで、彼女の日の前に立つ。 

 

ずっと彼女が求めていた「恋」の答えを、偽善と一緒にぶつけた。 

 

「お前の『恋』を、終わらせることしか、できない!」 

 

『恋(それ)』が彼女の『望み』。 

 

「恋の終わり(それ)」が、彼女を傷付け、彼女を救う、唯一の方法。 

 

「――――――――――――――――ぁ」 

 

少年の手が神の刃を握る。 

 

少年の腕が、雄々しく、切ないほどに、振り上げられる。 

 

「っッッッ……〜〜クッソぉっ!!」

 

耳朵を掠める『花弁』の音。 

 

刃は彼女の肌に触れることなく、胸もとの『花』を舞い上げていた。 

 

頭上を見上げる。 

 

涙を流す瞳がそれを見る。 

 

茜色の空に、紫丁香花(ライラック)の花が散る。 

 

彼女の『初恋』が散った。 

 

 

 

 

 

〜迷宮都市オラリオ〜

 

――『望み』にはもう気付いた? 

 

どこからかずっと響き、私を惑わせていた『声』が、尋ねてくる。 

 

葬った筈の『娘』の声に、私はもう神々の娘を言い訳にしないで、認めた。 

 

私が望んでいたものは『愛』ではなく――『恋』。 

 

「愛の女神」だからこそ手に入れられない慕情に、私はずっと焦がれていた。 

 

私の『美』は誰をも魅了する。 

 

私に心を奪われる者達は、私が求めれば何でも捧げ、私が拒めば涙を忍んで従う。 

 

それは『愛』だ。無償の愛に近い、歪んだ『愛』。 

 

彼等と彼女達は私に『恋』をすることはなく、その逆もありえない。 

 

誰が服従しているも同然の相手に恋焦がれることができるだろう? 

 

どんなに神々の娘や黄金の娘、それに眷族達、清く、強く、美しく在ろうとする子達が私のために尽くし、その姿を可愛く思い、 愛おしさを感じても、やっぱりそれは「愛」だ。 

 

『愛』は「恋」より上の存在で、豊かなものだと誰もが言う。 その通りだ。私が狂ったように、『恋』ほど不安定なものはない。 

 

けれど、あれほど世界を鮮やかにする衝動もまた存在しない。 愛とは豊穣の大地、恋とは私がいつも辿り着いていた花畑と一緒。 

 

たがや人を育て、恵み、一方で彼等の手で土を耕し肥やされる、そんな相互の永遠がない代わりに、花は咲き誇るその一瞬、何ものよりも鮮やかに世界を彩る。 

 

私はきっと永遠ではなく、一瞬を生きる花になりたかった。 

 

……いや、はっきり言おう。 

 

愛することにも愛されることにも、疲れていたのだ。 

 

だから、私は「恋」に夢見た。 

 

『愛』より遥かに青く、とても不安定な想いに、何も知らない小娘のように焦がれた。 

 

そして―――出会った「恋」は、本当に私の世界を変えたのだ。 

 

「恋」は夢ではなくなった。確かな「望み」へと形に変えた。 

 

私が唯一恋できる相手が、少年だった。 

 

下界も天界も含めて、少年だけが、私の望みを叶えてくれる存在だった。 

 

惹かれつつあった少年に「魅了」が効かないとわかった時、私は本当に嬉しかった。 

 

少年となら「恋」を経て、私の知らない『愛』に至ることもできるかもしれないと。 

 

けれど、「魅了」にかからないということは、本当に信じられないけれど、私の権能にも屈さないほど別の存在を想い、誓いの為に邁進しているということ。 

 

とんだ皮肉だった。 

 

私は「恋」が叶わない相手にしか、『恋』ができない。

 

そこには必ず失恋が待っている。そして「恋」を求めるが故に、必ず破綻を起こす。

 

酷い女神がいたものだ。

 

自分のことながら始末に悪くて、面倒な女だと、彼に救われた今なら認められる。

 

私の『望み』は……決して叶わない「初恋」だった。  

 

――――それだけ?  

 

…………? 

 

他に何があるというの? 

 

問いを重ねる娘に眉をひそめると、どこか呆れた溜息が聞こえた。 

 

――――本当に面倒。矜持を捨てられず、鈍感を気取る。ここまでくれば病気ね。 

 

だれかその溜息は、女神(じぶん)の声に変わっていた。 おかしい。女神は私だ。これは私が始めた、娘と女神の一人二役だ。 

 

けれど、そこで、気が付いた。娘(シル)と女神(フレイヤ)を、二役を演じていた「一人」とは、誰? 

 

――――――少年(ベル)が言っていたわ。『本当の貴方』を教えてくださいって。 

 

それは戦争遊戯(ウォーゲーム)を要求した時、彼に言われた言葉。 

 

『本当の私』?

 

『本当の私』は……誰?

 

――――その姿がもう答えでしょう?

 

花畑が広がる。空は黄昏、大地を埋めつくすのは一面の紅い大輪。

 

花々の海の中に座り込み、黄金ではなくなった透明の滴を流すのは、私。 

 

穏やかな風に薄鈍色の髪を揺らす、私。 

 

辿り着いた花畑で、私は薄鈍色の瞳を見開く。 

 

――――後悔だけはしないようにね。 

 

「女神」が去る。 

 

「軛」が消える。辿り着いた幻想の続きは、その日からもう見ていない。

 

〜豊穣の女主人〜

 

史上初の『派閥大戦』勝利を飾ったのは『派閥連合』。 

 

【フレイヤ・ファミリア】の敗北を告げる報せに、世界は取り乱し、爆発し、熱狂した。  

 

均衡は崩れ、勢力図が書き換わり、新たな「英雄」が胎動すると、下界中が大騒ぎ。今代の『英雄候補』の末席に名を連ねるのは疾風の音色(リュー・リオン)か、はたまた鐘の咆哮(ベル・クラネル)か、最強派閥(フレイヤ・ファミリア)打倒という世界を揺るがす一大事件は多くの者の憶測を呼び、「時代が動く」と、神ならざる者達でさえ確然たる予感を抱いた。 

 

そして、そんな震撼をもたらした震源地が、我を忘れない筈もなく。 

 

「オルザの都市遺跡」より凱旋を果たした冒険者一行に叩きつけられたのは、歓声に次ぐ大歓声だった。幼女神(ヘスティア)が引っくり返るほどの熱狂に迷宮都市は包まれ、祝賀行進さながらの突発的な大祭が開かれるほどだった。 

 

民衆は讃えた。 

 

冒険者達は昂った。 

 

神々は万来の拍手をもって出迎えた。 

 

戦いが終わった後も激闘の余韻はちっとも薄れず、朝と夜の境界を忘れ、都市は賑わいに賑わった。 

 

そして、連日騒ぎ疲れた都市がようやく瞼を下ろした、戦争遊戯から三日目の朝。 

 

 

「どうして負けちゃったのかしら?」 

 

空になったグラスを細い指でつつきながら、フレイヤは呟いた。 

 

まだ陽も出ていない早朝。がらんと空いた酒場の長台で、子供のように小首を傾げている女神に、無理やり相手をさせられているミアは溜息をついた。 

 

「そんなの、アンタが誰にも彼にも恨みを買ってたからに決まってるだろ」 

 

「それでも、勝てると思ってたわ。ロキ達が出てきても、やり方次第でどうにでもなるって。ベルだけは手に入れられる筈だったのに」 

 

戦争遊戯の結末に納得していない、というより心底不思議そうにしているフレイヤに、ミアはやはり呆れ交じりの視線を送った。 

 

「坊主を守りたかった連中が多かったってことじゃないか」 

 

「それだけ?」 

 

「……あとは、アンタを想ってる物好きが、変に気を回したからじゃないかい?」 

 

フレイヤは唇を閉じた後、なるほど、とグラスをつつくのを止めた。 

 

正直、ヘディンやヘルン達の件があっても勝てたと今も思っているが、フレイヤは『愛』をもって派閥大戦に臨んだ。 

 

ならば、『愛』故に敗れてしまうということもあるのだろう。 

 

様々な「愛」と、意志と、想いが絡み合って、少年達は万、億、いや、兆に一つもなかった勝機に辿り着いたのだと、フレイヤはそう納得することにした。 

 

「ミア、この一杯は貴方のおごりでいい?」 

 

「ふざけんじゃないよ、馬鹿女神。こんな朝早く叩き起こされたんだ、その分も含めてしっかり払いな」 

 

「ムリよ。だって私、もう何も持っていないもの」 

 

戦争遊戯、「派閥大戦」に敗北した【フレイヤ・ファミリア】は解体された。  

 

派閥連合の盟主扱いだったヘスティアが命じたわけではないが、「箱庭」の件も含め、フレイヤ達はあまりにも傲岸不遜に振る舞い過ぎた。開き直って戦争遊戯を要求したことといい、これ以上フレイヤの身勝手を許すなと、大戦に参加した女神達を中心に声が上がったのだ。フレイヤの横暴の原因である眷族も切り離し、手足をもぐべきだと。 

 

親衛隊もとい男神達の「共鳴者」や、フレイヤを崇拝する子供達「信者」がすぐさま異を唱えたが、「うるせえ黙れ」と無理矢理鎮圧された。何もしなかった者達より、戦争の勝者達の発言力が高まるのは当然の成り行きであり、多くの民衆も美神の権能を畏れ、止めなかったのである。  

 

フレイヤ達の敗北が決まって顔色を気の毒なほど千差万別に変えていたロイマンも、最初は庇っていたものの、勝者達の要求と世論を覆すには至らなかった。ギルド内でも背後から刺されかねない彼は、致し方なく従来のオラリオの規定通り、強靭な勇士(エインヘリヤル)達の都市外流出だけは防ぎ、主神の追放をギルド本部の総意として発表する――――筈であった。 

 

其処に否を発したのが最強を打ち破り、一躍時の人となった、ベル・クラネル。彼が主神の追放に待ったをかけた。 

 

彼の放った言葉はこうだ。 

 

「フレイヤ様無しの強靭な勇士(エインヘリヤル)とかそんな解除不可能制御不可能の核地雷を生み出すのは論外」 

 

大戦に参加した女神達を中心に流石に反発は避けられなかったものの、彼の言葉で一旦頭が冷えた女神達の話し合いの末にフレイヤはヘスティアの従属神として【ヘスティア・ファミリア】に保護、もとい監視される事になった。フレイヤ憎しの女神連盟とて解除不可能制御不可能の核地雷を生み出した責任を取るのはイヤらしい。 

 

しかし、解体は解体。【フレイヤ・ファミリア】の莫大な資産は全て没収された。『戦いの野』のみはギルドの預かりとなったが、それ以外は全て勝者達、派閥連合に参加した 【ファミリア】の山分けとなっている。開戦前は通夜状態だった【オグマ・ファミリア】辺りは今は跳んで跳ねて大喜びしているらしい。 

 

敗者からすると、かなり癪だが。 

 

敗ければ即送還されるものだと思っていたし、フレイヤからすればかなり甘い措置とも思うが、 

 

『屈辱恥辱汚辱、あらゆる辱めを味わえ』 

 

という女神連盟の粋な計らいだろう。 

 

この身が既に裸の女王と成り下がっていることは下界中に知れ渡っている。 

 

保護されているとはいえ【ファミリア】が解体された今、醜聞と嘲笑は数百年は付いて回るかもしれない。  

 

「全てを賭けるって言ったのは私だし………無一文になるのはしょうがないでしょ?」  

 

フレイヤに残されたのは、今も纏っている衣服のみ。 

 

連れもいない。眷族達には全員「追放されて無いとは言え解体は解体、着いてきては駄目よ」と言い渡してある。 

 

ヘイズを始め、今まで決してフレイヤに逆らうことのなかった子供達は必死に食い下がったが、言うことを守らなければ「魅了」してその場に縫い留める、と告げると、多くの者が号泣し、崩れ落ちた。日を覚ましたヘルンだけは、悲しむ資格など持ち合わせていないように、ぐっとうつむいて何かに堪えていた。 

 

だから、ロイマンは別に胃を痛めなくても大丈夫だ。 

 

今回の戦争遊戯で死者は出していない。 

 

眷族達には相手を殺さないよう徹底させていた。 

 

醜いエゴで開戦させておいて、他所の子供を殺めてしまったら夢見が悪いし、何より、死者がいたらベルは絶対自分のモノにならない気がしたから。 

 

逆に派閥連合は殺すつもりで来るだろうが、まぁ死なないだろうと思う程度にはオッタル達や、あとはヘイズ達満たす煤者達(アンドフリームニル)を信頼していた。 

 

「……だったら、今まで通り働いて稼ぎな」 

 

「駄目よ。横暴で面倒な女神は、今日までにさっさと監視付きで引きこもれって言われてるもの」 

 

席から立ち上がるフレイヤを、ミアは睨むように見つめた。

 

その眼差しは、感情を出さないよう努めているようにも見えた。 

 

「……どっかのチビ女神は、色ボケた女神はダメだが、「街娘」の一人くらいは見逃すって、そう口を滑らせたらしいよ」  

 

ぴたりと、出入口の前で立ち止まる。 

 

「……駄目よ。そんなの、惨めだもの」 

 

けれど、やはり、微笑を作るフレイヤの意志は変わらなかった。 

 

「だから……さようなら、ミア。今まで楽しかったわ」 

 

ローブ姿で、フードを被り出ていくフレイヤの背を、重い溜息が叩いた。 

 

それに気付かない振りをして、東のメインストリートに出る。 

 

夜とも異なる薄青い闇が、彼女を出迎えた。 

 

「もう、どれくらいここにいたのかしら……」 

 

見慣れた景色。 

 

今日まで長くて、でもやはりあっという間だった気がする。 

 

肌寒い早朝の空気。 

 

一日の始まりを待ち遠しく思い始めたのは、何時からだっただろう? 

 

けれど長かった秋、豊穣の季節も終わる。ならば冬が来る前に、女神も豊穣と去るべきだ。 

 

誰もいない街並みを眺めながら、フレイヤは館の方へ足を向けた。 

 

向けようと、したのだが。 

 

「おい」 

 

一人で待っていたように、たたずんでいた少年に、足を止めた。 

 

初めて出会った大通りで、初めて昼食を手渡した場所で。 

 

「……迎えかしら?」 

 

少し硬く、ちょっと冷たい声が出た。 

 

だって彼は今、一番会いたくない者の一人だったから。 

 

「一人で行く気か?」 

 

「当然でしょう。もう、貴方とは…何でもない間柄なんだから」 

 

「……でもさぁ」 

 

「なに、また私を振り回す気?貴方は好き勝手に暴れて、自己満足で二度も振ってくれたでしょう?」  

 

「……………耳が痛いな。激痛だ」 

 

ここぞとばかりに、嫌味を言ってやる。 

 

とはいっても、本心ではない。 

 

好き勝手に暴れたのは、それこそ自己満足で下界を巻き込んだ自分の方だ。 

 

世界を捻じ曲げてまで望みを叶えようとしたフレイヤに比べれば、『彼』の「偽善」なんてまだ可愛いものである。 

 

「……大丈夫よ」 

 

「…は?」 

 

「貴方が「恋」を終わらせてくれたおかげで、ちゃんと私は救われた」 

 

「――――」 

 

見張られる深紅の瞳と視線を交わしながら、フレイヤは微笑を浮かべた。 

 

そこには残酷で奔放な女神も、愛の毒と奇跡を識る「魔女」もいなかった。 

 

恋の痛みと苦みを知った、少女のような白い心だけがあった。 

 

「もう愛には狂わないし、恋も求めない。初恋が、私なんかよりずっとぼろぼろになって、未練なんてものを断ち切ってくれたから」

 

それは紛うことなき本心だ。 

 

ベルに与えられた傷心と引き換えに、フレイヤはもう世界を捻じ曲げる怪物にはならず、誰かを傷付け、自らも傷付くこともないだろう。他ならない彼が一緒に傷付いて、傷を分かち合ってくれたおかげで。 

 

悪夢が終わった、とは違う。 

 

目が覚める思い、とも異なる。 

 

とても寂しくて、どこか清々しい。 

 

今も涙が出そうな喪失感こそが、フレイヤが少年を求めていた何よりの証拠で、彼女を呪う「愛」を上回ってくれた証だ。 

 

「貴方には……負けたわ」 

 

悔しいけれど。 

 

とても恥ずかしくて、認めたくないけれど。 

 

フレイヤは、シルは。救われてしまった。 

 

口を閉ざす少年に、女神は何の含みもなく、微笑んだ。 

 

「好きよ、ベル。貴方が好き」 

 

「疲れて、飽きてしまうまで、貴方のことを想ってる」

 

「………」 

何万、何億年も伴侶を探し続けた女神に、そんな日は永劫来ないだろうけれど。 

 

それでも叶わないこの想いを抱え続けることこそが、フレイヤへの一番の罰。 

 

「……それじゃ、行くわよ?早く行かないと、後ろから刺されちゃいそうだもの」

 

未練など生まれないうちに、足早にその場から立ち去る。隣に来ても、彼は何も言わない。 

 

不思議に思う方が強かった。少し不思議に思った。ちょっとくらい呼び止めてくれてもいいのに、なんて小娘みたいな不満も確かにあるけれど、彼のことだから、必ず何か言ってくると思っていたのに。 

 

「シル」 

 

そんな疑問への答えは、別の方角から、すぐにやって来た。 

 

「――――」 

 

リュー。 

 

そしてアーニャ、クロエ、ルノア。 

 

他の「豊穣の女主人」の店員達も。 

 

若葉色の制服に身を包む彼女達が、いつの間にか現れ、大通りに一枚の壁を作っていた。 フレイヤは動きを止めた。そして黙った。 

 

やがてフードを日深に被り直し、彼女達のもとへ近付き、その間を通り過ぎようとした。 

 

「待て」 

 

当然、そんなことを潔癖な彼女が許す筈もなかった。 

 

今まで決して娘には向けてこなかった険しい語気で、女神の足を止める。 

 

「私達に何か言うことはないのか」 

 

「………」 

 

立ち止まったフレイヤは――いや『彼女』は、目を瞑った。 リューは娘の名を呼んだ。ならば答えるのは、女神ではない。 

 

それが、結末を迎えた神の最後の流儀。 

 

騒ぐ心なんてものを無視し、瞼を開け、薄鈍色の瞳で石畳を見つめる。 

 

女神が消え、そこに立っているのは「娘」となる。 

 

「………………………………………ごめんなさい」 

 

直後。 

 

―――――ぱんっ!と。 

 

頬から、派手な音が鳴った。 

 

フードが落ちた彼女は――シルは、目を見開きながら、じんじんと熱を持つ頬に触れた。 

 

「ふざけるな!」 

 

クロエとルノア、そしてベルが顔を引きつらせるほどの速度で、シルの頬を張ったリューは、怒鳴った。 

 

「謝るくらいだったら、償え!」

 

「えっ……?」

 

「死ぬつもりだった私を生かしたのは、貴方だ!私が今ここにいる責任を取れ!!」

 

その言葉に、シルはたじろいだ。 

 

心が動揺して、これ以上もうみっともない思いをしたくないという我儘と、お願いだから未練なんて抱かせないでほしいという願望が、その薄鈍色の瞳で混ざり合う。 

 

シルの考えていることを、怒り心頭のリューはすぐに見抜いたのだろう。 

 

柳眉を逆立てて、胸ぐらでも掴みそうな勢いで詰め寄る。 

 

「これ以上辱められたくない?馬鹿を言うな!一生辱めてやる!一生、報いを受けさせてやる!」 

 

「っ……!」

 

「私達の側に、ずっといなさい!」 

 

リューの涙交じりの一喝に、今度こそ薄鈍色の瞳が、大きく見開かれる。 

 

「女神の矜持なんて知ったこっちゃないニャ〜」

 

「そうそう。だって私達の前にいるのは神様じゃなくて、仕事の同僚だし?」 

 

クロエがニヤニヤと、ルノアがケラケラと笑う。 

 

「「それにあんなクソマズイ飯作っておいて、誤魔化せると思ってるのかぁ〜?」」 

 

更にそんな屈辱まで言い放って、シルの顔面を羞恥に染めた。 

 

ぱくぱくと何度も口を開いた。みっともないくらい何も言えなかった。 

 

他の店員達はくすくすと肩を揺らしていた。 

 

やがて、それから、間を置かず。 

 

捨て猫が一匹、前に歩み出た。 

 

「………………………フレイヤさま……シル………」

 

「アーニャ……」

 

自分でも愕然とするくらい、かける言葉が見つからない。口は完全に固まっていた。

 

あの『箱庭』で騙し、突き放し、傷付けておいて、今さら何を言えというのか。 

 

立ちつくすしか無いシルを前に、アーニャは怯えるように何度も視線と尻尾を揺らした。 

 

口を閉じると開くを繰り返して、地面をじっと見つめたかと思うと―――。 

 

「……行っちゃ嫌ニャア〜〜〜!!!」 

 

泣きながら、抱き着いてきた。 

 

猫に飛びつかれたシルは、固まってしまった。 

 

「ミャー、なにもわかんないけどっ……!シルとっ、お別れしたくないニャア〜………………!!」

 

馬鹿なアーニャには説得なんてできない。 

 

気の利いた言葉も送れない。 

 

そもそもフレイヤとシルの関係も理解できているかも怪しい。 

 

だから、胸の内の想いを正直に打ち明けて、ぶつかってきた。 

 

呆然としていたシルの瞳が、ゆっくりと、滴の気配を纏い始める。

 

……否、既に瞳は濡れ、答えを出しかけていた。

 

「………シル」

 

隣に立っていたベルが、遂に口を開く。

 

「良いだろ、もう。彼処には、お前が望んでたもの全部あるだろ」

 

「な…に、を…」

 

「暖かいご飯、ぐっすり眠れるベッド。そして何より、『女神の軛』なんて気にせず接してくれる最高の同僚達」

 

「…!!」

 

「さっき、お前は俺に救われたって言った。けど、お前を真の意味で救うのは俺じゃない。お前に必要だったのは『伴侶(オーズ)』じゃない、『友だち』だ」

 

「ぁ…!」

 

「行けよ。どうせこれからもこの都市に縛られるんだ。素直になって、少しでも楽しい方を選べ。なあに、安心しろ。俺は貴方の『伴侶(オーズ)』にはなれなくとも……『騎士』にはなれる。貴方と一緒に傷つき、そして悪い事をしないように見張る『騎士』には」

 

「…………」

 

「約束だ。本当の貴方を、教えてくれよ」

 

ベルの手からとある物が手渡される。

 

ソレはかつて、片方は女神が自ら砕いた髪飾り。

 

英雄譚(フルランド)をモチーフにした、騎士の髪飾り。

 

嗚咽が漏れそうになる。

 

そんな事は許されない。私は女神(フレイヤ)よ?

 

そんな風に心の中で強がっていても、薄鈍色の瞳から止まらない涙が、全てだった。

 

辿り着いた『花畑』で見た幻想(ユメ)を思い出す。

 

『本当の私』は誰で、『本当の望み』が何なのかなんてもう、気付いてる。

 

女神(フレイヤ)を始めたのも、娘(シル)を始めたのも、『彼女』。あの「花畑」にずっといたのは―――涙を流し続けていた、たった一人の少女。

 

「………………………………私は、女神をやめたい」

 

だから『本当の私』を伝えた。

 

女神の「軛」から解き放たれる居場所に向かって、ありのままの自分を叫んだ。

 

 

「みんなの側で、私(シル)でいたい!!」

 

 

ベルは祝福するように微笑んだ。

 

リューは涙を流し、感極まったように抱きついた。

 

アーニャもわんわんと泣いて抱きつき、笑うクロエとルノアが左右の肩に手を置く。

 

朝日と共に昇ってきたエルフとダークエルフの姉妹が、その光景を遠目から見守り、ゆっくりと微笑んだ。

 

店員達の歓声が上がる。

 

酒場の柱に寄りかかり、見守っていたドワーフが唇を上げる。

 

早朝に響く喜びの声に、都市がゆっくりと目覚め始めた。

 

東の市壁が輝いた。

 

朝日の欠片が姿を現す。

 

娘の涙を焼いて、咎めて、ほんの少しの祝福を与える。

 

「ごめんね、アーニャ……!」

 

これは罰だ。

 

「ごめんね、クロエっ……!ごめんね、ルノア……!」

 

自分勝手で我儘な、『聖女』なんかじゃない『魔女』に下される罰。

 

「ごめんね、リュー……!」

 

彼女達と向かい合う度に羞恥に焼かれ、身悶えして、一生を償い続ける。 

 

「ごめんなさい、ミアお母さん……………!」 

 

悪さだって、もうできない。 

 

「みんなっ……………………ありがとうっ」 

 

彼女の側には「騎士』がいて、ずっと見守り続けているから。 

 

「……これで満足か、羽虫」 

 

とある酒場の屋上。 

 

眼下の光景を見守っていた眷族達の中で、不機嫌な顔付きのアレンが問いかける。 

 

「知らん」 

 

「あぁ?」 

 

「これが最上かは、わからない」 

 

ヘディンは短く、素直な感想を告げる。 

 

アルフリッグたちアレンだけでなく、オッタルを除いた四兄弟やヘグニからもじろりと睨まれた後、静かに、笑みを浮かべた。 

 

「だが……悪くない」 

 

あの愚かな少年は、やはり彼女の伴侶(オーズ)にはならなかった。 

 

そして英雄にもならなかった。 

 

少年は、彼女の『騎士』を選んだ。 

 

精霊は娘。  

 

聖女は魔女。

娘と魔女が織りなす、

 

二人一心。それが「本当の彼女」。

 

彼女はもう『愛』に狂わず、「恋」に殺されない。

 

『愛』を拒んだ彼の前だけでは、『恋』に救われた彼女はもう、女神ではなく『一人の少女』にしかなれないから。

 

彼が側で見守り続ける限り、彼女は解き放たれる。 

 

彼女の「本当の望み」は、もうここに在る。 

 

「及第点だ。…………………馬鹿弟子」 

 

日が昇る。 

 

抱き締め合う少女達を照らし出す。 

 

そこに花畑はない。 

 

彼女達が纏う新緑の若葉だけが咲いている。 

 

「本当に……憎たらしい男」 

 

その光景に、呟きを一つ。 

 

勇士達の側で眺める神々の娘(ヘルン)は、憎まれ口を一つ。 

 

涙を流し、透明な微笑みを、一つだけ。 

 

「私達を救ってくれて、ありがとう…………………ベル」

 

きっと最初で最後の感謝を、その朝焼けの空に捧げる。 

 

少女達を離れた場所で見守る少年は一人、顔を綻ばせた。 

 

秋が終わる。 

 

豊穣とともに女神が去る。 

 

砕けた軛から生まれた少女は、涙の産声と一緒に、花のように笑うのだった。 




(この世界での)フレイヤの敗因
結論から言えば全部間違った。仕掛ける時期(タイミング)、アプローチの仕方、告白の仕方、その他諸々全てを悉く間違ったのが原因。一つ一つ丁寧にベルカスの地雷を踏み抜いたので、敢え無くフラれた。あとどっかのアルテミスのせいでベルカスは女神との恋愛に強烈なトラウマが入っている。

原作との相違点
ベル・クラネル(偽)がベル・クラネルである要素は外見(ガワ)と深層意識の精神性だけなので、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)が生えていない。つまり、やり方さえ間違えなければフレイヤにも普通に勝ち目が有った。え?恋愛初心者にそんなの分かるわけねぇだろって?ごもっとも。
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