山岸由花子のお礼参り 作:故郷のピッツァが食べたい
2001年11月。M県S市、杜王町。
「由花子さん! お願いだから、もう一度考え直してよ!」
広瀬康一の悲痛な声が、放課後の教室に響いた。幸い、教室に残っている生徒はほとんどいない。窓から差し込む夕日が机や椅子を赤く染める中、康一は目の前の少女を必死に説得していた。
「どうして? あたし、そんなにおかしなことを言っているかしら?」
「おかしいよ! だってイタリアだよ!? 外国なんだよ!?」
山岸由花子は、不思議そうに首を傾げた。
「それは知っているわ。だから今、パスポートの準備をしているんじゃない」
「そういうことじゃないんだってば!」
康一は頭を抱えた。昨晩、仗助から電話を受けたときは、何かの冗談だと思った。いや、正確には冗談であってほしいと願った。しかし、由花子に直接確認してみれば、返ってきたのは実にあっさりとした肯定だった。なんでも、億泰と露伴まで同行することになっているらしい。
(なんでこんなことになっちゃったんだろう……)
康一は心の底から後悔していた。イタリアでの出来事を、あんな場所で話すべきではなかった。少なくとも由花子が聞いているところでは。
「ねえ、由花子さん。確かにジョルノは僕のカバンを盗んだけど、僕はもう怒ってないんだよ。それに、あいつはそんなに悪い人じゃないんだ」
「康一くんが優しいのは分かっているわ」
由花子は穏やかに微笑んだ。
「でも、あたしはまだ納得していないの」
「だから、どうして由花子さんが納得する必要があるの!?」
「だって、康一くんのことだもの」
当然でしょう、とでも言いたげな口調だった。康一は思わず天井を仰いだ。由花子と付き合い始めてから、それなりに時間は経っている。彼女が以前に比べて随分と落ち着いたことも、康一自身よく分かっていた。しかし、こういうところは相変わらずだ。一度こうと決めたら、そう簡単には引き下がらない。
「……あのね、由花子さん」
康一は気を取り直した。
「ジョルノは、僕がイタリアに遊びに行ったときに偶然会った人じゃないんだ」
「え?」
「元々、承太郎さんに頼まれて調べに行った人なんだよ」
由花子は目を瞬かせた。
「承太郎さんに?」
「うん。汐華初流乃っていう男の子を探してほしいって頼まれてね。イタリアに住んでいるんだけど、元々は日本で生まれた人なんだ」
「……しおばな、はるの?」
「そう。それがジョルノのもう一つの名前。お母さんが日本人で、お父さんは外国人なんだって」
由花子は少し考え込んだ。ジョルノ・ジョバァーナという名前から、てっきり生粋のイタリア人だと思っていた。まさか日本人の血を引いているとは想像もしていなかった。
「それで、承太郎さんはどうしてその人を調べていたの?」
「えっと……それは、ちょっと事情があって……」
康一は言葉を濁した。
ジョルノの父親が、かつて承太郎たちと敵対したDIOという男であること。そして、そのDIOが普通の人間ではなかったこと。さすがに、そういった事情まで気軽に話していいものか判断がつかなかった。
それに、康一自身も承太郎からすべての事情を聞かされているわけではない。自分に依頼されたのは、あくまで汐華初流乃という少年の調査であり、その人物がDIOに似た危険な存在かどうかを確かめることだった。
「とにかく、僕はジョルノを調べるためにイタリアに行ったんだ。最初はひどい奴だと思ったけど、後でスタンド使いとの戦いに巻き込まれてね。そのとき、ジョルノと一緒に戦ったんだよ」
「……スタンド使いとの戦い?」
由花子の表情が変わった。
「康一くん、そんな危険な目に遭っていたの?」
「あっ」
しまった、と康一は思った。話を収めようとして、余計なことまで口走ってしまった。
「いや、でも! ちゃんと無事だったし! ジョルノだって僕を助けてくれたんだから!」
「……そう」
由花子は黙り込んだ。その長い黒髪が、ゆっくりと揺れる。
「……由花子さん?」
「康一くん」
「は、はい!」
「その人が康一くんを助けてくれたことは分かったわ。そこはちゃんと感謝しなくちゃいけないわね」
「う、うん!」
「でも」
由花子は康一の目をまっすぐに見つめた。
「最初にカバンを盗んだのは、その人なのよね?」
「……うん」
「だったら、そこはきちんとしてもらわないと」
康一は机に突っ伏したくなった。どうやら、何を説明しても結論は変わらないらしい。
「由花子さん、僕は本当にもういいんだよ。ジョルノが何を考えているのか、僕なりに分かったつもりだし……」
「ええ。康一くんがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね。でも、その人が立派な考えを持っていることと、康一くんにしたことは別じゃないかしら?」
言われてみれば、その通りではある。康一がジョルノを信頼するようになったことと、荷物を盗まれた事実、この二つは確かに別の問題だ。
「安心して、康一くん。別に喧嘩をしに行くわけじゃあないのよ。ちゃんと謝ってもらって、弁償について話し合うだけだから」
「……本当に?」
「ええ。約束するわ」
康一はしばらく由花子を見つめた。その表情に嘘はないように見える。少なくとも、今の彼女は本気で話し合いによって解決するつもりなのだろう。
それでも、彼女が康一のためにどこまで行動するのかについては、これまでの経験から嫌というほど知っている。
「……絶対に、危ないことはしないでね?」
「もちろんよ」
由花子は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、康一くん。心配してくれて」
そう言って康一の手を握る。康一は困ったように笑った。彼女を心配しているのは本当だ。しかし、だからといってイタリア行きに賛成したわけではない。
「でもね、由花子さん。僕はまだ……」
「それに、あたし一人じゃないもの。虹村くんも露伴先生も一緒に来てくれるんだから」
康一の表情が固まった。
虹村億泰。岸辺露伴。山岸由花子。
この三人が一緒にイタリアへ行く。
(……やっぱりダメだ)
康一は確信した。
(絶対に何か起こるよ、これ……!)
---
その日の夜。空条承太郎は、一本の電話を受けていた。
『……というわけなんです、承太郎さん』
受話器の向こうから聞こえてきた康一の説明を、承太郎は黙って聞いていた。
「……つまり、山岸由花子がジョルノ・ジョバァーナに会うためにイタリアへ行こうとしている。そういうことか?」
『はい……』
「しかも、岸辺露伴と虹村億泰を連れて?」
『……はい』
承太郎は帽子のつばに手をやった。
「やれやれだぜ……」
『す、すみません! 僕が余計なことを話したせいで……』
「いや、康一くん。おまえが謝ることじゃあない」
承太郎は静かに答えた。
「それで、本人には止めるように言ったんだな?」
『もちろんです! でも、どうしても納得できないみたいで……』
「……そうか」
承太郎は机の上に置かれた資料へ視線を落とした。そこには一人の少年に関する情報が記されている。
汐華初流乃。またの名をジョルノ・ジョバァーナ。日本人女性と、DIOとの間に生まれた少年でかつて承太郎が康一に調査を依頼した人物である。
だが、今となっては、その少年に関する情報は当時とは比較にならないほど増えていた。
『パッショーネ』。
イタリア全土に影響力を持つ、巨大なギャング組織。その頂点に立つ人物こそ、ジョルノ・ジョバァーナだった。そして現在、スピードワゴン財団は、そのパッショーネと一定の協力関係にある。
もっとも、それは組織全体を無条件で信用しているという意味ではない。ジョルノが進める麻薬取引の排除や、スタンドに関係する危険な物品の処理など、両者の利害が一致する部分について協力しているにすぎない。
DIOの息子が巨大な犯罪組織を掌握している。その事実は、承太郎にとって無視できるものではなかった。しかし同時に、ジョルノが父親と同じ道を歩もうとしているわけではないことも、これまでの調査から分かっていた。
特に、最近の出来事だ。
パッショーネ内部に残っていた麻薬取引に関わる勢力が排除され、シチリア島に隠されていた石仮面も破壊された。後者については、スピードワゴン財団にとっても重要な成果だった。
石仮面。
その恐ろしさを、承太郎はよく知っている。自分の祖父や曾祖父の世代から続く、ジョースター家とDIOとの因縁。それに深く関わってきた危険な代物が、また一つこの世から消えたのである。
さらに、財団とパッショーネの間には、ジョルノ本人とは別に重要な協力者も存在する。
ジャン=ピエール・ポルナレフ。
かつて承太郎と共にエジプトを旅し、DIOと戦った男。そのポルナレフが今、パッショーネの新体制を支える立場にあることも、承太郎は財団から報告を受けていた。
彼が生きていることについては、承太郎もすでに知っていた。ただし、その身に何が起きたのか、現在どのような状態にあるのかについては、報告書を通じて把握しているにすぎない。本人と直接言葉を交わす機会は、まだ得られていなかった。
そんな状況で、突然日本から三人のスタンド使いがジョルノを探しにやってくる。しかも理由は、八か月ほど前に盗まれたカバン。
(……まったく)
承太郎は小さく息を吐いた。
普通に考えれば、放っておけばいい話だった。被害者本人である康一はすでにジョルノを許している。今さら他人が口を挟む問題ではない。
しかし、今回の相手は山岸由花子だ。彼女のスタンド能力も、康一に対する執着心も、承太郎は以前から知っている。そこへ虹村億泰と岸辺露伴まで加わるという。
三人とも強力なスタンド使いであり、しかもそれぞれが独自の判断で行動する人間だ。パッショーネの縄張りで万が一衝突が起これば、事態がどこまで拡大するか分かったものではない。
まして、ジョルノは単なるスタンド使いではない。イタリアの裏社会に大きな影響力を持つ組織のボスだ。由花子たちがそのことを知らずに接触しようとすれば、本人に会う前に組織の人間と揉め事を起こす可能性すらある。
『……承太郎さん?』
康一の声で、承太郎は思考を中断した。
「ああ、聞いている」
『どうしたらいいでしょうか……』
「まずは、もう一度山岸由花子を説得してみろ。それと、岸辺露伴にも連絡を取っておいてくれ」
『露伴先生に?』
「ああ。俺からも話す」
『分かりました!』
承太郎は一度言葉を切った。
「それと康一くん」
『はい?』
「ジョルノ・ジョバァーナの現在の居場所について、あいつらに何か教えたか?」
『いえ、名前とナポリに住んでいることくらいしか……。僕が知っているのも、春に調べた学校の住所とか、その頃に住んでいた場所くらいですし』
「そうか。なら、今はそれ以上教えなくていい」
『……え?』
「こちらでも確認しておく。本人に会わせるかどうかも含めてな」
『あの……承太郎さんは、ジョルノのことを何か知っているんですか?』
承太郎は一瞬だけ黙った。
康一は、春の時点でジョルノの人柄を信頼し、調査を終えている。それ以降、ジョルノがどのような道を歩んだのかについては、詳しく知らされていない。
「以前とは、少し事情が変わっている」
『事情、ですか?』
「ああ。だが、今はおまえが心配する必要はない。まずは山岸由花子を説得してくれ」
『……分かりました』
康一はなおも何か聞きたそうだったが、承太郎はそれ以上説明しなかった。ジョルノの現在の立場を伝えれば、康一がさらに心配することは目に見えている。かといって、いつまでも隠し続けられる情報でもない。
少なくとも、今の段階では三人の渡航を思いとどまらせることが先決だった。
「……やれやれ」
受話器を置いた承太郎は、今度は別の番号を押し始めた。連絡先は、スピードワゴン財団。
仮に三人がイタリア行きを諦めなかったとしても、財団が現地での安全を確保し、パッショーネ側に事情を伝えておけば、無用な衝突は避けられるかもしれない。
もちろん、そんな理由で財団の資金を好き勝手に使うつもりはなかった。今回の問題は、財団の協力相手であるパッショーネのボスに、事情を知らない日本人スタンド使いが接触しようとしていることにある。
両者の安全を確保し、無用な対立を避けるためなら、財団が介入する理由もある。
何より、放っておいた場合の方が面倒なことになりかねない。
(あの三人なら、なおさらだ)
承太郎は受話器を耳に当てた。
どうやら、少々厄介な仕事が増えそうだった。
---
「……はあ?」
岸辺露伴は、自宅の仕事部屋で眉をひそめた。電話の相手は空条承太郎だった。
「ちょっと待ってくれ、承太郎さん。どうしてあなたがその話を知っているんだ?」
『康一くんから聞いた』
「ああ、なるほど。いかにも康一くんらしいな」
露伴は納得したように頷いた。そして、机の上に広げていたイタリアの地図へ目を落とす。
「で? まさか、イタリアへ行くなと言うために電話してきたんじゃあないだろうね?」
『そのまさかだ』
「お断りだ」
即答だった。受話器の向こうで承太郎が沈黙する。
「ぼくは取材のために行くんだ。山岸由花子の復讐に付き合うつもりはないし、ましてや他人に旅行先を決められる筋合いもない」
『おまえが興味を持っているのは、ジョルノ・ジョバァーナのスタンド能力か?』
「ほう。話が早いじゃあないか」
露伴は椅子の背もたれに体重を預けた。
「物体を生物に変える能力だそうだな。実に興味深い。康一くんの話によれば、カバンをカエルに変えたらしい。これが本物の生命を生み出しているのか、それとも外見だけを変化させているのか……」
『露伴』
「何だい?」
『相手がスタンド使いだと分かっているなら、なおさら慎重に行動するべきだ』
「当然だろう。ぼくだって馬鹿じゃあない」
承太郎は何も言わなかった。露伴は少し不愉快になった。
「……何だ、その沈黙は」
『いや、何でもない』
「絶対に何か言いたいことがあるだろう!」
『とにかく、ジョルノに接触するなら勝手な真似はするな。相手の能力も、今の立場も、おまえたちが考えているほど単純じゃあない』
「……今の立場?」
露伴の目つきが変わった。
「どういう意味だ?」
『詳しいことは言えん』
「おいおい、それはないだろう。こっちは取材のためにわざわざ外国まで行こうとしているんだぞ。何か知っているなら教えてくれたっていいじゃあないか」
『話せない事情がある』
「……ふうん」
露伴は顎に手を当てた。どうやら、承太郎はジョルノについて何か知っているらしい。しかも、その情報は簡単には明かせない性質のものだという。
(ますます興味が湧いてきたぞ)
露伴の口元が僅かに緩んだ。そんな彼の様子など知る由もない承太郎は、話を続けた。
『どうしても行くというなら、スピードワゴン財団に連絡を取っておく』
「……財団?」
『ああ。渡航の手配と、現地での安全確保について協力させる』
「おいおい、ずいぶん大げさじゃあないか。たかがイタリア旅行だぞ?」
『たかが旅行で済むなら、それに越したことはない』
承太郎の言葉に、露伴は小さく眉を動かした。やはり、何かある。
「……つまり、財団がぼくたちのスポンサーになってくれるということか?」
『必要な支援はする。ただし、条件がある』
「条件?」
『ジョルノへの暴力行為は認めん。現地で危険が生じた場合は、すぐに財団の担当者へ連絡しろ』
「それだけかい?」
『それと、何か異常なことが分かった場合は報告してもらう』
「……最後のは何だ? ぼくを財団の調査員にするつもりか?」
『そういうわけじゃあない。だが、今回は財団の協力相手にも関わる問題なんでな』
「……協力相手?」
露伴はその言葉を聞き逃さなかった。
「おい、承太郎さん。ジョルノ・ジョバァーナと財団には、何か関係があるのか?」
『それ以上は聞くな』
「聞くなと言われて、はいそうですかと引き下がるとでも思っているのかい?」
『おまえなら、そう言うと思ったぜ』
承太郎の短い応対に、露伴は不機嫌そうに鼻を鳴らした。が、それ以上は追及しなかった。
スピードワゴン財団。承太郎と深い関係を持つ、巨大な組織。その財団が、たった一人の少年への接触について、ここまで慎重な態度を取っている。どう考えても普通ではない。
「……分かったよ」
やがて露伴は口を開いた。
「ただし、ぼくの取材には口を出さないでもらいたいね。それと、旅費くらい自分で払える。財団から金をもらって仕事をするつもりはない」
『好きにしろ。ただ、現地での連絡は必ず取れるようにしておけ』
「はいはい。分かったよ」
『……頼んだぞ、露伴』
「まったく。心配性な人だ」
露伴はそう言って電話を切った。そして、机の上に置かれたノートへ視線を移す。そこには、すでにいくつかの項目が書き込まれていた。
『ジョルノ・ジョバァーナ』
『物体を生命に変えるスタンド』
露伴はペンを取り、さらに一行を書き加えた。
『スピードワゴン財団との関係?』
「……面白くなってきたじゃあないか」
彼の顔には、漫画家としての笑みが浮かんでいた。
---
数日後。
山岸由花子と虹村億泰は、スピードワゴン財団の関係者との待ち合わせ場所を訪れていた。露伴も同行している。もっとも、彼はすでに自分の旅費を手配するつもりらしく、今回の話し合いについてはほとんど興味がなさそうだった。
「いやァ~、それにしてもスゲーよなァ!」
億泰が感心したように声を上げる。
「まさか外国に行くのを手伝ってくれるなんてよォ! スピードワゴン財団ってのは太っ腹だぜ!」
「虹村くん。あまり騒がないでちょうだい」
「分かってるって!」
そう答えながらも、億泰は落ち着きなく周囲を見回していた。三人が案内されたのは、落ち着いた雰囲気の会議室だった。
しばらくすると、スーツ姿の男性が入ってきた。
「お待たせいたしました。スピードワゴン財団の者です」
男性は丁寧に頭を下げると、三人の前に資料を置いた。
「今回のイタリア渡航について、空条承太郎氏から連絡を受けております」
「はい。よろしくお願いします」
由花子が礼儀正しく頭を下げる。露伴は資料に目を通し、億泰は隣からそれを覗き込んだ。
「まず、皆様の渡航予定ですが、パスポートの取得状況などを考慮し、十一月下旬を目安に調整しております」
「十一月下旬かァ……」
億泰は指を折って数え始めた。
「つーことは、あと何週間かあるってことだよな?」
「はい。必要な手続きについては、こちらからご案内いたします」
「おお! 助かるぜ!」
財団の職員は穏やかに微笑んだ。
「また、山岸様と虹村様については、学校への欠席連絡や保護者の方へのご説明なども必要になるかと思います。そちらはご本人にお願いすることになりますが、必要であれば旅程を記載した書類をこちらで用意いたします」
「……学校かァ」
億泰は露骨に顔をしかめた。
「そういや、そんな話もあったな……」
「虹村くん。ちゃんと手続きはするのよ」
「分かってるって!」
由花子に注意され、億泰は渋々頷いた。露伴はそんな二人を一瞥すると、呆れたように口を開く。
「まったく。君たちは海外旅行に行くという自覚があるのか?」
「うっせーな! ちゃんと準備してるだろーが!」
「パスポートの取り方も知らなかった男がよく言うよ」
「んだとォ!?」
二人が言い合いを始めかけたところで、由花子が間に入った。
「二人とも。今はお話を聞きましょう」
職員は苦笑しながら資料を一枚めくった。
「渡航先はイタリア、ナポリ。滞在中の宿泊先についても、こちらで手配可能です」
「飛行機代も?」
「今回の支援対象となる渡航費については、財団で負担する予定です。ただし、観光や私的な買い物にかかる費用は各自でお願いいたします」
「マジかよォ!?」
億泰の顔がぱっと明るくなった。
「おい露伴! 聞いたか!? 飛行機代出してくれるってよ!」
「聞こえているよ。そんな大声を出さなくたってな」
露伴はうんざりしたように答えた。
「第一、ぼくは自分で払うと言っただろう」
「なんだよォ、もったいねーな!」
「ぼくは君と違って、自分の金で旅行に行けるんだよ」
「んだとォ!?」
「二人とも、静かにしてちょうだい」
由花子の一言で、二人は口を閉じた。職員は一瞬だけ困ったような表情を浮かべたが、すぐに話を続けた。
「ただし、今回の支援にはいくつか条件がございます」
「条件?」
由花子が尋ねる。
「はい。まず、現地での行動についてですが、危険な場所への立ち入りや、スタンド能力を用いた争いは極力避けていただきたいのです。また、万一の事態が発生した場合には、現地担当者へ速やかにご連絡いただくことになります」
「それはもちろんです」
由花子は即答した。
「あたしたちは、ある方に謝罪をお願いしに行くだけですから」
職員は頷いた。
「その件についても伺っております。ただし、相手の方が面会を拒否された場合、財団として無理に接触を取り次ぐことはできません」
「……そうですか」
由花子は少し考え込んだ。
「では、その方がどこにいらっしゃるか、調べていただくことは可能でしょうか?」
「現在、先方の関係者に面会の可否を確認しております。ただし、本人の承諾が得られるまでは、居場所や連絡先をお教えすることはできません」
「……面会の確認はしてくださっているんですか?」
「はい。もっとも、先方にもご都合がございますので、必ずしもご希望に添えるとは限りません」
「……分かりました」
由花子は頷いた。少なくとも、財団がジョルノとの面会について動いてくれているのなら、むやみに情報を聞き出す必要はない。
だが、それだけでイタリア行きを取りやめるつもりもなかった。
もし先方が面会を拒否したら、そのときは自分で探せばいい。必要なら何度でも足を運び、康一にしたことを思い出してもらうまで話をするつもりだった。
もちろん、それをわざわざ財団の職員に伝えるほど、由花子も考えなしではない。
一方、そのやり取りを聞いていた露伴は、僅かに目を細めた。
(……妙だな)
財団の態度には、どこか引っかかるところがあった。渡航費や宿泊先の手配については、驚くほど協力的だ。しかし、ジョルノ・ジョバァーナ本人に関する情報となると、途端に慎重になる。しかも今の説明からすると、財団はジョルノ本人、あるいは彼の関係者に連絡を取れる立場にあるらしい。
「……一ついいかい?」
露伴が口を開いた。
「はい、何でしょう?」
「君たちは、ジョルノ・ジョバァーナという少年について、かなり詳しく知っているんじゃあないのか?」
職員は僅かに間を置いた。
「……その件については、お答えできません」
「ほう?」
露伴は笑みを浮かべた。
「知らない、とは言わないんだな」
「岸辺様」
職員の表情は変わらなかった。
「私どもは、皆様が安全に渡航できるよう支援する立場です。ジョルノ・ジョバァーナ氏に関する情報についても、先方の了承なくお伝えすることはできません」
「……なるほどね」
露伴は顎に手を当てた。
「じゃあ、仮に先方が面会を拒否したら?」
「その場合は、残念ですが財団からご紹介することはできません」
「ぼくが自分で調べる分には構わないんだろう?」
「……岸辺様。できれば、先方からのお返事をお待ちいただきたいのですが」
「質問に答えてもらいたいね」
職員は僅かに息を吐いた。
「私どもに皆様の私的な行動を制限する権限はございません。ただし、危険な接触を避けるよう、空条承太郎氏から強く申し付かっております」
「そうかい」
露伴はそれだけ答えると、椅子の背もたれに体重を預けた。
どうやら、これ以上質問してもまともな答えは返ってこないだろう。しかし、確信したことが一つある。
ジョルノ・ジョバァーナ。
ただの泥棒にしては、周囲の反応があまりにも大げさだ。しかもスピードワゴン財団が、彼への接触についてここまで慎重になっている。
(……一体何者なんだ、あの少年は?)
露伴の好奇心は、ますます強くなっていた。
一方、億泰は資料の別の箇所を熱心に眺めていた。
「……なあ、これってさ」
「はい?」
「ホテルの朝飯って付いてんの?」
「……はい。朝食付きで手配する予定ですが」
「おおッ! やったぜ!」
由花子は小さくため息をつき、露伴は額に手を当てた。職員だけが、何とも言えない笑顔を浮かべていた。
---
同日、イタリア。
ナポリ市内の、とある建物。その一室では、一人の少年が書類に目を通していた。
金色の髪を特徴的な形にまとめた、端正な顔立ちの少年。ジョルノ・ジョバァーナ。十六歳。そして、イタリアの巨大ギャング組織『パッショーネ』の頂点に立つ人物である。
「……麻薬取引に関わっていた残党については、ほぼ処理が完了したようですね」
ジョルノは書類を机に置いた。向かいに座っていた男が頷く。
パンナコッタ・フーゴ。
かつてブローノ・ブチャラティのチームに所属し、現在は再びパッショーネの一員として活動している青年だった。
「はい。以前のような規模で活動できる勢力は、もう残っていないはずです。ただ、末端の流通経路については引き続き監視が必要でしょう」
「分かりました。そこは任せます」
「ええ。何か動きがあれば報告します」
フーゴは書類をまとめた。
かつての自分なら、ここまで冷静に仕事を進めることはできなかったかもしれない。しかし、今は違う。あのシチリアでの任務を経て、彼は自分自身の弱さと向き合い、再び前へ進むことを決めた。そして、その機会を与えてくれたのが、目の前の少年だった。
もっとも、だからといって激しい気性が消え去ったわけではない。今回の報告書にも、思わず腹が立つような内容はいくつもある。麻薬取引を再開しようとした末端の構成員の中には、子供を利用しようとした者までいた。
以前の自分なら、報告を受けたその場で怒鳴り散らしていたかもしれない。だが、怒りのままに動いたところで問題が解決するわけではないことを、フーゴは今では理解している。
「……ところで、ジョジョ」
フーゴが口を開いた。
「スピードワゴン財団から連絡が入っているそうですが」
「財団から?」
「ええ。詳しい内容はポルナレフさんの方で確認しているそうです」
「そうですか」
ジョルノは少し考えた。
スピードワゴン財団。今やパッショーネにとって、無視できない重要な協力相手である。もっとも、両者の関係は単純なものではなかった。
財団は、ジョルノの出自に関する情報を持っている。そして、その出自こそが、財団が彼を警戒する理由の一つでもあった。
空条承太郎。
財団と深い関わりを持つその人物について、ジョルノも以前から名前を聞いていた。かつてポルナレフと共に戦ったスタンド使いであり、現在も特異な能力に関係する問題を追っている人物だという。
ジョルノ自身が承太郎と直接会ったことは、まだない。
そのため、財団を通じてどのような情報が伝えられているのかについては、慎重に見極める必要があった。
「……ポルナレフさんに確認しましょう」
ジョルノはそう言って立ち上がった。
---
「……日本から三人のスタンド使いが?」
ポルナレフの声を聞いたミスタは、思わず眉をひそめた。
「そうだ」
テーブルの上には、一匹の亀がいた。ココ・ジャンボ。そのスタンド能力によって生み出された特殊な空間に、現在のポルナレフの意識は留まっている。
かつての肉体を失った今も、彼は新生パッショーネを支える重要な存在だった。その知識と経験は、組織の人間にとって決して軽視できるものではない。
「スピードワゴン財団から連絡があってな。どうやら、近いうちに日本から三人の人間がナポリへ来るらしい」
「へえ。観光客か?」
「普通の観光客なら、わざわざ財団が連絡してくるわけがないだろう」
「まあ、そりゃそうだ」
ミスタは肩をすくめた。
「で、その三人ってのは何者なんだ?」
「山岸由花子。岸辺露伴。虹村億泰」
ポルナレフが名前を読み上げる。
「三人ともスタンド使いで、日本の杜王町という町に住んでいるそうだ」
「杜王町?」
ミスタは首を傾げた。
「聞いたことねーな」
「日本の町だ。承太郎が以前、調査で滞在していた場所でもある」
「……承太郎?」
その名前に、ミスタは少しだけ表情を引き締めた。
空条承太郎。スピードワゴン財団との関係を通じて、彼の名前は聞いたことがある。ポルナレフの昔の仲間であり、かなり強力なスタンド使いだとも聞いていた。
「ちょっと待てよ。そいつら、承太郎の仲間なのか?」
「少なくとも知り合いではあるらしい。もっとも、財団の正式な調査員というわけではないようだがな」
「ふうん……」
ミスタは腕を組んだ。
「で、その三人が何しに来るんだ?」
「それがな……」
ポルナレフの声に、僅かな困惑が混じった。
「ジョルノに会いたいそうなんだ」
「……ジョルノに?」
「ああ」
「なんで?」
「ある人物に関する、個人的な用件らしい」
「……何だそりゃ?」
ミスタはますます訳が分からなくなった。
日本から三人のスタンド使いがやってくる。しかも、スピードワゴン財団が渡航を支援している。その目的が、ジョルノへの個人的な用件。
普通に考えれば、警戒するべき案件だった。しかし、財団が事前に連絡してきたということは、少なくとも組織同士の敵対行動を目的とした訪問ではないのだろう。
「……で、その三人の目的ってのは、何なんだよ?」
「どうも、ジョルノに謝罪を求めているらしい」
「……は?」
ミスタは目を丸くした。
「謝罪?」
「そうだ」
「誰が?」
「ジョルノが、だ」
「……ジョルノが?」
ミスタはしばらく黙り込んだ。
「……何やったんだよ、あいつ」
「さあな。私にも詳しいことは分からん」
ポルナレフはため息をついた。
「ただ、財団からは、できれば穏便に話し合いの場を設けてほしいと言われている」
「穏便に、ねえ……」
ミスタは頭を掻いた。
「まあ、ジョルノに聞けば分かるだろ」
「そうだな」
ポルナレフも同意した。
もっとも、彼自身も少々気になることがあった。先ほど財団から渡された資料には、三人のプロフィールが簡単に記されていた。
山岸由花子。岸辺露伴。虹村億泰。
特に最後の二人については、スタンド能力の概要も記載されている。他人を本に変えて記憶を読む能力。そして、空間そのものを削り取る能力。
「……まったく」
ポルナレフは小さく呟いた。
「承太郎の知り合いには、相変わらずとんでもない能力者が多いな……」
「何だって?」
「いや、こっちの話だ」
そのとき、部屋の扉が開いた。ジョルノが入ってくる。
「ポルナレフさん。財団から連絡があったと聞きましたが」
「ああ。ちょうどその件について話していたところだ」
ジョルノは席に着いた。
「何か問題でも?」
「いや、問題というほどではないんだが……」
ポルナレフは少し言葉を選んだ。
「日本から三人のスタンド使いが来るそうだ。どうやら、君に用があるらしい」
「ぼくに?」
「ああ。山岸由花子という女性が中心になっているそうだ」
ジョルノは記憶を探った。
山岸由花子。聞き覚えのない名前だった。
「……すみません。心当たりがありませんね」
「そうか」
「その方は、どうしてぼくに?」
「詳しいことはまだ確認中だが、どうも知人が君から被害を受けたと言っているらしい」
「……被害?」
ジョルノは眉を寄せた。
現在のパッショーネには、過去の犯罪行為に関する問題が山ほど残っている。旧体制下で起きた事件。組織によって傷つけられた人々。そういった問題について、ジョルノは可能な限り対処するつもりだった。
しかし、今回の相手は日本人だという。しかも、わざわざイタリアまで会いに来ようとしている。
「……その方の知人というのは、どなたですか?」
ジョルノが尋ねた。ポルナレフは手元の資料を確認した。
「ええと……広瀬康一という少年だそうだ」
ジョルノの動きが止まった。
「……広瀬、康一?」
「ああ。知っているのか?」
「……ええ」
ジョルノは静かに頷いた。
もちろん覚えている。
八か月ほど前、空港で出会った日本人の少年で自分が旅行鞄を盗んだ相手。その後、ポルポのスタンドとの戦いで共闘したスタンド使い。
広瀬康一。
彼のことを忘れたわけではなかった。
「……康一さん、ですか」
ジョルノは小さく呟いた。ミスタが怪訝そうに顔を覗き込む。
「おいジョルノ。どうした?」
「いえ……。その人には、確かに以前お会いしたことがあります」
「知り合いなのか?」
「ええ。康一さんには、ぼくがまだ組織に入る前に迷惑をかけたことがあるんです」
「迷惑?」
「はい」
「何したんだ?」
ジョルノは一瞬だけ言葉を選んだ。それから、いつもと変わらない落ち着いた口調で答える。
「彼の荷物を盗みました」
ミスタは瞬きをした。
「……は?」
「空港で、旅行鞄を盗んだんです」
ポルナレフも一瞬、言葉を失った。
「……おい」
やがてミスタが口を開いた。
「ちょっと待て、ジョルノ」
「はい?」
「おまえ、今なんつった?」
「旅行鞄を盗んだ、と」
「……何やってんだよ、おまえ」
ミスタは呆れたように頭を掻いた。
ジョルノがギャングになる前、どんな生活をしていたのかについて、ミスタは細かく聞いたことがない。だが、まさか空港で旅行者のカバンを盗んでいたとは思わなかった。
「その頃はまだ、組織に入る前でしたから」
「いや、そういう問題じゃあねーだろ!」
ミスタは思わず声を上げた。
「つーか、その日本人は何なんだよ!? カバン盗まれたからって、わざわざ日本からイタリアまで文句言いに来るってのか!?」
「……どうやら、そういうことのようですね」
ジョルノは静かに答えた。
「もっとも、康一さんご本人がいらっしゃるわけではないようですが」
「ああ、そうだったな。山岸由花子って女が来るんだったか」
「ええ。その方と康一さんがどういう関係なのか、まだ分かりませんけど」
ジョルノはそこで少し考え込んだ。
康一には確かに迷惑をかけた。荷物を盗み、その中身を売り払ったことも事実である。ただし、その後に二人で戦い、互いの考えを知る機会があった。
別れるときの康一の態度からして、すでに自分のことを許してくれていたのではないかと、ジョルノは考えていた。
しかし、それは自分が勝手にそう思っていただけかもしれない。
少なくとも、盗みを働いた側が、相手は許してくれたはずだと言い張るのは筋違いだろう。
「……ポルナレフさん」
「何だ?」
「その方たちの目的が、ぼくへの謝罪を求めることだけなのか、もう少し詳しく確認してもらえますか?」
「ああ。そのつもりだ」
ポルナレフは頷いた。
一方、彼もまた何とも言えない気持ちになっていた。
空条承太郎。スピードワゴン財団。日本からやってくる三人のスタンド使い。そしてジョルノ・ジョバァーナ。
これらが複雑に絡み合う事態を、どうにか穏便に収めなければならない。その原因が、八か月前のカバン泥棒。
(……承太郎)
ポルナレフは心の中で、かつての戦友に語りかけた。
(おまえの周りは、どうしてこうも面倒なことばかり起こるんだ……)
もっとも、その問いに答える者はいなかった。
ジョルノはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……分かりました」
「ジョルノ?」
「その方たちが本当にぼくへの謝罪を求めているのであれば、話を聞くべきでしょう」
「……いいのか?」
ポルナレフが尋ねた。
「ええ。実際に盗んだのは事実ですから」
ジョルノの声は落ち着いていた。
「ですが、今のぼくの立場を考えると、いきなりお会いするわけにはいきません。まずは、相手の目的と身元を確かめる必要があります」
「そうだな。こちらでも調べておこう」
「それと、面会を希望されている三人について、もう少し詳しい情報をいただけますか?」
「ああ。財団から簡単な資料が届いている」
「では、確認させてください」
ポルナレフは資料の内容を読み上げた。
山岸由花子。スタンド『ラブ・デラックス』。自身の髪を自在に操る能力を持つ少女。
岸辺露伴。スタンド『ヘブンズ・ドアー』。人間を本のような状態にし、その記憶や情報を読み取ることができる漫画家。
虹村億泰。スタンド『ザ・ハンド』。右手で触れた空間を削り取る能力を持つ少年。
説明を聞き終えたジョルノは、僅かに眉を動かした。
「……なるほど。どなたも、かなり強力な能力をお持ちのようですね」
「ああ。特に岸辺露伴という男の能力は、警戒しておいた方がいいだろう」
ポルナレフの声が僅かに硬くなった。
「他人の記憶を読める能力なんて、ギャング組織にとっては厄介極まりないからな」
「ええ。ぼく個人のことを調べたいというのであれば、話をする余地はあります。でも、組織の機密や仲間に関する情報まで、勝手に調べられるわけにはいきません」
ジョルノは静かに頷いた。
「相手がどのような方であっても、そこは譲れません」
「分かっている。財団にも、その点は伝えておこう」
「お願いします」
そしてジョルノは続けた。
「ただし、こちらから敵対するつもりもありません。面会の前に必要な確認を行い、双方が納得したうえで話し合う。それが一番いいと思います」
「そうだな。フーゴにも伝えておこう」
ポルナレフは頷いた。
ジョルノが謝罪を求められること自体は、別に問題ではない。過去に行ったことへの責任を取るというのなら、それは本人が判断するべきことだ。
しかし、組織のボスに直接接触しようとするスタンド使いを、何の警戒もせずに迎え入れるわけにはいかない。
まして相手は、承太郎と関係のある人物たちである。
互いに敵意がないのなら、なおさら無用な誤解を避ける必要があった。
一方、ミスタはまだ納得がいかない様子だった。
「……しかしよォ」
「何です、ミスタ?」
「その女、よっぽどその康一って奴のことが大事なんだな」
「……そうですね」
ジョルノは同意した。
少なくとも、わざわざ海を越えてまで謝罪を求めに来ようとしているのだから、並々ならぬ思いがあるのだろう。
「……ま、なんにせよ、いきなり襲ってくるような連中じゃなきゃいいけどな」
「そこは財団の方でも確認してくれているはずです」
「だったらいいんだけどよォ」
ミスタは頭を掻いた。
しかし、ジョルノはまだ知らなかった。山岸由花子という少女が、どのような人物なのか。そして、その愛情が、時としてどれほど凄まじい行動力に変わるのかを。
もっとも、それを知っていたとしても、彼の対応が大きく変わることはなかったかもしれない。
彼にとって重要なのは、自分がしたことに責任を持つこと。そして、それとは別に、今の自分が守るべきものを守ることだった。
「それでは、財団への返答はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。こちらから連絡しておく」
「ありがとうございます」
ジョルノは席を立った。その背中を見送りながら、ミスタはぽつりと呟いた。
「……なあ、ポルナレフ」
「何だ?」
「これ、本当にただの謝罪で済むと思うか?」
ポルナレフはすぐには答えなかった。正直なところ、分からなかった。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
日本からやってくる三人のスタンド使い。その能力と経歴を考えれば、決して軽視できる相手ではない。そして彼らの中心にいる少女は、恋人のカバンを盗んだ少年に謝罪を求めて、わざわざイタリアまでやってこようとしている。
普通ではない。
どう考えても普通ではなかった。
「……まったく」
ポルナレフは小さく息を吐いた。
「平和な日々ってのは、そう長く続かないもんだな……」
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それから数日後。杜王町。
山岸由花子のもとに、スピードワゴン財団から連絡が入った。渡航日程が決まり、航空券と宿泊先の手配が進んだという知らせだった。
「……ありがとうございます」
由花子は電話を切ると、机の上に広げていたノートへ視線を落とした。そこには、イタリアでの予定が丁寧な字で書き込まれていた。
渡航準備。宿泊先。現地での移動手段。
そして、最後の一行。
『ジョルノ・ジョバァーナに謝罪してもらう』
由花子はその文字を見つめ、静かに微笑んだ。
「……待っていなさい、ジョルノ・ジョバァーナ」
窓の外では、秋の風が木々を揺らしていた。
遠く離れたイタリアで、当のジョルノがすでに彼女たちの訪問を知っていることなど、由花子は想像もしていない。そして彼女自身も、これから会いに行く少年が、イタリアの裏社会を支配する存在になっているとは知る由もなかった。
ただ、彼女の目的は最初から何一つ変わっていない。
大好きな康一くんに、きちんと謝ってもらう。
それだけである。
こうして、スピードワゴン財団と新生パッショーネという二つの巨大組織の協力を得て、三人の日本人による奇妙なイタリア旅行は、いよいよ現実のものとなろうとしていた。
もっとも、当事者たちの中で、この旅を最も気楽に考えていたのは、おそらく虹村億泰だっただろう。
何しろ彼は、由花子がイタリア行きの知らせを受け取ったその頃、自宅で旅行雑誌を眺めながら、こんなことを考えていたのだから。
「……本場のピッツァ、楽しみだなァ~!」
――To Be Continued.
簡単なキャラクター紹介
山岸由花子:パワフルな恋する乙女。
広瀬康一:お人好しで優しい。由花子の彼氏。
虹村億泰:気のいいおバカ。
岸部露伴:漫画家。変人。
空条承太郎:口下手な海洋生物学者。