MFG GREAT ––ナスカーの刺客–– 作:車っていいなって思うんすよね
「……くそっ!」
カマロの運転席。
ベンジャミンは、前方を睨んでいた。
青いアルピーヌ。
その車体が、コーナーの向こうへ消えていく。
――ヴォオオオオッ!!
アクセルを踏み込む。
6.2リッターV8が、力強く応える。
ストレートでの加速なら、カマロに分がある。
排気量。
最高出力。
そして、豊かなトルク。
そのすべてが、アルピーヌを上回っている。
だが。
「……っ!」
次のコーナー。
ベンジャミンは、ブレーキペダルを踏み込んだ。
――グッ!
重量級の車体が、強烈な減速Gを生み出す。
フロントタイヤへ荷重が集中する。
そして、ターンイン。
――ググッ!
カマロが向きを変える。
しかし。
(……まだだ!)
ベンジャミンは、わずかに眉をひそめた。
思っていたよりも、フロントの入りが遅い。
もちろん、車が曲がらないわけではない。
むしろ、奥山のセッティングによって、以前よりも遥かに扱いやすくなっている。
だが。
限界に近づけば近づくほど、重量による慣性の大きさが顔を出す。
アルピーヌのような軽量スポーツカーとは、根本的に動きが違うのだ。
「……チッ!」
ベンジャミンは舌打ちした。
だが、無理にステアリングを切り足したりはしない。
そんなことをすれば、フロントタイヤに余計な負担がかかるだけだ。
代わりに、アクセルを開くタイミングを調整する。
コーナー出口。
車体の向きが整った瞬間。
――ヴォオオオオオオッ!!
カマロが猛然と加速する。
「……よし!」
ベンジャミンは前方へ視線を向けた。
青い車体が見える。
まだ、追いつけない距離ではない。
だが。
次のコーナーに差しかかった瞬間。
その差は、再び広がってしまった。
「……っ!」
アルピーヌの動きが、あまりにも速い。
しかも、ただ軽量な車体の性能に任せているわけではなかった。
(……ブレーキングが上手え!)
ベンジャミンは、前方の走りを分析する。
減速のタイミング。
車体の姿勢。
そして、コーナーへの進入ライン。
そのすべてが、見事に噛み合っていた。
特に印象的なのは、ブレーキングから旋回への移行だった。
減速が終わると同時に、車体が自然に向きを変える。
タイヤのグリップを無駄に使っていない。
そのため、コーナーの出口でも失速しない。
(……こいつ、かなり腕が立つな!)
ベンジャミンは、歯を見せて笑った。
悔しい。
だが、それ以上に。
楽しかった。
目の前には、自分の知らない速いドライバーがいる。
しかも、ただ者ではない。
その事実が、彼の闘争心を刺激していた。
「……へへっ!」
再びアクセルを踏み込む。
「いいぜ! もっと見せてみろよ!」
しかし。
次の連続コーナーで、状況が変わった。
アルピーヌが、まるで道路の形状を知り尽くしているかのように走り抜けていく。
一つ目のコーナー。
二つ目のコーナー。
そして、三つ目。
切り返しのたびに、車体の動きが驚くほど小さい。
対するカマロは、どうしても大きな荷重移動を伴う。
右へ。
左へ。
そして、再び右へ。
重量級の車体を切り返すには、それだけ時間が必要になる。
当然、ベンジャミンもそれを理解していた。
だからこそ、無理にアルピーヌと同じラインを通ろうとはしない。
自分の車に適したラインを選び、できる限り速度を維持する。
しかし――。
「……くそっ!」
少しずつ。
本当に、少しずつ。
青い車体が遠ざかっていく。
ベンジャミンは、決して運転を乱していなかった。
ブレーキングポイントも、適切だった。
車体の挙動を見極めながら、コーナーごとに最適な操作を探っている。
だが、彼にはまだ足りないものがあった。
この日本の山岳道路に対する経験。
そして、奥山によって新しく仕上げられたカマロSSへの習熟である。
この車で限界域を走るのは、今日が初めてだった。
サスペンションの動き。
荷重をかけた時の反応。
グリップの限界。
そのすべてを、まだ完全には把握しきれていない。
対するアルピーヌは、軽量な車体を生かし、山道を実に軽快に駆け抜けていく。
そして何より。
そのステアリングを握るドライバーの技術が、極めて高かった。
「……っ!」
次のコーナー。
アルピーヌが、鋭く向きを変える。
そして――。
青い車体は、カーブの向こうへ消えた。
「……!」
ベンジャミンは、すぐさま次のコーナーへ進入する。
だが。
「…………」
その先に、青い車体はなかった。
「……マジかよ」
思わず、声が漏れる。
さらに次のコーナー。
視線を遠くへ向ける。
しかし。
どこにも、アルピーヌの姿は見えなかった。
「…………」
ベンジャミンは、ゆっくりと息を吐いた。
そして。
「……ハハッ」
小さく笑った。
「……やられたぜ」
その声には、悔しさが滲んでいた。
だが、同時に。
抑えきれない興奮もあった。
「……あいつ、何者だ?」
ベンジャミンは、青い車体が消えた方向を見つめた。
ゼッケン4。
アルピーヌA110。
そして、あのドライビング。
ただの速い車ではない。
ただの腕自慢でもない。
間違いなく、一流のレーシングドライバーだった。
「……へへっ」
ベンジャミンは、再び口元を吊り上げる。
「面白え……」
ステアリングを握る手に、自然と力が入った。
「……めちゃくちゃ面白えじゃねえか!!」
箱根の山中に、彼の笑い声が響いた。
* * *
それから、しばらくして。
走行を終えた二台の車が、再び駐車スペースへ戻ってきた。
先に停車した86の運転席から、カナタが降りてくる。
「……ふぅ」
続いて、カマロも停車した。
――ヴォルルルルン……。
V8エンジンが停止する。
そして。
「……くっそぉぉぉ!!」
運転席から飛び出してきたベンジャミンが、悔しそうに叫んだ。
「何なんだよ、あのアルピーヌ!!」
「……ベン?」
カナタが目を瞬かせる。
ベンジャミンは、両手を腰に当てた。
「お前も見ただろ!? あの青いヤツ!」
「うん」
「スゲェ速かったよな!?」
「……うん。速かったね」
カナタは静かに頷いた。
彼もまた、あのアルピーヌの走りを見ていた。
あの車は、間違いなく速かった。
特に、コーナーでの動き。
無駄のないライン取り。
そして、路面のグリップを的確に使い切るドライビング。
それらは、カナタの目から見ても見事なものだった。
「……すごく上手なドライバーだったよ」
「だよなぁ!」
ベンジャミンは勢いよく頷く。
「俺もそう思った!」
そして、悔しそうに腕を組んだ。
「くっそ……もう少しで追いつけそうだったのに……!」
「……ベン」
「ん?」
「でも、無理はしなかったんでしょ?」
その言葉に、ベンジャミンは少しだけ目を丸くした。
そして。
「……当たり前だろ?」
真剣な表情で答えた。
「追いつきたいからって、無茶苦茶な走りをしたら意味ねえよ」
「……うん」
「それに、今日はシェイクダウンだからな。まだ車の限界を全部把握できてるわけじゃねえ」
ベンジャミンは、カマロへ視線を向ける。
「奥山さんのセッティングは最高だ。でも、俺がまだ完全に使いこなせてない」
「……そうだね」
「特に連続コーナーだ。ああいう場所じゃ、やっぱり重量が効いてくる」
ベンジャミンは、手を動かしながら説明を続ける。
「右から左への切り返し。あそこで、どうしても車体の動きが大きくなるんだよな」
「うん」
「それに、あのアルピーヌ……ブレーキングが上手かった」
その声には、素直な称賛があった。
「ただ軽いだけじゃねえ。あのドライバー、ちゃんと車を使い切ってやがる」
カナタは微笑んだ。
「……僕もそう思うよ」
「へへっ……!」
ベンジャミンは、悔しそうに笑う。
「……ああいうヤツがいるから、レースって面白えんだよな!」
その表情には、先ほどまでの苛立ちはほとんど残っていなかった。
あるのは、純粋な闘争心。
そして、次こそ追いついてやるという強い意志だった。
すると。
「……ああ、やっぱり……」
少し離れた場所から、声が聞こえてきた。
二人が振り返る。
そこには、緒方が立っていた。
「……緒方さん?」
カナタが首を傾げる。
緒方は、ベンジャミンへ視線を向けた。
「ベンジャミン。さっき、青いアルピーヌって言ったよな?」
「ん? ああ!」
「ゼッケン、付いてた?」
「おう! 4番だったぜ!」
「……やっぱりかぁ……」
緒方は、何やら納得したように頷いた。
その様子を見て、ベンジャミンが首を傾げる。
「……ミスター緒方?」
「ん?」
「あいつ、知ってるのか?」
「ああ。知ってるよ」
「……マジで!?」
ベンジャミンが身を乗り出した。
「誰なんだ!? あのアルピーヌ!」
緒方は、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……あれ? 知らないの?」
「知らねえ! だから聞いてんだろ!」
「いや、MFGのドライバーなんだけど……」
「……MFG?」
その言葉に、ベンジャミンの表情が変わった。
緒方は頷く。
「そう。あの青いアルピーヌA110は、MFGの参戦車両だよ」
「……!」
「ドライバーは、沢渡光輝」
「……サワタリ?」
「ああ。沢渡光輝」
緒方は続ける。
「去年のMFGで、総合ランキング4位だったドライバーだ」
「…………」
ベンジャミンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……フォース?」
「え?」
「……4位?」
「ああ」
「……去年のMFGで?」
「そう」
「…………」
数秒の沈黙。
そして――。
「うおおおおおおおっ!!」
ベンジャミンが突然、両拳を突き上げた。
「マジかよ!!」
「うわっ!?」
緒方が思わず身を引く。
ベンジャミンは満面の笑みを浮かべていた。
「去年の4位!? あいつ、そんなスゲェドライバーだったのか!!」
「そ、そうだよ……」
「ハハハッ! そりゃ速えわけだ!!」
その声には、驚きと喜びが入り混じっていた。
カナタが微笑む。
「……なるほど。沢渡光輝さん、か」
「おう! 覚えたぜ!」
ベンジャミンは、嬉しそうに頷いた。
だが。
緒方の話は、まだ終わっていなかった。
「……それとさ」
「ん?」
「沢渡は、次の芦ノ湖GTから参戦する予定なんだよ」
「…………」
その瞬間。
ベンジャミンの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……え?」
「だから、次の第2戦。芦ノ湖GTから出場するんだ」
「…………」
ベンジャミンは、ゆっくりと目を見開いた。
そして。
「……ってことは」
「ん?」
「あいつと……」
ベンジャミンの口元が、再び吊り上がる。
「……次のレースで戦えるってことか?」
緒方は頷いた。
「……まあ、予選を通過できればね」
「…………」
その瞬間。
ベンジャミンの表情が、完全に変わった。
「……へへっ」
小さく笑う。
そして。
「……ハハッ!」
笑い声が、徐々に大きくなっていく。
「ハハハハハッ!!」
その様子を見て、緒方は少しだけ眉をひそめた。
「……ベンジャミン?」
だが、彼の声は届いていなかった。
ベンジャミンは、満面の笑みを浮かべていた。
「……最高じゃねえか!!」
その声は、箱根の山中に響き渡った。
「次のレースで、あいつと戦えるんだろ!?」
「あ、ああ……」
「だったら話は早え!!」
ベンジャミンは、自分のカマロへ振り返った。
ターコイズグリーンのボディ。
ゼッケン283。
そして、そのボンネットの下に収められた、大排気量V8エンジン。
「……へへっ」
彼は、嬉しそうに笑った。
「待ってろよ、沢渡光輝……!」
その声には、強い闘志が宿っていた。
「次は、絶対に追いついてやるからな!!」
* * *
夕方。
箱根の山々が、少しずつ茜色に染まり始めていた。
駐車スペースには、二台のスポーツカーが並んでいる。
ライトニングレッドのトヨタ86GT。
そして、ターコイズグリーンのシボレー・カマロSS。
その傍らでは、カナタとベンジャミンが今日の走行について話し合っていた。
「……それでさ、カナタ」
「ん?」
「お前から見て、俺のカマロの動き、どうだった?」
カナタは少し考え込む。
「……そうだね。最初より、ずっと良くなってたと思うよ」
「おっ!」
「特に二回目の走行。コーナーの進入から立ち上がりまで、動きがすごくスムーズになってた」
「へへっ! だろ!?」
ベンジャミンは嬉しそうに笑う。
「俺もそう感じてたんだ! 奥山さんのセッティング、かなりいいぜ!」
「うん。でも……」
「ん?」
「まだ、少し難しそうだったね」
その言葉に、ベンジャミンは頷いた。
「ああ。特に連続コーナーだな」
そう言って、カマロのボンネットへ視線を落とす。
「右から左への切り返し。あそこで、どうしても車体の動きが大きくなるんだよな」
「やっぱり、車重の影響が大きいんだと思う」
「だよなぁ……」
ベンジャミンは腕を組んだ。
シボレー・カマロSS。
6.2リッター自然吸気V8エンジンを搭載する、アメリカンマッスルカー。
圧倒的なエンジンパワーと豊かなトルクを誇る一方、その大柄な車体と重量は、日本の山岳道路では決して小さくないハンディキャップとなる。
それは、今日の走行でも明らかだった。
特に、あの青いアルピーヌ。
沢渡光輝が操るA110との走りの違いは、ベンジャミン自身が誰よりも痛感していた。
「……ったく。あのアルピーヌ、速かったなぁ」
ベンジャミンが、悔しそうに呟く。
「……うん」
カナタも静かに頷いた。
「すごく上手なドライバーだったね」
「だよな! 特にブレーキング!」
ベンジャミンは身振りを交えながら続ける。
「減速してから車の向きを変えるまでが、めちゃくちゃスムーズなんだよ! しかも、コーナーの出口じゃ全然失速してねえ!」
「うん。車の性能を、上手く引き出してたと思う」
「……へへっ」
ベンジャミンは小さく笑った。
「去年のMFGで4位だったってのも納得だぜ」
そう言って、夕暮れの空を見上げる。
沢渡光輝。
前年のMFG総合ランキング4位。
その実力の一端を、今日、ベンジャミンは間近で目にした。
そして――。
追いつくことができなかった。
「……正直さ」
「……?」
「もっと追いつけると思ってたんだよな」
ベンジャミンは、カマロへ視線を戻した。
「ストレートじゃ、こっちの方がパワーあるだろ? だったら、コーナーで多少離されても何とかなると思ってた」
「……うん」
「でも、そう簡単にはいかなかった」
その声には、わずかな悔しさが滲んでいた。
しかし。
「……ま、当然っちゃ当然だけどな!」
ベンジャミンは、すぐに笑った。
「向こうはMFGで実績を残してるドライバーだ。日本の山道だって、俺よりずっと走り慣れてるだろうしな!」
そう言いながら、カマロのボンネットを軽く叩く。
「それに、こいつだってまだ完成形じゃねえ!」
「……ベン」
「足回りも、ブレーキも、まだ詰められるところがある。今日のデータを奥山さんに見てもらえば、もっと良くなるはずだ!」
ベンジャミンは、得意げに笑った。
「それに何より、俺自身がもっとこいつに慣れなきゃな!」
その言葉に、カナタは微笑んだ。
「……そうだね」
「へへっ!」
ベンジャミンは胸を張る。
「俺、アメリカじゃストックカーを散々走らせてきたんだぜ?」
「うん。知ってるよ」
「重い車を速く走らせるのは、慣れてんだ!」
それは、決して根拠のない自信ではなかった。
幼い頃からカートに乗り、クォーターミジェットで数々のタイトルを獲得。
14歳からはUSFジュニアやNASCARにも参戦し、異なるカテゴリーで勝利を重ねてきた。
軽量で繊細なフォーミュラカー。
そして、大きく重いストックカー。
まったく性質の異なるマシンを操ってきた経験。
それこそが、ベンジャミンの強みだった。
もちろん、MFGはそれらとは違う。
日本の公道。
激しい高低差。
複雑なコーナー。
そして、慣れない路面状況。
覚えるべきことは、まだ山ほどある。
だが――。
「……へへっ」
ベンジャミンは、ニヤリと笑った。
「だから面白えんだよな!」
「……ふふっ」
「簡単に勝てるレースなんざ、つまんねえだろ?」
その言葉に、カナタも笑った。
「……うん。僕もそう思うよ」
「だろ!?」
ベンジャミンは嬉しそうに頷く。
「それに、あんなスゲェドライバーが次のレースに出てくるんだぜ!?」
彼の目が、再び輝き始める。
「沢渡光輝……! 今から楽しみで仕方ねえよ!」
そう言って、拳を握り締めた。
「次に会う時は、今日みたいにはいかねえからな!」
その声には、強い闘志が宿っていた。
カナタは、そんな従兄弟を見つめていた。
そして、思わず笑みをこぼす。
「……ふふっ」
「……何だよ?」
「いや……」
カナタは、少し懐かしそうに目を細めた。
「やっぱり、ベンは昔から変わらないなって」
「……またそれかよ!」
「だって、そうなんだもん」
カナタは笑った。
「昔から、負けるとすぐに次の勝負をしたがるんだから」
「当たり前だろ!」
ベンジャミンは胸を張る。
「負けっぱなしなんて、俺の性に合わねえんだよ!」
「……うん。知ってる」
カナタは頷いた。
そして、少しだけ真剣な表情になる。
「でも、ベン」
「ん?」
「僕だって、負けるつもりはないよ」
「…………」
その瞬間。
ベンジャミンの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「……へへっ」
そして、笑った。
「……そうこなくっちゃな!」
二人は、互いを見つめ合う。
カナタ・カタギリ。
ベンジャミン・リヴィントン。
幼い頃から、何度も競い合ってきた従兄弟同士。
だが、今はもう、ただの子供ではない。
世界中の強豪たちが集う公道レースに挑む、二人のレーシングドライバーだった。
「……楽しみだぜ、カナタ!」
「僕もだよ、ベン!」
二人は、笑い合った。
そんな様子を少し離れた場所から眺めていた緒方は、思わず苦笑する。
「……まったく」
小さくため息をつく。
「本当に、レースが好きなんだなぁ。二人とも……」
今日のテスト走行。
そして、沢渡光輝との思いがけない遭遇。
普通なら、あれほど実力のあるドライバーに圧倒されれば、多少なりとも自信を失ってしまいそうなものだ。
しかし、ベンジャミンは違った。
悔しさを感じながらも、その目は次の勝負を見据えている。
カナタもまた、そんな従兄弟の挑戦を心から喜んでいる。
仲のよい従兄弟同士。
だが、レースとなれば話は別だ。
互いを認め合いながらも、決して負けたくない。
緒方は、そんな二人へ視線を向けた。
「……こりゃ、次のレースも大変そうだなぁ……」
その声には、呆れと同じくらいの期待が滲んでいた。
やがて、帰り支度を終えたベンジャミンは、改めて愛車を見つめた。
ターコイズグリーンのボディ。
長いボンネット。
その下に収められた、6.2リッター自然吸気V8エンジン。
そして、ドアに貼り付けられたゼッケン。
――283。
ベンジャミン・リヴィントン。
彼が、これからMFGで背負う番号。
間もなく始まる、MFG第2戦。
芦ノ湖GT。
世界各国から集まった強豪たちが、再び日本の公道で激突する。
ポルシェ。
フェラーリ。
ランボルギーニ。
そして――。
青いアルピーヌA110。
ゼッケン4。
沢渡光輝。
前年のMFG総合ランキング4位という実績を持つ、強力なライバル。
今日、ベンジャミンはその実力を目の当たりにした。
そして、改めて知ったのである。
このMFGという舞台には、自分がまだ知らない強者たちがいるということを。
だが、それは決して恐れるべきことではなかった。
むしろ――。
これほど胸が躍ることが、他にあるだろうか。
「……へへっ」
ベンジャミンは、嬉しそうに笑った。
まだ、誰も知らない。
この283という番号が、どこまで上り詰めるのか。
どれほどのライバルを相手に、戦うことになるのか。
そして。
この大柄なアメリカンマッスルカーが、日本の公道でどんな走りを見せるのか。
その答えは、まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
今日の走行によって、ベンジャミンは新たな目標を見つけた。
そして、その胸の中には、これまで以上に強い闘志が燃え上がっていた。
「……さあて!」
ベンジャミンは、勢いよく運転席のドアを開けた。
そして、振り返る。
「カナタ!」
「ん?」
「次のレース、楽しみにしてろよ!」
カナタは微笑んだ。
「うん。楽しみにしてるよ、ベン」
「へへっ! 今度は俺が、お前を驚かせてやるからな!」
「ふふっ。それは楽しみだね」
二人は、もう一度笑い合った。
夕陽に照らされた二台のスポーツカー。
ライトニングレッドの86GT。
そして、ターコイズグリーンのカマロSS。
日本とアメリカ。
軽量なスポーツカーと、重量級のマッスルカー。
まったく異なる二台が、間もなく同じ舞台に立つ。
MFG第2戦。
芦ノ湖GT。
そこで、どのような戦いが待っているのか。
それは、まだ誰にも分からない。
ただ――。
一人のアメリカ人レーシングドライバーが、新たな公道最速伝説へ向けて、確かな一歩を踏み出したことだけは間違いなかった。