自由気ままな狐のヒーローアカデミア   作:沖ノ鳥島産ポテチ

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妖狐、雄英を目指す

 

「よーし、これで僕の勝ち!」

 

 狐雨真はコントローラーを持ったまま、嬉しそうに両手を上げた。

 テレビの画面には、対戦ゲームの勝敗を示す結果が表示されている。

 

「ええっ!? ちょっと待って、今の絶対おかしいでしょ!」

 

 隣に座っていた相場愛美が、納得いかないという顔で画面を指さした。

 紅色の髪を左右で結んだツインテールが、彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れる。大きな瞳を目いっぱい見開く姿は、まるで子どものように表情豊かだった。

 

「おかしくないよ。ちゃんとルールどおりだもん」

 

「いやいやいや! 最後のあれ、どうやったの!?」

 

「秘密」

 

「こらーっ、狐雨真!」

 

 愛美が狐雨真の頬を軽くつつく。

 狐雨真はくすくすと笑いながら、彼女の手をそっと押し戻した。

 

「そんなに悔しいなら、もう一回やる?」

 

「当然! 次こそ勝つんだから!」

 

「ふふっ。じゃあ、負けたほうがおやつを用意するっていうのはどう?」

 

「いいわよ! その勝負、受けて立つ!」

 

 勢いよく宣言した愛美を見て、狐雨真は楽しそうに目を細めた。

 白い狐耳が、機嫌よさそうにぴくりと動く。その後ろでは、三本の白い尻尾がゆったりと揺れていた。

 小柄な身体に、白い髪と赤い瞳。そして頭から生えた狐耳と三本の尻尾。

 

 彼の姿は、人間とは少し違う。

 けれど、本人はそんなことを気にする様子もなく、今日も自由気ままに過ごしていた。

 ゲームを再開しようとした、そのときだった。

 

『続いてのニュースです。本日は、将来のヒーローを育成する名門校、雄英高校についてご紹介します』

 

 テレビから聞こえてきたアナウンサーの声に、狐雨真の手が止まった。

 画面には、立派な校舎と広大な敷地、そして訓練に励む生徒たちの姿が映し出されていた。

 

『雄英高校は、数多くのプロヒーローを輩出してきた教育機関です。ヒーロー科では、個性を活用した実践的な訓練をはじめ、さまざまな授業が行われています』

 

「……へえ」

 

 狐雨真は、興味深そうに画面を眺めた。

 

「雄英高校、かあ」

 

「ん? どうしたの?」

 

 隣から愛美が顔を覗き込む。

 

「いや、ちょっと気になってね」

 

「雄英に?」

 

「うん。いろんな個性を持った人たちが集まって、ヒーローになるために勉強してるんでしょ?」

 

「そうみたいね。かなり有名な学校だし、入学するのも大変なんじゃない?」

 

「ふーん……」

 

 狐雨真は自分の手のひらを見つめた。

 

 彼の個性は『妖狐』。

 変身、幻術、催眠、狐火、狐憑き、霊力や呪術。そして、見た目からは想像しにくいほどの身体能力。

 

 できることは多い。

 けれど、そのすべてを理解しているわけではなかった。

 自分の力がどこまで通用するのか。何ができて、何ができないのか。

 独学で試すことはできても、限界や可能性を知るには、まだまだ経験が足りない。

 

 それに――。

 

「知らない世界って、面白そうだよね」

 

 狐雨真は、画面の向こうに広がる学校を見ながら呟いた。

 

「……僕、雄英に行ってみようかな」

 

「えっ?」

 

 愛美が目を丸くした。

 

「雄英高校を受験するってこと?」

 

「うん。せっかくだし、もっといろんなことを知りたいんだ。僕の個性についても、ヒーローについてもね」

 

 狐雨真は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それに、楽しそうじゃない?」

 

「ふふっ。狐雨真らしい理由ね」

 

 愛美は呆れたように笑ったが、すぐに表情を和らげた。

 

「でも、いいと思うわ。やりたいことが見つかったなら、挑戦してみなさいよ」

 

「応援してくれる?」

 

「もちろん!」

 

 愛美は胸を張った。

 

「狐雨真が決めたことなら、私は応援するわ。勉強で困ったら相談に乗るし、試験の準備だって手伝ってあげる!」

 

「ありがとう、愛美」

 

 狐雨真は嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、さっそく調べてみようかな」

 

 彼がテーブルの上に置いてあった端末へ手を伸ばす。

 その横顔を見つめながら、愛美はふと、遠い日の出来事を思い出していた。

 

――自分が初めて、この不思議な少年と出会った日のことを。

 

*

 

回想――夏休み明けの帰り道

 

 中学一年生の夏休みが明けた頃。

 

 相場愛美には、気になっている男子がいた。

 いつから好きになったのか、きっかけは何だったのか。今となっては、細かなことまで説明できない。

 

 ただ、顔を見ると嬉しくなった。

 少し話せただけで、その日の出来事が特別なものに思えた。

 もっと話したい。もっと自分を知ってほしい。

 そんな気持ちが、日を追うごとに膨らんでいった。

 そして愛美は、思い切って手紙を書くことにした。

 

 好きになった理由。

 相手の素敵だと思うところ。

 これまでに交わした会話のこと。

 これからもっと仲良くなりたいという願い。

 

 伝えたいことをひとつずつ書き連ねているうちに、便箋は何枚にも増えていった。

 何度も書き直し、何度も読み返し、最後には自分でも驚くほど分厚い手紙ができあがった。

 今思えば、相手の気持ちを十分に考えられていない部分もあったのかもしれない。

 それでも、当時の愛美にとっては、精いっぱいの勇気を込めた大切な手紙だった。

 

ところが――。

 

 その気持ちは、愛美が望んでいた形では受け止められなかった。

 手紙の内容を悪く言われた。

 自分の真剣な気持ちが、笑い話のように扱われた。

 そのことを知った瞬間、愛美の胸はぎゅっと締めつけられた。

 恥ずかしかった。

 悲しかった。

 

 そして、何よりも、自分の気持ちそのものを否定されたように感じた。

 

「……なんで、そんなこと言うのよ」

 

 帰り道。

 

 愛美は俯きながら、とぼとぼと歩いていた。

 勇気を出したことを後悔したくはなかった。

 けれど、あんなふうに言われるくらいなら、最初から何もしなければよかったのだろうか。

 そんな考えが、頭の中をぐるぐると回っていた。

 

そのときだった。

 

「……ねえ、大丈夫?」

 

 ふいに、柔らかな声が聞こえた。

 

 愛美が顔を上げると、そこには見慣れない少年が立っていた。

 白い髪に、赤い瞳。頭には白い狐耳が生え、腰の後ろからはニ本の白い尻尾が伸びている。

 人間とは違う、不思議な姿。けれど、少年の表情には警戒させるようなものはなかった。

 ただ、こちらを気遣うように、穏やかな目で見つめていた。

 

「……え?」

 

「なんだか、悲しそうな顔をしてたから」

 

 少年は少しだけ首を傾げた。

 

「無理に話さなくてもいいよ。でも、誰かに聞いてほしいことがあるなら、僕でよければ聞くから」

 

 その言葉に、愛美は戸惑った。

 見知らぬ相手だ。

 それなのに、不思議と怖くはなかった。

 むしろ、その優しい声を聞いた途端、胸の奥に押し込めていたものが、少しずつ溢れそうになった。

 

「……私ね」

 

 愛美は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 好きな人がいたこと。

 一生懸命に手紙を書いたこと。

 そして、その手紙を悪く言われてしまったこと。

 話しているうちに、声が震えた。

 

「私、そんなに変なこと書いたのかな……。ただ、好きだって伝えたかっただけなのに」

 

 少年は口を挟まず、最後まで耳を傾けていた。

 やがて愛美が話し終えると、彼は静かに口を開いた。

 

「そっか。それは悲しかったね」

 

 その一言は、とても素朴なものだった。

 けれど、愛美の気持ちを笑うことも、面白がることもなかった。

 

「勇気を出して気持ちを伝えたんだもんね。そんなふうに言われたら、傷つくのも無理ないよ」

 

「……うん」

 

「好きな人に、自分のことを知ってほしいって思うのは、悪いことじゃないと思うよ」

 

 少年はそう言って、柔らかく微笑んだ。

 

「ただ、相手にも相手の気持ちがあるからね。伝え方や距離の取り方は、これから少しずつ覚えていけばいいんじゃないかな」

 

 愛美は目を瞬かせた。

 怒られたわけではない。

 何もかも正しかったと言われたわけでもない。

 それでも、傷ついた気持ちをそのまま受け止めてもらえたことが、何よりも嬉しかった。

 

「……あなた、変な子ね」

 

「えっ、そう?」

 

 少年は自分の狐耳に触れた。

 

「この姿のこと?」

 

「それもあるけど……」

 

 愛美は、ほんの少しだけ笑った。

 

「初対面なのに、そんなに優しくしてくれるなんて思わなかったから」

 

「そうかな?」

 

 少年は不思議そうに瞬きをした。

 

「悲しそうな人がいたら、気になるでしょ?」

 

 あまりにも自然な言い方だった。

 まるで、それが特別なことではないかのように。

 愛美はしばらく少年を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……ありがとう」

 

「うん」

 

「私、相場愛美。あなたは?」

 

「鈴心狐雨真。狐雨真って呼んでくれたらいいよ」

 

「狐雨真……」

 

 愛美はその名前を口にした。

 忘れないように、心の中でもう一度繰り返す。

 

「ねえ、狐雨真」

 

「なあに?」

 

「また、会ってもいい?」

 

 少年は一瞬だけ目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。

 

「もちろん。会いたいと思ってくれるなら、いつでも」

 

 その笑顔を見て、愛美の胸が少しだけ軽くなった。

 傷ついた出来事が、すぐに消えてなくなるわけではない。

 それでも、今日という日が、悲しいだけの一日ではなくなった。

 この日を境に、愛美は狐雨真と少しずつ言葉を交わすようになった。

 何気ない話をしたり、一緒に過ごしたり。

 気づけば、彼は愛美にとって、気を張らずに自分らしくいられる大切な存在になっていた。

 

 そして、いつしか愛美の中には、初めて出会った日の感謝だけでは言い表せない、特別な気持ちが育っていた。

 

*

 

「……愛美?」

 

 呼びかけられて、愛美は我に返った。

 目の前では、狐雨真が不思議そうにこちらを見つめている。

 

「どうしたの? ぼーっとして」

 

「ううん。ちょっと昔のことを思い出してたの」

 

「昔のこと?」

 

「そう。狐雨真と初めて会った日のこと」

 

「ああ、あの日か」

 

 狐雨真は懐かしそうに笑った。

 

「愛美、すごく落ち込んでたよね」

 

「ちょ、ちょっと! そんなことまで覚えてるの!?」

 

「覚えてるよ。大事な思い出だもん」

 

 あっさりと返され、愛美は言葉に詰まった。

 それから照れ隠しのように、狐雨真の頭を軽く撫でる。

 

「……もう。そういうところ、ずるいんだから」

 

「えへへ」

 

 狐雨真はくすぐったそうに目を細めた。

 しばらくして、愛美は彼の手元にある端末へ視線を移した。

 画面には、雄英高校の入試に関する情報が表示されている。

 

「それで、受験するって決めたの?」

 

「うん。まずは募集要項を調べて、必要な勉強を始めようと思ってる」

 

「そっか。じゃあ、今日から忙しくなりそうね」

 

「そうかも。でも、楽しみだよ」

 

 狐雨真の声には、隠しきれない期待が滲んでいた。

 

新しい場所。知らない人々。

 

 自分の知らない個性や、今まで経験したことのない出来事。

 考えるだけで、胸が弾んだ。

 

 もちろん、試験に合格できる保証はない。

 勉強も必要だろうし、自分の個性についても、もっと理解を深めなければならない。

 それでも、挑戦してみたいと思った。

 

「よし。まずは勉強からだね」

 

 狐雨真は端末を操作し、必要な情報を調べ始めた。愛美も隣から画面を覗き込む。

 

「わからないところがあったら言ってね。私にできることなら手伝うから」

 

「ありがとう。頼りにしてるよ」

 

「ふふん。任せなさい!」

 

 愛美は得意げに胸を張った。

 そんな彼女を見て、狐雨真は楽しそうに笑う。

 

 それからの日々、狐雨真は雄英高校の受験に向けて少しずつ準備を始めた。

 勉強をして、個性の使い方を確かめて、ときには愛美と休憩がてらゲームを楽しむ。

 思いどおりにいかないこともあったが、焦る必要はない。

 

 一歩ずつ進んでいけばいいのだ。

 自由気ままに生きてきた妖狐が、自分の意志で新しい世界へ踏み出そうとしている。

 その先にどんな出会いが待っているのか、今の狐雨真にはまだわからない。

 

 ただ一つ確かなのは――。

 

「愛美、勉強が終わったらゲームしようね!」

 

「いいわよ! 今度こそ絶対に勝つんだから!」

 

「ふふっ。楽しみにしてるよ」

 

 これからも、彼らの日常は続いていくということだった。

 

 そして、雄英高校の入学試験の日は、少しずつ近づいていた。

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