朝を知らせる目覚ましが鳴る前にいつも目が覚める。この艦に来てからはいつもそうだ。
まぁ、国を丸ごと失った戦時下で、朝までぐっすり眠るだなんてありえないかと、部屋の主はむくりとベッドから起き上がり、洗面所に向かう。
歯を磨き、顔を洗い、軽く髪と髭を整えて食堂に向かう。食堂では既にジョーカー隊の仲間達が席に座り朝食を進めていた。
「あ、コスター来た。おはよ」
「ん、ターシャ おはよう」
「遅いぞコスター、また夜更かしして作曲してたのか?」
「んん、最近筆が乗ってしょうがないんだ。おはようレックス」
「おはよう、コスター」
朝の挨拶もそこそこに、コスターはここ最近ずっと自らの定位置であるレックスの隣に腰掛ける。目の前にはターシャが。その隣にはターシャの父親がいつも陣取っており、何となくではあるが「可愛い娘は渡さんぞ」オーラがひしひしと感じられてどうにも居心地が悪い。
空調の風に乗って、隣に座るレックスからふわりとシャンプーの香りがする。官給品ではなく、ケイトかターシャが取り寄せたものをレックスに差し入れたのだろう。自分好みの、シトラスのみずみずしい香りが寝起きの重たい頭をリフレッシュさせてくれる。
前任の隊長であるコープと共に出撃し、敵国ソトアのトップエースの襲撃から唯一生き延びた「生還者」、そしてコープの死後、「シーヴの翼の一番機」と「レックス」のパーソナルネームを引き継いだ謎の少女。
着任当初はそれは驚いたが、今ではこの空母エンデュランスどころかFCU軍に欠かせない存在になっている。先日の夜間哨戒中のターシャとの超音速対艦ミサイルの共同撃墜をはじめ、超人的な活躍が味方だけではなく、敵国でも話題になっているともっぱらの噂だった。
「ようよう! おはようさん、レックス! 諸君! いい朝だねぇ。レックス!お隣失礼するぜ」
「おはようございます、レックス中佐 後ろ、宜しいですかな?」
いい感じに作曲のインスピレーションが湧き始めた所に、どかどかと騒がしく整備班長であるジェンキンズと、エンソー・オーダーから派遣の謎の男D.D.がやってきてレックスの向こう隣と後ろに座ってしまった。
レックスは不思議と人を惹きつける。戦闘機パイロットとして飛びっきりの腕を持ちながら、腕利きに有りがちな傲慢さは欠片も無い。それにレックスは部下を暴力や強い言葉で支配しようとしない。階級ばかり鼻に掛け、優秀な部下を潰すろくでもない将校を多く見てきたコスターには、レックスの将校としての在り方がまぶしい。
そんなレックスの魅力に惹きつけられるように、彼女の周りにはいつも誰かが集まってくる。
相手はコミュ力お化けの整備班長と、ベンチャー企業の社長のようなバイタリティーあふれる企業人である。根暗な音楽オタクの自分と違って話題も経験も何もかもが豊富だ。
「あれ、コスター もういいの?」
「ん、先にハンガーで準備してるよ。じゃあお先にターシャ」
妙にみじめな気分になってきて、コスターは朝食もそこそこに食堂を後にする。
海に向かって開放されたハンガーで。コスターは少し不貞腐れるように耳にヘッドホンを掛けて大音量でお気に入りのロックを流す。
目を瞑ると、ピンク色の髪の天真爛漫な少女と、銀髪に碧眼の物静かな少女の姿が浮かぶ。
前は一人だったのに、二人になってしまった。
煩悩を払うように、コスターは音楽に没頭するのだった。
「うはー すげぇな、やっぱりユークトバニアの機体は美しさと迫力が違うな」
「ふふん、そんなのあったりまえでしょ先生。私の母国の戦闘機なんだからさ」
ハンガーで翼を休める二機の翼を目の当たりに、バクスターとターシャが興味深そうに機体の周りを歩いて回る。
今日の任務はエンソー・オーダーから届いた新機体の調整と受領だ。地上のハンガーには二機のSu-35がピカピカの翼を誇らしげに輝かせていた。
ジョーカー隊の活躍のデータ提供に応じてエンソー・オーダー社より新機体の供給があるのだが、先日のレックスとターシャの活躍はとんでもなく価値があるものだったようで、現時点で手に入る最高のユーク製の戦闘機の供給が二機あったのだった。
そこに整備班長の、ターシャ曰くひげ面こと、ジェンキンズ整備班長が姿を現す。
「よーしお前ら、レックスからこの機体の割り当てがあったぞ。一機はターシャ、もう一機はギタリスト、コスターだ!」
「よっしゃー!」
「えっ!? お、俺も?」
ターシャは先の活躍もあったので支給があって当然だ。だが、自分はこの隊の中でも目立って活躍などはしていない。それに、これだけの高級機体であればレックスが乗機して然るべきだ。
「あぁ、レックスの話ではコスターは空戦の時に周りをよく見ている。守る戦いに秀でた彼の戦型には、レーダー捜索範囲が広く、高性能な空対空特殊兵装が装備できるこの機と相性が良いはずだから、きっと乗りこなして活躍してくれる。って言ってたぜ。良かったな、ギタリスト。レックスの期待を裏切んなよ」
「ちょ、ちょっとひげ… じゃなくって少佐! 私には? レイ、何か言ってなかった?」
「ひげ…? あぁ、ターシャには言わずもがなだってな。この機の世界最高の高機動性、そのポテンシャルを120%発揮できんのはウチの隊ではターシャしかいないって言ってたぜ」
「くぅ~嬉しいこと言ってくれちゃって 何なのウチの隊長さん最高なんですけど」
ターシャに全く同感だ。コスターはレックスが『見ていてくれた』喜びを噛みしめるように腕を握りしめる。
「な、なぁデイヴ、俺にはなんか無いのか?」
「あぁ、バクスターには次の支給でA-10を割り当てるってさ」
「え、A-10!?」
「なんだ、エリック。不満なのかい? レックスとはいつも一緒に対地攻撃で死線くぐりまくってる仲じゃないか。だからこそ、重装甲・重武装のこの機をバクスターに割り当てるって言ってたぜ。確かに機体はちっと古いが、レックスがD.D.を通してエンソーと交渉して、最新改造パーツの支給も取り付けたんだ。配備までに俺達整備班がきっちり近代化改修してやるから安心しなって」
「ま、まぁ アンタとレックスがそうまで言うなら……」
「良かったじゃん、せんせ~ レイに大事に思われて羨ましいぜ このこの~」
「止めろよターシャ、からかうなって……」
正直、手玉に取られている感じすらある。若干デレまくっている二番機をからかうターシャを見ているとその感想もあながち間違いで無いのかもしれない。
「さぁ ターシャ、ギタリスト! 若いモンはこれからお勉強の時間だぜ」
お勉強?とターシャとコスターが目を見合わせていると、遠方から響くジェット機の轟音がどんどん大きくなってくる。
「とにかく時間が無いからな 我らがレックス先生のご登場だ!」
コスター、ターシャ、バクスターの頭上を一機の戦闘機が高速フライパスしていく。機体には翼のマークが輝いてた。
『コスター、右にブレイクして! あたしが囮になる』
「了解! って、クソっ また撃墜判定喰らった!」
また教官機であるレックスに撃墜判定をされて、ターシャとコスターのSu-35は訓練開始の規定高度に戻る。
機体のスペックでは、こちらがレックスの機体より遥かに上をいっている。だが、レックスは二人のウィークポイントを攻めまくってくるので、全く思うような戦いが出来ない。
『サマーキャンプへようこそ、坊ちゃんお嬢ちゃん! お次は対地・対艦攻撃訓練だ、基礎からおさらいして応用までしっかり叩き込むぞ』
レックスとの空戦で心が折れそうになっているところに、ノリノリな対地攻撃のプロフェッショナル・バクスター教授の楽しそうな声が無線機から響く。結局その日は日没までみっちりと訓練でしごかれる事になったのだった。
「はぁっ……」
シャワーを浴びて、コスターはベッドに体を投げ出す。
とてつもなくハードな一日だった。体力的なものもだが、何よりも最新鋭機を受領した初陣で、隊長を相手に一度もキルを取れなかった。あれだけ優れた戦闘機を融通してもらったのに。不慣れだから、まだ使いこなせて無いだけだから──不甲斐ない言い訳ばかりが頭を過る。
コスターは目を瞑り、レックスの機体が描いていた航跡を思い出す。蒼穹にまるでアートのように描かれる飛行機雲と翼端から生まれるヴェイパートレイル。綺麗だ──訓練中、思わず見惚れてしまう程だった。
レックスの飛び方は自分やバクスター、そしてターシャの飛び方ともまるで違う。
ターシャが風を味方にして飛ぶのなら、レックスは風と大気を従えて飛ぶ。とにかく戦闘飛行中のアベレージスピードが桁違いに速い。
レックスの翼の前では、風も大気もひれ伏し従属せざるを得ない。
ターシャが風の妖精「シルフィード」ならば、レックスは風の女王「メイヴ」だ。
「ん… シルフィードとメイヴか……」
作曲のインスピレーションが湧いて、コスターはスマホのメモ帳にアイディアを打ち込む。
「なんだか一杯やりたい気分だな……」
自分は下戸で酒は飲めない性質だ。だが、こういう時はヤケ酒の一杯でもやりたくなる。
ビールでも一杯やろうとコスターは財布を取り、基地の自販機へ歩みを進める。
「ん……?」
消灯され、暗い廊下を歩むと、ブリーフィングルームからうっすらと明かりが漏れていた。
「消し忘れ… かな?」
ドアのガラスから部屋を覗くと、部屋のソファーに横たわる人影を見つけてコスターは安全確認の為、部屋に入った。
「レックス……」
ソファーの上で横になり、静かに眠るのはレックス。自分達の隊長だった。
ソファーの向かいのテーブルにはリボンのように画面を舞う昼間の自分達の訓練のリプレイと、レックスがターシャとコスターの飛行を分析した手書きのメモがびっしりと残されていた。
二人の飛行のクセや見るべき点、改善すべき点、本人が気づかないような点まで事細やかに。
それを見てコスターは胸が熱くなる。こんなにもこの人は、自分達の事を考えてくれている。
と、そこに薄く透かした窓から風が流れ、カーテンから漏れた満月の月の光がレックスの相貌を照らし出した。
銀色の髪と唇が月光に濡れて艶やかに光っていた。風に舞うシトラスの香りがコスターの周りを風の妖精のように舞って心を惑わす。
「レックス…… レックス、レックス……レイ……」
酩酊したように頭が暴走し、月明かりに誘われる蛾のようにレックスの唇に引き寄せられていく。
あともう少しで─── と、次の瞬間、基地にけたたましい空襲警報のサイレンが鳴り響いた。
『至急至急! 当基地に接近する複数の不明機と船舶を探知! ジョーカー隊各機は至急発進、敵勢力を迎撃せよ』
「警報!?」
「ふもっ!!」
突然の警報に跳ね起きたレックスの胸と太ももに顔を挟み込まれて、コスターが悲鳴を上げる。
「ふも……? こ、コスター!? ご、ごめんなさい。大丈夫?」
「い、いや… 大丈夫。こちらこそごめん、レックス」
「あ、いたいた! レイ!」「レックス! すぐ出撃しよう!」
バクスターとターシャも警報を聞いてブリーフィングルームに入室してきた。レックスも頷き、ハンガーまで急ぎ出撃の準備を整えるべく四人で先を急ぐ。
「……ていうか、コスター なんで鼻血吹いちゃってんの?」
「いや…… 別に…… 気にしないで」
自分はとんでもない事をしようとしていた──コスターは心の中でレックスに地面に額づいて謝りながら先を急ぐ。
だがしかし。バクバクと早る鼓動を抑えつつ、あの柔らかさと温かさを絶対に忘れまいと心に誓うのだった。
『この島に「翼」が来ているらしい。各機一機も逃すなよ!』
敵の通信が混線してくる、空と海上にはどう考えてもこんな辺鄙な基地風情を攻略するには考えられないような戦力が投入されていた。
『ぐわぁっやられた! 脱出する!! 一機とんでもないのがいる! 警戒しろ!』
『ゲレル3! クソったれが、こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ! 基地司令の野郎、俺らにお使いみたいに言いやがって!』
『ゲレル3の脱出を視認! 翼め、なんてクリーンな戦いをしやがる! 舐めたら痛い目を見るって事を思い知らせて… おわぁ!? エンジンに被弾、操縦不能! ちくしょうめ…脱出する!』
レックスと命知らずにも交戦し、瞬く間に叩き落された敵の通信が入ってきて何とも耳心地がいい。
そうだ、平伏しろ。お前たちが今戦っているのは、俺達の隊長。「風の女王」だぞ。
コスターは敵の不運を哀れみ、内心ほくそ笑む。
『凄い、レックスが道を開いてくれた…… コスター、もたもたしてるとレックスにいいとこ見せらんないよ! レックスの翼についていこう! 私が先発する、援護よろしく!』
「喜んで…! 背中は任せてターシャ」
これだけの数の敵を相手にしているのに、不思議と恐怖を感じない。レックスの一騎駆けに呼応するように二機のSu-35の機動の鋭さが切れ味を増していく。
『な、なんだ!? このSu-35、機動が捉えられない』
『アルトゥ2、そいつは囮だ! 六時に方向に敵機!』
『なっ!? まさかっ! しまった… ミサイル被弾! 脱出する!』
敵を手玉に取る見事なロッテ戦法でコスターがみるみる敵を堕としていく。
『コスターがまた一機撃墜! いい感じじゃん、コスター』
「まぁね、先生と相方が最高なもんでね。それとターシャ訂正、今のは共同撃墜だよ」
『おいおいコスター、調子乗ってると敵にまくられるぞ。揚陸艦から大型の多脚戦車の発進を確認! 悪いがこっちはもう弾薬がカンバンだ! 対艦ミサイルを使え!』
バクスターとレックスが海上の敵はほぼ全て撃破したが、最後に大物が残っていた。カニのような形状の戦車がウォータージェットの水しぶきを盛大に上げながら基地に向かって海上を突進してくる。
『何なのアレ!? 海上なのにめっちゃ速いんですけど』
『ウォータージェットからロケットモーターに切り替えやがった…! おいおい、防空ミサイルまで装備してるぞ。ECMまで…… 気をつけろ、敵の最新型の多脚戦車だ!』
「ターシャ!」
『分かってる、コスター。ジョーカー3、マグナム!』
『ジョカー4、マグナム』
二機のSu-35から切り離された超音速対艦ミサイルが海面スレスレをトビウオのように飛行し、四本のミサイルが着弾。多脚戦車は爆炎に包まれる。
『よっし、撃破……してなかった! 敵、さらに増速して接近中! どうしよ…さっきので全部撃っちゃったよ』
『ターシャ、弾薬の残数管理はしっかりしろといつも言ってるだろうが』
「こちらジョーカー3 ターシャ、こっちはまだ一発残ってる。必ず仕留めるよ……」
『コスター!?』
コスターのSu-35が海面スレスレを舐めるように飛行する。CIWSからの砲弾を空中をドリフトするようにかわし、多脚戦車が放つ防空ミサイルをバレルロールでかわす。
『凄い…… コスター、風を翼に捉えてる』
ターシャがコスターの飛行を目の当たりに驚嘆の声を上げる。今までずっと誰かの後ろだった自分が、初めてイニシアティブを握り、戦場をコントロールしている。この世界全てがスローモーションだ。大気の粒子さえも手に取るように見える。首都のドームで、満員の観客を前にして演奏する魂を燃やし尽くすようなギグ。それはきっとこんな高揚に満ちたものなのだろう。
『コスター! いけ! 壁をぶち破れ!』
バクスターが。
『いっけー! やっつけろコスター!』
ターシャが。
『コスター!』
レックスが。
三機全員が、コスターに信頼を託していた。
「ポップアップ!」
コスターの操舵で、Su-35がハイレートクライムを開始する。あまりの速度にCIWSも追従出来ていない。
「テールフリップ!」
天へと駆け上るSu-35の推力偏向ノズルが上面を向き、機体がまるで駒のようにくるりと空中で180度回転し、多脚戦車の直上を獲る。
「ジョーカー4、マグナム!」
鷹が獲物に襲い掛かるように、Su-35から放たれた対艦ミサイルが猛烈な速度で飛翔し、多脚戦車を貫いた。
次の瞬間、満載された弾薬に引火した多脚戦車がブリキ缶のように張り裂け、凄まじい爆発が起こった。夜の闇に高々と上がるきのこ雲が真昼間のように島と海岸を照らし出す。
「「「コスター!!」」」
爆炎に包まれて見えなくなったコスター、三人も同時に無線に問いかけるが応答がない。
だが、赤々とした爆炎の中から、不死鳥のように炎を翼に纏いながらSu-35が姿を現した。
「ふぅ…… こちらジョーカー4、敵多脚戦車撃破」
まるで映画の主人公のように、涼しい声色でコスターが無線に応える。
夜明けの朝日を翼いっぱいに浴びて、Su-35が光り輝く。この戦役の主役の凱旋であった。
その後、新機体の受領を正式に終えたジョーカー隊は、XOを前に任務完了のデブリーフィングを行っていた。
「今回もご苦労だった、ジョーカー隊。新機体は実戦のこの戦果をもって完熟飛行が完了したと見なし、正式にジョーカー隊に配備するものとする」
XOの言葉に、ターシャとコスターがグータッチでやったぜと喜びを分かち合う。
「また、コスターが撃破した多脚戦車についても分析が進んでいる。自爆装置を装備していたようで車体は木っ端みじん、ひどい有様だが使用されていた鋼鉄を分析した結果、エンソー・オーダー、それもゼネラルリソース社製の兵器用高張力鋼鈑が使用されている可能性が高い事が判明した」
「はぁ!? エンソー・オーダーって私達の味方じゃないの?」
ターシャの言葉はもっともだ。自分達に最新鋭の戦闘機を給与してくれた会社が、裏では敵軍と手を結んでいる可能性が浮上したのである。
「分析はこれからであるので、結論はまだ出せない。まぁ、企業には企業なりの、国家との付き合い方があるという事なのかもしれないわね。Su-35にはバックドアは仕掛けられていない事はD.D.を通してエンソーに確認済だから安心なさい。エンソーとしてもこんな事でジョーカー隊とのパイプを失いたくなかったようでそれはもう必死に釈明したそうよ」
「むぅ、それならまぁいいか……」
XOの説明に、ターシャも納得するしかない。
「今回の任務に於いては、特にコスター大尉の活躍が目立った。ジョーカー3との連携はもとより、対艦ミサイルを一発温存し、それで多脚戦車を屠るなど、戦場を大局的な視点で見ていた結果と言える。これは、大尉のパイロットとしての成長を表すものであり、レックス、そしてバクスターの優れた教導によるものだと判断できるものだ。ターシャとコスターの活躍、若いメンバーの成長は頼もしい。勝利のケーキも準備してある、食堂で受け取るように。これからもよろしく頼むぞ、ジョーカー隊。以上だ。解散!」
ぞろぞろとブリーフィングルームを出ていくジョーカー隊の面々を見送り、XOことジェシカ副艦長はジョーカー隊の戦果を記した書類を再度見る。
到底四人の人間が成し得たとは思えない戦果が並んでいた。開戦以来、絶望の淵に在ったこの艦を鼓舞し、支え、奮い立たせてきたジョーカー隊。いや「シーヴの翼」。もう私達は……いや、FCU軍はレックス達四人がいなければ成り立たない所まで来ている。
そしてネット、SNSを介して伝播する「翼」の活躍、情報、噂話。今やその全てがユージア大陸に取り残された人達の心の支えになっている。
いつか、自分を含めたジョーカー隊の存在を望む者達。それらに彼らが押しつぶされてしまうのではないか──それがジェシカには不安で仕方がない。
「神よ、罪深き私たちをお許しください。そして、あの子達にどうか強きご加護を……」
自分は現実主義者、過去の戦争を体験した者だ。血みどろの戦場を目の当たりにした時、神などこの世界にいない事を悟り、もう祈るのを止めた。
都合のいい時だけ祈る者を、神は助く事は無いだろう。だが、今だけは……とジェシカは目を瞑り祈るのだった。
「そういやさ、この艦ってなんで勝利のご褒美がケーキなんだろ? バクスター、知ってる?」
解散後、ぱくぱくと食堂でケーキを食べながら、ターシャふとした疑問をバクスターに聞く。
「ああ? あー… 昔XOが乗機してた空中管制機の慣習だったとか何とか噂で聞いた事はあるがな」
バクスターもあまり詳しい事は知らないようだ。あんなに有能で卓越した指揮能力を持つ人が、ケーキが大好きというのも中々ギャップがあって可愛らしく思える。
「ふ~ん… あ、今回MVPのコスター君! はい、あ~ん」
「んえ? え……えぇ?」
「も~何でそこでキョドっちゃうんだよ ほら」
「んっと、じゃぁ……」
ターシャのケーキに刺さる勝利のケーキ。二枚目に似合わないキョドりっぷりだが、コスターも一口で頂く。
「あ! レイ、コスターがあ~んして欲しいって!」
「ぐほぉ!!」
ターシャ突然の悪ノリに、コスターが思わずえずく。
「そう? それじゃぁ…… コスター はい、あ~ん」
自分の目の前にケーキが刺さったレックスのフォークが差し出される。
「うわっ コスター耳まで真っ赤じゃん! 汗も凄いし…… ほんっと、わかりやしーなぁもう」
「エンデュランスの女神様にあ~んとは、羨ましい限りだぜコスター なぁレックス、俺がMVPだった時にもよろしく頼むな!」
「あっ! ずりいぞおじい! レイ! コスターの次は私ねわたし!」
外野がはやす中、コスターは口を開けてぱくりとケーキを口に入れる。
「ふふ…… 美味しい?」
小首をかしげながら、こちらににっこりと微笑むレックスのあまりの可愛さにコスターは悶絶しそうになる。
レックスがいて、ターシャがいて、バクスターがいる。
誰もが望まない戦争という現実。だが、それが自分達を出会わせてくれた。なんて人生って面白いんだろう、なんて世界って面白いんだろう───コスターはこの湧き上がる思いをいつか曲にしようと胸に誓うのだった。
後日、コスターがレックスとターシャにあ~んされたという噂は瞬く間に広まり、コスターはしばらく艦内の男性(女性も多数含む)からしばらく少々冷たくされたらしい。
海原に沈む夕日が、空を漂う雲と艦影を赤く染め上げる。FCU・中央ユージア連合の最後の砦であり最後の希望「空母エンデュランス」は夜明けを求めて今日も海原を勇壮に進むのだった。