東の空に明るみが差し、水平線の向こうが輝き空が白み始める。
輝く洋上を三隻の船が肩を寄せ合うように進んでいた。
その中の一隻、巨大な甲板を持つ空母エンデュランスでも慌ただしく朝の準備が進んでいた。
「さ~てさて、そろそろかな」
朝日照り付ける甲板を一番よく見渡せる特等席たる艦橋外通路に、上下のスーツにネクタイ、しかし靴はスニーカーというどこか胡散臭い出で立ちの男がスマホでシャッターチャンスを待ち構えていた。
「よっし、来た来た!」
と、そこに水平線から二機の戦闘機が猛烈な速度で接近してくる。
ショックコーンを機体の周りに発生させながら猛烈な速度で空母上空をフライパスしていった。
「おっほぉ、これこれ! いい目覚ましになるね、これは!」
着艦アプローチに入った二機をカメラに収めんと、謎多き男、D.D.は駆け足で甲板へと駆け降りる。
「よう お早うさん、D.D. なんだい? 朝から元気だねぇ」
「おはようございます、ジェンキンズ少佐。そりゃそうでしょう、この艦の守護天使様のご帰還なのですから」
そう言って鼻歌まじりに艦内を駆けていく行く様子はまるでフットワークのいいベンチャー企業の社長のようだ。実際、D.D.は朝昼晩の食事以外に座っているところを見たことが無い男と艦内で言われていた。
世界的な企業、エンソー・オーダーから派遣された、このはしっこい男は「シーヴの翼」のスポークスマンであり、大企業エンソー・オーダーとこの艦隊の仲介役だ。彼無しではこの艦隊は兵站も補給もままならない。
「やぁ! レックス中佐、ターシャ おはようございます。夜間哨戒、お疲れ様です。ふむ…… 朝日の陽光に照らし出されたお二人は今日もお美しいですなぁ」
「はいはい、あんがとねー」
この「レックス」と「ターシャ」という素材は正に格別だ。
天真爛漫で太陽のように光放つ桃色の髪の少女と、物静かで月影のように艶やかな銀髪の碧眼の少女。互いに性質を補い合い、まるで姉妹のようだ。
ターシャはユークトバニアの航空アクロバットチームの売れっ子パイロットだっただけあり、ファンが丁度良い塩梅に喜ぶ返し方を心得ている。客あしらいに慣れたこの振る舞いは実にいい。
反対にレックスは自分のおだてに乗ってこない。少しはにかみ返すだけだ。このおだてに慣れていない初々しさと奥ゆかしさ、これがまたいい。
もしも平時にこの二人が軍に在籍していれば、自分は躊躇する事無くこの見目麗しい少女二人を前面に押し出し、FCU軍のプロモーションを行うだろう。
もっとも、未成年者を戦争に駆り出したとあっては大変な騒ぎになってしまうだろうが。
まったく、コンプライアンスというやつは……
いやいや、ならばノースポイントのアイドルグループのように、ジョーカー隊の四人組でオーシアのショービズ界にに売り込むのもいいな。ジョーカー隊には丁度腕の立つ二枚目のギタリストがいるし、体のゴツいバクスター少佐は迫力があってドラマーにピッタリだ。
そして太陽のようなターシャがメインボーカルとギター、寄り添う月影のようにレックスがベースギターとリードボーカルを務める。正しく最高のセットアップだ。
D.D.は頭の中であれこれと楽しく千思万考しながらレックスとターシャをカメラで追う。しかし、相手が踏み込んで欲しくない距離までは絶対に踏み込まない。もちろん、自分にはこの艦のほぼ全ての情報にアクセス出来る。得た情報の所有権も帰属に関してもかなりの権限がある。
だが、情報欲しさに対象に嫌われてしまっては元も子もない。何より、そんな事になれば副艦長、そしてサントス女史とエバンズ女史に簀巻きにされてこの荒海に沈められてしまう。
長い現場生活と社交界で鍛えたこの鋭い嗅覚は企業人たる自分の最大の武器だ。
「さて、先ほどのフライパスを早速アップするとしよう。これをこうして……」
D.D.は先程の二機の高速低空フライパスを映した動画に「おはよう! シーヴの翼より!」とキャンプションを加えてSNSにアップロードを行う。
ただ、人物の撮影に関してはエンソーとFCUとの間の協定でアップロードが禁じられている。兵士本人どころか、その家族へソトアの魔の手が伸びるのを防ぐ為だ。
戦争で更に利益と版図を貪欲に広げようとする、宿主無き人食いアメーバのようなDAO(分散型自立構造)。それが自身が属するエンソー・オーダーだ。
儲けられなくなったら、とっとと店じまいしてハイさよなら。
お定まりの畜生染みた、非道でろくでなしの武器商人ムーヴ。
実際、自分の仕事はFCU軍のプロモーション映像の作成だ。それが完遂出来なくなった以上、この艦に長居する必要は無かった。
だが、いくら会社からの派遣だったとは言え、国を失い、お先真っ暗な亡国の航空母艦から彼が逃げ出さなかったのにはそれなりにワケがある。
着艦を終え、整備兵に丁寧に整備されるジョーカー隊の一番機。レックスの乗機。
その尾翼に翼のパーソナルマークが陽光を浴びて輝いていた。
その後、朝の警戒を終えて昼食を摂ったジョーカー隊に召集が掛けられ、一同はブリーフィングルームでXOによる作戦説明を受けていた。
「昼の時間に呼び出して悪いわね。本日、D.D.氏を通してエンソーより急報があり、無人偵察機を二機本艦に融通してもらえる事になった。機体は自律飛行でこの付近の海域まで出張って来ているとの事だ」
「へぇ~やったじゃん。これなら昼間の哨戒飛行がちょっとラク出来そう」
ターシャがXOの言葉に嬉しそうに返す。昼間の哨戒飛行は実際オーバーワーク気味であり、クイーン隊とのローテーションを組んでいるが既にもうかつかつだ。
睡眠不足は大事故の元だ、これで多少でも夜間哨戒の前の睡眠時間が増え、職場環境が改善されるなら願ったり叶ったりである。
「そうね、ターシャ。だがこの機の受領は空中受領となる」
「空中受領?」
バクスターが不思議そうに声を上げる。今どきの無人航空機であれば、情報をインプットすれば自律飛行で発進から着艦まで人のお世話無しに完遂出来るのだから。
「そうだ、バクスター。今、本艦隊はFCU最後の砦。いたずらに位置情報を共有できる状況ではない。そこで、近海まで進出した無人機に接近し、ミリ波アンテナに直接プロテクトキーを送信し、エスコート機の僚機としてエンデュランスまでチェイスさせる」
「成程、ちょっとそこまでのお使いってとこですね」
バクスターも説明を受けて納得したようだ。
「その、無人機へのプロテクトキー送信の手段は?」
「いい質問だ、コスター。ミスターD.D.がレックスの機体に乗機し送信作業を行う。ただ、今回はエンソー・オーダーからの注文で、単機でピックアップに来てほしいそうだ。雁首揃えて来るなという事らしいわね。そういうわけで今回はジョーカー1、レックス機による単独飛行で対処する。彼女の腕は誰もが認める所であるし、不測の事態にも対処できる判断力がある。レックス、よろしく頼むわよ。機体はF/A-18Fを使え」
「かしこまりました」
XOの指令に、レックスもすんなりと了解の意思を示す。
だが、ブリーフィングルームのレックス以外のほぼ全員の視線がD.D.に集まる。会社ぐるみで何か良からぬ事を計画しているのではと皆ジト目気味だ。
「えー… おほん。この度の空中受領に関しましては、本社の管理部門からの連絡が直前となった事もあり、レックス中佐をはじめ、ジョーカー隊の皆さんに大変なご心配とご迷惑を……」
「変だよ、妙にしおらしい」
「うん、なんだか怪しいな」
テンプレのような謝罪の文句を並べるD.D.にターシャとコスターも怪訝な様子だ。普段ならもっと自分の稟議で無人機を二機も都合した大手柄を誇らしげにスピーチする筈だが今は妙におとなしい。
D.D.とて嘘で謝罪をしているわけでは無い。無人機の融通が利いたのも空中受領も今日、本社の管理部門から急に連絡があったのは本当だ。
そう、D.D.は緊張していた。同時にワクワクしていた。
ノースポイント風に言う「推し」の後部座席に乗れるという機会に恵まれたのだ。
しかも、戦闘の無い飛行など、美しい海を推しと一緒に眺める遊覧飛行も同じだ。
普段から会社に対しては不満しか無かったが、今回ばかりは痛み入る程感謝していた。
「これがパイロットスーツ…… 実際に着てみると結構重たいものなんだね」
「ふふ、とっても似合ってますよD.D.さん。重さにもすぐに慣れますから」
そうしていよいよ作戦開始時刻が迫ってきた。飛行甲板を歩むD.D.の隣で、レックスが自分の隣で微笑みながら話す。
「そうかい? いやはや、航空機パイロットとは大変な仕事なんだねぇ」
ぽつりぽつりと雲が流れる、穏やかな空だ。ふわりと頬を撫でる潮風が心地よい。眼前には各種兵装を満載してカタパルトに組付けられようとしているF/A-18Fがあった。
「まずは私が先に乗り込みます、D.D.さんはその後に後部座席に続いてください」
「了解 っとと…… 充電はと……」
タラップを使って先にレックスがホーネットに乗り込む。目の前にレックスの可愛らしく揺れるお尻があり、D.D.は思わず見惚れていた視線をそらし、白々しくスマホの充電チェックを行う。
「さぁ、どうぞ」
「はぁ… では……」
D.D.はゆっくりタラップに足をかけて登りだす。推しの前で足を踏み外すワケにはいかない。ゆっくり、確実に歩みを進める。
レックスがストレーキの上で自分に手を差し出していた。D.D.はその手を握り、タラップを登り終えた。
「よっと、恐れ入ります」
「どういたしまして」
そうして後席に乗り込むと、クルーが駆け付けて慌ただしく装具のチェックと装着を行い、飛行前の最終点検が行われる。
「D.D.! レックスとお空でデートだなんて羨ましいぜ、楽しんできな! 二人とも無事に帰って来いよ」
クルーの声に、D.D.とレックスはサムズアップで応える。D.D.も軽口で返したいところだが、実際ヘルメットで顔がギチギチで喋りにくいったらありゃしないのだ。
前席のレックスが管制塔と交信しつつパネルを操作し発艦準備を行い、いよいよその時が来た。
「総重量、25500 パイロット、レックス エアボス、発艦許可を求めます」
「了解だレックス、発艦を許可する レックス、単機で海原を征くのは寂しいだろうが、無事に無人機を連れて帰ってくるんだぞ」
「了解」
ホーネットのノズル後部に排気リフレクターがせり出し、ジエットエンジンの轟音がヘルメット越しにどんどんと大きくなっていく。
「さぁD.D.さん 座席に体を押し付けて、顎を引いて衝撃に備えてください。発艦します」
「了解したレックス中佐 さぁ、行ってみようか!」
D.D.は逸る鼓動を抑えつつ、軽妙にレックスに返す。
「では、行きますよ……!」
エンジンの音が一際高くなり、轟音がビリビリと機体を揺らす。
次の瞬間、まるでジェットコースーターのようにホーネットがカタパルトから打ち出された。
「ふおぉ! ふっ…… ぐぅぅ!」
目玉が頭を突き抜けて、後頭部から飛び出すような加速だった。生まれて初めての感覚に、D.D.は声も出ない。実際、全く息も出来なかった。
「どうでしたか? D.D.さん 初めての発艦は?」
「はは…… どうかって? 最高だよ! レックス中佐!」
『レックス、こちらディーラー。貴機をレーダーで確認した。レーダーサイト上にウェイポイントを設定しているので、それに沿って飛行すれば目的地だ。いつも通り、僕が水先案内人になるから気を引き締めていこう』
「こちらレックス、了解。ディーラー、今日もよろしく」
『勿論さ、任せておいてくれ。それと、ミスターD.D. 空で会うのは初めてですね、どうぞよろしく』
「こちらこそさ、ディーラー。イイ出目をよろしく頼むよ」
『ははは、あいにく男性からはかっぱぐ主義でして…… でも、レックスと同伴のお客様ならこちらもうんとサービスしますよ』
空に上がった途端に、先に上がって上空警戒を行っていたAWACSの「ディーラー」が通信してきた。推しとの同伴飛行を邪魔しおって……という気持ちが無いわけでもないが、D.D.はこの管制機のディーラーというウィットに富んだ航空管制官が気に入っていた。
『そうだ、ミスターD.D. 今回初めて戦闘機に乗機されたと聞いたのですが、本当ですか?』
「あぁ、妙な話だろう? 武器商人みたいな生業をやってるのに、商売道具に乗ったことが無いだなんてね」
『ほほう。では折角ですし、このカジノの売れっ子バニーと遊んでいきませんか? レックス、只の遊覧飛行では勿体ない。いい機会だし、ミスターD.D.に戦闘機の機動について学んでもらうというのはどうかな?』
「それは構わないけど、D.D.さんは……」
レックスが少しこちらを心配している声色になる。戦闘機の機動はセスナの遊覧飛行や旅客機とは違うことを心配しているのだろう。
「レックス中佐、私からも是非お願いしたい。この機会に、戦闘機の事をもっとよく知っておきたいんだ。なに、私も男だからね。多少のアクロバットなら平気だよ」
「分かりました、それじゃぁ……!」
その後、レックスはD.D.に基本から戦闘機動まで、フルコースを味わってもらったのだった。
「ぜぇ… ぜぇ… まさか、これほどとはね……」
「ご、ごめんなさいD.D.さん……」
『ははは…… サービス満点だったねレックス』
推しの前でファンが無様を晒すわけにはいかない。D.D.はレックスが機動飛行の最中もこちらを気遣う様子に「もっと、もっとだ」と強がったもんだから、もう三半規管がマヒしたかのように目が回っていた。
「いやいや、確かに目は回ったが平気だよ。やはり、実際に体感するという事は大切だ。ありがとう、レックス中佐、それにディーラー いい経験をさせてもらったよ」
D.D.は素直に、レックスとディーラーに礼を述べる。映画や人の体験で見聞きするものと、実際に体験するのとでは天地格別の差がある。
だからこそ、普段、スマホの画面の向こうの世界の戦場で戦うD.D.にとって、それがとても新鮮に思えるのだった。
『さぁ、レックス。もう少しでエンソーの指定空域だ。僕たちが付き添えるのはここまで。だけど後方で警戒をしているから、何かあったら援護するから言ってくれ』
「了解、ありがとうディーラー」
「D.D.さん、そろそろ目標の空域に到着します。無人機のピックアップの準備をお願いします」
「了解した!」
いよいよ仕事の時間だ。先程まではいい天気だったのに、厚い雲が多く、視界が悪くなってきた。
「こちらジョーカー1、エンデュランスへ 『雛鳥』を視認しました」
レックスが目標の無人機の番いを視認し、エンデュランスに発見の一報を行う。
前方を飛行する二機編隊の無人機には、回転するプロペラは見えない。それに、双尾翼のステルス性を重視した直線的で無機質なデザインは低コスト型無人機のそれとはまるで違う。
「驚いたな…… 本社のヤツ、MQ-28を送ってよこすとは……」
D.D.も思わず驚きの声を上げる。どのような機種が来るかは不明だった。稟議していたプレデターが2機支給なら御の字だし、リーパーなら満足。アベンジャーなら大満足だった。
それが、開発国のオーレリアでさえ配備が始まったばかりの多用途無人航空機。戦闘機に僚機として付き添い、戦闘攻撃任務さえこなす事が出来る超高性能無人機が二機も送られて来たのである。
「んん? ウェポンベイがオーシアのエアショーで見た物より大きい…… おや、機首にEOTS(先進電子光学照準システム)とアレスティングフックまで付いてる。おかしいな、こんな高級装備、装備して無かったはずだが…… おっと、こうしちゃいられない。レックス中佐、これより無人機のピックアップに掛かる! なのでまずは、左前方の機体の斜め後方から近付いてもらえるかな?」
「了解、左前方の機体の斜め後方から接近します」
レックスの舵で、F/A-18Fがゆっくりと前方を飛行する無人機に接近する。天気は悪いが、風はさほど強くないので、空中給油よりかは遥かに楽だ。
「よっし、上手いぞ! あれだ、あのミリ波レーダーに情報を送信してっと…… よし、一機目のプロテクトは解凍完了だ。続いて二機目に取り掛かろう」
「了解、接近の手順は一機目と同じでいいですか?」
「あぁ、それでいこう。やってくれ」
レックスのお陰で仕事が順調に片付くのでD.Dもご機嫌だ。そうこうしているうちに、拍子抜けするほど簡単に、二機の無人機を手に入れる事が出来たのだった。
二機の無人機もレックスの後方について編隊飛行のフォーメーションを取っている。
あぁ、折角の推しとの遊覧飛行もこれで終わりかと、D.Dがスマホの画面を閉じようかとした次の瞬間だった。突然、機体の警報がけたたましく鳴り、ディスプレイ上に真っ赤な警告表示が出現した。
『レックス! レックス!! 高高度からミサイル急速接近、回避しろレックス!!!』
「D.Dさん! 耐G姿勢を!」
「了解した!」
D.Dが耐G姿勢を取ったその刹那、レックスの機体は凄まじい勢いで回避機動を取った。その数センチ先を掠めるように、超高速のミサイルが飛び抜いていった。
『こちらディーラー! レックス、敵はおそらく高度2万メートルからマッハ3以上の速度でミサイルを撃ちおろしている! 高速の機体で高空から撃つミサイルは重力加速も加わって凄まじい速度で襲ってくるぞ! レーダーに予想機動を表示させるから死ぬ気で回避しろ!』
「了解! D.Dさん、ごめんなさい 少し揺れますよ!」
「ま、まかせろ!!」
高空から、おびただしい量のミサイルが間髪を入れずに襲ってくる。その全てを、レックスは僅かな機動変化で紙一重で全て避けきっていた。
「れ、レックス 君はいったい──」
何者なんだという言葉を言いかけ、D.Dは慌てて自らの口を紡ぐ。この子には、未来が見えているのか──!? 常人の物ではない、一種の予知能力を感じさせるようなホーネットの機動にD.D.は驚嘆していた。
『レックス! 更に無人機が複数接近中! これなら…… そうだ! ピックアップした無人機にレックスのカバーをさせるんだ! D.D.!』
「分かった、ディーラー! これで…よし! レックス機の援護をさせるモードにセッティングしたぞ!」
僚機援護の指令を受けた無人機二機が自立飛行を始めたものの、レックスの飛行にまるで追いつけていない。動きにキレが無く、なんだかよたついて見える。
「何故だ!? この機の戦闘機動のAI学習データは最新バージョンだった筈…… はっ!! そうか、レックスの空戦機動が鋭すぎて、AIの予想演算を凌駕してしまっているのか……!」
D.D.はスマホを開き、大急ぎでエンソー・オーダー本社のデーターアーカイヴにアクセスを行う。
「どこだ…? どこにある!? UAVの制御プログラムは!?」
凄まじいGの変化に晒されつつも、D.D.は必死にスマホでアーカイヴを探索する。エンソーは最強のプログラムやデーターは絶対に市井に出さない。なぜならそれを使って自らを攻撃されたら困るからだ。
「これもダメだ… これも違う! あぁ、クソっ 何故だ、なぜ見つからない!? このままじゃレックスが死んじまう!! 頼む、頼む! 誰でもいい! 俺の推しを、一番星を レックスを助けてやってくれ!!!」
飽和攻撃で津波の様に押し寄せるミサイルをレックスが神懸かり的な回避で避けきるがこの上UAVに襲い掛かられたらもう持たない。俺が死ぬのはどうでもいい、だがこのままではレックスまで死んでしまう。涙でスマホの画面が滲みそうになった時、突然スマホにデータダウンロードの要請が入り、D.D.ははっとして画面を凝視する。
「なんだ、このデータは!? なんでこんな上位経営者しかアクセス出来ない筈のものが…… データ名は「Schwester」ベルカ語で、姉妹…? ええい、ままよ!」
D.D.は藁をも掴む思いで、ダウンロードしたデータの無人機への送信を始めた。
「レックス! 今、新しい無人機制御プログラムの送信が始まった! 謎のプログラムだがもうこいつに賭けるしかない! あと一分、一分だ! 一分なんとか持ちこたえてくれ!」
「了解、ありがとうD.D.!」
『レックス、一分後に無人機の群れがやってくるぞ! D.D.! もっと早くならないのか!?』
「無茶言うなディーラー! 途中でフリーズかクラッシュしたら元も子も無い! よし、よし! 来た! 頼む!」
D.D.が無人機へのプログラムのダウンロード完了を宣言した瞬間。レックスの目の前に幾条もの光の筋が瞬く。目を開くとそこにあったのは、レーザーで翼を切り裂かれ、黒煙を上げながら墜ちていく無人機の姿だった。
高出力レーザー照射口を赤熱させ、センサーから眼光の様に鋭い光を発しながら、二機のMQ-28が目を覚ましたかのような機動の鋭さでレックスの援護を開始した。敵のUAVも応戦しようと蜂球のように群がり、レックスとMQ-28二機を圧殺しようとするが、レックスの周りをバレルロールのように回転しながら無人機があっという間に蚊トンボのように叩き落とす。
『凄い…… はっ!? よし! 流れが変わった!! いけ、レックス! UAVを殲滅しろ!』
瞬く間に画面を覆い尽くしていたUAVの光点が消えていく。さしものディーラーも言葉を失っていたが、我を取り戻しレックスに敵UAV殲滅の指示を出す。
(凄い、凄い! なんという逸材なのだ、君は! レックス…… レックスレックスレックス!!)
爆発的に分泌される脳内物質が生み出す凄まじい高揚が、D.D.の体を駆け巡る。
絶体絶命の危機から、一気に形成を逆転し戦場を支配する。ホーネットと、それに付き添うMQ-28が冥界の王に仕える三つ首の地獄の番犬「ケルベロス」のように敵を蹂躙していく。
と、MQ-28の一機が突然編隊を離れて猛烈な加速をしながら飛び去って行く。
『な、なんだ? プログラムのバグか? いや、これは…… レックス、D.D. あの無人機、面白い事考えてるよ。ミサイルとUAVの発射母機をレーダーでロックしたようだ。君にデータリンクを要請している』
「こちらジョーカー1、ディーラー、こちらでも確認している」
「レックス! 丁度ノースポイントの工廠から送られてきた新型の超射程高速ミサイルを装備しているじゃないか! こいつをお見舞いしてやろう!」
ここ最近のジョーカー隊の活躍に当てられて、FCUに援助を申し出る国が後を絶たない。
「もしもFCUが勝った時の為に」体裁だけでも援助した事にしなければ、その後の利権を取りっぱぐれる。
各国もそのような思惑もあって、有償・無償を問わず様々な支援が増加しつつあった。
中立国ノースポイントからも、友好国オーシアを経由しての支援が秘密裏にではあるが送られて来ていた。
だが、それはジョーカー隊のみへの援助であり、一国が行うにしては異例の支援となっていた。
「了解、D.D. ASM-3改、レーダーロック! ジョーカー1、クラウドシューティング スタンバイ!」
『レックス、こちらからも誘導電波支援を行う!』
どうした、早くこいつを撃て というように、無人機からの発射要請が鳴り響く。
「待たせてごめんね。ジョーカー1、フォックス3!」
ホーネットから放たれた二本の超射程高速ミサイルのロケットエンジンが点火し、猛烈な加速で蒼穹を駆けあがって行く。そこから更にラムジェットエンジンに切り替えてさらに加速してマッハ3以上の速度で敵機に着弾した。
大型ミサイル二本の直撃を受けて、機関部から黒煙を上げながら猛烈な速度で戦域外に逃げていく敵機が陽光に照らされて光り輝いていた。
「翼を広げた、鳥……?」
レックスはそれを見ながら呟く。
辺りのUAVは全て撃ち落とし、ミサイルの飛来も止まった。
『よっし、敵機へのミサイル着弾を確認! 最高の仕事だレックス! いや…待て待て待て! MQ-28がレックス機に火器管制レーダーを照射中! おいおいもう一機も!? D.D. 何がどうなってる!?』
「し、知らん! 私が知るか!」
赤々とパネルに警告が映り、警告音がけたたましく鳴り響いている。
だがレックスはトリガーから手を離し、火器管制レーダーもオフにしている。マスターアームも切った。
丸腰で無防備なホーネットに、二機の無人機がレーダー照射をしながらヘッドオンで猛烈な速度で接近してくる。
「れ、レックス……!」
D.D.も言葉が出ない。一体レックスは何をしようとしているんだ──!? だが、脱出はしない。今は只、この前席を預かる機長に命を託していた。
MQ-28からミサイルは飛んでこない。ヘッドオンですれ違った二機が猛烈なハイGターンを決めてレックスの後方に付く。火器管制レーダーの照射はまだ止まない。
「──二人とも、助けてくれてありがとう。二人がいなかったら、きっと私もD.D.もここで死んでた。だから、ありがとう。さぁ、もう怖くないから、みんなで帰ろう。私達の家に」
まるで、主人がかわいい猟犬を可愛がるように──いや、夕方まで公園で遊ぶ子供達に母親が帰るよと話すような優しい声で、レックスが二機のMQ-28に語り掛ける。
『レックス機への、レーダー照射が、止まった……』
レックスの言葉の後にしばらくして、二機のMQ-28からのレーダー照射が止まり、吸い寄せられるように二機がレックスのF/A-18Fに寄り添う。主人に猟犬が寄り添うようなその姿は正に『忠実なる僚機』の名にふさわしいものだった。
「無事か!? レックス!」
「お待たせ、レイ!」
「レックス!!」
エンデュランスからスクランブルしたジョーカー隊の三機がエスコートに駆け付ける。三人の声を聞いて安堵したように、レックスは深く息を吐き、体を座席に委ねるのだった。
あの日、初めて出会ったあの日のレックスは真っ白でミステリアスで、誰もが目を奪われていた。空から女の子が降ってきた──ノースポイントのアニメを思い出す邂逅。トラクターの上で初めて見た、空と海の色を合わせたようなコバルトブルーの澄んだ瞳。あの、自分の何もかもを見透かされているような瞳を自分は直視できず目をそらしてしまった。
「どうしたんですか、D.D.?」
その瞳の持ち主は、今自分の隣で、特大のケーキを持ちながら自分をきょとんと見つめていた。
あぁ、君はあの日と同じ澄んだ瞳で私を見てくれるのだな。
「え? あ、いやいや! 何でもないんだなんでも!」
まるでジュニアハイスクールの男の子ようにD.D.はその場を取り繕う。つまらない社交パーティーで女にかけるような言葉は浮かぶのに、この目の前の少女の気を引く言葉が浮かばずドギマギしてしまう。
だが、今だけは自分に正直になろう。D.D.は歩きながら口をもう一度開く。
「レックス、ありがとう。今日、初めて君たちが戦う本物の戦場を飛んで、君達が背負うものの大きさをまざまざと見せつけられ、初めて君のかけがえの無さと、強さを知る事が出来たんだ。貴女と一緒に空を駆けた事を、私は誇りに思う。本当に、ありがとう」
ウィットに富んだ言葉なんて出てこない、むき出しの本心から出た言葉を紡ぎ合わせるようにD.D.は言葉を振り絞る。
「それはこちらこそです、D.D. D.D.がいなくちゃ、私はきっと今日あの空で死んでいました。D.D.こちらこそ、ありがとう。今日の空の英雄は貴方です。あ! そういえばやっとレックスって呼んでくれましたね!」
「あぁ! そういえば、レックスも私をD.D.って!」
ほんの些細な事なのに、それがやたらと面白く感じて、二人はケーキが乗ったお皿を落としてしまいそうになるくらいに笑ってしまう。
と、そこにD.D.の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「レックスごめん! XOから緊急の呼び出しだ、先に食堂で皆とやっててくれ!」
食堂では航空隊の皆や、クルー達がレックスとD.D.の帰還を祝ってくれるとの事でささやかな宴会が準備されていた。
「分かりました、早く帰ってきてくださいね?」
まるで新妻のような口調でレックスがD.D.に話す。もう可愛い、可愛いすぎる。このままでは私はどうにかなってしまう。ずっと自分を見送るレックスを感じつつ、D.D.はブリーフィングルームへと急ぐ。
「済まないわね、折角の祝宴の腰を折っちゃって」
「いえいえ、ジェシカ副艦長のお呼びとあらば何処へでも駆け付けますよ」
ブリーフィングルームに入室した途端に、部屋の鍵をロックされた。何やら剣呑な雰囲気にD.D.も妙に気分が落ち着かない。
「先ず断っておくけど、今回の空中受領の際には発生したジョーカー1への敵の奇襲については、貴方の関与は疑っていない。その上で、これからの質問に答えて頂戴」
「まず一つ、なぜこの空中受領が狙われたのか。エンソーとソトアが示し合わせているのかという事」
「わが社はもはやこの地球上に、空気や大気のように存在する企業です。その意思決定は複雑そのもの、白か黒かもはっきりしない。だが、ジョーカー隊の活躍によって、シナリオに綻びが生まれつつあるこの状況を面白く思っていない者も確実にいる筈です。その連中が裏でソトアと手を組んだと考えるのが妥当でしょう」
「成程、示し合わせた可能性は否定しないのね…… 第二に、あの二機の無人航空機。あれは何だ? 当初は安価な無人偵察機の供給だった筈。何故あんな得体の知れない超高性能機が送られて来た!?」
「それは私も皆目分かりません! 私だって、プレデターが二機送られてきたら御の字だと思っていたんだ。それが、空に上がってみればあんな機体が…… 本社に問い合わせても、たらい回しにされるばかりでしてね。まぁ、これも誰かのシナリオなのかもしれませんな。まぁ、いいではないですか! あんな破格の高性能機が二機も手に入ったのです! 沈没したサピンの貿易船を見つけたようなものだと思えば」
「飼い主にレーダーロックをするような機体をか!? はぁ……ひとまず、無人機に関してはレックスとジェンキンズに任せるとしよう。D.D. 今日の戦いで、貴方にも守りたいものの姿がはっきりと見えた筈。それを裏切らないよう、日々努めなさい。以上よ」
「は…… それでは、失礼します」
お見通しだったかと思いつつ、D.D.は足早にレックスと皆が待つ食堂に急ごうとする。
「あ、XO 実は私が空戦中にスマホ経由で無人機にインストールした無人機の制御プログラムデータですが、解析したところ二つのデーターのハイブリッドになっていまして。何とそれが神話の神に仕えるワタリガラスの名前でデータが入っていましてね。黒い機体にワタリガラスの名、中々ピッタリだと思いませんか?」
「ワタリガラス? その名前は?」
ジェシカの問いに、D.D.がスマホを見ながら答える。
「ええっと フギン(Huginn)とムニン(Muninn)です」