深いダークブルーの大空に、六機の戦闘機がこの空は自分だけのキャンバスだと競い合うように飛行機雲の美しい軌跡を描く。
「くっ…… チョロチョロとっ!」
その中の一機、朱色の垂直尾翼にクイーンのトランプのパーソナルマークを持つF/A-18Cが前方を飛ぶ漆黒の機体に食い下がる。
ロックオンする度に、雲の中に逃げられてロックオンを外されてしまう。あと少し、あと少しなのにと功を焦る気持ちを見透かされ、手玉に取られているかのような試合運びに焦りが募る。
『おいケイト! こちら2! 止めろ、深追いし過ぎだ! それじゃカバー出来ない!』
落伍した二番機からの通信にも耳を貸せず、ふわふわとまるでこちらを挑発するようにレーダーロックを外す敵機に苛立ちつつなおも食い下がる。
『しまった、ケツにつかれちまった!』
『こちら4! 振り切れロック、今サポートに向かう!』
普段は冷静な隊長からの指示が無い。頼れる隊長からの指示がない列機は互いに散り散りになってサポートもおぼつかない。
『すまないケイト…… クィーン3、キルされた』
『あぁ、クソ! 4も同じく!』
あっという間に三番機と四番機がキルされた。レーダー上から仲間の光点がみるみる内に削られていく。
「せめて一太刀浴びせて……!」
機体の許容Gを超えた機動に、年代物の機体が悲鳴を上げる。
『ケイト! ケイト!! もうやめろ、機体がバラバラに分解しちまう! って、うわっ、いつの間に!?』
敵機に追いつかれたであろう僚機の声が聴こえるが、自分には今目の前の敵しか見えていない。あと少し、絶対にキルして見せる。
『だぁっ! ケイト、悪ぃ クィーン2、キルだよ』
どこか投げやりな態度の二番機の声が無線から聞こえる。
敵を追いかけていたら、いつの間にか独りぼっちになっていた。機体が軋み、吸気不良を起こしたエンジンが悲鳴を上げる。だが、あと少しで目の前を飛ぶ漆黒の烏をロック出来る。
「よし、追い詰めた! 何っ!? SAAM(セミアクティブ誘導ミサイル)ロック!?」
突如、機体にミサイル接近の警報が鳴り響く。交戦中に、敵が放った半自動誘導のミサイルが再度誘導を再開して接近してくる。──「殺し間」に誘いこまれた。敵機のこれまでの機動も何もかもが、この回避不可能なミサイルでこちらを堕とす為に周到に準備されたものだったのか──機体のディスプレイに「被撃墜」の文字が浮かんでいた。
「クィーン1、キル…… これより帰到します」
ぎりりと音がするほど、操縦桿を握り込む。手練れが乗る四機の戦闘機を半分の二機で屠った漆黒の無人機は「お遊びにもならなかった」とでもいうように、こちらと編隊を組むでもなく、姉妹のように寄り添いながら飛び去っていくのだった。
「ふ~む クィーン隊を相手に、二機で圧勝か…… つくづく、技術革新の凄まじさを思い知らされるぜ」
見事な髭を触りながら、空母エンデュランスの航空機整備班長のジェンキンズが呟く。
クィーン隊も、今日空に上がったばかりの新兵ではない。このソトアとの開戦から生き残って来た強者だ。それが半分の戦力にDACT(異機種間戦闘訓練)で敗北したのである。驚くな、という方が無理な話だ。
「というか、この無人機が特別なんだと思います。こんな機動や戦術を行う無人機なんて見たことがありません。いやぁ……本当に、レックスとD.D.は物凄い拾い物をしたもんですね」
先ほどの模擬戦の記録をパソコンの画面で見ながらジェンキンズの部下も驚いていた。
僚機と連携しながら、まるでシャチが獲物を狩るかの如く、見事な連携プレーでクィーン隊を削り、疲労させ、必殺のキルゾーンに誘い込みキルを取った。
鋭く、どこか人間のような閃きさえ感じるような戦闘機動に技術陣も驚くばかりである。
「まぁ、この二機相手に単機で毎回圧勝してるレックスには更に驚かされるけどな…… それで、この無人機の制御プログラムについて何か分かったか?」
「いえ…… 正直全くです。プロテクトががっちがちで中身の閲覧は…… ただ、D.D.がこの制御プログラムをダウンロードした際のログを調べていたんですが、このプログラム、D.D.が検索した情報の中にはどこにも存在しないデータなんです」
SFのような謎めいた話に、推理小説を愛するジェンキンズの目が光る。
「ほう、それじゃ何かい? プログラムがまるでD.D.にダウンロードしてくれって、そっちから手を差し出したってことか?」
「流石にそれは考えすぎかと。ですが、それを否定する材料もなく、偶然にしては出来過ぎというか…… そもそも、本当にエンソーのアーカイヴにあったデータなのか、それともそこにあると擬装していたデータなのかそれすら確証が持てません」
今、この時にも自分達のすぐ側を出所不明の得体の知れない制御プログラムを載せた超高性能無人機が飛んでいる。しかも、友軍である機体にレーダーロックまでした機体が、だ。
今が戦時下にある事を考えればぞっとしない話である。
「……それに、手を差し出したのはD.D.にじゃなくてレックスにですよ きっと」
部下の言葉にジェンキンズが画面に目をやると、レックスの機体の両側にぴったりとう寄り添う二機のMQ-28の航跡が写されていた。
「なるほど、インプリンティングってやつか。フギンとムニンは、ママであるレックスの傍が大のお気に入りってワケだ」
「こう見ると、ぴったり寄り添ってまるでカルガモの親子みたいですね。王の耳目となる、番いのワタリガラスも、レックスにかかれば……実際、このMQ-28は光学機器による偵察だけでなく、特殊兵装でSIGINT(信号諜報)、ELINT(電子諜報)、EW(電子戦)をこなせる能力がありますから、無人機の本領たる偵察任務をこなすのに何の造作もありません。正しく、フギンとムニンの名に恥じぬスペックです」
「いやはや……引きの強さはレックスの強みだが、相当なアタリを引いたもんだなこりゃ」
そうこう話している内に、クィーン隊の四機が帰って来た。凶暴な蜂である筈のF/A-18も、今は背中も丸く心なしかしょんぼりして見える。
「さぁ、お次はジャックポット隊か。いい勝負を期待してるぜ!」
編隊飛行を組むハリアーに、レックスとの編隊飛行をブレイクした二機のMQ-28が襲い掛かる。このハリアー使い達が、漆黒のワタリガラスの餌食になるのにもそう時間は掛からないのだった。
「ふぅ……」
空戦のGから解き放たれ、ケイトこと、クィーン隊隊長キャサリン・エバンズ少佐がエンデュランスに降り立つ。
傷一つ付けられなかった。レックスとD.D.が死ぬ思いをしながら連れ帰って来た漆黒の無人機。AIで操縦される機体など、稀に飛んでくるプレデター程度の機動だろうと高を括っていた。
それが、冷静沈着であろうとする心を引き剥がされ、感情的なフライトをした挙句に僚機への指示を怠り、無様に四機とも撃墜の醜態を晒してしまった。
もしもこれがシャドウズとの戦いであったなら──自分達は今頃この甲板に立てていないだろう。
空戦はやり直しが利かない、生きるか死ぬかだ。自分達は今日この空で何度も死んだのだ。
冬の潮風に巻かれたような気持ちになり、背筋がぞっとする。
「──ケイト、ケイト!」
「はっ!?」
自らを呼ぶアデリナの声にケイトははっとする。
医務室で飛行後のメディカルチェックを受けていたが、そのままぼぅっと考え込んでいたようだ。
「どうしたの? さっきからずっと上の空だけど」
「……ううん、何でもないの。少し考え事をしていただけ」
この空母エンデュランスの頼れる船医であるアデリナ・サントスはケイトの善き親友だ。男所帯の空母にあって、互いに気を許せる仲の同性というのは非常に得難いものである。
「ふむ…… ケイト、あなた今日のお昼から18時まで非番だったわね」
「え? えぇ…… そうだけど」
「ならば、空母エンデュランスの船医として命じます。キャサリン・エバンズ少佐は18時からの待機任務まで仕事をせず、ゆっくり休むかそれ以外の事をする事!」
「えっ!? ちょっと待ってアデリナ! この後、まだ私やる事が……」
「どうせ機体の整備とかでしょ? いいのよそういうのはジェンキンズとか野郎どもに任せておきなさい! 貴女は今しかできない休みを取りなさい。あ、ハンガーで見つけたら叩き出すからね」
そう言ってぷいっとそっぽを向いたアデリナを見て、ケイトは肩をすくめて分かったと了解の意を示す。こうなったらアデリナは人の話を聞かない。そんなこんなで、ケイトは思わぬ「半休」を過ごす事になった。
「休み か……」
医務室を出たものの、どうにも手持無沙汰でケイトはクラゲのように艦内をさまよっていた。
こうした時、コスターは一心不乱にギターに向かえるし、バクスターは本が一冊でもあればそれを読破して有意義な休日を過ごすのだろう。
だが、ふとこうして立ち止まるとこれと言ってやりたい事が無い。ケイトは自分がなんとも無趣味でつまらない人間に思えてきた。
とは言え、この三か月の間、戦闘に次ぐ戦闘で脳内が仕事一色になっており、頭が日常モードに切り替わっていないだけなのだが、いきなり休めと言われてもそれは無理な話かもしれない。
「ん…? あれは!」
そうこうしていると、少しよろめきながら段ボール箱を抱えて歩く人影を見つけてケイトは慌てて駆け寄り、最上段の箱を取る。
「あなた、大丈夫? 後ろから見たらふらついてたわよ あれ、バクスター?」
「おぉ、ケイトじゃねえか! 済まないな重いのに持ってもらって」
目の前を重そうな荷物を運んでいたのは、ジョーカー隊の2番機を務めるパイロットであり、チームのまとめ役でもあるバクスターだった。
「どうしたの? こんな重いものを担いで……」
「いや、補給物資と一緒に、大分古いが絵本や児童書が届いたんでな。子供達に持っていこうと思って」
この艦には、ソトアとの戦闘で両親や親族を亡くして身寄りの無い子供達が多く保護されている。乗艦当初は悲しみに打ちひしがれて、泣いてばかりだった子供達も随分と明るく、笑顔が溢れるようになっていた。子供達の心の回復に、XOはじめサントスやケイト、そしてターシャやレックスの尽力があった事、そして父親代わりのバクスターやコスターといった男性陣の努力があった事を忘れてはならない。
「へぇ…… ねぇ、バクスター それ、私もついていっていいかしら?」
「ん? 別に構わないだろ? 子供達もケイトが一緒なら喜ぶさ」
「あっ! バクスターせんせーとケイトおねーさんだ!」
子供たちの「教室」として開放している船室に入るなり、子供達がわっとケイトとバクスターに駆け寄って来た。
「よーしよし! みんな、今日は本がいっぱい届いたから持って来たぞ!」
「わぁい!」
「ねぇねぇ、ケイトおねーさん この本よんでー!」
「ふふ…… いいわよ」
膝の上にちょこんと乗った女の子に本を読んでとせがまれてしまった。
戦火に巻き込まれ、こんなに可愛い子を残してこの世を去ってしまったこの子の両親の事を思うと、一体どれ程の無念か計り知れない。
手に取った緋色の表紙の絵本
「姫君の青い鳩」 この本は私も子供の頃に何度も読んだことがある。
「これは、とあるものたちにつたわる、小さな奇跡のお話です──」
話はほとんど覚えているので、ケイトは淀みなく、母親が子供に聞かせるように読み進めていく。
そうして読み終わる頃には、子供達はすっかりとお昼寝モードになっていた。
「あらあら、ふふ…… ちょっと話し方が退屈だったかしら?」
「いいや…… この子達は俺達では計り知れない程、大きな物を背負ったり、心に傷を負ったりしている。ケイトの声が失った両親や家族がいた頃を思い出させてくれたんだろう。なぁ、ケイト 今日はまだ何か用事があるんだろ? この子達は寝かしつけておくから、行って来たらどうだ?」
「そう そうね…… じゃぁ、バクスター この子もお願い」
「あぁ、行ってきな」
膝の上で船を漕ぐ女の子をバクスターに預け、ケイトは部屋を後にしようとする。
「ん…… ケイトおねーさん…… ほん、よんでくれてありがとう…… これ……あげる」
女の子がオリガミで出来た青い鳩を寝ぼけまなこになりながらも差し出してきた。
「あら、ありがとう ふふ…… いい子ね。お休みなさい……」
オリガミを受け取り、額にキスを返すと、女の子も微笑み眠りに落ちた。ケイトは子供達を起こさないよう、静かに部屋を後にするのだった。
「あ、ケイトさん」
部屋を後にしてしばらく行くと、自分を呼ぶ声にケイトが振り向く。
「あら、コスターじゃない」
「丁度良かった、今時間ある? ちょっと手伝ってもらいたくって」
「え、ええ…… いいわよ」
切羽詰まった様子のコスターに連れられてケイトは食堂に入る。とは言え、ケイトは個人的にコスターとこれまであまり話をした事がない。口数は少ないし、音楽が好きという事は空で知っていたがそれ以上はあまり知らない、以前に持っていた印象で言えば、ドライな感じの子だという印象だった。
「新しい曲を作ってるんだけど、どうにも行き詰まっちゃって…… ケイトさんのアイディアが欲しいんだ」
ギターを持ちながら机の上に楽譜を置いてコスターが話す。楽譜は鉛筆でもう真っ黒になっており、作者の苦しみ様が痛いほどに見て取れた。
「ここの歌詞はどうかな……」「そうね、私だったら……」
「ここの和音は、どう?」「凄くいい! 私、好きよ!」
コスターが提案し、ケイトが良いか悪いかを判断しながら作詞をしていく。作曲に付き合うだなんて初めての経験だが、誰かと共同作業でものを作るというのは中々に楽しいものだなとケイトは心の中で一人ごちていた。
「じゃぁ、締めはこの歌詞で…!」「いいんじゃないかしら!」
ようやく曲が形になって、ケイトも手を叩く。コスターも言葉はいつも通り少ないが表情は嬉しそうだ。
「コスターは楽譜に直接音符を書き込む派なのね。パソコンとかスマホのアプリを使ってるのかと思ったから、少し意外だわ」
「うん…… アイディアの書き溜めはスマホのアプリも使うけど、作曲は自分で考えて楽譜に書き込まないと気が済まないんだ。これが、自分なりの矜持っていうのかな」
『矜持』
全てを機械の力に頼らざるを得ない現代に於いて、何だか聞く事が少なくなった言葉だ。現代っ子の典型みたいな位にコスターを思っていたケイトは、コスターからその言葉を聞けたことに少し驚いていた。
「長い時間ありがとう、ケイトさん。また空で」
「ええ、コスター また空で」
前よりも少し軽やかになった足取りでコスターが部屋を後にする。
「矜持 か……」
コスターの言葉を呟きつつ、ケイトも食堂を後にするのだった。
「この機動の時はこうで…… こうきたら、こう返す…… ふぅ… って、あれ? ケイトさん?」
「ハーイ、ターシャ いつもながら見事なイメトレね」
「ヤダなぁもう、いるならいるって言ってよね」
寒風吹きすさぶ甲板上で、ターシャが空戦機動のイメージトレーニングを行っていた。
本人には悪いが、目を瞑って集中していたのでじっくり観察させてもらっていたところだ。
「ねぇ、ターシャ 一つ私も、レックスみたいにお手合わせ願えないかしら」
「えっ!? いつも審判役しかやってくんなかったのに!? 姐さん喜んで!!」
「ふふ、ありがと でも、その姐さんっていうのは止めてよね。昔を思い出すから」
ケイトが手を翼の形にして、ターシャとハンドドッグファイトを始める。
「流石にSu-35を相手に単機では分が悪いわね…… しかも相手は風の妖精ターシャだし」
「やだなぁもうケイトさん、妖精とかこっぱずかしいって。どこネーミング? またクルスとか?」
「えぇっとね、コ…… た、TACネームはフェアリイとかいいんじゃない?」
先のギタリストの楽譜の隅に書いてあった言葉を思わず口にしそうになり、ケイトは慌てて口を噤む。
「う~ん やっぱこの機動の時は、そりゃこう来るよね~ レイとやる時にもここ攻められると弱いんだよね、私」
レックスの名がターシャから出た。コープが戦死したその日にジョーカー隊の隊長に任命され、レックスのTACネームを引き継ぎ、「シーヴの翼」もしくは「翼」として、超人的な飛行テクニックと戦果でこの空に名を馳せるパイロットの名を。
「──ねぇ、ターシャ レックスって、どんな隊長なの?」
「え? そりゃもう最高の隊長だよ。この前の夜間哨戒の時に、私がUAVに撃墜されそうになった時に必死に助けてくれて…… その後に超音速の対艦ミサイルを機銃で共同撃墜するだなんて…… 私、レイと一緒に飛んでると凄く安心するんだ。この人は私を…皆を絶対に見捨てない。だからこの翼で、どこまでもついていこう。絶対に守って見せるって気持ちになれるんだ」
その事は勿論自分も知っている。そして、そのすぐ後にターシャの機体の逆立ちネコのパーソナルマークに、蒼い三日月が書き足されたのも。
「あ、あとマメに気遣いしてくれるのも嬉しい! この前なんか、誕生日にクマのぬいぐるみくれたんだよ! 戦争中で物資も無いってのにD.D.に頼んだみたいで…… レイのそういうとこ、凄く好きだな」
ターシャがあまりに熱っぽくレックスの事を話すので、ケイトはなんだか気持ちが落ち込んで来てしまう。
自分を気遣う仲間を見捨てて、目先の功を急いだ今日の自分を思い出してしまうからだ。
「そう言えばさ、この前クルス達にイメトレの仕方を教えたんだよ」
「え?」
ターシャから、自分が知らないクィーン隊の仲間達の話題が出て、ケイトも聞き返す。
「三人とも、自分達が強くなってケイトさんの負担を少しでも減らしたいって言ってた。三人でよたよたしながら頑張ってイメトレしてたよ。三人からは口止めされてたんだけどさ、この際だしバラしちゃうね」
にひひと笑いながらターシャが話す。
「ふふ、いい仲間達ね。ケイト」
「え? はっ! これは副艦長!」「わわっ!」
「いいんだ ケイト、それにターシャ。直れ。この雪の日に二人とも精が出るな」
いつの間にか、自分達の隣にXOが立っていてケイトとターシャは慌てて背を伸ばして敬礼する。
「ケイト、クィーン隊に新たな戦闘機を配備することに決まった。機体はエルジア製のラファールM 「疾風」の名を持つ、マルチロールを超えたオムニロール戦闘機だ。F/A-18EとF-35、Su-33にも匹敵する、最強の艦上多用途戦闘機と言って過言ではない」
「ラファールが…… クィーン隊に……」
ケイトも放心とまでは言わないまでも、ぽかんとした様子でXOの言葉を聞いていた。
ラファールはケイトにとって憧れの機体。どんな任務もこなせる汎用性と疾風のような機動性、そして世界一美しいスタイリング。どれをとっても憧れで高嶺の花であった機体が自分の隊に配備されるのだ。
「これは、お前たちの隊がこれまでコツコツ蓄積した戦功ポイントがラファール四機分溜まった事、クルスをはじめ隊の三人から機種変更について進言があった事。更にレックスからも強い進言があった事によるものだ。いつまでも駿馬をあばら家につなぐなって事のようね。お前が今のF/A-18Cにどれだけ愛着を持っていようが、この戦争に勝利するためにこの提案は受けてもらうぞ。どうだ、ケイト?」
返事なんて決まっている。ケイトは居住まいを正し、背筋を伸ばしてXOに返事をする。
「謹んで、お受けいたします!」
「そう言ってくれると思っていたぞ、機体の到着と訓練日程は追って連絡する。迫る第二次首都シーヴ奪還作戦までに必ずものにしろ。機体の事はジェンキンズに聞け。以上だ!」
踵を返し、XOが去っていくのをケイトは敬礼しながら見送る。
「やったじゃんケイトさん! ラファールに乗りたいって前に言ってたよね! 夢叶ったじゃん!」
「ええ、本当に…… ふふ、やった」
ケイトが両手を握り、拳を震わせる。もう雪の冷たさなんて感じなかった。
それから数日が過ぎ、いよいよ第二次首都シーヴ奪還作戦発動の日となった。
『さぁ、今日は補給も行ったり来たりだ! サンタクロース並みに飛ばしていくぞ!』
『LCAC各艇へ! 積み荷の固定を再度確認しろ! 荷崩れした積み荷に押しつぶされて死ぬんじゃないぞ!』
無線は味方の通信で騒がしい限りだが、この騒がしさが自分は気に入っていた。
『なぁケイト、この前の誕生日プレゼントありがとうな! あのカウボーイハット、超気に入ったぜ!』
「どういたしまして。いつも助けてもらってるお礼よ」
『羨ましいぜ、クルス! なぁ、ケイト。今度は俺にも頼むぜ!』
『抜け駆けはナシだぜロックよぅ しかし、良い具合に仕上がったな。ラファールも俺達も。あ~ちくしょう! 武者震いで体がムズムズするったらありゃしない!』
『エヴァーソン、それは皆同じさ! なぁケイト! ロック!』
「えぇ、本当に……!」
『あぁ、この日が来るのをずっと待ってたんだ!』
ジェンキンズをはじめ、整備兵たちの手で最高の状態に仕上がったクィーン隊のラファール四機は、空に飛び立つ瞬間を今か今かと待ち侘びていた。パイロットの士気も最高である。
『総重量23500 パイロット、チェスター エアボス、発艦するぜ!』
『了解したクィーン4、発艦を許可する』
『そんじゃお先に~』
カタパルトで四番機から順に空に上がっていく。隊長機は最後。それは機種がいくら変わろうが変わる事は無い。
『クィーン2の発艦を確認。続いてクィーン1、発艦準備をお願いします』
「了解」
いよいよケイト機の発艦の順が回ってきた。計器とディスプレイをチェックし、甲板のクルー達と連携しながら発艦準備を整えていく。そしていよいよ発艦の時を迎え、ケイトは空を仰ぎ見る。
月の光の環の中に、レックスの機体が見えた気がした。
「風の女王、メイヴか……」
以前見たコスターの楽譜の隅に書かれていたもう一つの言葉が、思い出される。
「レックス…… いつか私も、貴女と肩を並べて見せる」
両手の親指と人差し指で作った四角いサークルに蒼い月影を捉える。
(今はまだ、私ではあの高みに辿り着けない。でも、いつか必ず……)
「さぁ、行くわよ…! 総重量23500 エアボス、こちらクィーン1 発艦許可を」
『こちら管制塔 クィーン1、発艦を許可する ケイト、必ず皆で生きて帰ってこいよ!』
「了解」
エンジンの出力を上げると、ビリビリとした振動が両手のサイドスティックを通して伝わってくる。
やるべき事は全てやった。後はこの翼で自分達のやってきた事の成果をこの空で示すのみだ。
カタパルトから打ち出されたラファールが空へと駆け上る。
空と海には、首都奪還という任につく沢山の仲間達が待っていた。
月の光に、ラファールのコックピットが淡く照らし出される。
オリガミの青い鳩が、ケイトを優しく見守っていた。