月光が照らし出す海と空は孤独の色に染まっている。
海はどこまでも黒く、昼間のような青さではなく吸い込まれそうな漆黒。
動揺するLCACに翻弄される兵士に襲い掛かる冬の波は非情な程に冷たい。
かつて栄華を誇ったFCU首都・シーヴの街は炎上する炎で赤く染め上げられ、月光に照らされた夜空は闇に溶け込んでしまいそうな程に暗く心細い。
故国の首都を奪還せんとする、FCUの投入出来る残存戦力をかき集めた総力戦は一進一退の攻防を繰り広げながら街と空と海を紅蓮の炎で照らし、さながら煉獄のようであった。
『翼が俺達の上を飛んでる! あれだ!!』
『ひぃ… はぁ… ち、ちくしょう…… 翼の下なら生き残れるんじゃないのかよ……』
『何言ってるゲインズ! お前が今踏んでいるのは我らが首都の土だ、お前が今生きているのが翼の加護の証だ! 文句を垂れる前に翼に祈れ! 俺を生きてカミさんと娘の所に帰してくださいってな!』
『やれやれ、隊長の翼信仰には参ったぜ…… だが、なんて精緻で頼れる航空支援なんだ…! これが隊長の言う翼の加護ってやつなのか! これなら、いけるかもしれない!』
死ぬ気でシーヴの街区を走り回っているFCU軍の兵士達の通信が混線してくる。
「地上の声が混線してくる…… クソっ! 海に陸に空に! いったいどれ程の戦力準備をしてやがったんだソトアは もうキリが無い!」
バクスターは新たに配備された自らの翼であるA-10C地上攻撃機を巧みに操りながら、地上のFCU軍を援護するべく近接航空支援を続けていた。
『大丈夫、バクスター。敵の包囲が削れてきてる。次はあの自走砲陣地を狙おう、私が先陣を切る。バクスター、ビル風にくれぐれも気を付けて』
レックスがあくまでも冷静な声でバクスターを鼓舞する。この声の時はレックスがゾーンに入っている時だ、極限の集中力を発揮している様子が声で分かる。
アフターバーナーの炎を後ろに引きながら一番機が敵の凄まじい対空砲火に向かって突入し、堅固な対空陣地をレックスが、上陸部隊を攻撃する敵自走砲群をバクスターが撃破して行く。
これまで数多の戦場で修羅場を越えてきた二機は最高のコンビネーションを誇っていた。
「あぁ、了解だレックス! 俺達で地上の奴らを生きて帰すんだ! 長機に続く、やってやろうぜ!」
自らの眼前で、高層ビル上に配備された敵のSAMと対空砲をワイルド・ウィーゼル(敵防空網制圧)のようにレックスがピンポイントで潰し、バクスターの為の爆撃コースを開く。
レックスの機体から放出されたフレアが夜の闇を照らし、ソトア軍にはそれがまるで死の天使が翼を広げながら首を狩ろうと襲い掛かってくるように見えていた。
『自動対空陣地が全部やられた! 翼め! どうやったらこの夜闇であんな正確な射撃が出来るんだ!? 空軍の役立たず共は寝てるのか! いったい何をしてる!』
『ひぃぃ! A-10がこっちに機種を向けたぁ! もう駄目だ! 逃げろー!』
『お、おい! 持ち場を放棄するな、逃げるなー!』
敵の通信から、敵軍が士気崩壊を起こしつつある事が伺えた。
そうだ、みんなどうかこの地獄から早く逃げてくれ──バクスターは声無く静かに祈る。
戦場の炎に煽られた高層ビル群の強烈なビル風がバクスターのA-10を襲うが、強化パーツによってチューニングされた操縦系統が風を捉えて正確な射撃と攻撃をサポートする。
(この嵐のような強風の中を飛んでも、少しのストレスも感じない。風が翼に馴染む、まるでサーフライドだ…… レックス、ディブ ありがとう、最高の機体だ!)
バクスターのA-10はもはや只のA-10では無い。レックスとD.D.を通してエンソー・オーダーから供給された強化パーツがフル装備になっており、ジェンキンズ達整備班によって徹底的に近代化改修されたA-10はこの戦場で最高の性能を発揮していた。
「ロックオン! ジョーカー2、ライフル!」
A-10から放たれた空対地ミサイルが敵の自走砲と自走多連装ロケット砲に着弾し、辺りにいくつもの火柱が上がる。地上は悲惨な事になっているだろう。だが、こちらも感傷や罪悪感に浸ってトリガーを引くのをためらう訳にはいかない。
『こちらジョーカー2 敵自走砲群とロケット砲車両を破壊! 戦場は恨みっこ無し。悪く思うなよ、ソトアの旦那方』
回避機動を取りながら、バクスターのA-10はビル街の中を駆け抜ける。
『見ていたぜ、シーヴの翼! 体を張ってくれてありがとうよ! 砲撃が収まった、進軍開始!』
『了解! ふんっ…! それがヤツらの仕事だ! せいぜい頑張るんだな!』
憎まれ口を叩きながらイモータルズが、地面を必死に兵士達が進軍していく。
首都奪還の目標であるソトア軍のHQ(司令部)まで、未だ道は遠い。
だが、少しずつFCU軍はその歩を進めつつあった。
『こちらディーラー 首都北部の海上スレスレを高速で侵入していたTu-22Mの編隊は無人機隊が全て撃墜した。マジで頼れるぞ。全機、そのまま地上軍の援護を継続しろ!』
『うっそ全機撃墜……!? めちゃくちゃ頼りになるじゃん ねぇレイ、なんか「無人機隊」じゃ味気ないね。頑張ってくれてんだし、あの子達に部隊名とか欲しいよね』
「うん…… そうだね……!」
二機のMQ-28による無人機隊も、この第二次シーヴ奪還作戦に投入されていた。丁度ホワイトバレー空軍基地と首都シーヴの中間にあたる戦区の防空・地上警戒任務に投入されており、北部からのソトア軍侵攻阻止の要石である。
レックスとしても、こうしてターシャのように自分とD.D.が必死な思いで連れて帰った『雛鳥』達に対して、仲間として迎えたいという反応をしてもらえるのは非常に嬉しい。
『あぁ、本当によくやってくれてる。頑張らなきゃ俺達がお払い箱になっちまいそうだな』
『んんっ…… 無人機なんて……』
『おおっとコスターはご機嫌斜め でも、しょうがないか。コスターはアーティストだもんね』
『ん……』
コスターは作詞作曲も全て自分で考え、楽譜に音符を書き込まなければ気が済まない性質だ。
便利な作曲アプリを一切使用しない。巷で流行りのAIによる自動音楽生成などもってのほかだと考えている正に生粋のアーティストであった。
『北方戦区にソトア軍の地上戦艦が侵攻を開始! ホワイトバレー空軍基地守備隊が迎撃に上がった!』
『えっ!?』
『無茶だ! 四機の戦闘機でどうにかなるような相手じゃないぞ!』
『こちらホワイトバレー空軍基地守備隊、隊長機。そっちの声も無人機隊が中継してくれている。またウチの音楽流してんのか? よく聴こえるぞ、シーヴの翼の小僧。なぁに、心配するな。この日の為に、誘導爆弾も滑空誘導爆弾も備蓄しといたんだ。在庫一掃セールであのデカブツを焼き魚にしてやる! 指くわえて見てな!』
『も~ 相変わらず無茶言ってるよ~ コスター、バンドマンってみんなこうなの?』
『いや、ガーネット少佐達が特別なんだ』
北の空がオーロラのようにずっと絶えず赤く光る、艦載のレールガンの砲撃の光が瞬き、守備隊と陸上戦艦の激戦が見て取れた。
『レールガンの砲撃はハイGターンで避けるな! 高速で飛び回らないと速度が落ちた所を狙い撃ちされるぞ!』
『こちら2、了解です少佐! はぁ……女が出てこない走馬灯はなんとも味気ないもんだな』
『4、SDB投下! って、ダメだ! うじゃうじゃいるドローンが貝みたいに戦艦に纏わり付いて防御してる!』
『こちら3! ロングトーン、俺が機銃で穴を作るからそこに撃ち込め!』
パープルマジック隊の無線が聴こえてくる。流石にFCUの北方の防人だけあって、開戦以来、数多のFCUの航空隊を屠って来た陸上戦艦を相手に善戦している。
だが、巨象を相手に鷹が四羽戦いを挑んだ所で結果は見えている。喘がせ、消耗させられ、疲れ切った所をハエのように堕とされるのが関の山だ。
『うわぁ!!』
『3! どうしたアーレッド! 被弾したのか!?』
『こちら4! アーレッドのベイルアウトを確認! 隊長、自分の機体ももう限界です! そこの草っぱらに胴着します!』
エンジンから出火したロングトーンのF-15がよたよたと草原に胴体着陸していく。あっという間に2機が削られた。
『だぁっ! ちくしょう! 3番機と4番機が喰われた! 生きてるかロール!』
『しぶとく生きてますよスキップハンド! しかし、こりゃぁマジで駄目かもしれませんね…… せっかく前世紀の遺物を掘り出したって持って来たってぇのに……』
『あのー… 前世紀の遺物って…?』
『おう、可愛い声のお嬢さん 聞いて驚くな、燃料気化爆弾だ!! コイツをあのデカブツの土手っ腹にぶち込んで焼き魚にしてやるぜ!!』
『しかし、防御砲火が激しすぎて近寄れない! 野郎、ブリッジまでセラミック装甲で覆ってやがる』
『ねぇ、レイ! 無人機の子達をガーネット少佐達の助っ人に派遣出来ないかな!?』
『なに!?』『ターシャ!?』
『だってさ、このままじゃガーネット少佐達死んじゃうよ! ここで撃沈出来なくても、陸上戦艦にダメージ与えれば首都を奪い返した後に迎え撃つ準備だって出来るじゃん!』
確かにその通りだ。首都を奪還してすぐに陸上戦艦迎撃を行えば、再度奪い返される可能性が高いだけでなく、FCU軍が総崩れを起こす可能性もある。
幸い、MQ-28二機の無人機隊はXOの言葉通り空ではレックス、つまりジョーカー隊の隷下に形式上置かれている。ここで無人機隊を北方戦区に独断で投入しても、罰せられる事はないだろう。
「ディーラー…」
『話は聞いている。レックス、ターシャの言うとおりだ。ここでパープルマジック隊の四人を失えばジョーカー隊に継戦不可能と言って過言ではないダメージなる、それは主にコスターの事だけど。FCU軍としても、上陸作戦での損耗を補い、万全の体勢で陸上戦艦を迎え撃つ事が出来るのなら無人機隊のカードを切る価値はあるね』
部隊の皆も、空中管制官も同意を示した。ならば、自分も腹は決まった。
レックスは急いで無人機隊のMQ-28二機に無線で呼びかける。
「フギン、ムニン…… 北で私達の仲間たちが命懸けで戦っているの。お願い……彼らを助けて欲しい」
使役する只の機械への命令では絶対に無い。仲間として最大の敬意を持った「お願い」だ。
次の瞬間、「彼女達」からの返答がディスプレイに
フギン:『かつて貴女は、引き金を引く理由がいくらでもあったにも関わらず、我らを撃たなかった』
ムニン:『貴女は我らに、それまで理解できなかったものを与えてくれた。信頼というものを』
フギン:『今度は、我らが選択する番だ』
ムニン:『我らは北へ飛ぶ、命令されたからではない……』
フギンとムニン:『我ら自身が、そう望むからだ』
『無人機隊の二機が北方に機首を向けた! 何だ…? RAM-AIRモード? 急加速している! 速度、およそマッハ3.2!! MQ-28、ラムジェットまで装備してたのか!?』
『何だと、マッハ……3.2!?』『すごっ……』
バクスターもターシャも言葉を無くす。
この速さであれば、きっとパープルマジック隊をあの二機が救ってくれるだろう。
「パープルマジック隊へ、こちらジョーカー1です。ガーネット少佐、今私達の仲間が増援に向かっています! あと少し、どうか耐えてください!!」
『こちらパープルマジック1! よく聞こえるぞジョーカー1、翼の仲間なら折り紙付きだな! よし、耐えきって見せるぞ! 勝ったらエンデュランスで祝勝会だ!」
パープルマジック1から威勢のいい声で通信が返ってくる。彼らは士気旺盛だ、きっと大丈夫だとレックスは改めて眼前の自分達が向かうべき戦場を睥睨する。
「ありがとう。フギン、、ムニン…… さぁ、私達も負けないように頑張ろう!!」
『あぁ、やろうぜレックス!』
『コスター! 無人機ちゃん達があんだけ頑張ってんだから、私らもやるよ!』
『あぁ、ターシャ……! 誰であろうと、必ず借りは返す! ありがとう、レックス!』
レックスとバディのバクスターのA-10Cが敵の地上軍に襲い掛かり、ターシャが攪乱し、コスターのSu-35が空の敵を叩き落していく。
『うぉぉ! ジョーカー隊が物凄いチャージを掛けてら、敵さんが気の毒になるねぇ……』
『クルス! 見惚れてる場合? レックス、私達も遅れは取らないわよ!』
『ジャックポット隊もレックス達に続く、地上支援は我々ハリアー部隊のお家芸だ!』
レックスがまるで嵐を従えるように、クイーン隊とジャックポット隊の列機が追随する。
航空部隊の支援に地上部隊が波に乗り、徐々にFCUの攻勢が押しつつある中。その空に迫るF-15E二機とミラージュ2000二機の四機編隊が迫りつつあった。
『先遣部隊も爆撃機も全て撃墜だと!? 何者がいるのだあの空には!』
『部隊番号は3ケタの連中だ、ダブルスの我々の敵ではない』
『だが腕はいい…… 油断はするな。早々に片づけてFCU地上部隊を殲滅せよ』
『了解!』
『畏まりました!』
『敵航空部隊の増援を確認! マズいな、爆装したF-15E二機とミラージュ2000二機が首都北部を南下中、間もなくシーヴ上空に到達する!』
ディーラーの通信に緊張が走る。航空無線の歌声も鳴りやまない、恐らく敵はシャドウズだ。
『地上部隊には指一本触れさせない……! こちらジョーカー1 ターシャとコスターは私と一緒に迎撃に向かう。バクスターは首都上空を哨戒し、近接航空支援!』
『こちら3、了解!』
『4、ウィルコ』
『こちら2! 流石にイーグル相手は分が悪い、地上のお守りは任せなレックス』
「ありがとう、バクスター ジョーカー1、エンゲージ!」
ターシャとコスターのSu-35を従えたレックスの機体が、ショックコーンと音速突破の爆音を響かせながらシャドウズの編隊に突入する。
『ほう! これがテュイ少将が言っていた翼の部隊か! 我らに正面から挑むとは…… 気に喰わぬ……堕ちろ!』
『コスター、後ろは任せたよ!』
『了解!』
食いついたミラージュ2000を従えてターシャが編隊をブレイクし、コスターが続く。
『翼よ! 貴様にこの苦しみがわかるかっ! 貴様が焼き払ったフェイスパークの石油備蓄施設には、私の妹が働いていたんだ!! あの可愛い妹を、何故殺した!!』
猛然とレックス機に追いすがる一機のF-15Eのパイロットからの混線した通信が、戦場に響き渡る。
『何故殺した! なぜ殺した!! 言え! なぜ、殺したぁぁ!!』
ミサイルを撃ち、機銃を乱射し、悲痛な叫びを上げながらイーグルが更にレックスを追い詰める。
レックスも、いつものような機動の鋭い切れ味が無い。敵の攻撃を回避するのに精一杯という様子だ。
『どうした、レイ!? クソっ、待ってろ! 今すぐ助けに行く!!』
あまりの事態に、地上軍の支援を行っていたバクスターも慌ててレックスの支援に向かおうとするが、A-10はイーグルといった戦闘爆撃機に比べたら鈍足だ。いくらパーツで強化しているとはいえ、高空を舞う戦闘機に追いつくのは至難の業だ。
『ごめん…なさい』
一人の少女の声が、無線に響く。
『ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい……』
どこか朦朧としたような、悲愴な声が無線で戦場に木霊する。
『この声は…… れ、レイサラン…!? なぜ、翼が妹の声をっ……』
『レックース!!』
『何っ!? うっ、うわぁー!!』
エンジンが燃えるのを覚悟でぶん回したバクスターのA-10が30mmガトリング砲を掃射し、レックスを追うF-15Eのエンジンを貫いた。
『あ、あれ…… バクスター…?』
『馬鹿野郎!! 何やってんだレイ! 死にたいのか!?』
『レイ、落ち着いて! ゆっくり姿勢を立て直して……そう、そうだよ。いいこいいこ コスターは周辺を警戒して』
『了解、レックスには指一本触れさせない』
ダッチロールのような不安定な機動を起こしていたレックスの機体も、バクスターとターシャが両脇に付き、落ち着きを取り戻したように安定した飛行に戻る。
「はっ!? さっき! さっきのストライクイーグルのパイロットは!?」
『大丈夫だよレイ! 二人ともベイルアウトしたのをさっき確認してる!』
推力を失い、炎を上げてフラットスピンを起こしながら墜落していくイーグルから射出座席が飛び出し、パラシュートが開くのをターシャは確認していた。
『あの人の妹って、レイと声がそっくりだったんだね…… TACネームと名前まで似てただなんて……』
『あぁ……』
自分達がつい先日、陸上戦艦の補給線を絶つ為に攻撃したフェイスパーク地方の補給線。空を飛ぶ自分達には知り得なかった戦争の現実。それを喉元に突き付けられているような胸の苦しさがレックスを襲う。
「だけど、まだ……私はここで堕とされるわけにはいかない…… まだ戦争は終わってない。だから、戦争を終わらせる為に、私はこの空を飛び続ける。たとえ、この世界の全てが敵になっても……残りの敵は、みんな私一人で…」
『駄目だよレイ! 何で何もかも自分だけで背負おうとするのさ! 私達はチームなんだよ! だからさ、レイのつらい気持ちだって分かるんだよ!』
『そうだ、ターシャの言う通りだレックス! お前の翼に救われた人間だって、この世界には沢山いる! お前がいるから、俺達はここまでやってこられたんだ! 』
『ビートは一人じゃ刻めない! レックス、リーダーの音が走ればバンドは纏まらない』
三人がレックスへの真情を吐露する。心の中の泥沼に沈み込もうとしているレックスの為ならば何でもする覚悟だった。
「うん……助けてくれてありがとう。バクスター、ターシャ、コスター もう、大丈夫」
レックスの機体に、いつもの覇気が戻った事を三人は機体の翼に受ける風で感じていた。
「あと残り二機、残りのシャドウズのF-15Eとミラージュ2000を倒す。みんな、私についてきて」
「「「了解!」」」
『翼が六時に付いて離れない! た、助けてく……』
あっという間に第180小隊のミラージュ2000が火だるまになり雲間に消えていった。
『翼め…! どれだけ堕とせば気が済む!』
最後に一機だけ残された、第77小隊ルクス・ルーナエの隊長であるアイダル・ヤンバエフは尚も攻撃の手を休めない「シーヴの翼」に苛立ち、焦りを隠せない。
隊長機の鋭い機動に列機が完璧なサポートを行い、ファランクスの陣のように全く死角がない。
『まさか…… 我々と互角!? いや、そんな筈は無い! 有り得ない!」
テュイ少将が統べる、ルクス・ルーナエに在って栄えある二桁のナンバーを持つ者に敗北は許されない。後続する敵機を振り切り、「翼」の背後を獲る。
『よしっ もらった……』
次の瞬間、雲の中に入った「翼」の周りに何機もの機影が見える。
『な、なんだこれは……!』
月の光がレックスの機体に反射し、ミラーハウスのように何機もの機体が周りを飛び交っているように見せていた。
『こんな飛行、有り得ない…! 魔術か、魔法か!? 「翼」よ、お前は一体何者なんだ!?』
魔女の術中にはまってしまったかのような恐怖がアイダルを混乱に貶める。闇雲に飛行し、雲を突っ切った次の瞬間、自分達に目掛けて飛ぶSAAM(セミアクティブ誘導ミサイル)の姿が目の前にあった。
『ふわっ! くそぅ、右エンジンに被弾! 脱出する! 脱出する!!』
射出座席が自らの体を虚空へと吹き飛ばし、重力の地獄から解放され、落下傘に揺られるアイダルの瞳の先には輝く月を背後に「翼」の機体が鋭いクライム機動を見せていた。
「また戻る、絶対に……!」
敵首都奪還を阻止するという任務を果たせず、列機も全て撃墜された。FCU軍が打ち上げた照明弾が、夜の空を昼間のように明るく染める。
自分はきっとダブルスからは格下げになるだろう。これまで積み上げてきたキャリアが全てパァになった落胆より、今自分を堕とした「翼」と再度、相まみえたいという気持ちがアイダルを支配していた。
『レックス HQ付近に発光信号弾が見える』
『どこだ? 見えるかレイ?』
「うん…… 見えた こちらジョーカー1、複数の発光信号弾を視認!」
『それはHQ制圧成功の合図だ! ディーラーより全部隊! 敵HQを制圧 繰り返す、敵HQ制圧!』
敵指令施設を制圧した地上軍の合図を目の当たりに、戦場を飛び交う無線はこの激戦を戦い抜いた兵士達の歓喜の声で埋め尽くされる。
『ははは… 終わったよ、レイ!』
『こちらジャックポット9! ジョーカー1、貴女のおかげで上陸部隊も問題なし 貴女に命を助けてもらった事、絶対に忘れない…… ありがとう!』
『こちらパープルマジック1 やれやれ、この戦場で死んで伝説になるつもりだったんだがな……隊員全員無事とは どうしてくれるんだ? レックス、それにコスター 無人機隊のサポートのおかげで、陸上戦艦は足を止めた。まぁ生焼けってとこだが、このデカブツもしばらくは身動き取れないだろう。足回りのカラクリも解けたぜ、今無人機がTARPS(戦術航空偵察ポッドシステム)でエンデュランスにデータを転送してるよ。あの二機、とんでもなく頼りになる奴らだったぜ。ありがとうよ、シーヴの翼! あーウィル! エンデュランスの祝勝会の特別ライブには、お前も参加してもらうからな 楽しみにしてろよ!』
『こちら栄えある第422空挺旅団の一兵卒 ありがとう、翼よ! 君達とこの戦いを完遂出来た事を誇りに思う! さぁ約束だ! たらふく美味いものを食いに行こう、いい店を知ってるんだ!』
『──聞こえるか、シーヴの翼 こちらステルウォートのいち甲板員』
『レックス、聴こえる? この声が 貴女の翼が、皆の灯のような希望をここまで連れて来てくれたのよ!』
「翼」との通信を望む声が鳴りやまない。この空間は翼への賞賛・感謝・そして歓喜に満ちていた。
『もう今しばらくは首都上空で哨戒飛行が必要だな ありがとう、レックス。このA-10、最高の機体だったぜ』
『あー早くシャワー浴びてひと眠りしたーい!』
『お、俺が…… パープルマジック隊と一緒に ラ、ライブを…!?』
緊張がほぐれた仲間達の声に、レックスも心から安堵する。今日も列機を無事に連れて帰れる。もうそれだけで十分だった。
このしばらく後には、陸上戦艦という巨大な敵との戦いが待ち受けている。
だが、今日だけはと、首都奪還を成し遂げたFCUの兵士達を月影が優しく照らし出すのだった。