抜け出せない沼を持つ男と実力主義の教室。雛鳥は何を見るか。 作:末路雛鳥
では本編をどうぞ。
不穏と、目覚め
7月1日時点
高度育成高等学校学生データベース。
指名 比企谷八幡 ひきがや はちまん
クラス 1年B組
学籍番号 S01T004651
部活動 無所属
誕生日 8月 8日
評価
学力 A−
知性 B+
判断力 B
身体能力 B−
協調性 B−
面接官からのコメント
学力に関しては問題のないほど上澄みであり、入試のテストにおいて国語や英語では全体で5位をとっているほど。また、面接での受け答えもしっかりと行えており、将来的に教師も目指しているとされ期待できる生徒。ただ、中学生の頃の部活動の資料による事情等から、Bクラス配属とする。
担任メモ
特に期待している生徒。交友関係はクラス関係なく広く、Aクラスの一之瀬さん、森下さん、自クラスの神崎くん、柴田くん、網倉さん、たまに姫野さんと会話しているところを見かける。Dクラスからは堀北さんと、特に綾小路さんが頻繁にクラスに現れて会話したり、身体的接触が見られる。学校生活を楽しんでいるようで何よりです。
とある少女の独白。
……人と触れ合うのが苦手だ。
……人の目を見て話すのが、たまらなく怖い。
……人が集まっているところで過ごすと、息が詰まってしまう。
いつからそれらを苦手と思うようになったのか、それはもう覚えていない。 ただひとつ確かなことは、人は一人では生きていけないということ。
どれだけ孤独を愛そうとしても、私は私だけで生きていくことなど到底できない。
だから私は、一つの方法に辿り着いた。
それは偽りの仮面を被って、本当の自分を隠して生きること。
その時だけ私は、私じゃなくなって、私になることが出来る。
……この真っ暗で寂しい世界の中で、生きていくことができる。
世界は綺麗なことばかりじゃない。
そんな当たり前のこと、誰もが分かっているはずなのに。それでも心のどこかで、綺麗な世界を望んでしまっている。ちょっとした矛盾。
醜い現実から目を背けて、綺麗なものだけを見てみたいと願う私の醜い我儘。
……誰でもいいから教えて欲しい。
皆も私と同じように、誰かの前では偽りの仮面を被っているの?
それとも分け隔てなく、本当の自分を見せているの?
クラスメイトにすごい美人な人がいる。
腰まで届く長い茶髪と、二度見してしまうような、絶世の美貌と表せる容姿、目を惹く抜群のスタイルを持ったている、綾小路雛鳥さん。
この学校全体で1番人気な女の子。そんな子が、たまに歩み寄ってきて、私に話しかけてくれる。
でも、綾小路さんはどこか私を見ていないような気がする。
真っ黒で、綺麗な大きな瞳。
私を映しているはずなのに、まるで私という存在を通り越して、もっと別の何か……恋焦がれる存在を見るような、そんな感じ。
人との繋がりをそれしか持たない私には、その視線の意味も、この疑問の答えを知る方法もない。 だから今日も、一人きり。
私は、一人で大丈夫。 私は孤独で、大丈夫。 私は――
心の底から、心を通わせることができる人が、欲しい。
上辺だけの関係じゃなくて、私を拒絶しないで受け入れてくれる温かい場所が欲しい。
ずっと、ずっとそう願いながら、傷つくのが怖くて足を踏み出せずにいた。
そんなふうに、叶わないはずの願いを、密かに願っていた時。
……貴方に出会った。 いつも綾小路さんや綺麗な人たちに絡まれている男の子。
私はいつも俯いて見ていなかったけれど、今日は見た、見てしまった。
その目は、信じられないくらい濁っていて、腐っていて、どんよりと沈み込んでいる。
最初は、怖い人だって思った、でもーー
でも、違った。
私は、人の目を見てきたから、わかる、わかってしまった。
その目の奥に、どうしようもないほどの深い優しさに溢れていることに、私は気づいてしまった。
チグハグだ、何もかも。
ドロドロに濁っていながらも、その奥底には慈愛のような、底知れない温かさに満ちている。
でも、だからこそ、どうしても目が離せなかった。 一目見た時から。
貴方なら、本当の私でも、受け入れてくれるのかな。 普通なら、近づくことすら躊躇ってしまう目をした、貴方なら――。
七月一日、朝。 窓から差し込む柔らかい日差しを浴びて、ゆっくりと目を覚ました。
……いい朝だ。俺の目が、太陽光の眩しさで浄化されていくのがわかる。
いっそこのまま楽に消滅してしまいたい。
そんなくだらないことを考えながら、俺は地面に置いてあった携帯へ手を伸ばした。
今日から七月。つまりポイントの支給日だ。先月からどう評価がどう変更されているのか、恐る恐る画面をタップして残高を確認する。
『6 4 2 3 1 5ポイント』
……あれ? 支給されていない。
学校側のシステムトラブルか?
どんな理由であろうと、早く支給されてほしいものだ。
あと少しで100万ポイントが手元にある状態になることを、密かに楽しみにしているからな。
……さて。 現実逃避はこのくらいにしておこう。
今現在、俺の背中にぴたりと張り付いている、柔らかいむ……げふんげふん、人。
俺の背中にとんでもなく柔らかい何かが、ものすごく押し付けられているのだ。
考えるな、比企谷八幡、その柔らかさは、男にとって毒でしかない。
……首だけ後ろへ向ける。
そこにいたのは、ボサボサな寝癖をつけた綾小路だ。
もはや俺の部屋に泊まることがすっかり当たり前になってきている。
何故だ。
俺の記憶が正しければ、昨日の夜、俺は床で寝ていたはずだ。(泊まることを拒否してない時点ですでに感覚麻痺していると気づいていない)
それがどうして、ベッドの上にいて、しかも綾小路に抱きつかれているんだ。
それにしても、キツすぎる。足まで絡ませてきている。
……こいつの太もも、肉付きが良くてムチむ(殴
危なかったぜ、危うく自己嫌悪で死ぬところだった。
「……おい、離せ」
体を揺らしてみるがビクともしない。
女の子の柔らかさと温もりに包まれて朝を迎えるなんて、そんなのーー
ラブコメの主人公が朝寝坊してふと隣を見たら、幼馴染ヒロインが眠っていて主人公が「こいつのまつ毛…意外と長いんだな」なんて言ってドキドキする場面だろう。
だが、俺にとってはただ迷惑なだけだ。
……うん、迷惑だよ? 決してもうちょっととか思ってないから、うん。ハチマンウソツカナイ。
右腕をなんとか捻って後ろへ回した。
そして、無防備にすやすやと寝息を立てている綾小路の顔面に向けて、五本の指を大きく開いた。
必殺、アイアンクロー。
むぎゅっ。
「ん!?」
顔面を鷲掴みにされた綾小路の体が跳ね上がった。
「むーっ! んーーっ!」
手足をジタバタとバタつかせ、必死にもがいている。
色気のクソもねえな。美少女が朝から顔を掴まれてバタバタと暴れる姿なんて、百年の恋も冷める光景だ。
まあ、俺は最初からこいつに恋なんてしていないが。
容赦なく指の力を強めると、ようやく観念したのか、足が解けた。
その隙を見逃さず、ベッドから素早く離れて距離を取る。
「起きろ、いい朝だぞ」
綾小路は両手で自分の顔を覆う。
「……痛い」
ひどく不満そうな声で抗議してくる。
相変わらず無表情だが、その瞳には非難の意が浮かんでいた。
「痛いじゃない。お前、俺は自分が床で寝ていたこと、忘れてないぞ」
「……私は悪くない。八幡が、床で寒そうだったから、仕方がなく、私のベッドに上げて体温を分け与えてあげただけ」
息を吐くように嘘をつく。
夏一歩手前なのに、床で寝ていて寒そうに見えるわけがないだろ。あと、俺のベッドだからな、それ。
「はいはい、ありがとうございました。」
呆れ半分で吐き捨てると、綾小路は布団に潜った。
……とりあえず、追い出すか。
「……むぅ」
自分の席に座って、私は不満を漏らした。
八幡によって、私はあえなく彼のお部屋から追い出されてしまった。
せっかく、彼のお布団残った体温に包まれて、匂いを胸いっぱいに吸い込みながら最高の二度寝を満喫しようとしてたのに。八幡のいけず。
でも、そんなことで私の心は折れたりしない。
今日の夜も、絶対にお部屋に居座ってやる。
カードキーは、私がこっそり複製しておいた。
つまり、合鍵を持った妻として、八幡のお世話をするのは、当然のこと(当然じゃないです)
そんな個人的な決意とは裏腹に、今日のDクラスの教室はいつにも増して騒がしかった。
理由は言わずもがな。ポイントの支給日だからだ。
周りの男子も女子も、獲物を前にした飢えた動物みたいにソワソワしている。
入学当初の時の贅沢三昧から一転、0ポイントという貧困生活を強いられた彼らにとって、今日支給されるポイントはまさに命と言っても過言ではない。
中間テストを全員で乗り切ったから、絶対にプラスになっているはずだと、誰もが信じ切っているのだ。
やがて、チャイムと共にガラリと教室の扉が開き茶柱先生が、いつものように教壇に立つ。手には、丸められた一枚の紙。
先生は私たちを一瞥すると、黒板にその紙をバチンと広げて貼り付けた。
今月の、クラスポイントの結果発表。
Aクラスから順に、数字が羅列されている。 そして一番下の行。Dクラスの横には、『90』という数字が記載されていた。
「90? つまり、俺たちプラスになったってこと!? やったぜ!」
池くんの声が聞こえた次の瞬間教室に、歓喜の雄叫びが響き渡った。
依然として、クラスの間のポイントに差が激しい、でも9000ポイントも支給されるという事実が、彼らにとっては大切なことなのだろう。
私も、早くクラス移動をしたいから、クラスポイントが増えることは大賛成。
けれど。
「……あれ? じゃあどうしてポイントが振り込まれていないんだ?」
至極当然の疑問に原点回帰した池くんが、茶柱先生を見る。
茶柱先生は黒板から振り返り、フッと口角を上げた。
「それについては、今回少しトラブルがあってな。一年生のポイント支給が、全体的に遅れている。お前たちには悪いがもう少し待ってくれ」
「えー! マジすかぁ」
先生の言葉に、教室中からブーイングが巻き起こった。無いと思っていたポイントがあると分かった途端態度が豹変している。
……見苦しいなぁ。
「学校側からの不備なんだから、なんか迷惑料的なオマケとかないんですかぁ?」
調子に乗った男子の一人が、ニヤニヤしながらそんな軽口を叩く。
「そう責めるな。学校側の判断だ。私にはどうすることもできん」
茶柱先生は教室全体を見渡すように視線を巡らせ、最後に、ひどく意味深な響きを込めて言葉を落とした。
「トラブルが解消され次第、ポイントは支給されるはずだ。――ポイントが、残っていれば、だがな」
茶柱先生は、ざわめきと動揺に包まれた教室を残し、さっさと踵を返して出て行ってしまった。
クラスの人たちが喚いているが、少し、いやかなり鬱陶しい。
八幡みたいな優しさもかっこよさもない、比べることすら烏滸がましいクラスの人たちが、すっごく醜く思えてくる。
堀北さんが何か話しかけてきているが、耳に入らない。
……八幡は、今頃どう考えているかな。 やっぱり、ポイントのことで頭を悩ませているのかな。
八幡のことを考えただけで、心とお腹の底が熱くなり、心臓が高鳴る。
早く放課後にならないかな。
すぐに八幡お部屋に行って、ポイントのことを口実に居座ろう。
私の頭脳は八幡のためにあるんだから。
…… 窓に映る私の顔は、言葉が見つからないほど甘く、惚けていた。
気づけば放課後のチャイムが鳴り終わった。八幡のことを考えていたら、昼休みが来ていたことすら、気づかなかった。
我ながら八幡が好きすぎることに呆れるが、そんな私が嫌いではない。
生徒たちが帰る準備を始める中、茶柱先生が須藤くんを呼び止めた。
「須藤、お前には少し話がある。職員室まで来てもらおうか」
突然の指名。 呼び止められた須藤くんは、苛立ちを隠そうともせずに顔をしかめた。
「は? 何で俺が。これからバスケの練習なんすけど」
気だるげで、反抗心が透けて見える声。
けれど、茶柱先生は冷ややかな、けれど退路を塞ぐような声で淡々と告げる。
「顧問には話をつけた。来るも来ないもお前の自由だが、後で責任は取らんぞ」
「……チッ」
とても大きな舌打ちの音が教室に響いた。
反抗的な態度を見せつつも、教師の脅しに逆らえることはできない。
「なんなんだよ、すぐ終わるんだろうな?」
「それはお前の心がけ次第だ。こうしている間にも、時間は過ぎていくぞ」
苛立ちを足音に乗せるようにして、須藤くんは茶柱先生の後ろについて教室を出て行った。
その様子を横目で見ていたクラスの誰かが
「須藤が何かしたせいでポイントが支給されなかったんじゃないか?」
と小さく呟いた。
中間テストの時、赤点を回避するためにクラスはいくつかのグループに分かれて勉強会を開いていた。
あの時は、みんなが一丸となって危機を乗り越えようとしているように見えた。
けれど、それは気のせいだったらしい。 表面上だけで、根本的な部分でのまとまりなんて、このクラスには最初から存在していなかった。
視線を戻して、身を縮めるようにして鞄を片付けている女の子を見る。
佐倉さん。
私は、ほんの少しの間だけ、彼女に話しかけた。
佐倉さんは、いつも地味なメガネをかけている影が薄い子。
私はこの子のことがけっこう好き。
だって、こうやって自分の殻に引きこもって、周囲から距離を置こうと必死な姿を見ていると。
どこか、私の大好きな八幡のことを思い浮かべられるから。
もちろん、八幡の腐った目と、佐倉さんの怯えた小動物みたいな目は全然違うけども、少しだけ似ている気がして、無性に構いたくなってしまう。
そんな風に考えながら、私が佐倉さんと短い言葉を交わしていた(雛鳥の一方通行)その時だった。
廊下に、見慣れたアホ毛と猫背が通り過ぎていく。 八幡だ。
どうやら、彼も今から帰るみたい。
佐倉さんに短く別れを告げ、教室を飛び出した。
廊下を歩く彼の背中へ、足音を殺して忍び寄る。
そして、八幡の右腕に、思い切りぎゅっと抱きついた。
「……おい」
ひどく面倒くさそうな、慣れたような低い声を吐き出して、私の腕を荒く、でも優しく引き剥がした。
むぅ。 頬を膨らませる。
せっかく私が、ありったけの愛情と熱を込めて胸を押し付けながら抱きついたのに。
こんなにあっさりと引き剥がされるなんて。
でも、そんな優しいところが大好き。
だが、これは由々しき事態だ。
だから、今日の夜もお泊まりだ。
そして、この塩対応の罰として、問答無用で八幡を私の抱き枕の刑に処す。
顔面を掴まれないように、マウントを取って抱きつかなきゃ。
今の私の頭には、幸せいっぱいな考えで完全に埋め尽くされていた。
……だからこそ、綾小路雛鳥は気づかなかった。
教室の出入り口付近に残っていた、佐倉愛理が。 いつもは伏せられているはずのその目を、限界まで大きく見開いて。
驚いたように、息を呑むように。 比企谷八幡の目を、じっと、食い入るように凝視していたことに。
彼女の瞳の奥で、彼女自身が知らない感情が、静かに、けれど確かに芽生えていたなんて。
大好きな右腕に夢中になっていた綾小路雛鳥は、小さな、けれど致命的な変化を、完全に拾い損ねていた。
八幡くんのデータは堀北さんのやつを参考にしています。 堀北さんの学力はこの時点でA、入試の結果もあるでしょうが、それも含めてって感じです。
知性はA、八幡くんのはB+、正直。これは八幡くんの方が高いんじゃないかって思います。
ここで学力と知性の違い、学力は学校などの義務教育を通じて身につけた知性や技能とそれを用いて与えられたテストなどを解くこと。知性とは処理スピードや論理的思考力(IQなど)だけでなく、他者の気持ちを汲み取る社会的知性や応用力も含まれる。知識量そのものよりも、得た知識や状況をどう使ってより良い予測や解決に結びつけるかという汎用的な力を指す。
私はバカですので、何言ってるかわかりません。
つまり簡単に言えば、学力は答えがある問い、知性は答えのない問いや複雑な現実の問題。
それぞれの身につけ方は学力が教科書を読む、知性は経験、思考の習慣、対人関係など日々の実践らしい。こう見ると、八幡くんの方が優れていると思います、まあこの学校ではまだあまり発揮されていませんから、こんな感じです。
雛鳥ちゃんの失敗、引き止めて話さなかったら、佐倉のフラグは立たなかった。
それと須藤くん、よかったね(ニッコリ) 八幡くんに抱きついている雛鳥ちゃんを見たら、頭が破壊されてしまうからね。
一体誰が須藤くんに恨みがあってこんなことしているんだ!?(すっとぼけ)
ここまで呼んでくださりありがとうございました!
イラストは後で投稿します。
追記 イラスト投稿しました。